黒夜行

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リストラ日和(汐見薫)

内容に入ろうと思います。
森山二郎は、丸の内フェニックス銀行名古屋支店に勤務していた。旧丸の内銀行が外資に吸収され名前を変えたが、しかし誰もが羨む就職先であることは間違いない。合併後、旧丸の内銀行から唯一取締役に就任した横島の“子飼い”として重宝されていた彼は、横島が大阪支店・名古屋支店と渡り歩く度に連れて行かれた。強大な人事権を有していると言われていたのだ。
その横島からある日、何気なしに呼び出された。そこで森山は、予想もしなかったことを告げられる。
関連会社への出向。
これまで、横島の指示でかなり際どい取り立てをしてきた。ここで頑張れば、横島が取り立ててくれると信じていたからだ。しかしあっさりと、横島に棄てられた。
関連会社であるフィットネスクラブ、そしてさらにそこからレストランへと異動させられ、若いバイトに舌打ちされながらウエイターをやらされた森山は、耐えられなくなって会社を辞めた。
それまでも、決して良好とはいえなかった妻・みはるとの関係は、一気に悪化した。
一度も働きに出たことがない妻は、森山の社会的地位と収入をフル活用して、自身のプライドを満たしてきた。しかしみはるは、自分の拠り所であった森山の社会的地位と収入を一挙に失った。みはるはそこから、長男である亮太に傾倒するようになる。亮太を、夫と同じ、日本の最高峰の学府である東都大学に入学させようと必死になる。
リストラされた森山は、かつて大銀行で働いていたという自負を捨てきれないまま、自分の人生を模索し続けていた。社労士の資格の勉強を始めるもそう簡単にはいかない、かつての同僚との会話も弾まない。退職後、久々に夫婦揃っての旅行に出かけるも、グレードの低い旅行にみはるは不満たらたら。森山としても、煮え切らない日々が続く。
そんなある日森山の元に、検察の事務官だと名乗る男から連絡があり…。
というような話です。

なかなか読ませる作品だと思いました。ただ個人的には、もう少し物語に核となる部分があって欲しかったな、という感じがしました。

本書は、一言で言えば、まさに「中年男性のリストラ後の日々」という作品です。家族との関係、元同僚との関係、試験勉強の日々、新しい職場での出来事、検察からの電話で始まる一連の出来事などなど、様々な要素が折り重なって、森山という、かつて一流企業で働いていた中年男のリストラ後の日々が描かれていきます。

ただ本当に、散漫にという言い方はちょっと悪く言い過ぎだけど、物語全体に中心となる部分がないために、色んなベクトルが散逸している印象を受けました。もちろん、そういう構成の物語でも、素晴らしい作品になることはあります。その違いは僕にはうまく説明できないけど、文章の巧さやテーマの選び方など、様々な要因が絡んでくるのだと思います。

そして本書の場合、もう少し物語の核になる部分がはっきりしていた方がいいんじゃないかな、と思いました。

それが家族の話でも、検察絡みの出来事でも、リストラ後の職についてでもなんでもいいんです。何か一つ、太い幹みたいなものをきちんと用意して、さらにその上で枝葉が乗っかってくるような、そういう物語の方が良かったような気がしてしまいました。
本書の場合、家族の話が20、検察の話が30、リストラ後の職の話が20、社労士の勉強の話が20…みたいな感じでどれも同じボリュームで描かれている印象なんだけど、これを、例えば検察の話を40、家族の話を40、それ以外を5ずつ、みたいな描き方にした方が良かったような気がしました。核となる部分が見えにくかったので、どうしても物語がダラダラ続いちゃう印象がありました。

ただ、その点を除けば、細部までとても良く描かれている、読み応えのある小説だと思いました。

著者は元銀行員だったようで、森山が携わる銀行業務に関しての描写は、さすがにリアルです。僕には正直良くわからない部分もあったのだけど、森山の銀行時代の話は、物語全体にとって重要な部分なので、ここのリアリティがきちんとあると、物語が安定する印象がありました。

人物の描き方もなかなか魅力的です。横島やみはるのようなちょっと嫌悪感を抱いてしまう人物も、相馬やビビや麻生のようなきちんと自分を持っている人物も、森山のようなぐじぐじした部分を捨てきれない人物も、実に巧みに描き出します。読み終わって振り返ってみると、物語そのものよりも、人物についての印象の方が強いくらいです。森山の再就職先の人たちや、訴訟絡みで関わることになる元検事など、そこまで登場場面が多くはない人物も、くっきりとした輪郭を持った、印象深いイメージを残します。この人間を描き出す力は、著者が持つ大きなアドバンテージだろうなと感じました。

『丸銀を辞めさせられて二年半たつが、森山はまだその現実を受容できないでいた』

『つまり、組織を離れてタダの人になったら、それを受容するしかない、ということなんじゃ』

この作品では、自らの身に起こった現実を受け入れられないでいる森山とみはるの放浪の物語である。彼らは、自分の拠り所を失い、自分の心を落ち着ける先を失ってしまう。森山は会社、みはるは一流企業に務める夫をアイデンティティの基盤にしていた。彼らは、そのことに自覚的ではなかった。森山がリストラされて初めて、彼らはそのことに気がつくのだ。今まで自分が依ってきた存在を認識し、それにはもう寄りかかれない現実を受け入れ、新しい形で自らのアイデンティティを構築し直す。彼らが直面したのは、そういう現実だ。

『それではあなたにお聞きしたい。所属する組織や肩書きがはずれたあと、人の価値はどう計ったらいいと思いますかね』

森山とみはるが直面した現実は、僕らにも降りかかってくるものだ。自分だけは大丈夫、という考えでいる人は危ないかもしれない。日本でも世界でも、安泰と思われていた企業が消滅したり失速したりしている。まさに明日は我が身と捉えておくべきだろう。突然リストラに遭って、そこから慌ててアイデンティティを構築し直すのはしんどい。それは、森山が右往左往するこの物語を読めば十分に感じ取れることだろう。

『あなたにとって仕事とはどんな意味がありますか』

この問いに、自分なりの答えを見つけられるようにしておこう。そして、仕事や会社に、自分のアイデンティティを傾け過ぎないようにしよう。本書を読んで、改めてそんな風に思わされた。

汐見薫「リストラ日和」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)