黒夜行

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爆撃聖徳太子(町井登志夫)

珍しく先にこういうことを書いておくと、

この作品、超絶的に面白かった!

読む前の期待値が限りなくゼロに近かったから、というのもあるかもしれないけど、久々にこんなに面白い小説を読んだ、という感じだった。古代史を新解釈する意欲的な内容ながら、超弩級のエンタメ小説で、歴史のことなんかまるで知らない僕でも450ページ以上の作品を一気に読めてしまった。

物語は、西暦607年、小野妹子が倭国外交使節団代表として、当時の超大国・隋国の皇帝・煬帝に謁見する場面から始まる。

『皇帝が支配する隋国は、この時代の倭人にとって、世界の大部分と言っても過言ではなかった』
『対するに、妹子の倭国。辺境の島。文化程度においては、おそらく朝鮮の田舎にも劣るだろう』

それほど国力に差があった隋と倭国。
小野妹子は倭国の代表として皇帝煬帝に謁見するわけだが、この任につくに当たって一つ奇妙な命令を受けた。
皇帝に渡す国書を、読んではいけない。
一抹の不安が過ぎる。国書は、形式は推古天皇の手によるものだが、実際は、あの男、厩戸皇子、またの名を聖徳太子が書いたものなのだ。

『日、出ずるところの天子、日、没するところの天子に書を致す。つつがなきや』

こう書かれた国書に、皇帝は激怒。小野妹子は捉えられてしまうのだ。

時は遡って西暦590年。20歳になる前の小野妹子は北九州の秦王国にいた。秦河勝が治める、実に栄えた土地だ。しかし今この地は、海岸を人が埋め尽くしている。大陸が統一され、蛮族の支配に入るのを拒んだ者達が船で倭国まで逃げてきているのだ。
その後飛鳥に戻った小野妹子は、朝廷から緊急の呼び出しが掛かる。倭国の最大の権力者である蘇我馬子が、小野妹子を呼んでいるのだという。
北九州の使いから、一万の兵を寄越すよう要求があったのだが、何か事情を知らないか、と探られる。状況が分からないまま再度秦王国へと出向くことになった小野妹子は、そこで驚愕することになる。
つい先ごろ秦王国を訪れた時に見かけた、視線が定まらず、奇声を発していた男。大陸から流れ着いた流浪の民だとばかり思い込んでいたあの奇人が、実は皇族である厩戸皇子、つまり聖徳太子だったのだ。
小野妹子と聖徳太子の縁はそこから始まる。聖徳太子は、超大国である隋に対して一人喧嘩を吹っ掛けるという、世界中誰もやっていない手に打って出る。そんな混乱に否応無しに巻き込まれた小野妹子は、生死の境を何度も潜ることになる…。

というような話です。

もう一度書きますが、超面白い作品でした。

まずなによりも、聖徳太子の造型が素晴らしい。聖徳太子というのはそもそも謎めいた人物のようで、その実在さえも疑われているほど。数多くの謎を残しているようなのだけど(その謎そのものは僕は知らない)、それらの謎に著者なりの回答を提示している。

聖徳太子は、「うるさいうるさい」と常にわめいていて、また誰もが秘密にしているどんなことも筒抜けになってしまう。それ故聖徳太子は、様々な人間の弱みを握って意のままに操る。これらに著者は、理由を与える。その理由は、聖徳太子の「10人の話を同時に聞ける」という逸話の説明も兼ねてしまう。また、日本書紀の中の些細な記述を頼りに、奇想を膨らませて聖徳太子の造型に利用したりもする。

聖徳太子は、登場シーンから最後の最後まで、基本的に頭が狂っているかのような振る舞いをするのだけど、それらにちゃんと理由が与えられるので、聖徳太子という人物の造型が破綻していないように見える(人格的にはもちろん破綻しているんだけど、人物像そのものは破綻していない)。さらに、聖徳太子のこの人物像をリアルに見せている背景がある。

それが、超大国・隋の存在である。

当時、倭国に限らず、世界中の国が隋に対して朝貢や和平交渉をした。贈り物をし、交易を続けますんで攻撃はしないでくださいね、というやり取りを交わすのだ。当時、隋を敵に回すことは、国家の死を意味していたと言っても言い過ぎではない。倭国も当然、小野妹子を代表として、隋との関係を構築しようとする。

しかしそんな中で、ただ一人聖徳太子だけが、隋との闘いに挑む。冒頭の、「日、出ずるところの天子、日、没するところの天子に書を致す。つつがなきや」という国書も、聖徳太子から皇帝煬帝への宣戦布告のようなものである。

『厩戸皇子は、隋と戦う気だ』

小野妹子には、なぜ聖徳太子が隋に闘いを挑もうとするのかまるで理解できない。もちろん、隋と関わりを持たずに済むならそれがベストだが、そうもいかない以上、良好な関係を築いておくべきだと小野妹子は考えるのだが、聖徳太子の中にはそんな理屈はないようだ。

『「皇太子、あなたは何を考えてるんですか」
「僕が考えているのは、つねに愛と平和だ」』

そう聖徳太子は答えるのだが、小野妹子からすれば聖徳太子がやっているのは、最も愛と平和から程遠い行為に思えてならないのだ。

やはり聖徳太子は、気が触れているだけのただのアホなのか?

誰もがそう思いたくなる。しかし、読み進めていく内に徐々に、聖徳太子が世界をどう捉えているのかが見えてくる。それと同時に、聖徳太子が見ている未来も徐々に明らかになっていく。

そうするにつれて、読者はこう思うようになるだろう。

聖徳太子、すげぇ。

そして、この隋との闘いという要素が、気が触れているようにしか見えない聖徳太子の人物像を荒唐無稽に思わせないのだ。

何故なら、気が触れているぐらいの男じゃなければ、隋と戦おうなんていう発想にならないからだ。

聖徳太子は、確かにイカれているのだけど、だからこそ隋と事を構えるなんていう大それた発想が出来た。聖徳太子のイカれた描写は、教科書に載るほどの偉業を成し遂げた人物だとは思えないほど衝撃的なのだけど、次第に、この狂気こそが隋を滅亡させる原動力だったのだ、と思えるようになる。聖徳太子が実際にこの作品で描かれているような奇人変人だったのか、それは分からない。けどでも本書を読むと、そんな奇人変人だったからこそ隋を壊滅させ、倭国を守ったのだ、と思いたくなる。倭国が隋に喧嘩を売るなんて、アリがイノシシに喧嘩を売るようなものだ。そんなこと、狂ってないと出来ないだろう。

実際に聖徳太子が暗躍したお陰で隋が滅亡に追い込まれたという記録が残っているのかどうか、それは知らない。恐らく著者の奇想なのではないかと思う。ホントに聖徳太子が本書で描かれるような人物だったら、ちょっとヤバイ。ヤバイけど、でもそうだったら面白いなぁと思ってしまうし、本書での聖徳太子・小野妹子の活躍を見ていると、なんだかそうであって欲しいと思いたくなってしまう部分もある。

小野妹子は家族思いで、家族のために身を粉にして働き、可能な限り家族と共に過ごしたいと願う、割とどこにでもいる真面目な豪族だ。しかし、聖徳太子と出会ってしまったが故に、まるで聖徳太子のパシリのように扱われ、もう死ぬ以外ないだろという窮地を幾度もくぐり抜けることになる。

中でも圧巻だったのが、高句麗での死闘である。

聖徳太子は、倭国を守るための最重要防衛ラインを高句麗と捉えていた。高句麗は、朝鮮半島の北部にあり、首都は平壌。小野妹子にとっては、母方の祖父の生まれの地でもある。

高句麗が落ちれば倭国も危うい。だからこそここの防衛に倭国も支援を惜しまない。物資の輸送のために高句麗に入った小野妹子は、そのまま戦闘に巻き込まれてしまう。

高句麗の兵士1万。対して隋国の兵士100万。端から勝ち目なんかない。高句麗は天然の要塞を有し、城はある程度堅牢である。しかし、倒しても倒してもなお数で圧倒する隋軍に対して、有効な手立てはほとんどない。

こんな状況でいかに勝利を掴み取るのか。奇策に奇策で応じる激しい応酬が繰り広げられ、何度も死を覚悟した小野妹子。どう考えても勝てるはずのない闘いに高句麗軍と小野妹子はどう挑んだのか。本書の読みどころの一つです。

ラストの方で、聖徳太子が何故奇人に見えてしまうのかという説明がなされ、なるほど!と納得させられる。この解釈は凄いと思う。また、日本書紀に残っているらしい様々な謎めいた記述に描写を与えて、聖徳太子という人物をより強烈に描き出していく。まさかあの当時、あれが存在して、聖徳太子が空からやってくるなんて、誰も思いつかないでしょう、そんなアホみたいなこと。そういうことを著者はさらっとやってしまう。人間としては完全に破綻していながら、小説の登場人物としては破綻していない、というかメチャクチャ魅力的な聖徳太子の言動と、それに振り回される小野妹子のドタバタを楽しむ作品だ。

『「聖徳太子、お前は人間というものを信頼していないのか」
「あんたは信じているのか。生きている限り、まだまだやるか」』

ラストもラスト、聖徳太子と皇帝煬帝のやり取りはなかなか印象的だった。先の先まで読み、人間を基本的に信頼していない聖徳太子と、先を見据えてはいるが人間を基本的に信じている皇帝煬帝。二人が見ている世界はまるで違う。

この聖徳太子と皇帝煬帝のやり取りの中に、歴史というものを学ぶ価値を見出すヒントがあるように感じられた。人類の歴史を知ることは、人類が犯してきた失敗の歴史を知ることだ。その点で、聖徳太子の方に軍配が上がったということだろう。

『逆だろぉぉぉぉぉぉっ。僕はこぉんなちっちゃい頃からあんたの心配なかりしていたよ。もう四十の大人だ。僕の人生返せってぉぉぉぉのぉつ』

こんな聖徳太子ですが、凄いやつです。歴史が好きな人はむしろ、荒唐無稽すぎると感じることもあるかもしれません。僕は超面白かったです。もしかしたら、狂人・聖徳太子のお陰で、今も日本は存続しているのかもしれない。そんな風に妄想したくなる作品でした。

町井登志夫「爆撃聖徳太子」


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