黒夜行

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シュレディンガーの哲学する猫(竹内薫+竹内さなみ)

内容に入ろうと思います。
本書は、ウィトゲンシュタイン、ニーチェ、ハイデガー、大森荘蔵など、古今東西様々な思想家・哲学者を取り上げ、彼らの思想を出来る限り分かりやすく紹介する…
という趣旨の本ではあるが、やはり内容はかなり難しい。なんとなく分かったような気になれるような項もあれば、やっぱり全然分からないという項もある。基本的に哲学や思想と言ったものには関心を持っているのだけど、やはり、ただ関心があるだけでは太刀打ち出来ないなぁ、と感じる難解さがどうしても付きまとう。

僕にとっては非常に難解であり、そもそも書かれている内容をきちんと理解できていない、ということは前置きした上で、本書に対しては内容的に感じる点がある。
それは、それぞれの項で何を特別に書きたかったのか、よく分からなかった、ということだ。

本書は、ただでさえ難解な哲学や思想を、短いページ数で紹介しようという本だ。しかしその割には、彼らの主張のポイントとなる部分ではなく、彼らの主張の全体像をどうにか提示しようとしているように僕には思えた。それ自体は挑戦的で意欲的だと思うが、しかし僕にはその試みはうまくいっているようには思えなかった。もう少しポイントを絞ってくれた方が読者には易しかったように思うが、本書を理解できるレベルの読者からすれば、著者の試みは納得して受け入れられるのかもしれない。どうなのだろうか。

個人的に一番面白かったのは、ファイヤアーベントの項だ。これにしても、内容全てを理解したなどとはとてもじゃないけど言えないが、しかし大まかにはその主張を捉えられていると思う。

ここでは、「文化的免疫力」について語られている。
免疫力というのは、ウイルスや病原菌などに対して人体が有する抵抗力みたいなものであり、この免疫力というのは、ある程度ウイルスや病原菌に曝されることで生み出されていく、というのはなんとなくイメージできるだろう。

ファイヤアーベントはこれを、文化にも応用したのだという。
文化という括りにおいて、良し悪しというのは何らかの形で決まってくる。誰がそれを評価しているのか、どれだけ売れているのか、どれだけ長い期間残っているか…。評価の指標は様々だろうが、ここで大事なことは、何らかの形で「悪い」と判断されたものも、文化の枠から追い出すべきではない、ということだ。
何故なら、良かれ悪しかれ様々な文化的価値を有するものに曝されることで、人間の「文化的免疫力」は作られていくからだ。

『知性ある市民は、あらゆる文化に曝されることによって知的な免疫を獲得し、大局的にみれば、科学を含めた文化の質は向上するのである。だが、市民がどのような本を読み、どのようなテレビ番組を見るのかは、誰からも強制されてはならない。自主性のないところに知性は存在しない』

なるほど、と納得させられた。確かに、人体における免疫力の場合、悪いものに抵抗する過程で免疫力が作られる。であれば、なるほど、文化においても同じことが言えるのかもしれない、と頷かされた。

本書では、オウム真理教の信者の話が出てくる。オウム真理教には、高学歴で、高等な科学的知識を有する信者も多く存在した。彼らがサリンの製造などに携わったのだ。彼らが何故オウム真理教に囚われてしまったのか。著者はそれを、「文化的免疫力の欠如」という形で説明する。

『真の知性は、「源氏物語」を読み、「ユリシーズ」に苦しみ、ニーチェにおののき、アインシュタインを尊敬し、UFOや宇宙人の話を喜んで聞き、星占いに興じ、ラヴェルを聴き、カラオケでビートルズを歌うことから育つのであって、決して、子供の頃から塾に通い、青春時代に濫読もせず、占いやオカルトなど非科学的なものを排撃し、科学の異端説を侮蔑し、現状での科学の定説だけを清く正しく頭に詰め込むところには育たないのである』

この話は、考え方としても非常に面白いのだけど、書店員という、今の仕事とも非常に大きく関わってくる話だと感じた。
自分の好き嫌い、趣味趣向で売る本を選ぶ、なんていうことはとうの昔にやめてはいるが、感情的に、この本が売れるのはどうなんだろうか…と感じるケースは多々ある。それはある程度割りきって、仕方ないのだ、と思ってやり過ごすしかないと思っていたが、しかし本書を読んで、少し考え方が変わった。個々人の趣味趣向はともかくとして、「文化」という大きな枠組みで捉えた場合、文化の多様性を確保し、それによって「文化的免疫力」を高める可能性を高める、という意味で、世の中に存在するどんな本にも、僕が思っている以上の価値があるのかもしれない。そんな風に思えるようになりました。自分の中で長いことモヤモヤして解決されないままだったことが、まさか哲学の本を読むことで解消されるとは思ってもみなかったので、非常にいい経験だったと思います。

他の項も、なんとなく面白いような気がする、というレベルでの受けとり方で良ければ、ぽつりぽつりと面白い点はあったが、やはり分からない部分の方が多かった。

それにしても、著者はサイエンスライターとして活躍しているので、昔から理系だとばかり思っていたのだけど、実は元々文系だったようだ。それで哲学や教養的な部分も知識を有しているようだ。だからこんな哲学を紹介するような本が書けるのだろう。僕には、それぞれの哲学や思想が難しすぎて、著者の書いていることが妥当なのか判断することは出来ないのだけど、妥当なことを書いているとすれば、凄い知性だなぁ、と思います。

さて、本書は、「シュレ猫」と呼ばれる、かの有名なシュレディンガーの猫が登場する小説仕立てのパートも存在する(このパートを、竹内薫氏の妹である竹内さなみ氏が書いているようだ)。
そして正直僕は、このシュレ猫のパートが必要だったのかどうか、非常に疑問視している。

主人公(恐らく竹内薫自身)と、飼い猫であるミケコが登場するが、そのミケコが時々「シュレ猫」となり、人間の言葉を喋る。さらに、量子論の重ねあわせのように、「シュレ猫」とその章で取り上げる哲学者たちが重なりあい、主人公の前にその姿を現す、

というような設定で、設定自体は悪く無いように思うが、しかし、その設定があまり生かされているようには思えなかった。小説の部分と哲学の説明の部分が基本的に分離してしまっているがために(書いている人が別々だから当然と言えば当然なのだが)、ぶつぶつ切れてしまっているような印象を受ける。哲学という難しい内容を少しでも柔らかくしようという工夫だったのだろうが、正直僕は、この小説のパートは、この本の中できちんとした役割を果たしていないように感じてしまいました。

入門書ではない、と思います。哲学や思想について難しいという印象を持っていたり、親しみを感じていなかったりする人は、ちょっと手を出さない方がいいのではないか、と思います。哲学や思想に何らかの関心があり、ざっくりとした知識もある、みたいな人が読む方が面白いんだろうなぁ、という感じがします。

竹内薫+竹内さなみ「シュレディンガーの哲学する猫」


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3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

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6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
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10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)