黒夜行

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紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす(武田砂鉄)

僕が今、ネット的なものから離れているのは、言葉の自由度を保ちたかったからだろうと思う。

半年ぐらい前に、ずっと続けていたツイッターを止めた。投稿だけではなく、タイムラインを追うことも止めた。他のSNSは、LINEやFacebookを含めて一切やっていない。僕がネットに関わるのは、このブログを通じてのみだ。このブログも、コメントが来ることはほとんどない。双方向的なやり取りは、ブログを初めて十数年、ほとんどないと言っていいほどない。

自分自身をネットに接続させて、「つながり」や「いいね!」なんかに染まっていると、段々、自分の言葉を奪われていくような感覚がある。僕は、そこまでRT数やファボ数にこだわらなかった人間だと思っているが、しかし、ツイッターをやっている時、「どうせならウケることを書こう」と考えてしまいがちになる。他者からの反応がダイレクトに返ってくる場所であればあるほど、他者からの反応を想定した言葉を発してしまうものだ。

またネット的なものには基本的に、「承認」か「炎上」しかない。人が多く集まれば集まるほど、ネット的なものに放たれる言説は「承認」か「炎上」の両極端のどちらかに収斂していく。

僕は正直、そのどちらにも興味がない。

『意見の相違が生じた人といかに対話を施していくか、というメソッドを企業じゃそもそも考えてないし、学生に求めない。感受性など要らない。だからこそ、最低条件は認め合える人間であり、それをコミュニケーションと規定する。しかし、コミュニケーションにおいて本当に必要なのは、そのコミュニケーションの「保有」より、舞台全体をハックする「視野」と、異なる意見を受け止める「態度」じゃないのか。』

僕が他者との関わりの中で最も求めているのは、「承認」でも「炎上」でもなく「議論」である。
「承認」は、言ったことすべてを無条件に受け入れる。そして「炎上」は、言ったことすべてを無条件で否定する。「議論」とは、承認出来ることは承認し、意見が対立している部分があれば、自分の価値観を述べることでその対立を明確にする、という行為だ。

これが、ネット上ではとてもやりにくい。

「僕たちは二項対立の場には興味がありません」という態度を示すのがさとり世代だと本書で触れられているが、彼らにとって「対立」とは「非承認」を意味してしまうようだ。「対立」というのはただの状態であって、他者への評価ではない。意見が対立しようとも、人間としては分かり合える。人間には、こういう機能が備わっているはずなのに、現代人はもはやその機能を失っているかのように僕には思える。「対立」とは「非承認」であり、つまり「敵」である、というほとんど直感的な思い込みが、ネット的なものを覆っているように僕には感じられる。

またネットでは、言葉以外のコミュニケーションが制限されている、ということも大きい。対面での会話であれば、表情や声の調子などで、「発している言葉」は対立しているが、「言葉以外のメッセージ」は承認している、ということを伝えることが可能だ。しかしネットでは、ほとんどのコミュニケーションは言葉だけで行われる(ニコ生やYoutubeなどは言葉以外のやり取りを双方向的に出来るわけではない。双方向的なコミュニケーションが出来るのは、テレビ電話ぐらいだろうか)。言葉しか使えなければ、言葉で対立していればそれは発信者全体が対立者である、という判断になりがちだろう。これでは、なかなか「対立」に持ち込むことは難しい

『知らない人に何を言われようともそれを受け入れようとしない、これほど貧相なこともない。徒党を組んだ発信者が「合う・合わない」ではなく「会う・会わない」という価値尺度で決めてしまう』

価値観の合う人間とすぐに繋がり、会うことが出来るようになってしまった。実際に直接的に会わなくても、対面したのと同等の関係性に持ち込むことが出来るようになってしまった。そういう「仲間」同士で「内向き」のやり取りを重ねることで、「仲間」の外側にいる人間の価値観を受け入れなくなる、という流れも生まれる。「議論」とは、お互いの意見や価値観をフラットに眺めることが出来なければならないが、ネット上では、「仲間の意見」か「それ以外」で括られてしまって、客観性の欠片もなくなってしまう。

僕自身に、上記のようなことがあったわけではない。でも、ネット上で言葉を書き続ける中で、そういう社会の存在を強く意識してしまった。僕に見える範囲にはそれは可視化されなかったが、僕の見えていない部分ではそれはもう隅々にまではびこってしまっているのだろうという予感を抱いてしまった。ただの妄想かもしれない。でも、自分の言葉ががんじがらめにされた時、もう離れられないほどネットにどっぷり浸かっている状態は嫌だなと思った。まだ大丈夫な内に離れておくのもいいかな、と。

『本書全体に通底するテーマでもあるけれど、どこまでも自由であるべき言葉を紋切型で拘束する害毒は、正しい・正しくないを越えて駆除すべきだと思っている。つまり、あらゆる“こうでなければならない”から、言葉は颯爽と逃れていかなければならないと思う』

僕自身の話をするためにネットの話から始めたが、本書は決して、ネットだけをターゲットに据えた作品ではない。「全米が泣いた」「なるほど。わかりやすいです」「うちの会社としては」「誤解を恐れずに言えば」「逆にこちらが励まされました」など、ある場面で必ず登場する「紋切型の言葉」を様々に取り上げながら、その背後に見える人間性、社会構造、時代背景などを鋭くあぶり出し、批評していく。

『対象への近さが批評の深度につながっていると信じている人も多い』

当然著者は違う。テレビ、雑誌、書籍、新聞などの媒体から、芸能、スポーツ、時事問題などにおける様々な言説を抜き出す著者は、どんな対象からも距離を取っているように見える。世の中のあらゆる事柄を、一旦ひねくれた目線から透かし見て、そこから何かが炙りだされてくるのを待っている。著者は、社会を観察対象に据えた研究者のようなものかもしれない。

著者の見識の広さを、話題を転換させる時の角度は凄い。例えば、伊集院光と中川家の礼二の話から、ネットにおける検索の話に繋げ、週刊朝日の編集長の話やネットメディアの自主規制の話をして、最後は「あひるなんちゃら」という劇団の演劇の話で締める。この間、テーマは一貫していて、同一のテーマ内でこれほどまでに示唆に飛んだ具体性を持ちだして来れるものなのかと驚いた。新聞や書籍からだけではなく、スポーツ雑誌やネットメディアに載った記事からも引用するなど、常時相当量のインプットをし、それを頭の中で整理しているのだということが分かる。マグロの解体ショーでも見るかのように、頭を使わずに放たれた言説や、世の中をコントロールするために放たれた頭の良い人たちによる言説を、著者の鋭い言葉で解体していく。そこには常に、僕自身が無意識の内に寄りかかっていた前提に疑問符がつけられ、言葉で僕を殴り起こして行く。比較的、無思考の言説に寄りかかりすぎてはいないはずの僕でもハッとさせられるのだ。紋切型の言葉を使うことに抵抗のない人間には、グサグサと突き刺さる…だろうか?

『知的な探究心を小馬鹿にし、自分が信奉する考え以外を意識的に諦める「反知性主義」と呼ばれる動きが広がっている』

恐らく本書に書かれていることは、無思考の言説に無意識に寄りかかっている人間には響かないだろう。彼らには、本書に書かれているような批評は届かない。まさにその事実を、本書はテーマにし掘り下げているのに、その事実に最も気づくべき人たちには決して届くことがない、というのが、著者が切り取ろうとする問題の一番本質的で厄介な部分かもしれないと思う。

読みながら、凄く面白い本なのだけど、この本の感想はうまく書けないだろうな、と思っていたのだが、やはりその通りだった。理由はいくつかある。まず、僕の理解力が及んでいない、ということ。本書は、著者の切れ味鋭い言葉で満たされているのだけど、鋭いが故に受け止めきれない部分も多い。元々国語が得意ではない、という苦手意識があることも、理解力が及ばないことに拍車を掛ける。さらに、本書のテーマが、人間が存在するすべての場所に関係しうる「言語」、もっと言えば「生活言語(そんな言葉があるかは知らないけど)」に関係するものであり、裾野があまりにも拾い、ということ。本書は、一つのテーマ内においては一貫した流れを持つが、それが20並ぶと、「生活言語」という言葉でしか括れない非常に概念の幅の広いテーマが浮かぶ。「言葉は自由であるべきだ」という全体を貫く大きな主張は、様々な個別具体的の羅列によってしか問題を現出させられないほど、世間はそれを“問題”と捉えていない。そういう、意識しなければ見えてこない、日常の中では隠されている事柄同士に繋がりを見つけ、自分の感想として再構築するのは難しいなと思っていたのだ。

本書への評価には到底なりえないだろうが、一つ言えることは、僕は、著者のように「言葉に敏感な人」は信頼している、ということだ。テレビや雑誌や占い師の言葉を無条件に鵜呑みに出来る人にも、仲間内だけでもはや言葉ではない“スタンプ”をやりあうことでコミュニケーションをしていると思い込んでいる人にも、僕は関心が持てないし、なんなら軽蔑している。それなら、不器用でもいいから自分なりの言葉で自分の考えを説明しようとする人がいいし、それをとても高いレベルでやりこなしている著者のような人には憧れる。僕も日々このブログで、自分が何をどう考えているのかを言葉にしようと思っているのだけど、著者のレベルには到底及ばない。物事を観察する視線、対象を切り取る枠組みの提示の仕方、異質なものの共通点を見出して繋いで見せる手法。著者の言説そのものに賛同出来ない場合があったとしても、文章に行き着くまでのこれらの過程みたいなものに強く共感できるし、こういう人と議論をしたいなという感覚になった。

もう少し内容に触れながら感想を書きたかったけれど、僕の力不足でそれは出来ませんでした。当たり前のように無意識に使ってしまっている言葉を掬いあげ、それらの言葉を起点として社会を切り取ってみせる著者の“社会批評”を是非堪能してください。久々に脳がフル回転して文章を理解しようと食らいつくような読書が出来て凄く楽しかったです。

武田砂鉄「紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす」


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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
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9位 「孤独と不安のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)