黒夜行

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「言の葉の庭」を観ました

誰かの属性を好きになるわけじゃない。

どんな容姿をしていて、どんな仕事をしていて、家族はどんなで、何が趣味で、どれぐらいお金を持っていて、どこに住んでいるのか…。
そういうことは、誰かを好きになる理由にならない。好きになるきっかけになることはあっても、それは好きになる理由ではない。

でもみんな、そういう属性ばかり気にしている。

『でも君は、違う世界ばっかり見てたのね』

言葉で、理解したいから。誰かを好きになった理由を、言葉で理解したいから。だから、属性のことばっかり気になってしまう。私があの人のことを好きな理由はこうだと、はっきりと言葉で捕まえられないと不安だから。そういう属性があるから私はあの人を好きになったんだと安心したいから。みんな、言葉で表現される属性を確認しようとする。

でも、そういうのは、なんか違うような気が、僕はしている。

『夜眠る前。朝目覚める瞬間。気づけば、雨を願っている』

相手の属性が分からなくても、誰かに惹かれることはある。それは、一目惚れと呼ばれることが多いし、大抵容姿に惹かれたのだと判断される。まあ、そういう部分もあるだろう。でもそれは、そう考える方が楽だという共通認識があるからだ。相手の属性も知らないまま誰かを好きになったなんて、容姿に惹かれたんだろう、捉えることが分かりやすいからだ。言葉で表示された属性に惹かれるべきだ、という感情が、社会を支配しているからだ。

『本当は、梅雨はあけてほしくなかった』

人はたぶん、もっともっと、言葉では捉えきれない何かで、人を好きになっているはずだと思う。それを何と呼んでも、別に構わない。けれど、言葉で表示された属性を少しずつ引き剥がしていって、最後に残るそれが、誰かと誰かを本当に繋いでいるものなのだと僕は思う。

人を好きになることについて、少し、ロマンを求めすぎているのかもしれないけれど。

「あの人のどこが好きなの?」とか、「どんな人がタイプなの?」みたいな質問が世の中に溢れすぎている。それは、就職の面接の時の回答のように、模範解答があって、それはだから、自分の感覚からどんどんズレていく。言葉にすればするほど、自分が好きなタイプの人の輪郭がぼやけていく。僕には、それらの質問にうまく答えられない方が、人間関係として自然なのではないかと思っている。言葉で捉えられてしまう時点で、それは、本質ではないように僕には感じられてしまう。

『大事なことは言わないで、なんにも関係ないって顔して、ずっと一人で生きていくんだ』

言葉がなくても一緒にいられる関係。少なくとも僕には、それが関係性の一番の理想だ。けれど、何かを言葉に押し込めて、言葉で理解することで安心したい人は、言葉で捉えられない関係を不安定だと感じ、不安になる。だから、言葉で属性を捉え、言葉で関係性に名前を付け、「好き」という言葉を求める。まるで二人の間を繋いでいるものは言葉でしかないかのように、言葉がなければ一緒にいられないかのように、何もかもを言葉で捉えようとする。

『どうせ人間なんてみんなどこか少しずつおかしいんだから』

言葉で余白を塗りつぶした関係性には、もう、どこにも向かう先がない。二人の世界は、どの方向を向いても、全部言葉で埋め尽くされている。本来なら言葉では捉えきれない部分も、この世に存在するなんらかの、一番近似値と思える言葉で塗りつぶしていく。それが恋なのだと、愛なのだと、たぶんみんな思っている。そうしないと、関係できないのだと、思い込んでいる。

あー、窮屈だなぁ。

『あの人に会いたいと思うけれど、その想いを抱えているだけでは、ただのガキのままだ』

若い時は、属性ばかり気にしていた。属性しか、目に入らなかったからだ。言葉でしか、物事を捉えきれないと思っていたからだ。ある程度、それは仕方ないことだ。若さとは、世界の狭さと、ほとんど同義なのだから。

言葉で様々なものを捉えるという訓練をずっと続けてきて、そうしてその結果、僕自身がは、言葉では捉えきれないものに惹かれるのだ、ということに気づくようになった。言葉という武器で捉えよう捉えようとしても、どうしてもすり抜けてしまうものがある。どんなにピッタリの言葉を当てはめようとしても、どうしても近似値であるようにしか思えないものがある。そして僕は、そういうものに強く関心があるのだと分かってきた。

そう気づくようになると、世の中に存在する(つまりそれは、言葉によって存在する)関係性が、ひどくつまらなく思えるようになってきた。元々、名前の付く関係は、不得意だった。家族、恋人、先輩後輩…。そういう関係が、苦手だった。どうしてそうなのか、次第に分かるようになってきた。言葉で名前が付けれてしまう時点で、それは、僕にはどうでもいいものに思えてしまうのだ。

『晴れの日のここは、知らない場所みたい』

そう、そこは、言葉では成立していない、余白みたいな場所なのだ。「言の葉の庭」は実は、言葉ではないもので満たされているからこそ、特別な場所なのだ。


15歳のタカオは、雨の日の午前中は、学校をサボることに決めている。雨の日は、地下鉄を乗り換えずに改札を出て、新宿に広大な敷地を持つ公園の東屋で、叶うかどうか分からない夢を追いかけている。
ある日そこで、年上の女の人と出会う。朝からビールを飲んでいる。つまみは、チョコレートだ。その日からタカオは、雨の日の午前中だけ、そこでその女の人とよく会うようになった。
『できることならそれを仕事にしたい。そう誰かに言ったのは初めてだ』
靴職人を目指し、東屋で靴のイラストを書き続ける少年。
『私ね、うまく歩けなくなっちゃったの。いつの間にか』
スーツを来ていつも東屋でビールを飲む、27歳の女性。

『私はあの場所で、一人で歩けるように練習をしていたの。靴がなくても』

雨の日だけ会える相手との、約束のない逢瀬。モヤモヤした思いを抱えたまま日常を生きる彼らは、お互いの存在を通じて、新たな道を歩んでいく。


凄く好きなアニメでした。
ストーリーも映像も、どちらも素晴らしいと思いました。

ストーリーは、よくあると言えばよくある物語です。もの凄く単純に言えば、男女が出会い、お互いに惹かれ合って、でもそれぞれの事情からお互いに積極的に会うことは出来なくて、そういう障害を乗り越えた先に新しい関係性が生まれる、というような流れです。

よくあると言えばよくあるんですけど、でも、物語や登場人物のディテールが実に丁寧に描かれていくので、非常に奥行きのある物語に仕上がっていると思います。

『晴れの日は、自分が酷く子供っぽい世界にいるのではと焦る』
『はっきりと分かっていることは二つだけ。あの人にとって15歳の俺はただのガキだということ。そして、靴を作ることだけが俺を違う場所に連れて行ってくれるはずだということ』

タカオは、自分の15歳という年齢が気になっている。それは、年上の女性と恋愛することにおいて、という意味ではない。相手に人間として認めてもらう上で、という意味だ。15歳という年齢が、タカオを臆病にする。靴職人になりたいという、本人は叶わないかもしれないと思っている夢を持っていることも、『まるで世界の秘密そのものみたい』な彼女と関わることも、全部。

タカオはとても大人っぽい。とても15歳とは思えない。すでに社会に出ている兄のためにご飯を作り、靴職人というはっきりとした目標を持ち、年上の(とはいえ年齢も知らない)女性ともそつなく会話が出来る。同世代とは、なかなか話が合わないだろう。自分のことを子供だと思わなくてもいいだけの素質が、タカオには十分にある。

しかしそれでもタカオは、自分の年齢に囚われ続けてる。その観点からしか、物事を見ることが出来ない。自分は15歳だから、自分はまだガキだから。そういう卑屈さが、タカオにブレーキを掛けさせる。

『ねけ、私、まだ大丈夫なのかな』
『27歳の私は、15歳の私と比べて、全然賢くない』

ユキノという名前だと後に分かるその女性は、やり場のない思いを抱えている。彼女が何を抱えているのか、具体的なことは後半になるまで分からない。分からないが、しかし、彼女が日常の狭間で見せる様々な断面は、27歳の女性が社会の中で生きていく厳しさみたいなものをじわじわと感じさせる。

しかしそういう姿は、タカオの前では見せない。『まるで世界の秘密そのものみたい』とタカオに思われている彼女。何者でもない自分でいられるその場所で、彼女は、何者かになろうとしてもがいている少年と、言葉を必要としない空間を作り出していく。

それは彼女にとって、窮屈で鋭い牙だらけの殺伐とした日常の中に、ふっと湧き上がった奇跡のような場所だった。雨の日にしか現れないその場所は、大人びた少年が無意識の内に生み出した空間。お互いに属性のない、言葉で飾られていない存在としていられる場所。彼女を傷つけようとする何かが、降り注いでこない場所。

だから彼女は言えなかった。自分が何者であるのかを。言ってしまえば、この空間が壊れてしまうことを知っていたから。

『あれ以来、私、ウソばっかりだ』

梅雨があける頃。その奇跡のような場所は、元のなんでもない場所に戻ってしまう。二人の関係も、そこで終わってしまう。
はずだった。

若さと夢を持ちながら、ガキであることを後ろめたく思う少年と、若さも夢も失いつつ、大人であるという幻想を見せることで少年からの眼差しを手に入れる女性。お互いに相手をそうは見ないけど、お互いの精一杯がギリギリのバランスで保たれていた場所で、二人は、未来へと向かって歩き出す力を蓄えていく。

言葉を費やさず、細かな描写を重ねることで、彼らの心情や変化を的確に切り取っていく感じが実に見事で、要約すれば単純に思える物語を惹きつける物語に見せている。

そして、映像の美しさもまた、このアニメ全体の世界観を左右する大きな要素になっている。

まるで実写のよう、というと少し言い過ぎだが、ふとそう思わせるような繊細さがこのアニメにはある。そして、実写を超えている部分さえあると僕は感じた。

木々の緑、雨で煙る空、環境光を反映する人物、新宿の様々な街並み、本。そういうものが、それまでのアニメでは見たことがないような精度で描かれていく。駅の表示板や本の中身など、そこまで描くか、というほどリアルに描かれていく。作中で登場人物が本をパラパラめくり、あるページに目を留める、というシーンがある。このシーン、恐らく一時停止すれば、ページに書かれた文字が正確に読めるように描写されていると思う。教室の机に置かれた本も、本棚に置かれている本も、何の本か分かるくらい正確に描写されているし、ユキノが飲むビールやペットボトルのジュースに至るまで、どのメーカーの何であるかがはっきり分かるほど描き込まれている。

とはいえ、ただそれだけであれば、アニメを実写に近づけようとする(しかし絶対に実写には届かない)努力でしかない。

しかし僕は、アニメだからこそ実写を超えることば出来る部分があるのだ、と感じたシーンがある。

その前に浮世絵の話をしよう。浮世絵に詳しいわけではないが、洒落のあの有名な、歌舞伎役者を描いた浮世絵について、こんなことを聞いたことがある。あの歌舞伎役者の手は、実際よりも小さく描かれている、と。そのために、顔の迫力みたいなものがより強くなって印象深くなるのだ、と(正確には記憶していないから、間違いかもしれない)。

実写は、実際にあるものを写る通りにしか切り取れない。しかし絵であれば、様々な技法によって、強調したい部分をより強く印象付ける工夫をすることが出来る。

僕がそれを感じたのは、雨が地面に落ちて飛沫が上がるシーンだ。
実際にカメラで撮っても、雨が地面に当たった時の飛沫は、あそこまでダイナミックではないと僕は思う。しかしこのアニメの中では、雨が重要なモチーフであることもあるのだろう、雨が地面に当たって飛沫を上げる場面が、とても強調されて描かれていたと僕は感じた。作中の緑の描き方も非常に印象的だったけど、この地面で飛沫を上げるシーンが、映像的に一番印象的だった。

このアニメでは、雨が本当に印象的に描かれている。作品全体のモチーフとして非常に重要な雨。それを、アニメだからこそのやり方で非常に印象深いものとして観客に提示している。これだけ実写に寄せたアニメにするなら、いっそ実写でもいいのではないか、と思う自分もいないわけではない。しかし、アニメだからこそ出来るやり方で、重要なモチーフである雨を描き出す。その一点だけでも、この物語がアニメで描かれているという意味があるのではないか、と僕は感じました。

46分という、劇場で公開するものとしてはとても短いアニメながら、非常に印象深い物語と映像でした。

「言の葉の庭」を観ました
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