黒夜行

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キャッスルマンゴー(絵:小椋ムク 原作:木原音瀬)

高校生の城崎万は、母親が経営しているラブホテル「キャッスルマンゴー」の最上階に、弟の悟と共に暮らしている。父親は、10年前に死んだ。以来、母がラブホテルの経営を引き継ぎ、なんとか生活している。
万は高校で成績トップであり、奨学生だ。希望大学は、難関のT大学であり、万は日々勉強を怠らない。母の手助けとしてラブホテルの経営面でも知恵を絞る万は、「世界一のラブホテルを作りたい」という夢を持っていた。しかしその夢は、学校の教師にやんわりとたしなめられて以来心の奥底にしまっている。「ラブホテルは愛が育まれる場所なんだ」とかつて語った父。そんな父と、普段からホテル経営を頑張ってくれている母の背中を見ながら抱いた夢なのに、万の夢は世間では蔑まれるものであるらしい。
キャッスルマンゴーにAVの撮影にやってくる会社がある。そこで、良い映像を撮ることで人気のあるAV監督・十亀が撮影をしている。キャッスルマンゴーは現代風ではない、内装に趣向を凝らしたラブホテルで、現代では希少な存在だ。そんなホテルを舞台にしたAVは人気があるらしい。そのAVを見てホテルに足を運んでくれる客も少しずつ増えているようだ。
万と十亀の出会いは最悪だった。万のことを高校生だと思わなかった十亀は(経営者の息子ではなく、大学生のアルバイトか何かだと思った)、急遽人手が足りなくなった現場で万を見つけ男優として使おうとする。いきなりズボンを下ろされた万は、怒って部屋を出て行く。
十亀がゲイだと知った万は、十亀が頻繁に悟と関わりを持っているのが気に障る。まさかあいつ、悟に手を出そうとしてるんじゃないよな…。
だから万は一計を案じた。職場の飲み会で酔いつぶれた十亀を泊めてくれと頼まれた万は、十亀と同じ部屋で寝た。目を覚ました十亀に、「昨夜セックスをした」と嘘をつき、罪悪感から十亀が万と付き合うように仕向けた。
悟から遠ざけるために。
適当なところで別れればいい。万はそんな風に思っていたのだが…。

というような話です。

しばらくずっと借りたBLを読んでいるのだけど、BLというのは本当に奥が深いなと思っている。
BLを読み始める前の僕のイメージは、まあエロ本なんだろう、という程度のものだった。女性がそのエロ的な部分に飛びついているのかどうかはともかくとして、とにかくエロなんだろう、と。男同士のエロがいいのは、男女だと自分の体験や経験なんかが邪魔をして世界に浸れないからで、とりあえずエロなんだろう、と思っていたと思う。

BLを読みはじめてからも、まあやっぱりエロなんだろう、と思う作品はある。特に、人のオススメを聞かないで自分で適当に選んだBLは大体エロで満たされている。先日、以前バイト先が同じで、今はBLの小説やコミックを出す出版社で編集をやってる女の子と飲んだんだけど、基本的にエロがないと売れない、と言ってた。まあそうなんだろう。BLを読む女性にしたって、やっぱりエロを求めているんだ、と(エロの求め方が男と同じ感じなのかはよくわからないけど)。

とはいえ、エロだけではないBLというのもやっぱりある。僕は、出来るだけそういう作品を借りて読んでいる。僕は別にエロを求めてBLを読んでいるわけではないからだ。

そしてそういう、エロだけではないBLというのは、本当に深い世界を描き出すな、と思うのだ。

これは偏見だけど、どうしても男である僕の中には、「男が男を好きになること」が凄いことだという感覚がある。もちろん、そもそも男が好きだ、という場合は別だ。いわゆるホモとかゲイみたいな人に対しては、別にどうとも思わない。嫌悪感もないし、大歓迎でもない。ただ、基本的に女性のことが好きなのに男に惹かれる、ということが、僕には凄いことに思えるのだ。

だから、ノンケとゲイの物語に惹かれるのだろう。ゲイ側の好意を、ノンケがどういう過程で受け入れていくのか。本来であれば女性の方が好きなのに、しかしそのゲイだけは受け入れてしまう。その過程に非常に興味がある。

そしてそういう物語は往々にして、一般的に「BL」と聞いて思い浮かべるような作品にはならないことが多い。ゲイの好意をノンケが受け入れる過程が描かれるが故に、肉体的に結ばれるのは物語の後半になる。それまでは、ゲイ側がどうアプローチするか、そしてノンケ側がどう価値観や思考を乗り越えてゲイを受け入れるか。そういう心情を描く部分がメインになっていく。ゲイ側は、男が好きなわけではない相手とどう関わっていくのか、そしてノンケ側は、人としての好きと恋としての好きを混同していないか、気持ち的に好きと肉体的に好きを一致させられるかなど悩みながらお互いの距離を縮めていく過程を描き出していく。それは、BLはエロだ、という偏見でしか見ていない人間には想像もつかないほど、人間の人間らしい部分がえぐり出される部分でもあるのだ。

ノンケとゲイの物語では、物語の展開の中で、読者をうまく誘導する(騙す)部分に力を入れて欲しいと僕は思ってしまう。重要視するのは二点。「ノンケではない男がゲイと関わる自然に思える流れ」と「ノンケがゲイの気持ちを受け入れる自然に思える流れ」だ。

本書では、この二点が実によく描かれていると思う。だから僕はこの作品が好きだ。

「ノンケではない男がゲイと関わる自然に思える流れ」というのは、特にノンケとゲイの物語では難しいポイントだ。ごく一般的な生活をしている限り、ノンケとゲイが“出会う”ことはない。つまり、ノンケがゲイのことをゲイだと認識して出会うことが少ない、という意味だ。大体ゲイは、自分がゲイであることを隠しているだろう(特にノンケに対しては)。だから、ゲイ側はノンケ側に対して、好意があったとしてもそれが相手に伝わる形で出会うことは難しい。

だから普通にしていたら、ノンケとゲイの物語というのはスタートしない。そこをどう自然に思える流れに乗せるのか。僕が思う、作者の最初の関門がこの部分だと思う。

本書の場合それは、「弟をゲイから守るため」という形で描かれていく。それは、不自然な選択や決断かもしれないが、BLという物語を駆動させるという意味で、ある程度の不自然さは仕方ない(この不自然さを許容しなければ、BLはもっとつまらないものになってしまうだろう)。だからある程度の不自然さは仕方ないとして、その中でどれだけ自然に思える流れを生み出せるかが大事だと僕は思う。

そういう意味で僕の中ではこの流れは自然に思えるものだ。弟のことは自分が守ってやらなければならないという思い込みを持つ万が、出会いが最悪だった、しかも後からゲイだと分かった十亀を弟に近づけたくない、と考えるのは自然だろう。それを防ぐために、十亀を罠に嵌めて付き合う、という選択は突拍子もないものだが、万にしたってきちっと策略を立てて望んだ計画ではない。たまたま状況が整ったからやってみたというだけであって、その行き当たりばったり感が不自然に感じさせないポイントだと思う。

そうやって、好意ではないところから関係性を持ち始めた二人が、そこからどんな風にして距離を詰めていくのか。十亀の方は、なかなか複雑な過去を持ち、「俺は誰にも期待してないんだよ」と言ってしまうほど人生に達観している男だ。十亀の右腕のような男も、「あの人執着しない、ていうか諦めよすぎるから」と評する。普通に考えれば、十亀のことが好きなわけでもない万と、執着しない十亀の関係は続くわけがない。

しかし、万の母が倒れたり、十亀が仕事でチャンスを得たりと、お互いにそれぞれ環境の変化がある。物語上、万と十亀が直接関わる部分は、後半に行けば行くほど減っていくんだけど、ギリギリの細い糸がどうにか繋がって二人の関係は進展していく。好きか嫌いか、というステージの話ではなく、過去からすべてひっくるめて、どんな風に生きていくのか、という問いを二人は突きつけられることになる。その問いの答えの延長線上にお互いが存在する。いつの間にか、特に万にとって十亀はそういう相手となる。その過程がなかなか丁寧に描かれていて良い。

原作の木原音瀬があとがきで書いていたけど、この物語は万目線で進んでいくから、十亀目線が気になるなら小説の形で出ている、とのこと。確かに、十亀目線は面白そうな気がする。十亀の何にも期待しない生き方とか、過去に何があったのかなど、十亀に関しては欠落が多いので、いずれそちらの物語も読んでみるかもしれない。

小椋ムク(原作:木原音瀬)「キャッスルマンゴー」





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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
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12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)