黒夜行

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ラメルノエリキサ(渡辺優)

復讐、というものをする自分の姿が、想像出来ない。
別に、良い人ぶろうというつもりはない。ただ、めんどくさいだけだ。復讐なんてものに労力を掛ける気力がない。もちろん、自分に何かした相手が自然災害や事故で何らかのダメージを追えば、ざまぁみろと思うだろう。だからそういう、相手を貶めたい、という気持ちがないわけではない。でも、自分でそれをする気力がない。

『復讐など無益だと、人は言う。
人と言っても別に私が直接具体的な誰かにそんなことを言われた訳じゃなくて、たとえば本や映画の中ではそんな風に書いてあった。
誰かとても大切な人を殺された復讐をもくろむ人には、そんなことをしても亡くなった人は喜ばないとか。誰かとてもとても大切な人に裏切られた復讐をもくろむ人には、君が幸せになることが一番の復讐になるのさとか。
私は小さいころからそういった反復讐論的なお話にはなかなかピンとこなくって、そんな的はずれな説得でおよよと泣き崩れてしまうような復讐者にはもやっとした反感を抱いていた。
私にとって、復讐とはどこまでも自分だけの為に行うものだ。自分がすっきりする為のもの。すっきりするっていうのは、人が生きていく上でとても大切で重要なことだと私gは思う。たまった澱を洗い流し、擦り付けられた泥を落とし、歪められた軸を真っ直ぐに伸ばす。すっきりしないままでいたら、人はどんどん重く汚くぐにゃぐにゃになって、私はそうはなりたくない。
私は自分が好きだから、大切な自分のためにいつでもすっきりしていたい。復讐とは誰かの為じゃない。大切な自分のすっきりの為のもの。』

本書は冒頭から、こんな書き出しで進んでいく。スパっとした、なかなかクールな正確の主人公である。復讐がテーマなのにクールというのもおかしい気がするけど、ジメッとした重苦しい雰囲気ではなく、クールでポップに復讐を捉え、実行に移す女の子の振る舞いはなかなか面白い。

小峰りなは、偏執的に復讐を実行してしまう。自分がどれだけ不快になったかによって、相手への復讐度合いが変わる。指針としているのは、子供の頃お姉ちゃんから教えてもらったハンムラビ法典。目には目を歯には歯を。同じぐらいやり返しましょうという意味ではなく、やり過ぎないようにしましょうという戒め。オーケー。教えてくれてありがとう、お姉ちゃん。
りなの復讐癖(癖なんて言っちゃっていいのかな)を知ってるのは数人。お姉ちゃんと、あとは学校の友達。たぶんほとんどの人は気づいてない。元カレに復讐した時も気づかれなかった。美しくて完璧なお母さんも、絶対に気づいてない。
ある日りなは、学校からの帰り道、右の腰辺りを刺された。感じたことのないような感覚があって、痛みがやってくる。襲撃者の顔は見なかった。でも、声は聞いた。
「ラメルノエリキサのためなんです、すいません」
襲撃者が残したその言葉だけを頼りに、りなは襲撃者探しを開始する。警察に?言うわけない。だって私は奴に、自分で復讐したいんだもん。「ラメルノエリキサ」なんて、言うわけない。
でも、「ラメルノエリキサ」ってなんなんだろう?全然分かんない。

というような感じで物語は進んでいく。

復讐の部分に焦点を当てて感想を書き始めたが、本書のポイントはそこではない。復讐というモチーフは、小峰りなというキャラクターを軽やかに動かすガソリンみたいなもので、エンジンはもう少し別のところにある。

この物語のエンジンは、家族との関わり合いだ。

『私はマザコンだ。
ママが大好きで大好きでしょうがなくてなんでもママの言うことを聞いちゃういわゆるマザコンではなくて、本気でママにコンプレックスを抱いてる、マザコン。』

りなは、母親に対して屈折した感情を抱いている。女性にとって母親というのは、なかなか難しい存在なのだろうということは、これまで色んな本を読んでなんとなく知っている(理解していると言うつもりはない)。男にとっての父親とはまるで意味の違う存在であり、どんな娘とどんな母親の組み合わせなのかによって、母娘の関係というのは相当の振り幅を持つことになる。

本書の主人公は、母親との関係が拗れているタイプと言える。しかし、表面上は穏やかなのだ。表面上、主人公は母親のことが好きだし、母親のことを自慢にも思っている。しかし、母親側からの主人公に対するアプローチに対して信頼を持てないでいる。

『ママは別に、私を愛しているわけじゃない』

この一文の後、主人公が母親からの扱われ方をどう捉えているのか続く。それは、被害妄想だと言えるものであるかもしれないし、主人公の捉え方が真実である可能性ももちろんある。読者がそれを判断できるほど、母親に関する描写が多いわけでもない。
とはいえ大事なことは、主人公は母親からの愛をそんな風に捉えているということだ。

『だから、そんなふうに私を大切みたいに扱うのはもうやめて欲しい。大好きなママ。』

主人公の母親の態度は、付け入る隙がない。主人公が「完璧」と表現するように、一見するとパーフェクトにしか思えないのだ。しかし主人公は、その完璧さの中に綻びを見つける。あるいは、見つけたような気になる。あるいは、見つけようと躍起になっている。「完璧」なのだけど、自分の理想通りではない母親に対して、文句を言うのは筋違いだと感じて八つ当たりもできない。

僕自身がこの母親の息子だったとしたら、息苦しいだろうと思う。この母親が体現する「完璧さ」は、なんとなく、「現実」や「日常」というものにそぐわない。はみ出してしまって、違和感を残す。だから僕は、主人公の抱く違和感が分かるように思う。しかし、「完璧」であるが故に、非難出来ない。周りを味方につけることができない。だから母親のことを「大好き」と言うしかない。実際に主人公は母親のことが好きだが、しかし、好きだと思い込もうとしている自分と区別することは出来ない。「完璧な」母親を持つが故に囚われ続けるそんな思考に、主人公は常にさいなまれている、と言っていいだろう。

主人公は、姉に対しても複雑な感情を抱く。

『相変わらず絵になる姉だった。
家の中だというのに、お姉ちゃんは全くスキがなかった。
(中略)
リビングのドアに立った私を見て、お姉ちゃんが微笑む。ママそっくりの完璧な慈悲スマイル。お姉ちゃんの中で、ママに似ている、という部分を私は嫌悪していたけれど、それ以外の部分は概ねだいたい大好きだった。けれど、最近のお姉ちゃんは、そのお姉ちゃん的な部分をよく隠す』

主人公の内面をかき回すのが母親だとすれば、主人公の行動をかき回すのが姉だと区別してもいいかもしれない。作中に母親はほとんど登場しないが、しかし主人公は事あるごとに、母親に対する何らかの感情に囚われ思考を占拠される。一方で姉は作中に頻繁に登場し、そして主に主人公の行動に制限を加えようとして介入してくる。その過程で、姉の行動原理というものが少しずつ見えてくる。

主人公にとって母親は、好きだけれど敵であり、姉は、好きでかつ仲間だと感じている相手だ。主人公のそうした捉え方が、主人公がのめり込む復讐の過程で若干変化していく。物語上、直接的に母親や姉と対立関係に陥るわけではないが、主人公の復讐行為が間接的に媒介となって、家族というものへの複雑な感情が炙りだされていく。それを、実にポップに描き出していくので、家族を描く時にありがちな、湿っぽくぐちゃっとした感じにならない。家族のことを描きながらポップさを維持しているという点で伊坂幸太郎のような雰囲気を感じるし、文章の軽妙さなんかも近いものがあるかもしれないと思う。

本書はとにかく、主人公の価値観の放出が一番興味深く面白いポイントだと思う。主人公の「思考」そのものではなく、「思考の過程」がリアルタイムで描き出されていくような雰囲気の小説で、そうやって放出される価値観が面白い。完全に論理的なわけでもなく、かといって感情だけに支配されているわけでもなく、人間というものが自然に発露するファジーさや揺らぎみたいなものを無視せずに描き出している。周りとは違うという大人びた感覚や、現実的にはまだ高校生であるという幼い部分、さらに母親へのコンプレックスや姉に対する仲間意識などが入り混じり、それらが「復讐」という行動の周囲に雪崩れ込むことで喚起される思考や価値観が本書の最大の魅力だと僕は思う。主人公の考え方にどこかしら共感できる人は、楽しく読める小説だろうと思う。

そういう意味で、ストーリーに重点を置いて物語を読むと、ちょっと肩透かしを食らうかもしれない。復讐を土台にしたストーリーそのものは、正直そこまで大した話ではない。「ラメルノエリキサ」という謎めいた単語は魅力的だし、復讐をポップにやろうとする主人公のテンションも面白いのだけど、ストーリーそのものに物語を自立させる力はないと思う。そこがこの作品の弱点ではある。とはいえ、人間をポップに、しかしそれでいて軽すぎずに描き出す力は素晴らしいと思うし、これからに期待できる作家だと思う。

渡辺優「ラメルノエリキサ」


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13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
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3位 浅野いにお「うみべの女の子
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5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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