極限トランク(木下半太)
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内容に入ろうと思います。
耳原敏夫は、大手広告代理店で働く一児の父。妻の悦子は、40代にして未だ美貌を保ち、セレブ向けのファッション誌でモデルをすることもある。娘のきららは中学三年生。最近耳原が話しかけても答えてくれないのが寂しいが、しかし耳原は、仕事にも家族にも恵まれ、周りからは成功者だと見られているだろうと感じている。
しかし、実際どうだろうか?自分は幸せだろうか?
そんな思いが渦巻く中、仕事にも疲れ、家庭にも居場所がない耳原は、気晴らしにスポーツバーに足を向けた。恐ろしく美しい女と話をし、何度かのナンパに失敗した後で、耳原はある男に出会う。
海老沢と名乗ったその男は、「他人の人生のコーディネーター」をしていると言った。そして、非日常を体感しないかというその男の口車に乗せられる形で、耳原は、仕事を休んで名古屋に向かうことになった。
まさかそこで、目隠しをされ、両腕を後ろで縛られた状態で、車のトランクに閉じ込められることになるとは…。
手も足も出ない、まさに極限状況に放り込まれた耳原は、ごく僅かな情報から、この窮地を脱する策を模索するが…。
というような話です。
状況設定はマンガ的で、リアルさを感じられるような作品ではありませんが、物語の状況設定さえ受け入れることが出来れば、その設定の中でとてもうまく物語を転がしていく、なかなか面白い作品だったと思います。
帯に、【舞台は「車のトランク」だけ】と書かれている通り、回想シーンを除けば、現在進行形で展開される物語は基本的に「車のトランク」の中だけで完結します。しかもその中で、主人公の耳原は、手を縛られ目隠しをされ狭い何かに押し込められた、まったく身動きが取れない状態でいます。きちんと使える感覚器官は聴覚だけ。あとは、広告マンとして身につけた「相手の目線に立って考える力」「プレゼンで相手を圧倒する力」を元に、自分が置かれている窮地を脱しようとします。
もちろんそれは、困難を極めます。誰がこの状況を作り出したのか、それはさすがに海老沢だと耳原も気づきますが、海老沢がどんな意図でこの状況を作り出し、何を目的にしているのか、さっぱり分かりません。なにせ耳原からすれば、海老沢はスポーツバーで会っただけの他人なわけです。推測できるようなパーソナルな情報をまったく持ちあわせていない。それでも、状況が展開されていく中で、少しずつ耳原は、自身が置かれた状況を把握していくことになる。
しかしそれらの状況は、耳原をさらに混乱に陥れます。まさかと思うような展開が次々に現れて、その度に耳原は過去の自分を悔やんだり、自分のことしか見えていなかった日々のことを振り返ったりします。そしてその中で耳原は、自分に訪れる運命を受け入れ、そしてある一つの事柄だけは絶対にやり切ると心に誓います。
この物語は、基本的にエンタメ作品で、別に作中から深い何かを読み取る必要などないのですけど、この耳原の心の動きから僕は、「幸せ」な時はその「幸せ」に気づくことが出来ないのだろうな、と改めて感じました。
耳原は、この極限状況に陥ることで、自分にとっての大切なものの存在を改めて理解することが出来た。それまでも、殊更見失っていたわけではないのだけど、殊更意識するものでもない。耳原にとってこの極限状況は、最低最悪と言っていい、二度と体験したくないものだろうが、しかし、これだけは絶対に見失えないと強く認識させてくれたのもまたこの極限状況であるわけで、少なくともその点だけに限って言えば良かったのかもしれません。
極限状況に陥らなければ大切さに気づけないような人生は歩むまい、と思える一冊でもあります。
木下半太「極限トランク」
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