黒夜行

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警視庁心理捜査官(黒崎視音)

内容に入ろうと思います。
捜査一課に所属する吉村爽子は、新設された「心理応用特別捜査官」という立場にある。いわゆるプロファイリングをする役割で、FBIでの研究を元にして、特に異常犯罪者の犯人推定を行う。
しかしプロファイリングによる捜査を、捜査一課の刑事たちは信用していない。一匹狼で上昇志向が強い彼らは、そういう志向を持つからこそ犯人検挙が出来るのだが、しかしそれゆえに物事を見る視野が狭くなることもある。彼らにとって殺人の動機は痴情・怨恨・男女関係のもつれのどれかであり、殺人を快楽として犯す者が存在することを、まるで理解していない。
台東区蔵前の狭い路地で、異様な死体が発見される。うつ伏せの状態で奇妙な格好をさせられている女性の死体。爽子も現場に臨場し、性的殺人という見立てをしている。爽子は、幼い頃、知らない男の悪意に晒された経験があった。爽子が刑事になったのは、特にそういう性的殺人に対峙したいと考えたからだ。
捜査本部に心理捜査官として組み込まれた爽子だったが、27歳ながら小柄で童顔な女性であることも相まって、爽子の心理捜査官としての発言は蔑ろにされてしまう。所轄の巡査長である藤島直人と組むことになった爽子は、痴情や怨恨などに傾く捜査本部の方針に逆らうようにして犯人を追おうとするが…。
というような話です。

思ってたより遥かに面白い作品でした。なんとなく、「異常犯罪者vs警察」みたいな話なんだと思ってて、それはそれでまったく興味がないわけではないんだけど、別にいいかと思っていた本でした。でも実際は本書は、「警察組織vs個人」だったり、あるいは「警察腐敗vs正義」だったりと、より普遍的な対立が描かれているという感じがして、ただ「異常犯罪者vs警察」の話よりは遥かに面白い作品だと思いました。

爽子の造形がまず面白い。ありがちではあるけど、男社会の中で、しかも超童顔というだけでも十分苦労するだろうに、さらに彼女は心理捜査官という立場で捜査本部に入っている。足で稼ぐ捜査に重点を置く現場の刑事や、出世のため失態を犯さないことだけに執心するようなキャリアは、心理捜査官である爽子の意見を軽んじるのだ。爽子にしても、心理捜査官としての実戦らしい実戦は今回の事件が初めてなのだ。爽子にとっては、相当ハードルの高い環境だ。設立間もない頃に、爽子ではない心理捜査官が大きなミスをしたようで、そのことも捜査一課からの心理捜査官への不信へと繋がっている。

そういう、超アウェーな環境にいる爽子はしかし、少ないながらも信頼できる仲間を少しずつ見つけて、自分の考えの正しさを証明し、周囲に認めさせていく。男たちが、保身や見栄や組織の理屈で見当違いなことを言っている中で、真っ当な方針を立てて犯人を追い詰めようとする爽子。捜査本部は次第に、爽子の意見を受け入れざるを得なくなっていくのだけど、マイナスからのスタートだった爽子がいかにして、警察というガチガチな組織の中で戦っていくのかというのは読みどころの一つだ。

さらにその過程で、周りからどんなバックアップを受けるのか、というのも面白い。特に、爽子の上司である柳原明日香の活躍っぷりは凄い。この作品で描かれる事件は異常犯罪者によるものなのだけど、話の流れの中で、日本の国家機密級のとんでもない話が飛び出してきて、捜査本部でも扱いに難処する、という場面がやってくる。柳原は、その辺りのゴタゴタの中で絶妙な駆け引きを行い、事件の背後に潜む闇を掴んだり、状況を一変させるような手を打ったりする。爽子は爽子で、様々な場面でかなり危ない橋を渡るのだけど、柳原も見えないところで人知れずかなり危ない橋を渡るのだ。それが、部下を思う気持ちから生まれている、というのもとても良い。

この作品は、異常犯罪者に対処出来ない古い捜査本部と、それに対抗しようとする幾人かの個人の物語だ、と言っていいだろう。従来の捜査方法が通用しない異常犯罪者を相手にして、歴戦の強者が集う捜査本部は苦戦を強いられる。しかし、メンツとプライドはピカイチである彼らは、自前では捜査方針の変更や組織の論理からはみ出した行動を取ることが出来ない。そんな硬直した状況を、そもそも心理捜査官という別の立場で参加している爽子だからこそ、組織の論理を超えた形で関わることが出来るし、そんな爽子のあり方を見て信頼していく人たちもまた、爽子と共闘していくようになる。警察組織vs個人、みたいな作品は他にもあるが、本書はそれがかなり色濃く現れていると感じる。

組織側の人間も、もちろん犯人逮捕に全力を尽くす。その動機が功名心であろうがなかろうが、犯人が逮捕されれば良いと僕は思う。しかし組織側の人間は同時に、保身にも走る。組織を守るための行動も取るのだ。先程も触れたが、この作品では、捜査本部でどう扱うべきか判断の難しい案件が絡んでくる。犯人逮捕を最優先にしながら、彼ら組織側の人間は、扱いにくい案件をうまく使い切れない。つついて問題が起こるよりも、そこをつつかずに捜査を続け、それで犯人逮捕が出来なければ仕方ない、という論理を組み立てようとする。その案件は、警察の腐敗と関係するものだが、そういう積極的に腐りにいく者だけではなく、腐っているものに蓋をしようとするものもまた腐っていると言える。そういう二つの意味で、本書では警察腐敗が描かれる。

巨大な組織を前にして、個人はあまりに無力だ。抵抗し、奮闘し続けることは、無意味な結果しか生まない、ということも多いだろう。しかしそれでも、その状況で闘い続ける者もいる。そういう人を応援したくなる気持ちになるものだし、本書の場合も、巨大組織の中で塵芥のように翻弄される爽子に肩入れしたくなるだろう。本書は、心理捜査官が異常犯罪者と立ち向かう物語としてだけではなく、組織の中の個人が超巨大組織に立ち向かう物語として読んでも面白いのだ。

親本が2000年、文庫が2004年の発売なので、描写が古い箇所もある。携帯電話などはまだまともに普及していない頃の話だ。もちろんテクノロジーだけではなく、組織の中における女性の扱いなどの価値観も、今と比べてかなり古い時代の話だ。多少違和感はあるかもしれないが、ストーリーを読ませる力に溢れているので、そういう古さを特別気にせずに読むことが出来る。

ラスト、爽子がするある決断についてはどうにも理解し難くて、ちょっと無理があるなぁと思ってしまった。著者なりの理屈はあるのだろうが、僕には、物語を盛り上げるために主人公にそういう行動をさせた、という風に思えてしまった。個人的にはその点が少し残念ではあった。しかし、全体としては、これだけのページ数の作品を一気読みさせる、非常に面白い作品だと思いました。

黒崎視音「警視庁心理捜査官」



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2013年の個人的ベストです。

小説

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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
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4位 「消された一家
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7位 「ぐろぐろ
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)