黒夜行

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海のイカロス(大門剛明)

内容に入ろうと思います。
3.11の震災以後、注目された発電方法がある。潮流発電だ。潮の流れでモーターを回し発電する方式で、アイデア自体は以前からあったものの、日本の電力政策は原子力一本槍だったために研究開発の予算もつかず、細々と研究が行われているに過ぎなかった。
しかし3.11の震災を機に流れが代わり、潮流発電が注目されるようになってきた。そこには、ずっと以前から潮流発電の研究を続けてきたチームの存在がある。
正岡周平は、現在そのチームを率いる研究者だ。
瀬戸内海にある馬島を拠点に、少ない予算をやりくりして研究を続けてきた馬越教授の研究を引き継ぎ、地元企業の社長である羽藤の協力もあって、ようやく実用化へ向けた一歩を踏み出せるまでになった。世界で初めての潮流発電実験が行われた来島海峡で、日本の技術を結集したテクノロジーが、世界に羽ばたこうとしている。
しかしある時正岡は、とある女性の死の真相を知ってしまう。新居田七海は、彼が手掛ける来島プロジェクトの原型を作った人物だ。瀬戸内海に愛され、瀬戸内海を愛した彼女は、誰よりも来島プロジェクトの実現を願っていたが、7年前、瀬戸内海に身を投じて亡くなった。その死の背景にある真実を知った正岡は、世界的注目を集める来島プロジェクトをぶち壊しにしてしまうかもしれないことは分かっていながら、ある人物の殺害計画を練り始めることになるが…。
というような話です。

なかなか評価の難しい作品です。専門性の高い分野を分かりやすく物語に落とし込んでいるところと、ラストの展開は良いと思いました。でも、事件が解決に至るその道筋は、ちょっと無理があると感じざるを得ませんでした。

本書は、潮流発電という、なかなか耳慣れない分野を扱う作品です。こういうモチーフを物語に組み込んでいくのは、なかなか難しいものです。専門用語も多くなりがちだし、ミステリの部分とあまり融和していなくてその部分だけ浮いてしまったりします。本書の場合は、潮流発電というのは物語のメインの舞台装置であって、ミステリ部分もこの舞台装置の中にうまく組み込まれているので、違和感はありません。ある意味で、「下町ロケット」的な、町工場のサクセスストーリー的な部分もあるので、潮流発電の進捗がどうなっていくのか、という興味で読み進めることも出来ると思います。

また、物語のラストは、なかなか意外でした。詳しくは書けないけど、こうなるだろうと思っていた着地点を見事にズラされたな、という印象です。本当に、完全犯罪になってもおかしくなかったという感覚を与えてくれます。どうも本書を読んでいても、主人公である正岡の秀才さがそこまで伝わらなくて(潮流発電の駆動部のアイデアは七海のものだと言っているし、作中で正岡自身が何か凄いことをやってのけるわけではないので)、この犯罪計画の見事さとあまり釣り合っていないように思えてしまうのだけど、正岡の犯罪計画の見事さはなかなかのものだなと感じました。

しかし、本書を読んでいて僕は、正岡を追い詰めるその過程が、ちょっと無理があるだろうと感じさせる展開で、そこはもう少しうまくやって欲しかったなぁ、と思ってしまいました。

正岡は、犯行時完璧なアリバイがあります。しかも、表向き、殺した相手に対する殺意は見当たりません。つまり、周囲の人間には動機が存在しないように見えるわけです。そして正岡は、事故と判断される状況を作り出した。警察も、事故と判断している。
正岡を追い詰める側の人間のスタート地点は、こういう状況になります。

この状況で、正岡を調べるべき強い理由がなければ、そもそも正岡について調べてみようとはならないでしょう。まず、ここが苦しい。正岡を追い詰めるのは、正岡に資金援助をしている企業の法務も請け負う弁護士である真壁明日菜である。明日菜が正岡を調べる気になったのは、被害者の小学六年生の娘が「殺されたはずだから調べてくれ」と泣いてお願いした、という理由しかない。それだけで正岡の調べに乗り出すには、あまりにも正岡は“犯人像”からかけ離れている。

確かにその後明日菜は、あるパーティーの場で、正岡に対して些細な違和感を抱く。その違和感も、明日菜を調査に乗り出すきっかけになったわけだけど、しかしどう考えても、それは“些細な違和感”でしかない。鉄壁のアリバイを持ち、動機を持たないように見える正岡の調査に乗り出してみようと思えるほど、強い違和感ではないのだ。

調査を開始した後も、ある偶然によって、明日菜が知らなかった正岡に関するある情報を知ることになる。この偶然も、ちょっとなぁと思うのだけど、それはともかくとしても、そこで仕入れた情報にしたところで、すぐさまそれが“正岡の怪しさ”に繋がるものではないようにしか僕には思えないのだ。明日菜が偶然得た情報は、正岡が殺人を犯しうるかもしれない動機に結びつくものなのだけど、しかし、最初に明日菜が得た情報だけから、それが正岡の動機に結びつく情報だとは、強く思えないと思うのだ。

正岡の計画は、警察も見逃してしまうほどの、完全犯罪に近いものだったから、突き崩す過程を描くのが難しいというのは分かる。それならそれで、明日菜に、正岡を追い詰める強い理由を与えて欲しかった。正岡と過去に因縁のある記者で、正岡を追い詰めたいという一心で、あり得ない可能性も漁ってしまう、みたいな設定でもあれば、まだ明日菜の行動を理解できたと思う。でも、本書で描かれている明日菜は、明日菜の雇い主が正岡に資金援助をしているという関係でしかなく、作中でも明日菜は正岡に、犯罪者であることを確信しつつも同情してしまうという複雑な感情を持っている。そんな正義と優しさを持っている人間が、わざわざ調査を開始しようと思うほど強い情報がない、というのが僕にはちょっと納得しにくかった部分だ。

正岡の犯行が追及されていく過程がもっと巧く描かれていたら、凄く良い作品になったと思う。でも、少なくとも僕にとっては、正岡の犯行が追求されていく過程は、随所に不自然さを感じさせる部分があって、なかなかすんなりと受け入れるのは難しいなぁと思ってしまいました。惜しいです。

大門剛明「海のイカロス」


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2013年の個人的ベストです。

小説

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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
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4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
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13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)