安楽探偵(小林泰三)
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内容に入ろうと思います。
本書は、街いちばんの“名探偵”と、その“助手”であり記録係でもあるわたしが、奇妙な依頼人の謎を、事務所にいながらにして解決するという、安楽椅子探偵モノです。6編の短編が収録された連作短編集ですが、色々あって最後の一編の内容紹介は控えます。
「アイドルストーカー」
かつてアイドルだったが、ここしばらく露出のなかった富士唯香が事務所にやってくる。彼女は、狂気のストーカーについて相談する。封筒の表書きにびっしりと読めないような小さな字で恨みつらみが書かれており、さらに封筒の中には、雑誌に載った唯香の服装を真似ようとしたおっさんの写真が写っている。恐ろしくなってマネージャーに相談するが、マネージャーはこれぐらいでは警察は動いてくれないと難色を示す。
その後、恐怖が募り逃げるようにアイドルとしての活動を放棄し、自宅に閉じこもる生活を続けることになったのだが…。
「消去法」
中村瞳子は、自分には超能力があるようなのだ、と語り始めた。「消えろ」と口に出して他人に言うと、その人物の存在が最初からなかったことになってしまうのだ、と。
そのことに気づいたのは、会社でリストラの話が持ち上がった頃のことだった。首を切られるくらいなら誰かを辞めさせようと結託した何人かが、瞳子に嫌がらせを始めたのだという。すべき連絡事項を知らされていなかったりと、業務に差し障りの出る嫌がらせだった。それに耐えかねて、首謀者と思しき女に「消えろ」と言ったことがすべての始まりだった。その瞬間から、その女の存在は、初めからなかったものとされたのだ…。
「ダイエット」
戸山弾美は、何者かに太る薬を盛られている、と訴える。ダイエットをするために会社まで辞め、一ヶ月ほとんど何も食べていないのに、ずっと太り続けるのだ、と。水道水に、太る薬が混じっているのではないか…。妄想のようなことを語り続ける依頼人の話を丹念に聞きながら、名探偵は、ある可能性に思い至る…。
「食材」
大雨の中、ある夫婦が事務所に飛び込んできた。娘がいないのだ、と。
その日は家族でレストランで食事の予定だった。その店は、持ち込んだ食材を調理してくれる、というのは売りの店だったようだが、あいにく彼らはそのことを知らなかった。テーブルの横の台の上に載せておければ自動的に“食材”と見なされて厨房へと運ばれるようで、ワニやカタツムリなど、多彩な食材を持ち込んでいるようだった。
そういえば、と、彼らは娘の不在に気づく。トイレにでも行っているのだろう、と。しかし、さすがに遅くはないか…。
「命の軽さ」
伊達杏太郎は、詐欺に遭ったかもしれない、と訴える。彼はNPOに給料の三か月分という大金を寄付したのだが、そこから、そのNPOがどんな金の使いかたをしているのか徹底的に調査した。帳簿のコピーを取り会計士に見せる、NPOの代表を一ヶ月尾行する、そのNPOが支援した国へと向かい現地でも書類をチェックするなど、仕事を辞めてまで執拗な調査を続けた。
しかしわたしには、彼が一体何を名探偵に依頼したがっているのか、イマイチ理解できない…。
「モリアーティ」
省略。
というような話です。
思っていた以上に面白い作品でした。これはなかなか良く出来ています。
まず、「奇妙なのは、謎そのものではなく、謎を持ち込む依頼人」という点が非常に面白い。どの話も、依頼人がひたすら独白し、名探偵とわたしが時折口を挟む、という形で話が進んでいくのだけど、その依頼人の独白が、なかなか狂ってる。最初の「アイドルストーカー」はさほどでもないのだけど、二話目の「消去法」以降、基本的に全員、依頼人はちょっとイカれてしまっている。
しかし、イカれていても、そこにはイカれた人間なりの論理が存在する。ただイカれているわけではなく、真っ直ぐな一本の線上で彼らはイカれているのだ。彼らの独白をひたすら聞きながら、ラストの方でようやくその論理を知ることができ、カタルシスを得ることが出来る。
謎自体や、名探偵の推理は、依頼人の奇妙さに比べたら何ほどのものでもない、と言っていいでしょう。もちろん、謎も変わってるし、名探偵の解決も読ませるんだけど、何よりも本書は、依頼人の奇妙さを堪能するミステリだ、と言えるのではないかと思います。
また、このイカれた依頼人の話と関係するが、「名探偵は、依頼人の論理に沿って謎を解決しようとする」という点も面白いと思う。
本書における名探偵の立ち位置は、推理をする者というよりもむしろカウンセラーに近い。依頼人の“妄想”を否定せず、あくまでその“妄想”を肯定し、その“妄想”を成り立たせている論理を否定することなく、その論理に沿って依頼人の謎を解決しようとする。これが、普通の謎解きとは違っていて面白い。
何故そういう物語になるのか。それは、本書における“謎”というのは、ほとんど場合依頼人自身にしか認識出来ない謎だからだ。つまり“妄想”というわけなのだけど、それに対し、「そんな謎はそもそも存在しないのですよ」と言ったところで相手には通じないし納得しない。依頼人には、その謎は間違いなく存在するのだから。だから名探偵は、その謎が間違いなく存在するのだということをまず肯定し、その上でその謎を解こうとする。だから、その“妄想”の論理に沿って謎解きをするしかないのだ。
この、なかなか他のミステリ作品ではお目にかかれないよう謎・依頼人・解決の関係性が、本書の特色であり、面白い部分である。
そしてさらに本書には、全体を貫く大きな物語が存在する。これについては深入りすることができず、そのせいもあって第六話の内容紹介を避けたのだけど、これが、作品全体の景色を一変させるような効果があって、見事だと思う。最後まで読むと、本書のタイトルが何故「安楽“椅子”探偵」ではなく「安楽探偵」であるのか、そして本書の英題が何故「Lazy Detective」なのか理解できることだろう。安楽椅子探偵モノにつきまとうある種の欠点を逆手に取った見事な切り返しが実に巧くハマっています。第六話がなくても作品としては成立しますが、第六話の存在がこの作品をより良い形で際立たせていると思いました。
個人的に好きな話は「ダイエット」です。これは巧いなぁ、と思いました。“依頼人の奇妙さ”という、本書に通底する要素を巧く利用した作品で、よく出来ていると思いました。
名探偵とわたしのペダンティック(言葉の使いかたが合ってるか自信ないけど)な会話も、ひねくれ者の僕には面白く感じられました。特に「命の軽さ」の冒頭でのやり取りは、なるほどなぁ、と感じさせられました。ほとんど揚げ足取りみたいな会話ですが、生きていく中でお互いが前提としている事柄が言葉によって巧く炙りだされていく過程が面白いと思いました。
小林泰三「安楽探偵」
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