黒夜行

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ひきこもれ ひとりの時間をもつということ(吉本隆明)

『「ひきこもり」はよくない。ひきこもっている奴は、何とかして社会に引っ張り出したほうがいい。―そうした考えに、ぼくは到底賛同することができません。
ぼくだったら「ひきこもり、いいじゃないか」と言います。世の中に出張っていくことがそんなにいいこととは、どうしても思えない』

子供の頃、こういうことを言ってくれる大人に出会いたかったな、と思う。
子供の頃僕は、ちゃんとしなきゃいけないって思ってたし、周囲から大きくはみ出さないようにうまく立ち回りながら生きていた。自分が社交的なタイプではないな、という自覚はあったのだけど、社交的でなければいけないんだろうなという先入観があって、自分なりに努力してそれなりの社交性を発揮してどうにか毎日生きていた。

あの頃の僕は、一人になったり孤独に陥ったりすることは怖かった。そうならないように、必死であれこれやっていたような記憶がある。今となっては、一人になることも孤独に陥ることも全然怖くなくなったけど、大学時代ぐらいまではちょっと無理だったなぁ。

そんな頃に、吉本隆明みたいなことを言ってくれる大人がいたら、救われただろうな。

『家に一人でこもって誰とも顔を合わせずに長い時間を過ごす。まわりからは一見無駄に見えるでしょうが、「分断されない、ひとまとまりの時間」をもつことが、どんな職業にもかならず必要なのだとぼくは思います』

『ぼくには子どもが二人いますが、子育ての時に気をつけていたのは、ほとんどひとつだけと言っていい。それは「子どもの時間を分断しないようにする」ということです』

僕が引きこもったのは、大学三年に上がろうとするまさにその春だ。大学二年までは、ほぼすべての授業に出席し、成績も相当良かった僕は、大学三年から大学の講義に一度も出なかった。講義に出なかったどころか、人と会わなくなった。心配して部屋まで来てくれる友人を無視し、ケータイに届くメールや電話も無視し、コンビニの店員以外の人とほとんど関わることなく、ひたすら部屋に居続ける生活を一年ぐらい続けた。

その時ひきこもっていた経験が、今の自分の人生に直接的に何か役立っているかと聞かれれば、答えに窮する。でも、一つ思うことは、あの経験があったお陰で、誰ともコミュニケーションを取らない孤独な時間を体験することが出来、自分自身のことに深く考えることが出来た。それは、社会に出てしまえばそう簡単に手に入る時間ではないと思うので、そういう意味で、得難い経験だったと思うし、間接的に僕の人生に役立っているのではないかと思える。

『他人とコミュニケートするための言葉ではなく、自分が発して自分自身に価値をもたらすような言葉。感覚を刺激するのではなく、内蔵に響いてくるような言葉―。ひきこもることによって、そんな言葉をもつことができるのではないか、という話です』

この感覚は、分かるような気がします。他人とコミュニケーションする必要がない、ということは、他人に伝わる言葉を使う必要がない、という意味でもあります。他人に伝わる言葉を使わなくなった時、人はどうなるのか?独り言が多い人は、なんとなくですけど、他人に伝わる言葉を独りで発している印象があります。僕は、たぶんだけど、ほとんど独り言を言っていないと思います。それは、独りでいる時は、自分の内臓に届く言葉を持てているから、口から言葉を発する必要がないのかもしれない、と本書を読んで少し感じました。

『自分の時間をこま切れにされていたら、人は何ものにもなることができません』

『ひきこもって、何かを考えて、そこで得たものというのは、「価値」という概念にぴたりと当てはまります。価値というものは、そこでしか増殖しません』

今の時代、コミュニケーション能力の重要さが叫ばれます。しかし僕は、コミュニケーション能力について取りざたされる場合、いつも感じてしまうことがあります。それは、

「一体何をコミュニケートするんだろう?」

ということです。

コミュニケーション能力というのは、あくまでも何かを伝えるための手段でしかありません。コミュニケーション能力というのは、それ単体で価値があるのではありません。伝えるべき、共有すべき何かを持っている人が、コミュニケーション能力という伝達能力を持つからこそ価値があるのです。

しかし今の時代は、伝えるべき、共有すべき何かを持っていなくても、ただコミュニケーション能力が高い、ということだけが取りざたされます。僕にはそれは、寒々しい光景に思えてなりません。英語は喋れるけど、日本の文化や歴史や政治や国際問題について語れない日本のビジネスパーソンの話を耳にすることがあるけど、それに似た印象です。伝達手段だけあっても、意味がないのです。

そして吉本隆明は、伝えるべき、共有すべき何かこそ、ひきこもることによって手に入れられるのだ、と語るのです。

『価値を生み出すためには、絶対にひきこもらなくてはならないし、ひきこもる時間が多い人は、より多くの価値を増殖させていると言えます』

現代は、ひきこもり易い時代であるとも言えるし、ひきこもり難い時代だとも言えます。

ひきこもり易い時代であることの説明は、吉本隆明自身がしてくれています。

『昔の親は、とにかく「食べさせている」ということで、誇りとか驕りとかがあったから、「お前はこうしろ」みたいなことが言えたわけです。しかし、食べていけない状況がほとんどない世の中になって、どう子どもを扱ったらいいのか、親もわからなくなってきている。
子どもにしたって、せっぱ詰まった状況にいないわけですから、自分にとって一番価値があると思えることをやっていたいし、それができてしまうわけです』

働かないで家にずっといても、親がどうにか出来てしまう状況がある。ひきこもる環境が整っている、と言えるでしょう。

一方で、ひきこもり難い世の中でもある。本書は2002年の発行なので、現代のようなソーシャルメディアが隆盛を誇る時代はなかなか予見できなかったでしょう。
現代は、あらゆるソーシャルメディアを通じて、個人が常時繋がった状態でいられるという稀有な環境が整いつつある。いくつかのソーシャルメディアは、ある種のインフラとして機能しつつあるので、日常生活をそれなりに全うするにはそれらソーシャルメディアを使わないわけにはいかない、という状況さえ生まれている。そういう中で、誰とも繋がらずに一人の時間を持つことはとても難しいと言える。物理的に部屋にひきこもっている人だって、ネット上で直接的には面識のない他人と関わりを持っていることでしょう。そういう意味で、物理的にひきこもっていても一人の時間を持てるわけではないという、吉本隆明には想定し得なかった状況がやってきたと言っていいでしょう。

僕自身は、引っ越しを機に、それまで唯一やっていたツイッターを止めた。FacebookやLINEはほぼ使っていない。ここでこうしてブログを書いてるけど、ブログ上で誰かとやり取りが発生することもごく稀だ。そういう意味で僕は、物理的にはひきこもってないけど、ネット上にほとんど存在しないが故に、一般的な人よりは一人の時間を確保できているのではないか、と思っている。

吉本隆明というとなんとなく難しい文章を書く作家というイメージがあったが、本書は、語りを文章に起こしていることもあってか、非常に読みやすい。中学生ぐらいの子どもでも十分読める作品ではないかと思う。学校や世の中に違和感を覚えて、窮屈に感じている子供は、どんな時代にもそれなりにいるだろう。そういう子供たちに届いて欲しい本だなと思う。また、自分が子供だった頃のことを忘れて、子供を縛り付けようとしてしまう親や教師にも是非読んで欲しい。不登校になった子供への対処や、いじめについての考え方など、子供の頃だったらきっと分かっていたはずのことを優しく諭してくれる。

『いまの学校制度は確かによくないけれども、その制度の中にいて、自分の中の違和感を大事にしていくほうがいいと思います』

これは、ひきこもりの人を集めて何かさせたり、フリースクールに入れたりするような風潮を指して意見している部分だ。これも僕は凄く分かる。「自分は今この場で外れている」という違和感をきちんと捉え理解することで見えてくるものはある。僕はそういう違和感を大事にするようにしている。その違和感を自分なりの言葉で捉えたり、違和感のその源流を把握することで物事を多面的に見れたりしていると思っている。自分が共感できてしまう場では、そういうことは出来ない。それは、自分の内側の言葉や、物事の捉え方を深めるチャンスを逃すということでもある。だから、違和感のある場というのは、それが絶望するほど居心地の悪い空間でないなら、居続ける方が良いのではないかと僕も思う。

人と繋がることが当たり前の世の中だからこそ、もう一度、一人でいること、孤独を感じることの大事さを捉え直してみるのがいいかもしれません。平易な言葉でその大事さに気づかせてくれる作品です。

吉本隆明「ひきこもれ ひとりの時間をもつということ」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
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3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)