黒夜行

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桃ノ木坂互助会(川瀬七緒)

何かに執着を持つ、ということが苦手だ。モノでもヒトでもいいのだけど、「どうしても手放したくない」とか「離れたくない」とか「どうしても手に入れたい」みたいな感情が、僕にはほとんどない。
だから、何かに執着を持っている人間のことが理解できないし、そして同時に、そういう人を羨ましく感じる。
そのエネルギーみたいなものは、一体どこからやってくるのだろう?僕は、ちょっと欲しいかもと思っても、それにそれなりのエネルギーを費やさないと手に入らないと思ったら、まあいいかと思って諦めてしまう。諦められてしまう。僕もそういう、出会った瞬間からギュンと掴まれてしまうような対象に、ただ出会えていないだけだろうか。
熱を込めて何かを語るとか、周囲のことが視界に入らないくらい没頭してしまう、みたいな経験をしてみたいものだと思う。僕は、それとは真逆の人間だ。誰かが熱く語る話を、それがどんなものであっても興味深く聞き、どんな場にいても常に自分や周囲のことを客観視してしまう。そんな自分のことを嫌いなわけではないのだけど、執着出来る人間のあの熱い感じを羨ましく思うことはある。
執着することは、ある意味で僕にとっては恐怖と結びつく。どうしても、その対象が無くなってしまった時のことを考えてしまうのだ。執着していたレベルの分だけ、ダメージも大きくなる。無意識の内にそう考えて、物事に深入りしないでおこうとしている自分自身の在り方を、時々感じることはある。
執着は、方向を間違えなければ、とてつもないエネルギーとなる。しかし、一度方向を見失ってしまえば、暴走や狂気となることもあるだろう。集団による執着は、なおのこと恐ろしい。

内容に入ろうと思います。
舞台は、神奈川県の東横線沿線の桃ノ木坂町。古くからの住人と新しい住人とが混在する町だ。古くからの商店がまだ頑張って営業している一方で、高層ビルがガンガン立ち並んでもいる。
熊谷光太郎は、そんな桃ノ木坂町の互助会の会長である。「桃ノ木坂互助会」は、60歳以上であり、桃ノ木坂に20年以上住んでいる者にしか加入資格はない。イベントごとや交通整理の当番などを回し、地域と共に生きることで、桃ノ木坂町に積極的に関わろうとする、そんな集団である。警察などの公的機関ともうまく連絡をし、地域の問題を解決する手助けをしもする。
しかし、桃ノ木坂互助会には、裏の顔がある。互助会のメンバーから選りすぐった9名で構成される、通称「特務会」である。特務会の存在は、一般の住人には完全に伏せられている。
彼らの任務は、町に害悪をもたらす“よそ者”を排除することだ。不動産屋やビデオ屋など、住民の情報収集には困らない職業についている者ばかり。彼らは、法律を破ってでも、様々な手を使ってよそ者を排除する。これまでに23名を追放し、19名を改心させた実績を持つ。彼らは、まったくの正義感から、特務会の任務を遂行しているのである。
彼らの新たなターゲットは決まった。驚異的なずぼらで、周囲に迷惑をかけ続けている男だ…。
一方、DV被害に遭った女性のカウンセリングで、ある女性から話しかけられた城内響子。元カレが恐ろしいDV男で、完全にリセットしてやり直したいと思っている響子に、三矢沙月と名乗る女性がアプローチしてきた。「幽霊代行コンサルタント」という仕事をしているらしい沙月は、響子を苦しめたDV男を、2000万円をマックスとして、金額に応じて適切に追い詰めてくれる、という。
沙月は響子からの依頼を受け、武藤遼という響子の元カレを追い詰めることにしたが…。
というような話です。

思っていた以上に面白い作品でした。読みはじめはしばらく、どんな風に物語が展開していくのか、さっぱり読めません。読んでいると、ただ老人たちが町を守るためにちょっと無茶する自警団を作っているだけ、そんな物語に思えてきます。
しかし、読み進めていく内に、その印象はどんどん変わっていきます。

やはり、沙月が登場してくる辺りから、物語はより混沌としていくように感じます。
沙月は、光太郎らの特務会と似たようなことをしているのだけど、目的がまるで違う。沙月の場合、とにかく金だ。金で仕事を請け負って、そしてその仕事をきっちりこなす。相手の精神を追い詰めて、社会的あるいは肉体的に人間を崩壊させる。

双方の状況は、交じり合いそうで交じり合わない。特務会は特務会なりのやり方で沙月は沙月なりのやり方で、必要な任務を遂行していこうとする。

まず前半のこの、人間にいかに嫌がらせを仕掛けていくのか、という過程の部分がなかなか面白い。特務会のメンバーは、自分たちが老人であるということをフルに利用してあらゆる嫌がらせを仕掛けていくし、沙月は、医師免許を持っており、心理学や精神衛生学の知識をフル活用しながら、証拠を残さずに相手を追い詰めていく。

特務会と沙月は、まったく違う背景を持ってこの嫌がらせを遂行している。特務会は、良かったあの頃の桃ノ木坂町を取り戻すという正義のために、そして沙月は、徹頭徹尾金のために嫌がらせを続ける。そして、特務会が“正義”を背景に嫌がらせをし続けている、という点が作中で少しずつねじれていく。
特務会が新たに見つけたターゲットが、特務会の在り方を変質させていくのだ。
彼らには、「町を守る」という正義は絶対である。誰もそれを揺るがせに出来ないほど、強固で否定しようのない正義だ。彼らには、そんな正義を持っているという自負があるし、その自負があるからこそ、面倒で苦労の多い継続的な嫌がらせを続けることが出来る。
しかし、だからこそ脆くもある。特務会にとって史上最強となる今回のターゲットは、特務会に一線を超えさせるのだ。彼らは、絶対的な“正義”を背景に、自らの行動を正当化しようとする。しかし彼らは、“正義”という御旗を振りかざす狂気の集団へと変質して行ってしまう。その過程がごく自然に描かれていくので巧い。

沙月はその点、完全にビジネスであるので、その辺りの捻れはない。ただ、依頼をまっとうするために嫌がらせをする。善も悪もなく、正義も大義名分もない。自分がそんなろくでもない裏稼業に従事しているのだという事実を冷徹に見つめ、それでもなお自分を見失わない強さが、沙月にはある。観察力や洞察力に優れ、医学的知識も豊富であるが故に、27歳とは思えないほどの雰囲気を漂わせる。

そんな完璧な鉄面皮のような沙月にも、ウィークポイントがある。姉の優月の存在だ。
沙月は、優月の存在故に、こんな裏稼業に足を突っ込んでいる。優月がいなければ、沙月の人生はまるで違ったものになっていただろう。優月のいない世界が、沙月にとって幸せなものであるのかどうか、それはきっと本人にも分からないだろう。沙月と優月の関係は、その捻じれ方が異様で、他者が入り込む隙がない。

純粋な正義を盾に狂気へと突き進んでいく特務会と、最初から自身が狂気の只中にいることを明確に自覚しながら冷徹にターゲットを追い詰めていく沙月。両者の対照的な在り方が冒頭から中盤に掛けての物語をうねりと共に盛り上げていくことになる。

そしてある瞬間から、この両者の人生が交わることになる。普通にしていれば決して交わるはずのなかったこの両者が邂逅することで、桃ノ木坂を舞台にした物語はまた違ったステージへと入り込んでいく。暴走し始めた特務会を昔からまとめあげてきた光太郎と、ほぼすべてを一人で背負いながら年齢に似合わない雰囲気で戦い続ける沙月は、お互いの存在を認めながらも、様々な理由から引くことが出来ない状況にいる。まさに雁字搦めの状態だ。沙月は職業犯罪者であるからともかくとして、特務会というのは本当に、正義を体現する集まりだった。その彼らが、どんな流れを経てこんな複雑怪奇な状況に巻き込まれてしまったのか。本当に些細な行動や食い違いから転落や暴走が始まってしまう、集団というものの恐ろしさを感じさせる物語でもある。

特務会と沙月は、執着という意味で正反対の性質を持つだろう。特務会は、自分が生まれ育ってきた愛すべき町に執着している。そして同時に、過去という時間軸にも執着していると言っていいだろう。より正確に言えば、過去の記憶に。かつてああだった、という皆の記憶を維持したい、どんな手を使ってでも町をよそ者の蹂躙から守りたい。そういう強い執着が、彼らの行動の原動力になっている。
しかし沙月は、執着とは無縁の女だ。化粧もせず、服装にもこだわらず、普通の女性の幸せ全般を手放しているように見える。そしてそのことを、特別に悔いている様子もない。姉・優月のことはきちんと見ているが、きちんと見なければ死んでしまうという理由が強いだろう。執着とは違うように思う。
執着という意味でいえば、武藤遼もまた執着の強い男である。ストーカーをした過去があり、粘着的で諦めが悪い。女性を殴ってでも従わせようとするDV男であり、ファッションに金を掛けすぎて金回りが悪い男でもある。

武藤の執着は、すぐさま悪へと直結すると分かるものだけど、特務会の執着の行き着く先は、なかなか予想外で面白い。そして、確かにそうなりうるなと思わせるだけの説得力がある。一方、何事にも執着しない沙月と、僕は似ているなと感じる。優月のような、すべてを諦めさせる存在は僕にはいないのだけど、沙月の在り方には共感できる。

本書では、割とナチュラルに、悪い人間は排除して良い、という価値観を提示する。特務会にしても沙月にしても、警察に言ってもどうにもならない事案である。警察は、犯罪を犯していない者には手出しが出来ないし、法律の範囲内でしか対応が出来ない。明らかに犯罪を犯すだろう人物や、法律を超えたところでしか対処出来ない人物への対応は、警察を超えた存在がやらなければならない。冒頭から、そういう考え方が、疑いを挟むことなく登場してくる。
特務会はお年寄りばかりの集まりだが、この、悪い人間は警察に頼らず排除してよい、というのは、非常に現代的な価値観だ。ネットで炎上した一般人の個情報が簡単に検索され、晒されてしまう世の中だ。“私刑”と呼ばれるこうした行為は、特務会や沙月の行動と前提となる考え方は近いものがあるだろう。その現代的な価値観を、ネットというツールを使わずに、町内会というより具体性のある存在に移し替えて描き出したという点がユニークな点だと思う。こういう構成にすることで、このような価値観をお年寄りも持ちうるのだ、決して若者だけのものではない、という実感が持てるようになる。

悪い人間を私刑によって排除する。この考え方に、僕は半分ぐらい賛同する。警察や法律の範疇で裁くことが出来ない事柄というのは、どうしても社会の中で出てくるものだと思う。しかし、どんな場合でも私刑が容認されるべきと考えているかというと、決してそういうわけでもない。結局現代では、面白半分で私刑が行われている。もちろん、憂さ晴らし以外の動機は存在しないだろうから、それで仕方ないのだけど、個人的な憂さ晴らしが背景にある以上、私刑という行為の妥当性は薄まってしまうように思う。そういう意味で、沙月のスタンスは好ましい。沙月は、自身の憂さ晴らしのためにではなく、基本的には金銭のため、そして間接的には姉・優月との関係のためにこの嫌がらせを続けている。それぐらいのドライさが欲しい、と思う。

難しいことを考えなくても読めるエンタメ小説であるが、正義とは何か、許容するとはどういうことかなど、深く掘り下げていこうと思えば掘り下げられる現代的な難しい問いも潜んでいる物語だ。あなたはこの物語の、誰に共感するだろうか?

川瀬七緒「桃ノ木坂互助会」


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小説

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4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
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4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

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1位 千早茜「からまる
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6位 今村夏子「こちらあみ子
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
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