黒夜行

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枕もとに靴 ああ無常の泥酔日記(北大路公子)

内容に入ろうと思います。
本書は、北国最強の(とは言い過ぎかもしれないけど)酔っぱらいである著者が、ネット上につらつら書いていた日記を書籍化した作品です。

日記とは言うが、嘘ばかりである。それは著者自身も、冒頭でちゃんと書いている。3日嘘をつかないと死ぬ体質なんだそうだ。それは大変だ。何が嘘で何が本当かよく分からない。この著者が凄いのは、「さすがにそれは嘘だろ」と一般常識で考えればそう思える事柄も本当である可能性があり、また、「これは明らかに嘘である」とすぐに分かる話も、なんだかしみじみとした童話であるかのように読ませる、ということです。

と、先に嘘のことを書いてみましたけど、本当は先に酒のことを書かねばなりません。とにかくこの著者は、ずっと飲んでおります。実家ぐらしでフリーライターであるからこそ可能であろうこのだらだらグダグダした生活は、一部の人を羨ましがらせるかもしれませんが、大抵の人は自分はこんな風じゃなくて良かった、と思うことでしょう。しかし、こんな風じゃなくても良かった、と思いながらも、著者のこの自由さ、何にも縛られ無さみたいな部分には多くの人が惹かれることでしょう。しかし、ごく一般的な人間にはなかなかここまでだらだらグダグダした生活を貫き通すのは難しいことでしょう。暇さえあれば酒を飲み、仕事に追いまくられていても酒を飲み、読んでいたはずの文庫本をなくし、友人と愚にもつかない電話を長々とし、猫の斎藤さんをからかい、父親の言い間違いを見事変換し、両親から「お前の方が貰われ子だったら良かったのに」と言われ、周囲に大酒飲みの変人を集めに集め、薄い関係の彼氏と意味不明な会話をし、健康食品を売りつけようとする友人とバトルし、勧誘の電話に意味のない嘘をつき、そんな風にしながらも一応なんとか生活らしきものが成り立っている、なんていうわけのわからない生活は、なかなか普通の人は出来ないものなのです。だから著者は、多くの人が実現出来ないその生活を実践することで、無意識に皆が夢見ているもう一つの人生を体現するという崇高な使命と共に日々を送っているわけです。嘘です。

こんな風に、最後に「嘘です」とつくと、もはやどこからどこまでが嘘なのか分からなくなりますよね。このエッセイも、そんな感じがします。もしかしたら著者は、本当はお酒など一滴も嗜まれず、実感ぐらしでもフリーターでもなく、10人くらいの子供を育てながらヤクルトを配っていて、その合間にちょろっと嘘の日記を書いているだけかもしれません。いや、でもたぶんそうではありません。解説を書いているのが山本文緒なのだけど、彼女は著者と会い、まさに日記通りの人であるということを目の前で確認した、というようなことを解説で書いているのでした。まだ一応、山本文緒が共犯である説と、著者が逆猫かぶりである説などが存在しえますが、まあ大抵の人の興味はもう尽きているでしょうからこのお話はおしまいです。

著者自身の「どうせなら面白くなるように行動しよう」という発想、時に著者をも凌駕するほどの変態性を持つこともある周囲の人間、謎の家族関係や彼氏関係、そしてどれだけ失敗を繰り返しても酒を飲むことにかけては一切の躊躇がないその貪欲さなど、あらゆる要素が渾然と交じり合うことで著者自身の生活が成り立っていきます。さらにそこに、どんな些細なテーマであっても壮大な展開に広げることが出来る著者のホラ吹き能力が加わることで、この謎のエッセイが出来上がっているわけです。昔読んだエッセイでは、乙一の「小生物語」というのが抜群に面白かった。こちらも、著者の卓越したホラ吹き能力が発揮され、日常と嘘とを絶妙に織り交ぜながら展開される日記だったのだが、いかんせん乙一の場合は交友関係が狭かった。妄想や嘘は面白いのだけど、外的要因による変化に乏しかった記憶がある。北大路公子の場合は、外的要因による変化も多彩であり、日常の中で余人が想像さえしないようなことが起こったり、あるいは著者の頭の中で妄想されたりする。公平に判断すれば、乙一の「小生物語」の方が面白いように思うが、本書は、仕事として書かれたわけではない、著者のナチュラルな日常の発露(嘘だらけだけど)で構成されているという点がプロ作家のエッセイとはまた違ったおかしみを生み出しているのだと感じる。

「春洗い」「影日和」「夜まつり」「夏送り」など、明らかに嘘だと分かる話も出てくるんですけど、でも最初僕は結構信じてました。北海道にはなるほどこんなイベントが随時行われているのだな、と思わせる確かな筆力があるのです。「影日和」はともかく、他はどれも、なるほど北海道らしい、こんなイベントが実在していてもおかしくないかもしれない、と思わせるものであって、妙な説得力がある。日記といいながら、恐らく元ネタすらないだろう法螺話を延々と書き続ける凄さもあるが、教科書に載っているような短い読み物でも読んでいるかのような世界観が構築されている嘘で、ちょっと感心しました。

また、「新しいれいぞうこ」と題して、子供が先生に提出する日記に書いたような文面で新しい冷蔵庫が家にやってきた時の話を書いているのだけど、よくもまあ、ただ「家に冷蔵庫がきた」というだけのことで、嘘を織り交ぜながらこれだけの文章が書けるものだな、と感心しました。解説で山本文緒が、『取るに足らないことを洗練された技術で書くこと、それが延々繰り返されることで生じる異様な可笑しみ』というのが本書の説明としてまさに的確であって、あまりにもくだらない日常なのだけど、例えばそれを小津安二郎が映画にした、みたいな意味不明な文章のレベルの高さがあって、その落差が笑いを誘う作品だと感じます。

別に積極的に「読んで読んで!」と勧めるような作品ではないなぁ、と思うわけですが、読めば誰もが面白いと感じるでしょうし、このグダグダした日常を愛したくなるに違いありません。不思議な魅力を持つエッセイです。

北大路公子「枕もとに靴 ああ無常の泥酔日記」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)