黒夜行

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スクールウォーズ 落ちこぼれ軍団の奇跡(馬場信浩)

内容に入ろうと思います。
本書は、ドラマ化され人気を博した同名ドラマの原作となった作品です。本書はノンフィクションであり、京都市立伏見工業高等学校という、荒れくれ者しかいなかった高校のラグビー部を、たった6年で全国優勝に導いた闘将がメインに描かれる物語です。

山口良治は、突然京都市立伏見工業高等学校に赴任することになった。それまで京都市役所の職員だったのだが、子どもにラグビーを教える良治の姿をみた伏見工業高校の校長が、担当者に音を上げさせて無理やり引っ張ってきた男だ。
良治は、日本有数のラガーマンであり、引退後のビジョンも持っていた。社会人チームから監督の要請が来ており、給料も市役所の職員とは比べ物にならない条件だった。しかし、伏見工業高校の校長に強引に体育教師にさせられたのだ。

『行けというなら地獄へでも行く。だが、誰が好きこのんで伏見工業高校なんかに赴任するもんか。ケンカ、傷害、バイク事故。どれをとっても伏見工業高校の生徒が顔を出さぬものはない。そこの体育教師だなんて、いくら体があっても足りんのじゃないか』

良治のそんな予感は当たる。グラウンドを見ると、ラグビーポールは四本ともすべて折れており、部室に入ると、ラグビー部の主将だという男が横柄な口調と態度で良治に突っかかってきた。授業中に麻雀をやったり、死人が出てもおかしくないようなルール無用のラグビーをやっている連中を見ながら、良治は、最初はコーチのような立場として、そしてやがて監督としてチームに関わるようになっていく。
荒れた生活、作りこまれていない身体、まだ芽生えもしない信頼関係。良治には、良いと思えるような要素はほとんど見当たらなかった。それでも誰もが、とりあえず練習には出てきた。良治のキツイ特訓に耐えてきた。その努力はやがて実を結び、地区代表、そして全国大会へと駒を進めていく…。
というような話です。

全体的にはなかなか面白い作品だと思いましたけど、ちょっと足りないんだよなぁ、という感覚もあります。ブラッシュアップしたらもう少し良い作品になりそうな気がします。

個人的に一番気になったポイントは、伏見工業高校がどれだけ悪い高校だったのか、イマイチよく分からない、ということです。この当時の高校の様子を知っている世代の人には、説明なしで通じる部分なのでしょう。また、著者自身は、ラグビーの部分をメインに描きたかっただろうから、敢えてそこは削るという判断をしたのかもしれません。それでも、山口良治という男の凄さを読者に伝えようとしたら、伏見工業高校がどれだけ酷かったのかという話をしないと、ちょっと弱い気はしました。本書には、伏見工業高校全般の話については、ケンカやバイク事故などがあるという風に書くのだけど、ラグビー部員についてのそういうエピソードはない。まあ、個人の話であるから書きにくいという側面があるなら、もう少し他のやり方でもいい。どうにかしてもう少し、立て直す前の伏見工業高校の酷さについて書いて欲しかったなという感じはする。

あと、これは僕自身の問題ではあるのだけど、正直ラグビーのことがまったく分からないので、試合の描写やポジションの説明なんかは基本的に理解できなかった。これは、難しいポイントだ。ラグビーをある程度知っている人には、細々説明するのはスピード感を殺すことになるし、とはいえ何も説明しなければ初心者が理解できない。そのバランスをどうするのかは著者や編集者の決断だろうし、そこに彼らなりの理由があれば責めるべきポイントではないと思っている。ただ、初心者である僕は、本書の記述では、ほとんどラグビーについては理解できなかったなぁ、と思う。試合はスピーディに描写する方がいいだろうからいいにしても、ポジションの説明ぐらいはどこかでまとめてしてくれても良かったかな、と思う。「CTB」とか「ロック」とか「フッカー」とか書かれても、どこの何をするポジションなのか、全然分からない。

立て直す前の伏見工業高校の悪さが分からなかったという点を除けば、良治がもたらした変化というのは凄いと思いました。悪かったかどうかはともかく、伏見工業高校のラグビーは弱かった。良治が監督に就任した年、地区で最強の強さを誇る花園高校に、112対0という大敗を喫したことがある。完封である。良治はそこから、5年で全国優勝を果たしている。かつてまったく歯が立たなかった花園高校をあっさり蹴散らして全国に進んでいく姿は見ものである。

良治には、教師というものの姿に、ちょっとした理想を抱いている。それは、「生徒を信じる」ということだと僕は感じた。

『(母親の何気ない一言で傷ついた経験から)たった一言がどれほど心を傷つけ、希望を打ち砕くかと良治は身をもって知らされた。この想い出が、子供と接するときの良治の姿勢に色濃く反映されている。』

良治は、生徒を殴る。今ではこういう教師は許されないだろう。しかし、外側からそれをどう判断するかはともかく、殴る側も殴られる側もお互いそれが必要であると了解している。無闇に殴っているのではないと殴られる側は知っており、殴るからには責任があると殴る側は考えている。お互いが殴る・殴れるという関係性の中でコミュニケーションが出来ている。かつていた、生徒を殴る教師には、一定数良治のような教師もいたことだろう。
良治は生徒を殴るが、しかし生徒を見捨てないし、疑わない。一度だけ例外があるが、良治は、信頼こそが大事だと考えており、その信頼の構築を常に重視していた。まあ、愛情を込めて、「あんなに殴ったのに信頼も何もないよ」と言った生徒もいたのだが。

『でも今の俺は教師ではない。これは言える。なぜなら生徒が自分を必要としていないからだ。
ではこの学校にとって俺は必要な存在なのだろうか。それも今はノーだ。しかし、教師が必要なのは、こんな学校こそではないのだろうか。問題生徒のいない学校には教師など要らない。そこには教え屋がいればいいのだ。俺は体育教師だ。体育教師が生徒にぶっつけられるものは、熱情だ、闘志だ、力だ、そして信頼だ。たとえ、ラグビーと切りはなされても…』

こういう教師像は、かつては流行ったかもしれないが、今の若者には受け入れられないだろう。まあ、それは時代だからしかたがない。ただ、時代がどうあれ、良治があらゆるものを犠牲にしてまで伏見工業高校のラグビー部と向き合い、全力を尽くし、最後には結果を出したそのことには、やはり凄さを感じるし、称賛に値すると思う。

『山口監督は私のラグビーというものに対する考え方を根本から変えさせました。ラグビーは男のスポーツだ、なんて格好よさだけに惹かれて、苦しい練習はいや、恐いタックルはいや、そんなふうにチンタラやっとたんです。その私の消極的な性格に、凄いカツを送り込んでくれはったんです。それは勝つという喜びでした。勝つ喜びを味わうためには自分を鍛えなおさんならん。これは苦しいですが、自分は今何かに取り組んでいるという充実感でふくれ上がっていきました』

山口良治の教え子の一人はそう語る。自分の人生を犠牲にしてまで教育をすることの是非はあるだろうし、先程も言ったけど鉄拳制裁の是非もある。しかし、そういう部分をすっ飛ばして、本質的な部分だけを見ると、教育というものが現在失ってしまった何かが、山口良治が実践した教育には溢れんばかりに存在したのだろうな、という感じがする。

『結果の責任は全部、監督に山口良治にある。いいか、後へ引くな。一歩でも早くボールに追いつけ、前へ出ろ。それだけや』

全国大会出場を掛けた花園高校との決勝戦の前に、良治が言った言葉だ。ここまで言えるほど良治にはやってきたぞという思いがあり、また、こんなことを監督に言われたら生徒だって奮起しないわけにはいかないだろう。

本書はラグビーの話ではある。今再度ラグビーがブームになってはいるが、しかしそれでも、ラグビーの話か…と興味を持てない人もいるだろう。確かに、ラグビーを知らない人には、試合のシーンなんかはなかなか辛いかもしれない。けど、本書には、教育とはどうであるべきなのか、という荒削りな理想が描かれているように思います。殴ることを肯定したいのではありません。ただ、山口良治が採用した大きな枠組み、つまり、相手を信じ、お互いの信頼を築き、嘘をつかない、そういうあり方はやはり教育においてもっと大事にされるべきだろうと思いました。そういう、当たり前だけど見失いがちがことを再確認させてくれる物語だと思います。

馬場信浩「スクールウォーズ 落ちこぼれ軍団の奇跡」


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2013年の個人的ベストです。

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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
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4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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20位 平川克美「株式会社という病

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2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
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13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)