江ノ島西浦写真館(三上延)
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内容に入ろうと思います。
本書は、江ノ島で100年続いた写真館を舞台に展開される物語です。
桂木繭は、祖母であり、江ノ島の西浦写真館の最後の館主であった西浦富士子の死をきっかけに、西浦写真館の整理をすることになった。母であり作家の奈々未も一緒に片付けを手伝うはずだったのだが、忘れていた締め切りを思い出したとかで急遽来られなくなってしまった。
一人で遺品の整理をするのは憂鬱だ。何よりも、そこが写真館だからだ。かつて、それで食べていこうと思うほど入れ込み、そしてあることをきっかけに完全に関わりを断ったカメラの世界。写真館に行けば、忘れたはずのその世界とまた向き合わなければならない。
営業を終えた写真館には、祖母から頼まれたという管理人が今住んでいるらしい。猫の出入りのために常に細く開けられた裏口から、繭は写真館に足を踏み入れる。
「第一話」
写真館を整理していると、「未渡し写真」と記載された写真を発見した。どうやら、写真の現像はしたものの、お客様の手元に渡らなかった写真であるようだ。その内の一組を手に取ると、まさにそこに写っているのとまったく同じ顔の人物が、写真館に入ってきた。
真鳥秋孝と名乗ったその男性は、四枚で一組のその写真に写っているわけではなく、写っているのは彼の祖父であるらしい。四枚の内、もっとも古い写真に写っている人物に、秋孝は記憶がないというのだが…。
「第二話」
未渡し写真の中に、永野琉衣の写真を見つけてしまった。そんな、ありえない。写真館の整理を手伝ってくれることになった秋孝からその写真を見せられた時、繭は動揺した。写真についての詳しい知識を持ちながら、今は一切写真の世界から遠ざかっている繭に対して秋孝は、「四年前何があったのか」と直接的に問いかけをした。
四年前、繭は写真のせいで、ある人物の人生を台無しにしてしまった。子どもの頃からの友人であり、芸能人でもあった永野琉衣のことを。
四年前、決定的な出来事には、繭以外の第三者の介在があったはずだ。繭は、秋孝に後押しされる形で、四年前の出来事を改めて調べなおそうとする…。
「第三話」
江ノ島で長く続いている、親が経営していた土産物屋を継いだ立川研司。一目惚れして猛アタックした妻と、子どもに囲まれて、幸せな生活を送っている研司だが、彼には一つだけ気がかりなことがあった。
かつて叔父に金を借りようとした時の話だ。早急に結婚指輪を作らなくてはならなくなって、その金を工面するために叔父のことを訪れたのだ。しかし叔父にも金がない。そこで、最後の手段として叔父が取った行動が、ハチャメチャなものだった。館主である富士子が不在の間に西浦写真館に忍び込んだ二人。かつておの写真館で働いていたという叔父は、引き出しを開けるとひょいっと銀塊を取り出した。ゴミみたいなもんだ、と叔父は言うのだが、こんなのは窃盗じゃないか。固辞する研司に叔父は、すべての責任は俺が取るからと言って、研司を納得させるためだけに、銀塊の代わりに借用書を置いて、その銀塊を持ちだしてしまった。
写真館の整理に来ている繭が、もしあの借用書を見つけてしまったら…。
「第四話」
ようやくあらかた整理も終わりに近づいてきたところで、繭は、名前のない未渡し写真を発見してしまう。そんなものはこれまで一度もなく、しかもそこに写っていたのはなんと秋孝だったのだ。用事があって島外に出ている秋孝に連絡しても仕方がないと、繭は江ノ島に別荘を持つ真鳥家を直接尋ねることにした。
しかしそこで繭は、奇妙な違和感を覚える。秋孝の父の振る舞いが、どことなくおかしいのだ。この父親は、何かを隠している。研司が秋孝に対して抱いた違和感も合わせて考えると、繭は驚くべき真実に行き着いてしまうが…。
というような話です。
なかなか良い作品でした。どの話も概ね、祖母の残した未渡し写真を発端にしており、しかも写真館ならではというモチーフをうまく使って、謎や謎解きを構築している。謎自体も、些細なものではあるのだけど、写真という、どことなく重みを感じさせるモチーフをうまく配することで、謎に深みが出ているような印象がある。江ノ島という舞台設定も、決して田舎ではないのだけど、田舎であるかのような穏やかさをまとった雰囲気があって、作品全体のトーンをうまく決めているように思う。
やはり、話として一番面白いと感じたのは、第二話の、繭が何故写真から遠ざかったのかという理由が明かされる物語だ。繭と琉衣をめぐる物語は、それだけで一編の長編になりそうな奥行きを感じる。特に、琉衣というのはなかなか魅力的なキャラクターだ。詳しくは書かないけど、なかなか複雑な生い立ちをしていて、その生い立ちが後々まで様々な形で影響を与える。繭は繭で、現在とはまったく違うキャラクターで、そんな繭がどうして現在のような繭になってしまったのか、そこに一体どんな出来事が介在していたのか、そういう部分をなかなかな面白く読ませる。
いずれ著者に機会があるなら、永野琉衣の物語というのは読んでみたいような気がする。これまでの著者の、ミステリーを軸にした小説ではなく、一人の人間の生い立ちを追いかけるような構成の物語を書いたらどうなるか、ちょっと興味がある。
第三話の銀塊の正体もなるほどという感じだし、一枚の写真からとんでもない“事件”の存在を掘り起こし、それを解決してしまう第四話もなかなかの物語だ。基本的に悪人が出てこないので、その分物語が弱くなってしまうきらいはあるにせよ、江ノ島という穏やかな舞台で、優しい人間が繰り広げる物語にほっとした感じを覚える人は結構いるんじゃないかなと思う。
最後の最後、良い予感を抱かせるラストも、なかなかいいんじゃないかなと思いました。
三上延「江ノ島西浦写真館」
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