モーツァルトは子守唄を歌わない(森雅裕)
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昔、「高砂コンビニ奮闘記 悪衣悪食を恥じず」という本を読んだことがある。これが森雅裕という作家との出会いだった。
大分昔に読んだので記憶は定かではないが、とても面白かった記憶がある。江戸川乱歩賞という、小説家の登竜門的な新人賞を受賞して作家デビューしながら、50代にして無職という著者が、人生初のコンビニアルバイトをする。その体験を描いたエッセイだ。
その作品の中で著者は、作家として編集者に干されたのだ、という趣旨のことを書いていた。実際のところはどうか知らない。ただ、色んな形でトラブルがあったようだ。どちらが悪いのかというのはよく分からないが、そんな結果著者は、実力がありながら今ではもう作家としてはほとんど名前が残っていない。
そんな著者の、江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作が本書である。デビュー作とは思えないほどレベルの高い作品だ。
舞台は、モーツァルトの死後18年経ったウィーン。トレークという名の楽譜屋が、「モーツァルトの子守唄」という、モーツァルト作だという小品を売り出したことがすべてのきっかけだった。
トレークと親交のあったベートーヴェンは、店先で一人の女性がトレークと揉めている姿を目撃する。シレーネというその女性は、この楽譜はモーツァルト作ではなく、自分の父の作だと主張している。楽譜屋は、無名の作曲家の楽譜なんか売れないんだから仕方ないだろう、となだめようとしている。シレーネは、モーツァルトの不倫相手の子だという噂がある。
ベートーヴェンは、「モーツァルトの子守唄」の楽譜に、二三おかしな点を見つけるが、その時はそこまで気に留めることはなかった。
モーツァルトは、同じくウィーン宮廷の楽長であったサリエリに暗殺された、という噂がある。宮廷での地位はサリエリの方が上だが、音楽的才能では圧倒的に敵わず、嫉妬のあまり毒殺した、というのだ。
「モーツァルトの子守唄」が世に出てから、おかしなことが立て続けに起こる。楽譜屋のトレークが劇場の貴賓席で焼死体で発見され、また、モーツァルトの「魔笛」の演出で知られるシカネーダーが急病で表に出てこれないのだという。「モーツァルトの子守唄」が出てから起こった不吉な出来事。それらはベートーヴェンの周囲で起こり、積極的に関わる意志があったわけではないベートーヴェンは、次第にモーツァルトの死の謎を取り巻くあれこれに巻き込まれていくことになる。
「モーツァルトの子守唄」にはどんな秘密が隠されているのか?モーツァルトの死の真相は?そしてその背後にある陰謀とは?音楽の聖地であるウィーンを舞台にして起こる、音楽家たちの争いはどう決着するか?
というような話です。
レベルの高い作品だな、と感じました。
30年近く前に発売された作品で、新人のデビュー作、舞台はベートーヴェンがいた時代のウィーンという、どうしたって手が伸びなそうな作品なのだけど、読んでみるとこれが意外にすいすい読めてしまう。登場人物もそれなりに多いし、外国人の名前や外国の地名はなかなかすんなり頭に入ってこない方なんだけど、結構読めてしまった。この読みやすさにまず驚いた。新人の作品はただでさえ読みにくいことがあるのに、さらに時代や舞台が現代の日本とはかけ離れているという設定だ。これだけスイスイ読ませる作品に仕上げるのは相当な手腕だろうと思う。
物語は、ベートーヴェンと弟子のチェルニーのコンビが動き回ることで展開されていくのだけど、このコンビもなかなか面白い。皮肉ばかり口にしてトラブルを引き寄せるベートーヴェンと、そんな師匠と互角のやり取りを見せるチェルニーという掛け合いの部分がとても面白いのだ。ベートーヴェンは別に正義感があるわけでもないし、親切なわけでもない。ベートーヴェンは、ただなんとなく、興味の赴くままにモーツァルトの死の謎に首を突っ込んでいる。そのせいで命を落としそうになるのだけど、それでもケロッとしている。なかなか豪胆だ。そして、そんな師匠と対等に付き合えているチェルニーのキャラクターも非常に魅力的だ。
本書をミステリと捉えれば、ベートーヴェンが探偵役ということになるのだろうけど、探偵という言葉からイメージされる積極性はない。悪い人間ではないのだけど、目的のためには手段を選ばない部分もあるし、嘘をついたり相手の裏をかいたりして、様々な形で情報を集めたり相手を罠にはめようとする。ベートーヴェンが実際にどんな人間だったのか知らないが、本書で描かれるベートーヴェンは、一人の人間としてなかなか魅力的で、本書はそういう意味である種のキャラクター小説と言ってもいいのかもしれない。なにせ、表紙の絵がパタリロの魔夜峰央である。表紙の二頭身のベートーヴェンはなかなか可愛い。
ストーリーは恐らく、かなり史実に基づいているのだろうと思わされる。正直僕には、どこまでが史実でどこまでが創作なのかまるで分からないが、例えば本書の冒頭に載っている「モーツァルトの子守唄」の楽譜は、どうも本物の楽譜のようだ。その「モーツァルトの子守唄」という楽譜を使って暗号を作ってしまうんだから凄いものだと思う。暗号そのもののレベルはそこまで高くはないが、分かる限りの史実は捻じ曲げずにそこにフィクションを挿入する、という形は非常に難しいだろうし、よくその設定で物語を創れるものだと感心した。
モーツァルトの死の謎にしても、ただのミステリ小説として捉えればさほど大したことではないように感じられるが、描かれている様々な要素がほぼ事実だとすれば、それらの事実の隙間に、こんな感じのありえそうな創作を組み込むことが出来るのか、という驚きがあった。
謎が随時現れては程よく解かれていく展開や、ベートーヴェンら一行が無茶をしたり窮地に陥ったりと、物語の起伏も様々にあって、なかなか読まされてしまう。その当時の日本を舞台にしていないから、30年前の作品であっても古さはまったく感じないし、先程も書いたけど文章もとても読みやすい。もう既に絶版だけど、今でも通用する作品なんじゃないかなぁ、と思います。
森雅裕「モーツァルトは子守唄を歌わない」
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