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平気でうそをつく人たち(M・スコット・ペック)

前の職場に、実に反りの合わない上司がいた。小売の店長だったのだが、あらゆる点で、僕にはその人物の行動原理や価値観が理解できなかった。店長として、当然すべきであろう様々なことをまるでせずにのほほんとしているように見えたし、そのことに対して罪悪感を抱いていないように見えたのだ。
だから僕は、その人物に対して“攻撃”を加えた。
何故カッコ付きにしたかと言えば、僕としては攻撃のつもりはなかったからだ。僕としては、提言のつもりだった。確かに僕はアルバイトで、相手は店長である。そもそも、提言でさえも立場をわきまえていない、と捉える人もいるかもしれない。まあともかく、その人物は、僕が提言だと思っていたものを“攻撃”と受け取った。
僕自身が相手の性格をもう少し理解していること、そして僕が人間的にもう少し成熟していること。こういう要素があれば、僕の提言の仕方ももう少し違ったかもしれないが、僕の提言は、その人物に“攻撃”と受け取られるようなものだったのだろう。僕としては納得いかないが、その後の展開を考えると、そう捉えるしかない。
“攻撃”を受けた店長は、僕の意見を受け入れないばかりか、他の社員を巻き込んで、僕を店から追いだそうという動きに出た。その人物にとってはとにかく、「“攻撃”を受けた」という事実が、とにかく許せなかったようだ。

『何が彼らにとりついているのだろうか。何が彼らを動かしているのだろうか。基本的にはそれは恐怖である。彼らは、その見せかけが破れ、世間や自分自身に自分がさらけだされるのを恐れているのである。彼らは、自分自身に邪悪性に面と向かうことを絶えず恐れている』

その人物は、自分こそがまっとうだと考えていた。その人物は、自分がまさに被害者であり、僕の方こそ排除すべき存在である、ということを自分の仲間に信じさせようとした。自分が、店長としての責務を一切果たしていないということはすべて棚に上げたまま、自分の価値観を崩されないようにするために取り繕った。

『邪悪な人たちの見せかけは、すくなくとも他人をだますと同じ程度に、自分自身をだますためのものである。R夫妻は、自分たちはロージャーのためにできることはなんでもしてやっている、と実際に信じこんでいたのだと私は確信している』

『言い換えるならば、邪悪な人間は、自分自身の血管を直視するかわりに他人を攻撃する』

幸いにもその店長は、「自分自身が“攻撃”されたという直接的な事象」が存在しなければ、僕個人としては無害な存在だったし(とはいえ、店としては、“何もしない”という事実によって、実に有害な存在ではあったが)、そういう直接的な事象が発生しても、継続しなければ報復も継続しない、ということを理解して、とにかくただ関わらないようにしてやり過ごしたが、本書を読んで、あの店長の邪悪さというものが久々に思い起こされた。

『スケープゴーティング、つまり罪の転嫁は、精神医学者が「投影」と呼んでいるメカニズムによって生じるものである。邪悪な人間は、自分には欠点がないと深く信じこんでいるために、世の中の人と衝突したときには、きまって、世の中の人たちが間違っているためそうした衝突が起こるのだと考える。自分の悪を否定しなければならないのであるから、他人を悪と見なさざるをえないのである。自分の悪を世の中に投影するのである』

僕は常に、「自分が間違っている可能性」を捨てない。むしろ積極的に、「自分が間違っている可能性」を受け入れようとする。本当に自分が間違っているかどうかが重要なのではない。そう意識することで、多様な意見や価値観を知り世界が広がる可能性が高まるし、また、自分が致命的な失敗を犯すリスクを低くすることが出来る。だから僕には、「自分は間違っていない」と強く思える人間のことが理解できないし、意味が分からない。

『いいですか。私が最も驚いたのは、お二人が、ご自身が治療を必要としていることを認めるくらいなら、ご自分の息子さんが不治の病をも持っていると信じるほうがましだと考えておられる、つまり、息子さんを抹殺してしまいたいと考えておられるように見えることです』

本書は、全米でベストセラーとなった著作を持つ精神科医である著者が、自身が関わった、あるいは他の同業者から聞いた様々なエピソードを取り上げながら、「人間の邪悪性」について考える作品である。

息子の抑圧の原因になっていることに気づかない両親、支配する妻と支配される夫という関係で奇妙な(見せかけの)安定性を確保している夫婦、高い能力がありながら実生活で発揮できないために著者の治療を望みながら、著者の治療を受ける気が一切ない女性。様々な実例(プライバシーに配慮して、多少なりとも手を加えているようだが)を具体的に提示しながら、「人間の邪悪性」の発露の仕方や、その背景にあるものを炙り出そうとしていく。

この作品は、多くの人間が読んでおく価値のある作品だと思う。性善説を持っていない人であっても、実際に恐るべき邪悪さを持った人間と接した経験を持たない限り、人間の邪悪性に対する理解はどうしても浅くなりがちだろうと思う。人間というのは、自身が邪悪であるということに気づかないまま一体どこまで邪悪になることが出来るのか、について知っておくことは、生きていく上で非常に重要だろう。

『真に邪悪な人間とはごくありふれた人間であり、通常は、表面的に観察するかぎりでは普通の人間のように見えるものである』

何か事件が起こるたびに、僕らは何か原因を探そうとしてしまう。こういう生い立ちが、こういう出来事が、こういう価値観があったから彼らは事件に向かったのだ、と。そういう、自分の中で 納得できる原因が見つけ出せないと、「普通で善良であるはずの自分も、もしかしたらそっち側に行ってしまうかもしれない」という不安定さを捨てることが出来ない。事件を起こした人間は、根本的に自分たちとは違う人間なのだ。そういう風に安心したくて、原因を探し求めてしまう。

しかし、本書で描かれる人間の邪悪性は、自己認識するのが困難なものに思える。本書を読めば分かるが、外面的にはっきりと指摘できるほどの邪悪ではない事例も登場する。しかし、全体として、その人物はやはり邪悪なのである。そういうものほど、自分で自分のことを理解するのは困難になるだろう。

だからこそ、他者の邪悪性の奥深さを理解するのと同時に、自己認識が困難な自分自身の邪悪性の存在可能性についても、本書を読んで考えてみるべきかもしれないと思う。人間の存在に対する奥深さを知る知的読み物でありながら同時に、人間関係のよりより対処法を教えてくれる処方箋的な作品でもあるように感じられた。様々な実例と、その背景的な理屈を理解することで、人間というものがどこまで邪悪さを帯びることが出来るのか、知っておこう。

『この本は危険な本である。
私はこの本を、必要だと信じたから書いた。全体としてみればこの本は、治療効果もしくはいやしの効果を有するものだと私は信じている。
とはいえ私は、不安をいだきながらこの本を書いたことも事実である。この本は潜在的に有害な本である。読者の中にはこの本によって苦痛を受ける人間もいるだろう。さらに悪いことには、この本に書かれていることを悪用して他人を傷つける人もいるかもしれない』

さて、著者は本書の目的を、こんな風に書いている。

『この本のめざす目的は、われわれ人間の生命について真剣に考え、その結果として、人間の悪についてもはるかに真剣に―科学の手法を含めてわれわれが手にしているあらゆる手段を用いて―研究することをわれわれにうながすことにある。悪について、それが何であるかを、そのぞっとする実態のあらゆる面において認識することを促したいというのが、私の意図するところである。生命にたいして、より豊かに奉仕しようというのが、私の意図しているところである。』

『本書がその命題のひとつとしていることは、邪悪性を精神病の一形態として規定できないか、これを、すくなくともほかの大きな精神病に向けられていると同程度の科学的研究の対象にすべきではないか、ということである』

『しかし、本書は気持ちのいい本ではない。この本はわれわれ人間の暗部について、しかも、われわれ人間社会のまさに最も暗い部分に属する人たち―つまり、ずばり私が邪悪だと判定した人たち―について主として語る本だからである。こうした人たちは気持ちのいい人たちではない。しかし、にもかかわらず判断することは必要である。こうした特定の人たち―そしてまた人間の悪全般―を科学的に研究する必要がある、というのが本書の主題である』

つまり、「人間の邪悪性」を科学の領域に持ち込もう、という意図があるのだ。
これはつまり、「人間の邪悪性」はこれまで、科学の領域では論じられてこなかった、ということを意味する。どうしてそんなことになったのだろうか?
これに関して触れている箇所があるが、あまりにも長いので引用は控える。大雑把に言えば、「科学」と「宗教」が別離して以来、「科学」というのは「価値観を排除するもの」として存在してきた、という事実がある。「科学」は、価値判断によらない「事実」をベースに行うものだ。そして「人間の邪悪性」というのは、根本的に価値判断をする必要があるものなので、どうしても従来の「科学」とは相性が悪い、というようなことが書かれている。しかしそれでも著者は、「人間の邪悪性」は科学の領域で語ることが出来るはずだとして、本書の中でその可能性を論じている。

しかし、邪悪性を有している人たちは、自分の内面を否定されたり攻撃されたりすることを極度に怖れる人たちであるので、研究対象になりたがらない、という難しい問題もある。その点も、これまで「人間の邪悪性」が科学のステージに存在しなかった理由の一つである。

本書を読むと、「人間の邪悪性」を科学することの困難さを実感することが出来る。本作に登場するような人たちを相手にしなければならない、というだけで、充分に憂鬱である。本書には、数年にも渡り、まったく実を結ばなかった治療に翻弄させられた著者のエピソードも載っている。「人間の邪悪性」を研究(あるいは治療)しようとすることは、相手の「邪悪性」にとことんまでさらされることを意味する。想像するだけで困難だろう、と感じられた。とはいえ、確かに著者が主張するように、「人間の邪悪性」を科学することは、人類にとって大切かもしれない。人類は、災害などの自然の脅威の大部分を科学の力で封じ込めたために、人類を脅かす最も恐ろしいものは、人間の内側にある、と書いてある箇所がある。そしてその、人類を脅かすものこそ「人間の邪悪性」だろう。それをきちんと理解しておくことは、人類が存続していく上で非常に重要になってくるのではないか、と感じられた。

M・スコット・ペック「平気でうそをつく人たち」


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5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
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コミック

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2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)