黒夜行

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また、同じ夢を見ていた(住野よる)

僕にとって「幸せ」というのはたぶん、幸せじゃなくなった時に気づくものなんだと思う。
普段の僕は、「幸せだ」と感じることは、ほとんどない。自分の性格と、自分が歩まなければならない人生を考えて、「世の中のことに興味を持たない方が生きやすいな」と判断した子供の頃の僕は、勉強や読書などを“暇つぶし”として、そしてそれ以外のことには“やってみるけど特にハマることはないもの”として接してきた。自分の人生を振り返っても、テンションが上がった経験というのはほとんどないし、「幸せだ」と思い返せるような思いでも別にない。
だから、僕には「幸せ」というのは、正直よく分からない。でも、幸せじゃなくなった時、それまでの生活や日常に「幸せ」を感じる、ということはあるかもしれないと思う。
僕は20歳くらいの頃、通っていた大学に唐突に行かなくなり、誰とも会わず、部屋でひたすらテレビを見て過ごしていた時期があった。その時期のことを、ちゃんと覚えているわけではないけど、しんどかった記憶はある。自分の手で、未来の自分の人生をぶっ壊す手段としての引きこもりだったと、今なら説明が出来る。本書の登場人物の一人が、ある行動に対して、『なんでもいいから、この連続する日常を終わらせたかった』と語る場面があるのだけど、僕にはその気持ちがなんだか凄くよく分かるように思う。
自分の中の止むに止まれぬ衝動に引っ張られて、世の中との接点を断った僕は、思いの外追い詰められていたように思う。それまで、自分が持っていると思っていたものをすべて捨ててリセットしようとする日々は、結局、何もしないで無為を過ごすことに他ならなかった。連続していた時間が、ぶつ切りになったりループしたりするような生活は、少しずつ僕を蝕んでいった。
たぶんその時僕は、引きこもる前の自分の生活を「幸せだ」と感じていたのではないかと思う。たぶん僕は、そんな風な形でしか「幸せ」というものを捉えることが出来ない。
そう考えると、結局僕にとっての「幸せ」というのは、昨日と同じ今日がやってきて、そして今日と同じ明日がやってくること、ということになるのかもしれない。それは、その時間の流れにいる限り、「幸せ」であることを実感しにくい。昨日と違う今日がやってきて初めて、その「幸せ」に気づくことが出来るのだ。
人の数だけ、「幸せ」の形がある。誰かの「幸せ」が、僕を「幸せ」にするとは限らない。それを忘れてしまうときっと、永遠に「幸せ」にはたどり着けなくなってしまうだろう。そうならないためにも、自分にとっての「幸せ」を、一度立ち止まって考えてみることはいいかもしれない。

内容に入ろうと思います。
小学生の小柳菜ノ花は、自分の頭で考えるという、実にステキな性格をしている。本をたくさん読んでいるからというのもあるだろう、言葉に対して敏感で、概念や価値観について自分なりに深く思索をすることが出来る。そしてその分、菜ノ花には子供らしさが欠けている。それもあって、クラスでは浮いた存在だ。いじめられているというのとは違う。話しかければ反応は返ってくる。でもみんな、積極的に関わろうとはしない。
菜ノ花は学校には友達はいない。だから彼女は放課後、家に帰らなくちゃいけない18時までの間、色んな所に友達に会いに行く。
まずは、会話は成立しないけど、しっぽのちぎれた猫。彼女とは、一緒に友達のところを周る友人です。

アバズレさん。アバズレさんは、血だらけだった猫を助けてくれた人。それからよく遊びに行くようになった。「春を売る」という、カッコいい響きの仕事をしているアバズレさんは、菜ノ花の知らないことをたくさん教えてくれるし、大好きだ。

おばあちゃん。木の家に住んでいて、アバズレさんと同じように菜ノ花に色んなことを教えてくれる。長く生きたから魔法が使えるらしくて、自分では到底作れるとは思えないほど美味しいお菓子を作って出してくれる。

南さん。アバズレさんもおばあちゃんもいない日に、偶然出会った高校生。手首を切っているところを目撃してしまってびっくりしたけど、菜ノ花には書けない物語を書いている凄い人。

菜ノ花は毎日、誰かのところに遊びに行きながら、学校での出来事を話し、自分が考えたことや感じたことを説明する。菜ノ花には理解できないことが、菜ノ花には受け入れられないことが、誰かの説明でキュッと形を変えたりする。
桐生くんの話をした時も、そうだった。菜ノ花には分からなかったたくさんのことを、みんなが教えてくれた。
というような話です。

この作品で一番面白い点は、なんと言っても菜ノ花の思考だ。
菜ノ花は、自分のことを、頭が良いと思っている。実際に、それは正しい。菜ノ花は、自分の頭で考える知性がある。言葉を深く突き詰めて考えたり、相手の言ったことを瞬時に理解して自分なりの考えを返したり。菜ノ花の思考は、当たり前の価値観をただ受け入れたり、周りに流されたりするだけの同級生のものとは明らかに違う。

しかし、未熟なのだ。この未熟さが、菜ノ花を苦しめることになる。
菜ノ花は、言葉に対する感度は鋭敏だ。相手の言葉の矛盾を指摘したり、自分が発した言葉と矛盾しないように行動しようとしたりと、言葉に関して言えば菜ノ花の思考力は素晴らしい。
しかし、人間の思考や価値観は、決して言葉だけによって成り立っているわけではない。

菜ノ花に最も足りないことは、有り体に言えば「経験」だ。菜ノ花は、本を読むことで、様々な世界を知り、様々な価値観を知っている。しかし、「知っている」ということと「経験する」ということは、まるで別のことだ。菜ノ花の言葉には、身体感覚が決定的に欠如しているのだ。

だから、菜ノ花の思考は直線的だ。言葉には一種類の意味しかないように捉えていたり、論理の展開の仕方もどんな場合でも同じだと考えていたりする。それを象徴するようなセリフがこれだ。

『悲しくないのに泣くなんて変だもの』

菜ノ花はまだ、泣く=悲しい、という捉え方しか出来ていない。これは、経験が伴っていないからだろう。経験が伴わないくせに、言葉だけは豊富だから、直線的な捉え方をしてしまう。

だから菜ノ花は、言葉の上では「正しい」けれども、実際には「正しくない」ことを様々にやってしまう。
子供同士のことだから、で済めばいい。問題は、菜ノ花の場合、そういう問題では片付けられないということだ。子供同士のことだから、というのは、何も分かっていないでやっているんだから、というニュアンスがある。しかし菜ノ花は、実際には間違っているのだけど菜ノ花自身が正しいと信じ込んでいる行動原理に従って動いている。菜ノ花は決して、「何も分かっていない」わけではないのだ。

菜ノ花は、自分の正しさを過信している。周りにいる同級生たちの言動に触れ、その幼稚さを嘆き、相手にするのも無駄だと感じる、その感覚は決して間違いではないのだけど、やはり菜ノ花には経験が足りていない。問題は、言葉で物事を突き詰めて考えることが出来てしまうが故に、意味がないと感じる行動に踏み出さないことだ。そんなことを続けていけば、菜ノ花は必要な経験をいつまで経っても得ることが出来ず、未熟なままの菜ノ花として大きくなっていってしまうだろう。

そんな菜ノ花を軌道修正する存在が、アバズレさんやおばあちゃんや南さんだ。彼女たちは、菜ノ花の話を聞き、菜ノ花の知性や行動を認めた上で、菜ノ花に間違いを諭す。菜ノ花は、自分の正しさを過信しているから、いくら仲の良い友達である彼女たちがいうことでも、自分が納得出来ないことは受け入れない。そういう強情さが菜ノ花にはある。そんな菜ノ花と辛抱強く関わり続ける彼女たち。その交流がじっくりと描かれていく。

菜ノ花は学校の授業で「幸せとは何か」という宿題を出されて、それについてずっと考えている。もちろん、放課後の友達にも色々聞いて回る。みんな、自分なりの答えをくれたり、あるいはヒントをくれたりする。
読者は徐々に、彼女たちがどういう思いで菜ノ花にアドバイスをするのか、察するようになっていく。菜ノ花からの相談や菜ノ花の抱える問題は、彼女たちにとっても切実なものなのだ。一緒に考えることで、彼女たちの価値観にも影響が出るようになる。その過程がじんわりとくる。

さらに本書のもうひとつの軸は、桐生くんとの物語だ。桐生くんと菜ノ花がどう関わっていくのか、それについては具体的には触れないけど、桐生くんとの関わりの中で、菜ノ花は新しい価値観を知っていくことになる。それまで菜ノ花は、自分が正しいと思ったことを相手が認めないと、相手がバカなのだと考えるようにしてきた。それは菜ノ花にとっては、至極当然なことだったのだ。しかし、桐生くんと関わることによって、菜ノ花は、自分には受け入れられなくても正しい考え方があるのだ、ということを知るようになる。これは、菜ノ花にとっては衝撃的なことだっただろう。聡明に過ぎた菜ノ花は、その知性故に、自分には受け入れられない正しさという真理に気づけない可能性もあった。放課後の友人たち、そして桐生くんとの出会いは、菜ノ花にとって非常に大きなものだっただろう。

アインシュタインは、「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである」という言葉を残したという。けだし名言だと思う。常識ほど、怖いものはない。僕らは、疑いもせず信じていることと食い違う正しさが存在するという事実を、しっかり受け入れなくてはならない。

「人生とは…」というのが、菜ノ花の口癖だ。例えば、「人生とは和風の朝ごはんみたいなものなのよ」という風に。これは、「知る必要のないことなんてないの」と続くのだけど、みなさん意味は分かるだろうか。相手が「味噌汁か」と呟いても、僕には初め意味が分かりませんでした。つまり、「汁必要のないことなんてないの」ということなんですね。和風の朝ごはんですから。

そんなわけで僕も、「人生とは…」で終わりにしてみようと思います。

人生とは、校長先生の朝礼みたいなものよ。退屈に慣れるための儀式みたいなものなの。

住野よる「また、同じ夢をみていた」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)