めぐり逢ふまで 蔵前片想い小町日記(浮穴みみ)
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内容に入ろうと思います。
蔵前の差札の一家の長女であるおまきは、23歳にもなってまだ結婚できていない。妹のおあやが、『おまきちゃんは媚びない。すなわち、無駄に笑わない。要するに愛嬌がない』と評するように、おまき自身の性格の問題でもあるのだが、しかしそれだけではないおまきが結婚できないのには、ある噂が付きまとっているからなのだ。
蔵前小町は祟られている
蔵前小町と呼ばれるほどの器量良しでありながらおまきが結婚できないのは、結婚相手と決まった男が立て続けに亡くなったという事実がある。それで男たちは、おまきとの縁談を怖がってるのだ。
一方おまきはと言えば、結婚したいと思っているわけではない。食べることが何よりも好きで、今の生活に不満がないということもあるが、もう一つ決定的な理由がある。
7歳の時に出会った、“光る君”の存在である。
7歳の時、暴民が蜂起したことで始まった騒動の最中、おまきは拐かされそうになったのだ。それを救ってくれたのが“光る君”である。光源氏の如くであり、名も知らぬその男の姿をおまきは忘れられないでいる。結婚しないでいれば、いつか“光る君”に再会出来る日が来るのではないか…。おまきは、そんな妄想を捨てられないのだ。
この物語の中で、おまきは、お見合いをさせられたり、たまたま出会った男に恋をしたりする。なんとかおまきを結婚させたいと願う両親と、結婚はともかく、“光る君”かそれと同等の素晴らしい男と出会って恋がしたいと切実に願うおまきの日常は、妹のおあやの周囲を唖然とさせたある行動によって大きく動き、おまきの人生を揺さぶっていく…。
というような話です。
まあまあ面白かった、という感じです。時代小説はそんなに読まないので、時代小説の中でどうなのか、というのはイマイチよく分からないのだけど、時代小説を普段読まない僕でもするっと読める作品ではありました。舞台が昔だというだけで、言葉遣いや人間の描き方みたいなものが現代風なので、読みやすいとは思いました。
本書で面白いのは、この時代における、結婚や恋というものの捉え方を物語にうまく反映している点だ。
『夫婦になるって、こんなことなのかしら。今日初めてお目にかかった友次郎さん、あの方を見ても、わたし、なんとも思わなかった。前のときは、もっと…。
こんなことで、この先二人で手を携えて、苦楽を共にできるのかしら。好きでもない人と…』
『恋をしてなくても、夫婦になれる。
それじゃ、恋って何だろう?
一瞬の中に永遠を閉じ込めるようなたった一度の恋をして、添い遂げる。そんなこと、やっぱり夢なのかしら。恋なんて、やっぱり幻なのかしら。出会ったあの日に、この世の中でたった一人の人だと確信した光る君。あの方に抱いたわたしの幼い恋も、やっぱり幻だったのかしら』
おまきは、“光る君”に出会ってしまったがために、恋というものを捨てきれない。あの時抱いたあの感覚こそが本物であり、本物を知ってしまっているが故に目の前の現実に失望する。もし“光る君”に出会っていなければ、本物の恋というものを知らなければ、いくら「祟られてる」と言われようが、おまきの結婚はもっと早い段階で決まっていたことだろう。本人にその気がないのでどうしようもない。
一方、妹のおあやは現実的だ。
『商売をやるなら、夫婦は、惚れた腫れたの前に、相棒でなくちゃならない』
『夫婦なんて、それでいい。
それなのに、おまきちゃんたら二十二にもなって、いつまでも 寝惚けたことを言っている。
恋した人と添いたいなんて。
恋は幻。そんな頼りないものに一生を託すなんて、恐ろしくて、わたしにはとても出来ない。』
おあやは、身内に見せる顔とは別に、周囲に笑顔を振りまき、男に媚を売る。そうやって自分の価値を最大限に活かして、良縁を手に入れようと日々努力している。おまきとは対称的だ。
どっちがいいわけでもないし、どの時代の判断基準で捉えるかのよっても全然違う。ただ、僕個人の好みを言えば、おまきのような感じはとても好きだ。別に、“光る君”に恋をしている部分を指して良いと言っているのではなくて、物事を自分の価値判断で捉え、周囲に媚びず、良い悪いをはっきり主張し、自分の力で生きていこうとしている感じがとてもいいなと思います。
後半はなかなか凄い展開になりますけど、おまきはおまきなりに、おあやはおあやなりに、それまで抱き続けてきた価値観が揺さぶられ、運命が変転していく感じはまあ面白かったかなという感じです。
この物語で描かれる時代と現代とでは、結婚や恋愛、男女のあり方などの価値観がまるで違うので、おまきやおあやの生き方を現代の文脈で捉えることは難しいけど、まったく位同じではないにせよ、現代には現代なりの、結婚を取り巻く(特に女性側の)難しさがあるわけで、そういうなかなか一筋縄ではいかない状況に置かれている、という意味で共感できるのかもしれません。
浮穴みみ「めぐり逢ふまで 蔵前片想い小町日記」
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