黒警(月村了衛)
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内容に入ろうと思います。
警視庁組織犯罪対策部の沢渡は、理想を抱いて刑事を志したが、今では組織に従順な男に成り下がっている。上に媚び、下にへつらい、言われたことをただこなすだけの日々。テレビの警察密着番組で有名になった後輩の引き立て役になっても、へらへらと笑ってやり過ごす。中国語が出来るという理由だけで組対に組み込まれた沢渡は、不法入国者たちによる腐った現実を日々見せられ、うんざりしていた。
沢渡が組み込まれたのは、生活安全課と合同で行う偽ブランド商品の大量流通の捜査だ。生安の発案であるというこの捜査は、次期警視総監とも警察庁長官とも噂されている高遠生安局長の肝いりであろう。沢渡がいる小淵班は、「らくがきペンちゃん」というキャラクターの偽商品を追うことになった。くだらねぇ。
しかし、その捜査の過程で彼は、義水盟という謎の組織について耳にする。日本のアンダーグラウンドを牛耳る組織の一つである天老会が義水盟を追っているという話もあり、益々謎だ。義水盟の幹部の一人が沈という名の男だということまでは分かったが、組織の全貌についてはほとんど分からなかった。
腐れ縁であり、マズい付き合いだと認識しながら自分の弱いところを知られている気後れから付き合いを断つことが出来ない、滝本組の波多野という男と情報のやり取りをしながら、義水盟を追いかけるが…。
というような話です。
これは面白かったなぁ。300ページいかないぐらいの短い分量の作品なのだけど、なかなか濃密です。警察、ヤクザ、謎の組織と、複雑なアンダーグラウンドの力関係をベースにしながら、沢渡という、どうということもないただの平凡な刑事が「黒警」へと堕ちていく、その過程が非常によく描かれていると思います。
「堕ちていく」という表現を使いましたが、それはある一面の見方である、と言えるでしょう。確かに、沢渡は現職の刑事であり、ある時から沢渡がやり始めたことは、明らかに刑事としての職務を逸脱し、法にも触れる行いだろうと思います。そういう意味で言えば、「堕ちていく」という表現は正しい。
しかし一方で、沢渡に関してこんな風に描かれている箇所がある。
『奇妙なことに、そして皮肉なことに、沢渡は任官以来、自分が初めて警察官になったような錯覚さえ感じていた』
それまで沢渡は、刑事として惰性で仕事をしてきた。やる気もなく、才覚があるわけでもなく、ただ言われたことをそれなりにこなすだけの日々。外国人が碌でもない現実を作っていること、そしてさらに、警察が正義だけを道標にして捜査をしているわけではないこと。そういう諸々のことを、嫌というほど目にすることになった沢渡は、傍観者として存在するようになっていった。自分がいてもいなくても大きくは変わらない、何をしようがしまいが現実が動くわけではない。そういう諦念と共に、刑事である自分の存在を意識できなくなってしまっていた。
しかし沢渡は、あるきっかけから、刑事でありながらアンダーグラウンドの世界に自らの意志で足を踏み入れることになる。そうやって、刑事としてではなく、アンダーグラウンドを泳ぐ者として生きていく中で沢渡は、初めて自分が警察官になったような気分を得るのだ。
沢渡がそういう実感を得る背景には、警察の腐敗が存在する。正義を体現し、悪を取り締まる側であるはずの警察が、率先して悪に手を染めている。警察という圧倒的な権力を自在に操りながら、思い描く通りの現実を引き寄せそうとする。決して沢渡は正義感に溢れた男ではないが、そういう構図を知ってしまった以上、前に進みたくなくなってしまう気持ちは分かるように思う。
沢渡は、ヤクザである波多野と、義水盟の幹部である沈との関わり合いの中で、少しずつ考え方が変化していく。波多野も沈もアンダーグラウンドの住人ではあるが、彼らには彼らなりの矜持がある。確かに、手段は暴力であるかもしれない。しかし、その手段を取る目的は、大きな括りで言えば正義のためと言える。正義、とは大っぴらには言いにくい感もあるのだが、大きく括れば正義だろう。暴力という手段は決して使わないが、悪を忍ばせようとする一部の警察幹部とは真逆だと言えるだろう。沢渡は、波多野や沈が手に入れようとする正義に乗る。手段はどうあれ、彼らが目指す秩序には価値があると信じて、沢渡は前に進もうとする。
『そういうことだ。俺達には国も歴史も関係ない』
国や歴史を共有することで繋がるのではなく、目的を共有することで繋がる。生まれや育ちはともかくも、同じ方向に一緒に進んでいくバディとしてお互いが存在する。そういう不思議な関係性が、彼らの間に生まれる。矜持を貫くために、自分の立場やこれまで積み上げてきたものを使う。手段の是非を問うのではなく、その手段を取ることで実現される理想に目を向ける。アンダーグラウンドな世界のことを殊更に良く言うつもりもないし、非合法な手段は可能な限り避けるべきだと思うが、しかし彼らのミニマムなテロリズムは応援したくなってしまう。
物語は後半になるに連れて俄然面白くなっていく。ラストの大団円は、それまで描いてきた様々な舞台装置を一気に集約し、まさか!と思えるような終幕を引き寄せる。あまりにも出来すぎたラストでマンガみたいではあるが、その痛快さに痺れることだろう。
警察や敵対する組織を翻弄させる様々な展開は非常に面白いが、個人的に本書の魅力をもう一つ挙げるとすれば、波多野の存在だろう。
波多野と沢渡は、お互いに誰にも言いたくない弱みを共有する間柄だ。お互いが、同じ女を見殺しにした、という意識を持っているのだ。
沢渡は、ただ臆病で面倒くさがりなだけの男なのだが、波多野は違う。波多野は、その女を助けたいと思っていたが状況がそれを許さなかった。だから波多野はその後、別の女に償いをするようになっていく。かつて自分が女を見殺しにした償いに、ヤクザとは思えないような手助けを、窮地に立たされた女に対してするようになる。
らしいらしくないを判断できるほどヤクザには詳しくないが、たしかにヤクザらしくない振る舞いに感じられる。本来的にはまるで関係ない女の死を今に至るまで引きずり、する必要のない償いをし続けるヤクザ。そんな男だからこそ、カタギである沢渡とも、関係が継続していると言えるだろう。
彼らの物語を読んでいると、結局正義というのは、どこかの個人が信じる妄想に過ぎないのだろう、と思わされる。「正義」という、大きく固まった一つのものが存在するような感じがするが、きっと世の中にはそういうものは存在しない。それぞれが、それぞれの正義を妄想し、そこに突き進む。あとは、その正義を妄想している自分のことを、どれだけ信じてあげられるかだろう。
平凡でカッコ悪い、傍観者にしかなれない主人公が、どんなきっかけで自分なりの正義を妄想し始め、どう行動するようになっていくのか。短い物語の中で、その過程が魅力的に描かれていく作品だ。
月村了衛「黒警」
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