黒夜行

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地上最後の刑事(ベン・H・ウィンタース)

あと半年で地球が滅亡するとしたら、何をするだろうか?
と考えてみても、特にやりたいことは浮かばない。
むしろ、あと半年で死ぬというのに、積極的に何かをしても仕方ないんじゃないか、と思いそうな気もする。
みたいなことを考えると、人間は、長く生きざるを得ず、いつ死ぬか分からないからこそ、自分の望んだことをしたり、新しいことにチャレンジ出来たりするのかもしれない、と思ったりもする。

半年後に小惑星が地球に衝突して人類が滅亡するとしたら?という質問をした時、とにかく犯罪が増えるから、先にそういう犯罪に巻き込まれて死んじゃうかもね、という意見が出た。それに対して、「それは嫌だ。どうせなら小惑星の衝突で死にたいじゃん」と言った人がいて、それには凄く共感できた。
確かに、地球に小惑星が激突しなくても起こりえるような出来事で死ぬのは馬鹿らしいな。どうせそんな一大イベントが起こるなら、まさにその小惑星の激突によって直接的に死を迎えたい、と思う。しかしそうなると、残り半年、健康なまま生きていく努力をしなくてはいけない。酒に溺れたり、身体を壊すほどの運動をしたり、あるいは身体を動かせなくなるくらい不精をしたり、健康を損なうような食生活をしたり…。そういうことは避けなくてはならない。もしかしたら、小惑星の衝突がはっきりする以前よりも、健全で健康的な生活を心がけるようになるかもしれない。健康な身体で万事小惑星の衝突によって死ぬために。

この作品の中では半年後の人類滅亡を前に、仕事を辞めて好きなことをやり始めたり、大麻などに手を出したり、犯罪に手を染めるようになったりと、様々な形で、半年後の滅亡に反応する人々の姿が描かれていく。その中にあって、主人公の刑事は、犯罪捜査に従事する。周囲から、奇異の目で見られながら。


コンコード警察署犯罪捜査部成人犯罪課のヘンリー・パレスは、つい最近昇進したばかり。成人犯罪課の刑事三人が早期退職したからだ。恐らく、半年後に迫った小惑星の衝突と関係があるだろう。
今から約半年後の10月3日、炭素とケイ酸塩でできた直径6.5キロの小惑星が地球に衝突することになっている。ありえないほど長い周期の楕円軌道を通る小惑星の存在は、天文学者の誰一人として想定外であり、地球への衝突をもっと早く知ることはほぼ不可能だった。
そんな地球においてヘンリーは、コンコードで起こったある事件の捜査に着手する。刑事に昇進してからの初めての事件だ。マクドナルドで自殺した男性。自殺?いや、どうみても自殺に見えるが、ヘンリーは他殺と判断した。半年後の人類滅亡を悲観して首吊り自殺が増えているし、首吊り自殺はあまりにも日常的になっているので軽く見過ごされてしまうが、しかしヘンリーの勘ではこれは殺人事件だった。死んでいた、保険会社の計理士だったピーター・ゼルが首を吊っていたベルトだけ高級品だったことが、他殺説を匂わす唯一の物証だった。
ヘンリーは、ゼルを殺した犯人を捕まえるべく奮闘する。しかし、様々な方向から捜査を続けるも、そもそもゼルが他殺であるという決定的な証拠さえ見つけることが出来ないでいる。ヘンリーも次第に、ゼルは自殺だったのかもしれない、という方向に思考が傾いていく。さらに、妹のニコが厄介な話を持ち込んでくる。夫のデレク・スキーブが帰ってこないというのだ。ヘンリーは捜査中であると伝え断ろうとするが、うまくいかない。結局ヘンリーは、ゼルの事件と、ニコの夫の捜索とを同時並行で行うことになる。
『ところが、刑事に昇進してからは、じれったいような歯がゆいような、名づけようのない感覚にすっぽり包まれていた。タイミングが悪かった、運が悪かったという不満が消えなかった。物心ついてからずっとやりたいと思い、待ちのぞんできた仕事についたのに、失望感をいだいていた。こっちこそおまえに失望したと、仕事はいうだろうけど。』
憧れの刑事になれたヘンリーは、自身の最初の捜査であるゼルの事件に強い思い入れを持っている。なんとかこの事件を解決出来ないだろうか?周囲から、どうしてそこまで熱心に捜査を続けるのかと訝られながらも、ヘンリーは捜査の手を休めない…。
というような話です。

なかなか面白い話でした。設定としては、伊坂幸太郎の「終末のフール」と近いなと感じました。違う点は、「終末のフール」は、隕石によって地球が滅びると人々が知らされてから既に数年経っている、という点だ。本書の場合、半年後に小惑星の衝突で滅亡しますと結構唐突に通告されるので、人々の同様が激しい。激しいが故に、極端な行動を取る者も増えてくる。そういう世界観の中で描かれる警察小説で、ごく一般的な警察小説とはあらゆる点で異なる作品です。

まず、半年後に滅亡するのに熱心に仕事をしている主人公ヘンリーの描写が面白い。ヘンリーは、周りが仕事をサボっていたり、世間が緩やかに崩壊していく様を見ていても、自身がやるべきだと感じている捜査の手を緩めるつもりがない。そこには、彼の過去の出来事や、人間としての正義感、真実を知りたいという強い思いなどが横たわっている。それらの背景について、はっきりと描写される場面は少ないが、ところどころに挿入されるエピソードがから、こんな事態になってまでも捜査に専念する主人公の人間的な輪郭が少しずつ明らかになっていく過程は面白いと感じる。

また、半年後に地球が滅亡する世界で、どんな出来事が起こっていくのかを、かなり細かくシミュレーションしているだろうと思う点が、作品のレベルを高めていると思う。世界的企業は倒産し、その海賊版とでも言うべき店舗が継続している。インターネットは、警察など一部機関しか接続出来ていない。人々は麻薬などの薬物に手を出すようになっていく。ガソリンは手に入らないから、廃食油で車が動くように改造されている。基地局の維持が出来ず、携帯電話はところどころでしか通じない。他にも細々とした描写から、人々が半年後の滅亡という事態を様々に捉え、それまでの人生を放棄するかのようにして新しい生き方に飛び込んでいく様子と、それによって社会にシステムや秩序が少しずつ壊れていく様子が丁寧に描かれていく。

本書のような物語を読むと、僕らの社会のシステムや秩序は、多くの人間の無意識の意志によって支えられているのだな、と感じる。誰もが、自分の人生はこれからまだまだ先ずっと続いていく、と思っているからこそ、それらは維持されている。その共同幻想が失われてしまえば、システムも秩序もあっという間に壊れていってしまう。人間は、集まり、お互いが持つ能力などを様々な形で交換していくことで、一人では出来なかった様々なことがやれるようになった。そうやって社会が生み出されてきたわけだけど、その基盤が実は脆い共同幻想によって支えられているのだ、という現実を改めて理解できたような気がする。

事件そのものは、僕にはうまく評価出来ない。ミステリとして、このストーリーがどう評価されているのかよく分からないが、ミステリとして読むには、展開が緩やか過ぎるように感じる。もちろん本書の場合、事件そのものと、半年で滅亡してしまう世界の描写とが同時並行で進んでいくので、事件自体の展開が遅いからと言って物語がつまらないということにはならない。しかしそうは言っても、展開が緩やかだなと思う。なんにせよ、自殺なのか他殺なのかさえ終盤にならないと確定しない。もちろん、それが魅力の一つでもあるのだろうけど。個人的な意見だが、主人公の、職務を全うしようとする姿勢は素晴らしいが、しかし、自殺なのか他殺なのかも判然としない事件をそれでも追い続ける執念みたいなものを作品内で維持できていたかと言うと、ちょっとそれは認めがたいと感じる。他殺と確定している事件を追うのであれば、ヘンリーの性格や価値観的に半年後に地球が滅びようがなんだろうが捜査はするだろうが、自殺なのか他殺なのか確定しないのにそこまで執念深く捜査をしている感じには、ちょっとリアルではない印象を受けてしまった。

全体の設定は非常に斬新で、その設定を忠実に描き出そうとするリアリティの追求もとてもいい。そして、その設定を背景に、それでも奮闘する主人公を描き出したのもとても良かったと思う。事件そのものには強く惹きつけられることはなかったが、作品全体の完成度は非常に高いと思います。

ベン・H・ウィンタース「地上最後の刑事」


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2013年の個人的ベストです。

小説

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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
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4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)