黒夜行

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ミナトホテルの裏庭には(寺地はるな)



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本書を読むちょっと前から僕は、自分の長所の源泉について考えていた。

僕は、具体的にはズバッと言えないのだけど、「誰かの話を聞くこと」に関係する事柄に適性が高い、と思っている。どういう時にそう感じるかというと、「この人、他の人にはたぶんこういう話をしないんだろうな」と思う時だ。誰かと喋ってて、そんな風に感じることが時々ある。時々かよ、と思われるかもしれないけど。

僕は、「こいつには喋ってもなんか大丈夫なんだろう」という雰囲気を感じさせるのがうまいのかなぁ、と受け取っている。僕は、聞いた話を無闇に人に話さないし(まったく離さないわけではないけど)、相手が喋りたくなさそうな雰囲気を出したものは突っ込んで聞きはしない。相手が喋りたいんだろうなぁと僕が想像することを喋りやすくするように、合いの手を打ったり質問したりしている。こういうのはまあ、僕は得意というか、自然に出来ているような気がするなぁ、と自分で思ったりはする。

で、そういう認識は昔からあったのだけど、最近、その源泉がもしかしたらここにあるのではないか、という思考をした。それは、僕の短所の源泉と同じだ。

「他人に程よく興味がない」
これが僕の、長所と短所の源泉ではないかと思っている。

『良い意味で冷淡』
『他人はどこまでも他人だって、ちゃんとわかっている』

主人公の芯(木山芯輔)は、そんな風に評される。だから、他人の悩み事や愚痴なんかを、程よく受け流せるのだ、と。

僕にもそういう部分がある。僕の場合、「固定された関係性がない」という条件が必須なのだけど(つまり相手が、家族や恋人や妻や先輩・後輩ではない、という意味)、固定された関係性がない相手であれば、相手の悩み事や愚痴を程よく受け流せる。相手に、さほど強い関心がないからだ。相手の悩み事や愚痴に自分の心がダメージを負わないから、相手が言いたいことを喋りやすいように誘導できるし、適度に関心がないから、ここは喋りたくないんだろうなという部分は無闇には触れないようにできる。

ちょうど昨日、僕はある人から、「こんな時に話せる相手って◯◯さん(僕のこと)しかいない」みたいなことを言われた。内心驚きはしたけど、なるほど確かに、僕みたいな振る舞いの出来る人間は多くないのかもしれないなぁ、と一方では思いもした。

『うん。逃げ場が必要だって。世界には』

そう、僕は誰かにとっての逃げ場になれる存在なのかもしれないなぁ、と本書を読んで思った。逃げ場、というのは、普段は意識されない。日常が正常に機能していれば、逃げ場のことなんか頭に浮かびもしないだろう。日常に何か違和感や不快さが現れると、逃げ場のことが思い浮かぶ。

つまり逃げ場というのは、普段は存在しないで欲しいし、緊急事態の時には存在していて欲しいのだ。僕は、適度に相手に無関心であるが故に、「普段は存在しないで欲しい」という条件を割とクリア出来るし、相手の悩み事や愚痴にダメージを受けないので、「緊急事態の時には存在していて欲しい」という条件もクリア出来てしまう。比較的、逃げ場候補としては優秀なのではないか、と思っている。

『誰かの助けになるとか守るとか、そんなものは一緒に倒れる覚悟がある相手にしか、ほんとうは言ってはいけないことなのだとも。』

僕は、人から相談を受けたり、あるいは自分の意志で誰かのトラブルに関わる人間が、相手に対して言う無責任であることに無自覚な言葉が好きではない。そりゃ他人事だから、言うだけなら何でも言える。でもそれは、相手を追い詰める結果にしかならないことの方が多いだろう。

僕は、自分が誰かを助けたり守ったりなんてことが出来ないなんてことは分かっている。これは能力の問題ではなくて、意志の問題だ。誰かを助けたり、守ったりしようという意志がない。もちろんそれは、自分にそういう能力がない、自信がないから、そういう意志を持たないようにしている、ということもあるが、まあ順番はどうでもいい。僕には、誰かを助けたり守ったりする意志がない。一緒に倒れる覚悟はない。

だから僕は、何か言う時は、無責任であることが伝わるような言い方を意識する。それが正解かどうかは分からない。でも、それを正解だと感じてくれる人はまあいるんじゃないかな、という気はする。

『大切な人には、頼ってほしいものなんです。わがままを、言ってほしいんです。大切な人からあなたには関係ないって言われるのが、いちばん堪えるんです』

まあ、そうかもしれない。僕の内側にも、そういう気持ちはあるかもしれない。けど、もっと関わりの薄い、真剣味の薄い、遠い場所にいる存在というのも、同じくらい大事なんじゃないかな、と僕は思う。少なくとも、僕には必要だ。

『もうこれは限界、って思った時に行く場所がある時とない時では、気の持ちようがずいぶん違うでしょう?』

ミナトホテルは、カウンセリングをしてくれるわけでも、身体に良い食事を出してくれるわけでもない。基本的には宿泊客に対して、何もしない。それでも、ミナトホテルの存在は、誰かにとって救いになる。

僕は、どちらかと言えば、そういう人間になりたい。

内容に入ろうと思います。

芯は、祖父の命に従っていたら、骨折した男を病院に連れて行く羽目になった。
鍵を探すのだ、と祖父は言う。陽子さんの一周忌が近いからな、と。謎の「互助会」のメンバーが、亡くなってしまったメンバーである陽子さんの一周忌のイベントを盛大にやるのだ、という。そのために、ミナトホテルの裏庭の鍵が必要だから探してくるのだ、と芯に言う。
そんなわけで、かつて塾で働いていた時の先輩である湊篤彦が、亡き母である陽子さんから受け継いだ「ミナトホテル」に足を運んだところ、骨折した湊を発見したのだった。
それから芯は、なし崩し的にミナトホテルと深く関わることになる。骨折した湊の代わりに受付に座り、逃げ出した愛猫である平田カラメルを探す手伝いをし、さらに、部屋の片付けが驚異的に下手だった陽子さんの部屋から鍵を探しだすミッションを同時に行う。
親しくしていたものの唐突に求職し連絡が取れなくなった初瀬のことを思い出したり、ミナトホテルに長期滞在し、湊が好意を寄せていることが明らかな一児の母である桐子さん、そして芯のいる会社の派遣社員であり、たまたま泣き姿を目撃してしまったがために時折関わることになった花岡さんなどが、ミナトホテルを中心に関わり合いを持ち、ささやかな日常とささやかなトラブルの狭間を揺れ動きながら進んでいく風景を描き出していく。

この作家、デビュー作も読みましたけど、好きなんだよなぁ。デビュー作も本作も、正直、ストーリーはなんてことはないんです。ホントに、要約したらなんだそりゃ?と思うようなストーリーなんです。ただ、登場人物の描き方とか、色んな描写の切り取り方が実に絶妙で、本当に大したことないストーリーなんだけど、実に読ませるんだよなぁ。この作家、本当に上手いなって思います。

ただ、この作品の「登場人物の描き方」を、ここで魅力的に伝えるのはなかなか難しいんです。
「登場人物の描き方」が面白いというのは大抵、登場人物が個々にキャラが立っている、ということが多いです。個人個人が個性的なキャラクターを持っているので、こうやって感想を書く時も、どこが面白いのかを書くことが出来る場合が多いです。

ただこの作家の場合、ここの人物がそれぞれに個性的なのか、というと、それはちょっと違うような気がするんです。確かに、ちょっとずつズレてはいると思うんだけど、でも特筆すべきほどではない。
この作家の場合、「登場人物の描き方」で秀でているのは、関係性の中にある。一人一人はそこまでずば抜けて際立っていないのに、それぞれが誰かと関係性を持った時に、そこに際立った何かが生まれる。その描き方が巧いんだよなぁ、と思う。

主人公は、何かに秀でているわけでも、野心があるわけでも、やる気があるわけでもない。

『向上心とか、野心とか、そういったものが欠けている人間だ、という自覚がある。このままではいけないという焦りもないが、「これが俺だ」と開き直るほどの確固たるものもまた、芯の心にはない』

芯は、芯という個人で見れば、本当にどこにでもいるような普通の男だ。けれど、彼は様々な人間と関わる中で、少しずつ違った姿を見せる。その中には、芯自身でさえ、おやっ、と思う自分もいただろう。そこが面白い。個人個人の中に特異なものがあるのではなく、関係性の中に、本人ですら自覚出来ていないような特異さが現れる。その描き方がとても巧い。

著者の作品を読むと、著者の他者に対する眼差しが想像できるような気がする。人間というものを普段から多面的に捉える習慣がないと、こういう絶妙な描写は出来ないような気がする。

そしてもう一つ。デビュー作も本作もそうだけど、皆が集まる「場」が、実に魅力的に描かれていく。
本書の場合、それはミナトホテルなのだけど、普通のホテルじゃない。色んな、ちょっとわけありの人が泊まりに来る。さらにそこに、色んな形で繋がることになった多くの人が関わることになる。ミナトホテルというホテルは、ただそこに寝る場所があるだけだ。それでも、そこが磁力を持っているかのように、多くの人を引き寄せる。人と人との関係性の中に特異な何かが生まれる背景には、そういう磁力を持った場が存在する。それらが渾然となって、作品全体としての魅力を醸し出すことになるのだ。

文章をつらつらと書きながら、どうにかして作中の具体的なエピソードなりなんなりをこの感想の中に組み込めないかなと考えているのだけど、やっぱり難しい。それは、どのエピソードも、繋がりの中で意味を持つものだからだ。それだけひょいっとつまみ上げても、輝かない。少しずつズレた人たちがいて、複層的な関係性が存在し、その背景にミナトホテルという場が存在するからこそ、それぞれのエピソードが映える。日常の些細な事柄を、こんな風にすることで魅力的に描き出すことが出来るのか、という驚きがある。

僕の感想を読んでも、どんな物語なのかさっぱり分からないだろう。しかし、ストーリーそのものに強い何かがあるわけではないし、魅力的な人間の関係性は、それだけを取り出して見せることが出来ない。本当に、読んでみてもらうしか魅力が伝わりにくい作品で、欠点があるとすればそこだなぁ、という感じがする。

決して良い人ばかりではないし、良い話ばかりでもない。それでも、心の中に何かを残す、印象的な物語だなぁと思う。

寺地はるな「ミナトホテルの裏庭には」


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Comment

[7698] やっと読了。

実はこの本をずっと読みかけていました。すぐ寝てしまうから、一日5ページくらいのペースで。
寺地はるなさんを知ったのは、「うさぎ」さんの感想ツイートで。前作も本作も、「面白かった」ということでしたが、私も2作とも、とても気に入りました。
黒夜行さんがいうように、登場人物が「普通」とはちょっとズレてるんだけど、そのズレかたが心地良い。
芯と黒夜行さんは、多分ちょっと似てるんだろな。
「良い意味で冷淡」ってって凄くいい言葉だ。

[7699]

1日5ページ!そういう読み方は出来なそうだなぁ(読んだ部分忘れちゃいます 笑)

どっちも良いですよね。凄く、日常的で狭い世界を描いてるはずなんだけど、そんな風に感じない作品かなぁと思います。

そうですね、このズレ方は、僕と似てるんだと思います。
こういうちょっとズレた人がうまいこと生きていける環境があるってのは良いことだなぁ、と。
著者の視点が良い物語だなって思います

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