スチームオペラ 蒸気都市探偵譚(芦辺拓)
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内容に入ろうと思います。
蒸気機関を主な動力源とする大都市に暮らすエマ・ハートリーは、空中戦<極光号>の船長であるタイガーを父に持つ。<極光号>は、エーテル推進機という、蒸気機関、歯車式思考機械に次ぐ、世界を一変させる発明によって誕生した。宇宙にあまねく存在するエーテルという物質に作用することで、宇宙空間の長距離航行が可能になるというものだ。このエーテル推進機を搭載した<極光号>の登場により、地球外の惑星の探査が可能になった。しかし、幾度か<極光号>が地球に帰還しなかったというきな臭い噂もある。
新聞記者が記事を楽器の演奏に載せて送ったり、特殊鋼製の送気管を疾駆する圧搾空気推進超特急など、蒸気機関をベースとした様々な技術が彼らの生活を向上させていた。
エマは、久々に地球に帰還する父を迎えに港へと向かったが、どうも様子がおかしい。<極光号>内で何か起きたようなのだ。エマは、幼なじみであり、<極光号>の出航に尽力したファニーホウ地理学基金を創設した一家に属するサリーの振りをして<極光号>の船内に潜り込むことに成功した。
中にあったのは、謎の繭状の物体だった。そして、結果的に、エマがその繭に近づいたことで、その繭が内側から開き、中から全裸の男の子が出現したのだ。
ユージンという名だと後で分かることになるその少年とエマは、色々あって、随一の名探偵であるバルサック・ムーリエの事務所で見習いをすることになった。どんな事件も解決する私立探偵でありながら、犯罪の博物学者・科学者・探検家と、様々な分野で重要な功績を残している、みなのあこがれの人物だ。ムーリエ氏と共に犯罪現場に赴くようになるエマは、そこで、まったく理解不能な不可解な犯罪を目撃することになる…
というような話です。
これはなかなか凄い物語でした。よくもまあこんな設定を作り上げて、こんな風に物語を着地させたな、という驚きに満ちた作品です。SF的な設定を綿密に作りこみ、丸ごと一つの歴史を作り上げてしまうぐらいの世界観の中で、本格ミステリをやるというのは、相当困難だっただろうな、と思います。よくぞその高いハードルに挑戦したものだ、という感覚が非常に強くありました。
正直、フェアかどうかで言えば、難しい部分はあります。僕自身は、ミステリを読んでて、そこまでフェアかどうかに関心がないので、まあいいんじゃないかと思います。ただ人によっては、これはちょっとフェアではないだろう、と思う人もいるかもしれません。確かに本作は、「さぁ、犯人は誰でしょう?」的な、読者への挑戦スタイルの作品にすることは出来ません。謎解きに必要な情報を予め提示するわけにはいかないからです。しかし、そこを実に上手く隠し、それを隠すために世界をより細密に作りこみ、そうやって組み上げていった世界の中で、読者にとんでもない構図を提示し驚愕させる、という点に重きを置いているというだけです。フェアかどうかにこだわり過ぎずに楽しむのが良いのではないかと思います。
正直、序盤は、読み進めるのがちょっと辛いかな、と感じました。元々僕はSFやファンタジーのような、世界観が丸ごと僕らが生きている世界とは違う設定の物語というのは得意ではありません。基本的に映像喚起能力が欠如しているので、どんな本を読んでいても頭に映像は浮かばないのですが、普通の小説であればそれでもさほど問題はありません。しかしこういう異世界の話の場合、自分の映像喚起能力のなさのせいで、うまく物語の世界観を掴めないので、しんどいなと思ってしまいます。
本書も物語の冒頭はそういう印象を受けました。蒸気機関がメインの動力であるという設定をリアルにするために様々な描写が登場するのですが、基本的にどんなものなのか想像することは出来ませんでした。
ただ、そういう設定の部分をとりあえずやり過ごしてしまえば、後は物語はスイスイ進んでいくのではないかと思います。少女が少年と出会い、天才的な名探偵が登場し、謎めいた事件が発生し、さらにその裏で良からぬ事態が進行している気配があり…と、まあ物語の展開自体はベタだなと感じる部分は大きいのですけど、ベタなのでスイスイ読めます。そして最後、これどんな風に物語を閉じるんだろう、と思った頃に、なんかグインと振り回されるようなとんでもない展開になります。このラストをどう捉えるかで本書の評価は様々に分かれるでしょうが、僕は、よくこんな設定を考えて、その設定を活かすミステリ的事件を設定して、さらにその設定がリアルに感じられるように細部を作りこんだなという感心が強く来て、割と好印象のまま物語を読み終えました。
あと、元々理系の人間としては、「エーテルが存在する世界」という設定は斬新だなと感じました。
エーテルというのは、アインシュタインが登場するまでその存在が信じられていた架空の物質です。例えば音(音波)は、空気や水を媒質として伝達します。逆に言えば、空気や水のような媒質が存在しなければ、音波はどこにも伝わらないことになります。これは、光(光波)でも同じです。
さて、地球から星の光が見えているということは、宇宙空間は光波を伝達することが出来る、ということです。すなわちそれは、宇宙空間を何らかの媒質が満たしているということだろう。そう昔の科学者たちは考えました。そして、そんな媒質は観測されていないけれども、その媒質にエーテルという名前をつけました。観測できていないのは、観測技術の問題であり、エーテルは存在するのだと昔の科学者は信じていました。
しかしアインシュタインがそれを否定します。アインシュタインは、空間というものにはそもそも光波を伝達する性質が備わっているのだ、だからエーテルなどという媒質が存在しなくても光は伝播出来るのだ、と提唱しました。その仮説が証明され、エーテルの存在は否定されたのです。
『マイケルソンとモーリー両教授の実験で検出されるまでは、最も重要な存在でありながら、机上の空論であり続けてきました』
本書にはこういう記述がありますが、実際にはこのマイケルソンとモーリーという両教授は、エーテルの存在を否定する実験を行った人物です。宇宙空間にエーテルなどという物質は存在しないということが彼らの実験を通じて明らかになりました。
そんなエーテルを科学的な物質として存在させ、さらに物語の中で比較的重要な役割を与えているという点が、理系の人間としては非常に面白いな、と感じました。実際には存在しないエーテルという物質(しかしこの物語の中の地球では存在することになっている。そうでないと、エーテル推進機が存在できないし、<極光号>も宇宙空間に行けないことになってしまう)が本書の中でどんな風に使われているのか、それも是非注目して見て欲しいなと思います。
どんな風に読むかで受けとり方は様々でしょうが、厳密な本格ミステリとして読むのではなく、異世界を舞台にしたファンタジックな物語(ジブリ作品のような?)としてスイスイ読むのにいいんじゃないかなと思える作品でした。
芦辺拓「スチームオペラ 蒸気都市探偵譚」
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