黒夜行

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カエルの楽園(百田尚樹)

未来に対する選択肢が複数あり、どれか一つを選んだら、残りの選択肢はもう選べない。そういう状況の中で、選択肢の正しさを判断する基準というのは一体どこにあるのか、と僕はいつも考えている。

例えば就職活動をし、A社とB社に受かったとする。A社とB社はまったく違う職種で、かつ、A社とB社両方を選ぶということは不可能だ。しかしこの場合は、選択肢の良し悪しを判断できる場合もある。例えばA社を選んだとして、後々B社が倒産したとすれば、やっぱりA社を選んで良かった、と判断できるだろう。この場合、ある個人で見れば選択肢は一種類しか選びようがないが、全体で捉えればA社を選ぶ者もB社を選ぶ者もおり、それぞれの行く末によって結果的に選択肢の良し悪しを判断できる、ということになる。

もちろん先の例の場合、倒産などはっきりとした現象がない場合、選択肢同士の比較は難しくなる。激務だが給料の多いA社と、暇だが給料の低いB社、というような具合に。しかし、いずれにせよ、比較可能な対象が同時並行で存在しうるならば、後は自分自身の中に何らかの基準を設けて、それぞれの選択肢の良し悪しを判断すればいい。

じゃあ、一つの国の未来を考える場合、複数ある選択肢の中からどれを選ぶべきかをどう判断するべきだろうか?

国の方向性というのは、基本的に一つしか選べない。国民の60%はA案で、国民の40%はB案を選びとる、などということは出来ない。100%A案を取るか、100%B案を取るかの二択しかない。

その場合、選ばなかった方の選択肢が良かった/悪かったと判断できるような状況を、想像出来るだろうか?

60%がA案、40%がB案、というようなことが出来るなら、比較はそう難しくはない。何らかの差が生まれるだろうから、後は先程のように、自分の内側に何らかの基準を設けて判断するだけだ。A案が良かったのか、B案が良かったのか。

しかし、100%どちらかの選択肢を選びとった場合、選ばなかった方の未来は絶対にやってこない。それは、こうなるだろう、こうなったはずだという空想・妄想でしかない。100%A案を選びとった場合、国民は、「A案を選んだことで起こった現実」と「B案をもし選んでいた場合に起こっていたかもしれない空想」を比較してA案とB案の良し悪しを判断するしかない。

いや、それは無理だ。不可能だ。

空想というのは、いかようにでも良し悪しを調整出来る。悪い部分を強調することも、良い部分を強調することも出来る。それと、目の前の現実を比較するというのは、どう考えてもまともな議論にならない。

だから僕はそういう、構成員全員が一方の選択肢を100%選び取らなければならないような命題については、どの選択肢も正解で、どの選択肢も不正解なのだ、と思っている。

これもある種の思考停止だろう。それは認識している。

ただ僕は、どっちも正解でどっちも不正解だから、議論を先延ばしにしようとか、結論を出さないでおこう、なんて考えているわけではない。

どっちも正解で不正解なんだから、さっさとどっちかに決めちゃえばいい、と考えている。

僕が重要視するのは、どちらの選択肢を選ぶか、ではなく、その結論にどのように至るか、ということだと思う。

今までの議論を覆すようなことを言うが、仮に「正しい選択肢」というものが存在するとしよう。しかしその「正しい選択肢」を選びとるまでに、多くの人間が争い、お互いを罵倒し、両陣営が修復不可能になりながら数の論理だけで結論を出す、そんなやり方をしたら、仮に「正しい選択肢」を選んだとしても、それは良い未来にならないと思う。一方で、どっちも正解で不正解な状況である場合、国民全員が可能な限り争わず、友好的な形で何らかの選択肢を選べば、選んだ選択肢は良い未来をもたらすのではないか、と思う。

もちろん僕の言っていることは理想だが、しかし今のような、争いが常態化しているような状態で何らかの選択をしても、最終的に良い選択は出来ないだろう。「争いを避けるべきだ」なんて、本書に出てくるナバージュの住民のようなことを言っていると思われるかもしれないが、そうではない。ナバージュの住民は、「争わないことで不幸がもたらされてもそれでも争ってはいけない」という思考停止に陥っていたが、僕の意見は、「争わないことで良い選択が出来るようになるはずだ」という前向きな提言である。

僕は、世の中の頭の良い人たちが、「どちらの選択肢を選ぶべきか」にどの頭脳を集中させている状況はもったいないしおかしいと思っている。争いが表面化している状態では、どんな選択肢を選ぼうとも、「選ばなかった方だったらこんなに良かった」という空想をいくらでも繰り出せるので争いは一向に終わらない。だったら、世の中の頭の良い人たちには、「どのように選択肢を選びとるか」という方にその頭脳を使って欲しいものだ、と思う。

内容に入ろうと思います。
アマガエルであるソクラテスは、生まれ育った国を離れ、楽園を目指して旅を続けている。
祖国は、ダルマガエルの群れに蹂躙されている。逃げても、シマヘビに食われる。ソクラテスを始めとする60匹ほどは、祖国を離れ、旅を続けながら安住の地を探すことにしました。
しかし旅の途中、仲間のほとんどは死にました。どこにも、アマガエルが安らかに暮らせる土地はありません。ソクラテスと、最後まで残ったロベルトの二人は、もうほとんど諦めかけていました。
そんな中彼らは、偶然、ナバージュという国にたどり着きました。そこは、まさに楽園のような土地でした。ツチガエルの国であるナバージュでは、カエルは誰からも食われることなく、みなが平和に暮らしていました。余所者であるソクラテスとロベルトにもとても優しい。なんて素晴らしい国なんだと二匹は思いました。
この国の平和にはどんな秘密があるのか。二匹はそれを調べ始めますが、ほどなく彼らは、ナバージュの面々が「三戒」と呼んでいるあるルールの存在を知ります。

「カエルを信じろ」
「カエルと争うな」
「争うための力を持つな」

この「三戒」を意識しているからこそ、ナバージュは平和なのだと、皆が口々に語っています。
ロベルトは次第に、この国の、そして「三戒」の素晴らしさに魅せられていきます。しかしソクラテスは、どうにも腑に落ちません。「三戒」があるから平和が保たれている、というのは、どうにもおかしいような気がするのだけど…。

というような話です。

読めば誰でも分かると思いますが、本書は、日本のまさに今の現状を寓話として描き出しています。作中には、日本国憲法・自衛隊・アメリカなどをモチーフにしたものが登場し、カエルの物語を通じて、現在の日本の置かれている状況を描き出していきます。

確かにこの作品を読むと、日本が、「憲法九条を手放さないために争いをしない」という状況のおかしさみたいなものを実感させられることでしょう。

『「プロメテウスは一番大事なことを忘れている。われわれには何よりも大切な三戒があるのだ。これを侵すことは許されん。三戒はなんとしても守らねばならぬのだ!」
「三戒のためにナバージュのカエルの命が危うくなってもですか?三戒のせいで国が危うくなっても、三戒を守るのですか?」
「それは詭弁だ!そんなごまかしの言葉で三戒の矛盾を衝こうとしても、わしは騙されんぞ。ナバージュが今日まで平和でいられたのは、三戒のお陰なのだ。三戒を失えば、ナバージュの平和もなくなる」』

こんなやり取りがかなり頻繁に繰り返されます。そしてこれを読んだ人間は、「そこまでして三戒を守ろうとするのはおかしいな、このカエルたち」という風に感じられて行くことでしょう。

僕は、右翼と左翼の違いもちゃんとは分からないし(右翼が天皇や日本という国を崇拝している、ぐらいのイメージしかない)、百田尚樹の政治信条も知らないんだけど、でも本書を読めば、百田尚樹が、「憲法九条を捨てて、日本は争いのための力を持つべきだ」と考えていることは分かる。本書は、その選択肢を取らなかった場合にどれほど悲惨な未来が待っているのかを描き出すものだからだ。

本書を読めば、読者はそういう風に誘導されるだろう。そういう意味で、実によく出来た物語だとは思う。「三戒は何が何でも守らなければならないんだ!」と主張している人がとてもアホに映るように描かれているし、争いのための力を持つべきだという主張が実に理路整然と当然のものに映るように描かれている。

ただ、僕は先程も書いたように、この問題についてはもう正解というのは存在しないと思う。存在するどんな選択肢を選びとっても、まともな未来はやってこないだろう。何故なら、どの選択肢に落ち着くにせよ、そこに至るまでの過程で争いが起こり、禍根が残り、多くの人が不本意のままその選択を受入ざるを得なくなるからだ。

「憲法九条を捨てて争いのための力を持つべき」という選択肢であろうと、「憲法九条を守って争いは避けるべき」という選択肢であろうと、良い面・悪い面は当然ある。この物語では、前者の良い面と、後者の悪い面がクローズアップされて描かれている、と考えるべきだろう。当然、前者の悪い面と、後者の良い面をクローズアップした物語だって存在しうる。著者は自説に自信があって、国民が自分の意見に同調するべきだ、という強い信念があるのだろうけど、僕自身は、こういう風に、ある選択肢へと多くの人を誘導していくような物語は、ちょっと好きになれないな、と思う。

先程も書いたが、僕は既に、「どの選択肢を選ぶか」という議論には意味がない、と思っている。頭の良い人たちには、その議論の無意味さに早く気付いて欲しいと思う。そして、「どのように選択肢を選びとるか」について真剣に議論してほしいと思う。

本書は、客観的な視点を失わずに読めるのであれば、現在の日本が置かれている状況を実にシンプルに分かりやすく解説しているという点で、読んでみる価値はあるなと思いました。

百田尚樹「カエルの楽園」


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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
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7位 「自分探しと楽しさについて
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)