黒夜行

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余命二億円(周防柳)

内容に入ろうと思います。
田村次也は、父・俊司の葬式に参列している。
まさかこんなことになるとは。
きっかけは、ある事故だった。俊司は、駐車場で轢かれそうになっている女の子を突き飛ばし、代わりに轢かれてしまう。幸い、骨折と頭を打ったぐらいで済んだ。田村工務店の“おやじ”として、地域で親しまれていた父だったが、女の子を助けた話に恐ろしく尾ひれがつき、さらに父親の評判は上がったようだった。
大阪と東京、共に実家を離れて暮らす次也と、兄・一也も父の見舞いに駆けつけたが、大丈夫そうでホッとしていたところだ。
無事で良かったと一息ついたタイミングで、一也が妙な話を切り出してくる。父が死んだらどれぐらい金が入るのか、という話だ。「ツグ、二億円だぞ」と一也は言う。一也は、弁護士に相談までして、亡くなった場合、障害がある状態で生きている場合など、色んな状況でどれだけ金が入るのかということを考えている。
昔から兄は、金が大好きだった。地域主催の運動会でのこと。小学生にして既に掛けの胴元となり稼いでいた兄だ。これまでいくつもの会社を立ち上げてはダメにし、羽振りのいい時期とダメな時期を交互に経験している。まさに今は、ダメな時期のようだ。
兄一家の金回りが難しいのには、もう一つ理由がある。息子・湘のことだ。湘は、腎臓の持病を抱えており、一度母親の腎臓を移植したのだが、しばらくしてダメになってしまった。幼いながら透析を繰り返す日々を送っている。
そして、腎臓の病を抱えているのは、次也も同じだ。次也も子どもの頃透析を経験したが、父親から腎臓を一つ移植してもらったお陰で、透析続きの生活から抜け出すことが出来た。
だからこそ、湘のことが他人事とは思えないし、そして、腎臓を一つもらっていることもあって、父親とは強い一体感を感じている。だからこそ、父が死んだら、というような話を飄々とする兄が信じられなかった。
しかし、事態は急変する。事故で頭を打ったことが原因なのだろう、父の容体は一気に悪化し、植物状態になってしまう。
延命治療を行うか否か。
主治医からのその意思確認を求められた兄弟の意見は割れる。なんだかんだとうまく次也を丸め込もうとするが、なんにせよ二億円に目がくらんでいる一也と、植物状態であっても父に生きていて欲しいと願う次也。二人の意見は平行線のままだったが、しかし、過去の出来事が次第に次也を絡めとっていき…。
というような話です。

なかなか面白い作品でした。
僕自身は、人の死というものに、かなり淡白だという自覚があります。僕がもし、本書の登場人物たちのような状況に置かれたら、特に悩むことなく、延命治療をしない、という選択をするでしょう。二億円は関係なく。それが、死んでいく者にも、生きている者にも、最良の選択肢だと思うからです。

しかし、そこに葛藤してしまう人の存在を理解することは出来る。延命治療をするかどうかという選択は、結局、自分自身の手で誰かの命を断つか否かを選択するということだ。そこに躊躇や葛藤が生じる気持ちは、分からないでもない。
ただ僕は、穿った人間なので、近いか遠いかの差だけであって、生きている人間は常に誰かを殺しているのだ、と思っている。先進国の人間が豊かに生きることは、現代では、発展途上国の人たちに負担を強いていることと同じだろうし、テロや戦争に無関心でいるという事実が、間接的に多くの人を殺しているはずだと思う。延命治療をするかどうかの選択は、「まさに自分自身に生殺与奪の権利があるようにリアルに感じられる」というだけのことであって、僕らは日々生きていく中で、誰かの命を奪う選択をしているのだ。延命治療の場面でだけ葛藤する人というのは、無意識に自分がしている「誰かを殺す選択」に気づいていないだけに思えて、僕の気持ち的にしっくり来ない。

次也は、一也から決断を迫られて、延命治療をするかどうか悩む。一也が次也を説得する過程で、「本人の意志」の話をするのだが、この話はなかなか興味深かった。確かにそうかもしれない、と思った。
一也は、次也の知らないところで見聞きした話として、父は延命治療を望んでいなかったぞ、という話をする。次也にしてみれば、その話自体正しいのかどうか判断がつかないことではあるのだけど、しかし、それが事実だったとしても次也には納得のいかない部分があった。
それが、「本人の意志」は常に「死なせて下さい」しかない、ということだ。
人の生き死に関して「本人の意志」が問われる時、必ず答えは「死なせてください」しかない、という点に次也は疑問を抱く。「本人の意志」として「生かしてください」という人はいないだろう、と。それは、社会がそう言わせているのではないか、と。老い先短い、しかも意識のない人に長生きされてもらっちゃ困る、という社会の共通了解が存在していて、それを感じ取って皆「死なせてください」と言うのではないか、と。
僕自身は、本心から、植物状態になった時延命治療は止めて欲しい、つまり「死なせてください」と思っている人間だけど、確かに植物状態になった時のことを問われて「それでも生かして欲しい」と言える雰囲気は、世の中的にはないな、と思う。生きていたい、生かして欲しいと思う人がいたとしても、その答えが返ってくることを問うた側が想定していない。世の中の共通了解としてそういうことになっているように確かに僕にも感じられる。だからと言ってじゃあ、「本人の意志」を無視していいのかと言われるとそれも違うような気がするのだけど、次也が提示した疑問は面白い視点だと感じた。

それにしても、僕が冷たい人間だということなんだろうけど、僕には次也の、「意識がなくてもいいから生きていて欲しい」という感覚が理解できない。奇跡を信じる気持ちだけから、そう思えるのだろうか?確かに、ほんの僅かな可能性で奇跡は起こる。何十年も意識がなかった人が突如目を覚ますなんていうことも、確かに世の中には存在する。そんな奇跡が、自分の元にやってこないとも限らない。そう思いたい気持ちはまったくわからないでもないのだけど、でもみんなホントに、そんな奇跡が起こると信じて待ち続けていられるのだろうか?
僕は、そんな奇跡を信じないし、恐らく植物状態になってしまった人間は二度と目を覚まさないだろうと思っている。それは僕にとっては、死んでいるのと同じようなものだ。将来的に、植物状態になった人間の脳波をリアルタイムで取り出して、植物状態の人間と会話が出来る、みたいな技術が開発されるかもしれない。そうなればまた話は変わってくると思うけど、しかし現在のテクノロジーの範囲内では、植物状態の人は僕には死者と大差ない。だったら、無理やり生かされているだけの者にとっても、その永遠とも思える介護を続ける者にとっても、延命治療をせずに死をもたらすとい選択は自然だと思う。

とはいえ恐らく、世の中の多くの人は次也の考え方に共感するのだろう。一也の、死者をお金としか見ていない感覚はともかく、現実的に延命治療をしない決断をする考え方が、酷いと評価されるのだろう。僕には、イマイチ理解できない。

それにしても、一也というのはなかなか凄いキャラクターである。自分の思い通りの未来をもたらすために、それこそありとあらゆる手段を使うし、タブーやモラルなんかない。それでいて、人間的に魅力が欠けるかというとそうでもない。畳み掛けるようにして理屈を捏ねて次也を丸め込もうとするし、信じられないような手を使って次也を惑わしもするのだけど、それでも、まあ一也なら仕方ないかと相手に思わせてしまうようなところがある。次也が一也を「天然の悪意」と評する場面があったが、明らかな悪意を持っていると分かるのだけど、天然だから悪気はないのだ、と感じさせるような人間味がある。本書は、次也が自縄自縛に追い込まれ、悩み苦しむ過程を丁寧に描き出すことで作品を成り立たせているのだけど、次也がここまで追い込まれるために一也の存在は不可欠だった。現実の世界ではあまり関わりたくない相手だが、小説で読む分には魅力的な男だ。

人間の命とお金についての、弁護士の話もなかなか面白い。人間は、過去には一切お金を払わないが、未来のためにはナンボでも払う、と弁護士は言う。ノーベル賞を取った世界的な研究者でも、80歳で交通事故に会えば慰謝料や損害賠償は少ないし、ニートであっても20歳で交通事故に会えば、将来稼ぐかもしれなかった相当な金額分の補償を受けることが出来る。また、生命保険なども、死亡すれば遺族が受け取り自由に使えるが、障害が残った場合などは、その保険金は本人のものであり、後見人制度などを利用して親族が管理できるというだけで自由には使えないなど、へぇという話もあった。お金の話ではないが、延命治療を一度すると言ってしまえば、延命治療を止める決断はなかなか出来ないのだ、という話も面白かった。延命治療をする前であれば、肺炎などに掛かってその死を引き止めなかったとしても医者は罪に問われないが、延命治療をしている中で肺炎などに掛かった場合、その死を防がなければ罪に問われる可能性がある。だからこそ延命治療を選択すると、患者はなかなか死ぬことが出来ないのだ、という話を一也がしていて、なるほどと思ったものである。

本書の中で、一也と次也は非常に対照的に描かれている。一也は前のめりで金を得ようとしている守銭奴であるように描かれ、一方で次也の方は、別に金に困ってないし、父親が死んだことで手に入るお金でどうのこうのという話は不謹慎だと感じている。次也自身は本当に、遺産がどうのということはどうでも良かったのだ。しかし、一也のような金金うるさい親族がいたということもあるだろうが、金に関心がなかったはずの次也でさえ、遺産争いの渦に巻き込まれてしまう。
遺産争いなど、自分には関係ないと思っている人は多いだろう。しかし、案外そうではないかもしれない。本書の場合、亡くなった田村俊司は、自身に生命保険を掛けており、さらに事故で死亡したために慰謝料も想定できる状況だ。特別な資産家ではなくとも、生命保険に入っており、事故で死亡し慰謝料が想定できる状況であれば、かなりの金額が遺族に入ってくることになる。資産家でなくても、遺産争いに巻き込まれてしまう可能性は十分にあるのだ。
だからこそ、ある程度の心構えはしておく必要があるのだろうと思う。

僕自身は、自分の親の金銭状況はまるで知らないけど、僕自身は実家から遠く離れたところに住んでいるし、弟が実家のすぐ傍に家を建てたので、親の介護などもろもろ弟夫婦に任せることになるだろうと思う。だから、何か残るものがあっても、僕自身は相続を放棄して弟夫婦にあげるかな。まあ、その時点で凄い借金でもあったら違うことを考えるかもだけど。もし万が一親に負債があったら、その場合は状況次第で負債を相続することもあるかもだけど、まあそのぐらいかな。
みたいなことを考えていても、もしかしたら僕も遺産争いに巻き込まれることがあるかもしれない。めんどくさいですね。いつそういう事態に巻き込まれるかも分からないから、心構えだけはしておく方がいいんだろうという感じがします。

人間の命が、様々な形で金銭と交換出来る世の中になってしまった現代において、誰の身にも起こりうる事柄をベースに据えて、考えさせる問いを様々に放つ作品だと感じました。

周防柳「余命二億円」


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5位 笹本稜平「遺産
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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
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13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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