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小さな男*静かな声(吉田篤弘)

文庫本の巻末にある解説。あれは基本的に僕は好きじゃない。「解説」という存在そのものを嫌っているわけではない。「解説」として提示される文章に、あまり好ましいものがない、と思うことが多い、という意味だ。

僕がもっとも嫌いで、そして「解説」に最もありがちな文章というのがある。それは、「作品の外側にあるものまで含めて書く文章」だ。例えば、その本がどんな雑誌に連載されていたのか、著者がどんな経歴を辿ってきたのか、著者の他の作品はどうなのか…。こういうことについてグダグダ書いている文章は、僕は好きになれない。

もちろんこれは好みの問題だ。そういう文章が好きだ、という人もいるだろうし、そういう「解説」が多数を占めている以上、そういう文章が求められているのだ、と考えるのが自然である。

時々、いいな、と感じる「解説」に出会うことがある。それは大抵、その作品についてだけ語っている文章であることが多い。そしてさらに、その作品を読んだ読者(読む前の読者ではなく)に対して、新たな発見をもたらしてくれる文章だと、なお素敵だと思う。

本書の解説は僕にとって、とても好ましいタイプの「解説」だった。重松清氏が書く文章は、この作品についてだけ触れ、さらに、読み終えた僕に対して新たな発見をもたらしてくれるものだった。

『それぞれの物語はさらに、一人称で語られる挿話と三人称での挿話とに分かれるのだ』

これは、本当に驚いた。僕は、本書のこの構成に、まったく気づいていなかった。『それ以前に、読者は気ぜわしく目を移動させることで疲れてしまって、せっかくの物語を味わえなくなってしまうのではないか』と危惧していた重松氏も、こんな風に書いている。

『ところが、いざ読み進めてみると、視点の移動はまったく忙しくない。というより、一人称から三人称へ、三人称から一人称へと切り替わるところがじつになめらかで、それを意識することすらほとんどなかったのだ。驚いた。いやほんとに。』

この気持ちは、僕もまったく同じだ。全然気づかなかった。読みにくい、と感じた箇所なんて全然ない。以前、同じように一人称と三人称が混ざった作品を読んだことがあって、それも読みにくいなんてことはまるでなかったが、しかし混ざっていること自体には気がついた。今回は、それに気づきもしなかった。本当にびっくりした。

もうひとつ、解説の文章から引用しよう。

『だから、決して僕たちは物語の引力で頁をめくっているわけではない。作品の大半を占めているのは、二人の主人公が営む暮らしのディテールである。いわば、本作は<小さな男>と<静かな声>の長い長い自己紹介―もう少し僕の好む言い方をゆるしていただくなら、彼と彼女の「たたずまい」を描く小説なのである』

この文章は、まさに本作を的確に言い表している。付け足すことなど何もないほどに。

物語的な起伏はほぼないと言っていいだろう。ちょっと大げさに言えば、この小説の中では、物語的なことは何も起こらない、と言ってしまってもいいくらいだ。
それは、物語的な物語(変な日本語だが)に慣れ、そういう物語を好む人には、つまらなく感じられるかもしれない。正直、僕も読みながら、少し退屈を感じていた。それは否定しない。だから誰か他人に、「この本面白いから読んで」とは、なかなか言い難い作品だ。「どんな風に面白いの?」と聞かれて、何も答えられないからだ。ただ、本書を読むと、日常を見る際の網目みたいなものがより細かくなっていくような感じがして、それは、ただ物語を楽しむ、という以上の何かをもたらしてくれるのではないか、という気がするのだ。

この作品には、ちょっとした妄想や、日常生活における本当にささいな出来事がつらつらと描かれていく。ともすればそれらは、僕らの日常の中では意識されないほどの、どうでもいいくだらないものに見えてしまうかもしれない。しかし本書の中で妄想やささいな出来事がこれほどまでに丁寧に描かれているのを読むと、僕らは日常の中のとても面白い何かを見逃しているような気分になる。ゲームやテレビやSNSやYouTubeなど分かりやすい面白さに慣れてしまっている現代人が無意識の内に切り捨てている日常の余白に、気づきさえすれば、語りさえすれば、これほど面白くなる何かが眠っているのだ、という事実を、この作品は教えてくれる。

本書には、そういう価値があるのではないか、と僕は感じているのだ。

例えば、僕がとても印象に残った文章を引用してみよう。

『新聞というのは何故、読み終わった途端に「新聞紙」になってしまうのだろうか』

どうでもいい疑問である。しかし、確かに!と思わせるだけの発見がそこにある。『雑誌は読み終えても雑誌のままだし、本も本のままである。しかし、新聞だけは読み終えると新聞紙になってしまう』というのは、確かに素晴らしい発見だと僕は感じた。

僕なりの説明を付けるとすれば、新聞紙は有用だから、となるだろうか。雑誌や本は、読み終えた後、何らかの転用が出来るようなものではない。しかし新聞紙は、割れそうな物を包んで送るとか、新聞紙でガラスを拭くと綺麗になるとか、そういう「読む」以外の転用が可能なのだ。だから、「読む」ための「新聞」と、「使う」ための「新聞紙」に分かれるのだろうし、「新聞紙」があまりにも有用だからこそ、読み終わった瞬間に意識として「新聞紙」に変わるのだろうと思う。

しかし、こういうことを僕は人生の中で考えたことがない。本書の中にはこういう、些細な発見や気付きが詰まっている。人によってどこに引っかかるかは様々だろう。日常の隙間に転がっている、不思議と目を向けてこなかったもの。そういうもので溢れた作品なのだ。

また本書には、様々なモノが登場する。

「トマトの香りがついた消しゴム」「子供用の切れにくいカッター」「超精密ドライバー」「ブルース・リーの写真入りキーホルダー」「逆さになったコップから水がこぼれる瞬間の絵葉書」「アイオワで採集された謎の隕石の絵葉書」

こういったモノが様々に登場する(面倒になって一箇所から抜き出したが、作中の様々な場面でこういうモノが登場する)。

これらは、意識して思いつこうとしてもなかなか難しい、意識の隙間に落ち込んでいるようなモノたちではないか、と思う。そういうモノを著者は、スルリと登場させる。こういうなんだか分からないけど妙にリアリティがあるモノの登場のさせ方がうまいな、と感じる。こういうモノたちが要所要所で効果的に登場することで、この作品のなんとも言えない不可思議な雰囲気がより強くなるのではないかと思う。

先程から書いているように、本書にはほとんど物語らしい物語は存在しない。デパートの家具売り場で働く<小さな男>と、深夜のラジオに単独で抜擢されたばかりに<静かな声>の二人が、それぞれのささやかな日常を生きていく物語だ。それで、この作品の内容紹介は十分である。あとは読んでみて欲しい。

僕は、この作品が退屈ではない、とは言わない。どうにも退屈だな、と感じる部分もある。しかしだからと言ってこの作品がダメということではない。重松氏も書いているが、寝る前に少しずつ読む、そんな読み方をしてもいいかもしれない。

吉田篤弘「小さな男*静かな声」


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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
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1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
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4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
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10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
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5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
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10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
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8位 笹本稜平「天空への回廊
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13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
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15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
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18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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1位 「「科学的思考」のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)