黒夜行

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小説王(早見和真)

僕の中には、「書きたいもの」はない。

僕はいつも、自分の外側にある何かに触発されて文章を書く。本、映画、アイドルなど、それがどんなものであれ、それに触れた衝動や感動みたいなものを文章にする、ということを続けてきた。
だから、外側の何から刺激を受けて文章を書く、というのは、割と得意だと思う。

ただ、自分の内側にある何かが、僕に文章を書かせることはない。そういう衝動は、僕にはない。

『「紙の本がどうなるかとかはわからないけど、物語は存在し続けるに決まってる」
「なんでそう断言できるの?」
「物語がここまで人間を生き延びさせてくれたから」』

物語を生み出す、というのは、僕には想像出来ない。かつて僕も、小説らしきものを書いたことがある。しかし、書いている間、僕の中には「書きたい」という衝動は特になかった。なんとなくストーリーを考えて、なんとなく人物を考えて、なんとなく文字にしてみただけだ。

『君、書くことを舐めてるだろ?』

僕には、物語が立ち現れる瞬間みたいなものは、イメージ出来ない。自分の内側から、それが出てくる想像が出来ない。常日頃、他人が書いた物語についてあーだこーだ書いているが、しかしどう考えても「物語を書ける」というだけで、僕にはない力を持っている。凄いなと思う。

『ご存じかもしれませんけど、こう見えて僕は物語に救われてきた側の人間なんです。』

人間と他の生物の違い、みたいなものが取りざたされることがある。道具を使うだの、言語を獲得しただの様々な要素があるだろうが、物語というのも一つ大きな要素なのかもしれない。確かめようはないが、他の生物には、物語と呼べるようなものは存在しないのではないか。物語の有無が、人間という種をここまで大きくさせたのではないか。

『「小説って何なの?誰が読んでるの?」
「どういう意味だ?それって…」
「いや、違うよ。べつに批判してるつもりはない。でもさ、お父さんたちがどれだけ必死になってたとしても、学校じゃ誰も小説なんて読んでないよ。電車に乗ってたって普通の人はみんな携帯を眺めてる。じゃあ、お父さんたちは誰を相手にしてるのかなって。何を目指して本を作ってるのかなって。もちろん本好きっていう人はいるんだろうけど、それだけなのかなって」』

小説だけが物語なのではない。これからも物語は様々な形に姿を変えて残っていくことだろう。その時、小説という形態が果たして残っているか。小説が果たすべき役割はまだきちんと残っているか。その問いと、それに対する希望と絶望が、この作品には詰まっている。

内容に入ろうと思います。
神楽社で文芸の編集者をしている小柳俊太郎は、「KG」と呼ばれている、凄腕だがドギツイ榊田玄という編集長の下で、赤字を垂れ流す文芸部門でなんとか踏ん張っている。俊太郎にはある野望があり、その野望を叶えるために一度中退した大学に入り直して出版社を受けた。神楽社に入ったもののすぐにチャンスが巡ってくるわけでもなく、俊太郎は様々な「作家センセイ」の無茶振りに振り回される日々を送っていた。
30代半ばになってなおファミレスでアルバイトをしている吉田豊隆。彼はかつて大学時代に、「空白のメソッド」という作品で新人賞を受賞し作家デビューした。そのデビュー作はとんとん拍子に映画化まで決定し、「空白のメソッド」はベストセラーとなった。しかしその後はヒットする作品を書くことが出来ず、そのままずるずるとフリーター生活を続けている。今も小説は書いているが、自分が本当に書きたいものを書けているのだろうかという自問や、作家としてどうしていくべきなのかという憂慮などに囚われている日々だった。
二人の物語は、突然動き出した。小学校時代の幼馴染だった二人は、長いこと離れていた後でまた再会した。豊隆の「空白のメソッド」を読み返したことが、俊太郎を編集者にし、豊隆といつか絶対に仕事をするという決意へと変わっていったのだ。
長いことくすぶっている小説家と、ヒットメイカーなわけではない編集者。彼らが小説の世界に壮大な喧嘩を仕掛ける…。
というような話です。

これは面白かったなぁ。エンタメでありながら、小説に限らず何かを生み出そうとする衝動を持った人達の心を熱くするような言葉に溢れた作品だと感じました。

まず、物語としてとても面白い。そこは作者としても相当必死にやっただろう。何故なら、「面白い小説を作れよ!」と全力で訴えかけている当のその小説が面白くなかったら元も子もないからだ。
主人公である俊太郎と豊隆を主軸として、様々な人間のドラマが描かれていく。俊太郎の妻である美咲、俊太郎の息子の悠、豊隆と付き合うことになる晴子、俊太郎が担当している二人の作家、内山光紀と野々宮博、俊太郎が面接を担当した就活生である青島修一、「空白のメソッド」の主演女優である綾乃。こう言った面々が、決して脇役なわけではなく、それぞれの物語を持っている。俊太郎と豊隆の無謀ででも熱すぎる挑戦に何らかの形で巻き込まれた彼らは、その熱で自分の内側の何かが変形でもしたかのように、生き方や価値観が変わっていく。

そう、この小説は、まさに「物語」によって人生を動かしたり動かされたりする人達の物語なのだ。その芯が最初から最後まで貫かれているのが良い。

豊隆がかつて生み出した「空白のメソッド」という傑作、そして今まさに豊隆が書いている「エピローグ」という作品。この二つの小説が、様々な人生を変え、巻き込んでいく。小説の中で、「小説にはまだまだ人生を変える力があるんだ」という展開を描き出すというのはある意味で危険で、ある種のリスクを伴うようにも感じるのだけど、そのハードルを著者は超えているように感じる。

『これだけみんなが夢中になるものがつまらないはずないですから。結局は熱ですもんね。本に込められるのは作家の思いだけじゃなく、かかわったみんなの熱でもあると思うんです。』

「エピローグ」という小説が、多くの人を巻き込んでいく後半の展開にはワクワクさせられる。それは、作家と編集者という、非常に孤独で小さなところからスタートしていく前半の展開とはまさに対照的だ。作家という孤独な作業をずっと続け、それに慣れていた豊隆が、ある場面でこんな心境に至るのがとても印象的だった。

『でも豊隆は頭を上げることができなかった。もっと謝っていたかった。そうして頭を垂れ続けて、自分がどうして賞を欲しがっていたかを理解した。
みんなに喜んでもらいたかったからだ。喜びを共有してほしかった。(中略)
小説家が、こんなふうに多くの人と喜びを共有できる機会はそうはない。』

それにしても「編集者」というのは不思議な職業だと思う。

『小説家を本気にさせることだけがお前らの仕事だろうが』

小説以外の業界でも、「編集者」と呼べるような職業というのはあるだろうか?僕の中では、ジブリの鈴木敏夫は、宮崎駿の「編集者」と呼んでもいいかもしれない、と思う。しかし、他にはパッとは思いつかない。助監督やマネージャーやパトロンなどとは違う役割を持つ「編集者」という存在がいるからこそ、小説というのは「物語」の中でも特異な立ち位置を占めていると言えるのかもしれないと思う。

『自分の担当作を「俺の本」とか口にしてしまう編集者は信用できません。でも、心の中では常にそう思っていてほしいです。一緒に仕事している間だけでいいんですよ。この作品のためなら死ねますよって、せめてウソをついてほしいんです』

豊隆がこんな風に語る場面がある。本書を読むと、「編集者」というのは本当に、「もう一人の作者」と呼んでもいいくらい作品に深く関わっている。作家一人では辿り着けない場所まで、「編集者」が一緒にいるからこそ行ける。「編集者」は、物語を生み出すわけでも、文章を書くわけでもない。しかしそれでも、「編集者」がいるからこそ物語が生まれる。作家と編集者というのは、他の何とも比べられないような、特殊で濃密な関係性なのだなということが本書を読むとよく理解できる(もちろん実際には、様々なタイプの作家が、様々なタイプの編集者がいるだろうけど)。

しかし本書は、本に関わる人間にズバズバ刺さるようなセリフに溢れている。出版という現実を如実に表すそれらのセリフには、読み取り方によって様々な真理が隠されていると思う。

『いいか、小柳。二度は言わねぇぞ。名前だけで売れる作家の作品以外は、一行で読者に「おもしろそう」と思わせられなきゃ売れねぇんだよ』

『作家が書きたいものを書くなら売れっ子になるしかねぇんだ。編集者が載せたいものを載せるならヒット作を連発しろよ。話はそれからだ、クソガキが』

これらは、そんなムチャクチャな、と感じさせるエピソードだが、しかしかなり真実を衝いていると僕は感じる。特に前者については、本を売る現場にいる人間としてよく感じることでもある。映画などのコンテンツ産業はどれも同じだろうけど、「面白いかどうか」より「面白く見えるかどうか」が大事だ。そして、大多数のお客さんが「面白い」と感じるものは、その時々で変化していく。それもあって、余計に本を売るのは難しいなと感じる。

後者については具体的なことを知っているわけではないけど、そうなのだろうなと思わされた。書きたいものと売れるものがマッチすればいいが、必ずしもそうはいかない。しかし、売れるものだけが残ればいいのかというとそれも違うように思えてしまう。こういうジレンマは、まさに最前線である編集者自身が感じていることだろう。

作家という人種についても非常に興味深いセリフがあった。次に引用するのは、同じ作家の発現だ。

『そんなこと知るか!テメーが家族といることで少しでも俺の小説が良くなるのかよ!』

『今回のことだけじゃねぇぞ。若い作家を蔑ろにするようなところでは俺は二度と書かないって言ってるんだよ!』

この内山光紀という作家は、作品の重要な場面で度々登場しては、物語を動かしていく存在だ。傍若無人だが良い作品を書くし、その作品は売れる。業界内でも影響力はあり、ムチャクチャなことを言っているようで芯が通っている部分もある。あまり関わりたくないけど、憎めない存在である。

書店についてはこんな描写がある。

『書店だって慈善事業ではないと頭では理解しながら、時間と神経を注いだ自著が軽く扱われているようで胸が痛む』

書店員として、本を売ることに力を注ぎたいけど、しかし公平にとはどうしてもいかない。売れているもの、売れそうなもの、そういうものに優先的に力が注がれることになる。力を注ぐことが出来ない作家の側からすれば、そんな風に見えるだろう。難しい。

俊太郎や豊隆を始めとした面々が、身を削り、全力を出し切った先で振り絞る言葉は、小説だけではなく、何かを生み出している人に響くのではないかと思う。たとえ本以外の世界に「編集者」がいなくても、彼らの関係や衝突に似た何かは、どこかしらで発露することだろう。死力を尽くすことでしか生まれない何かが、人を感動させ、一気に広まっていく。そう信じなければ突き進むことなど出来ない世界を、ひりつくような熱と共に描き出す作品だ。

早見和真「小説王」

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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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6位 今村夏子「こちらあみ子
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8位 笹本稜平「天空への回廊
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10位 原田マハ「キネマの神様
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15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)