黒夜行

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僕に踏まれた町と僕が踏まれた町(中島らも)

中島らもの本を読むと、なんとかなるような気がしてくるから不思議だ。
何がなんとかなる、なのかはあんまり具体的ではないのだけど、人生のあちこちでひっかかる様々なモヤモヤは、なんとなく通り抜けられるんじゃないか、というような感じにさせられる。生きていくことの自由というのは、これほどまでに広いのだな、と感じさせてくれる。

中島らもは、あの灘高出身だ。一学年140人から150人ぐらいいて、その内100人が東大へ、40人が京大へ行くという、バケモノみたいな高校だ。そんな高校で、最初の内は学年で8番という成績だった中島らも。しかし彼は、次第に成績を落とし、ダラダラとしたモラトリアム生活に突入していく。

『四回生の夏が過ぎて、まわりの学生たちの様子がやけにバタバタし始めたのに、他人事のようにそれをながめていたのである。学生たちは就職活動に走りまわり初めていたのに、僕にはそれが自分のこととしてピンと来なかったのである。自分が「働く」ということがうまく像を結ばなかった。かといってこの寝ぼけまなこなこの毎日が永遠に続くこともあり得ないとは感じていたのだが、だからといってどう動いいたらいいものなのかは皆目わからなかった。そしてまた、それはとりあえず今日ではなくてもいいような気もした。』

この気持ちは、凄く分かるような気がする。僕は、就活をする前に大学を辞めたので、著者のような感じを実際に持ったことはない。でも、もし僕が大学を辞めずにいたら、著者と同じようなことを考えていただろう。そして僕は、その時に自分が頭の中でグルグルと考える思考にやられ、気持ちが沈み込むだろうということは分かっていた。だから、先回りして大学を辞めたのだ。

どんな風に生きていくのか。そんなことを、子供の頃からちゃんと考えられる人間なんてほとんどいないだろう。僕も、著者とは比べ物にならないが、子供の頃は勉強が出来た。目の前にある課題を粛々とこなしていくことにかけては、今でも優秀だと思う。子供の頃は、だから先のことなんて何も考えずに、ただひたすら、僕が与えられている目の前の何かに没頭することにしていた。それが、現実逃避であるということは、随分前から気づいていた。今でもそうだが、子供の頃も、僕にはやりたいことなど何もなかった。何かやりたいような気がするものを思い浮かべることが出来たとしても、そこまでたどり着く自分のことが想像出来なかった。将来のことを考えるのは、怖かった。何もない自分を認めるのが怖かった。だから、勉強が出来るというだけの理由で名のある大学に進み、決断を先延ばしにした。そうして、もうこれ以上は先延ばしに出来ないような気がするというタイミングで、人生を諦めることに決めたのだ。

結果的に僕は、今なかなか面白い立ち位置にいる。20歳の頃の僕に今の僕の近況を伝えることが出来れば、彼はきっと驚くことだろう。ほぼ運だけで、ここまできてしまった。その自覚は、未だに手放せない。

『ただ、こうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはクズみたいな日々であっても生きていける。だから「あいつも生きてりゃよかったのに」と思う。生きていて、バカやって、アル中になって、醜く老いていって、それでも「まんざらでもない」瞬間を額に入れてときどき眺めたりして、そうやって生きていればよかったのに、と思う。あんまりあわてるから損をするんだ、わかったか、とそう思うのだ。』

浪人時代に自殺した友人について触れたエッセイの中の一節だ。
僕も、死のうと思ったことがある。将来のことを考えすぎたのだ。うんざりするような日々しか、想像出来なかったのだろう。その予想は、まあ半分ぐらいは当たってたけど、半分ぐらいは外れたかな。まあ、面白いこともあった。良かったこともあった。これからもあるかどうかは、分からない。あるといいなとは思う。ないまま続くのはしんどい。でも、先のことは考え過ぎない。
先のことを考えすぎてしまう夜は、中島らもの文章でも読もうかと思う。刹那を着るようにして生きた男の人生の軌跡は、僕の絡まった心を静かにほぐしてくれるような気がする。

本書は、朝日新聞社のサービス紙「A+1」というのに載ったエッセイのようだ。大体一つの話が文庫2ページぐらい。5話分で完結する長いストーリーもあったりするのだけど、基本的には短くまとまっている。概ね、著者が社会に出る以前の、灘高時代、大阪芸大時代の話が書かれている。

著者は、明確なきっかけもないままどんどん落ちぶれていって、ほとんど授業に出ないようになっていく。酒、タバコ、ジャズ喫茶などで生活は埋め尽くされて、同類項の者たちとくだらない日常を過ごしていく。次から次へと、よくもまあこれほどくだらないことを思いつけるものだというバカバカしいチャレンジや実験、普通の人間が触れることはないような社会の様々な隙間への逸脱などに彩られ、似たような刹那的な人間と、同じ時空で繋がっているとは思えない世界で生きていく。

高校生の時酒を飲み過ぎて二日酔いになった著者は、“反省し”、毎晩酒を飲んで自分を鍛えることにするというエピソード。金がないのに日々飲み歩く高校生だった著者は、安い酒を探し求める。仲間とそこへ行き、そして安い湯豆腐を食べるのだが、しかしそれには箸をつけない。それは“にらみ豆腐”と呼ばれ、その店にい続ける言い訳としてそこに残していくのだという話。大阪人は天ぷらうどんとご飯を一緒に食うけったいな人種だと言われた時、天丼と素うどんなら高いけど口の中に入ったら一緒だ、という合理性が大阪人にはある、と考える思考。そして、そういうバカバカしい話の合間合間に、時々真面目な話を差し込んでくるから侮れない。

『ただ、ここ何年か、春先になると必ずといっていいほど、大学の新入生歓迎コンパで死者が出る。急性アルコール中毒による死亡である。これは先輩なりにそうした場数を踏んだ人間がいて、むちゃ飲みを事前にやめさせるなり、指を突っ込んで吐かせるなり、温かくして寝かせるなりしていれば何割かは防げるものである。「教育上よろしい」育て方をしてやっと大学にまで上げた子供をそんなことで死なせてしまった親の気持ちを考えると暗然とする。「教育上よろしくない」ものがほんとうにチリひとつないまでに掃除消毒されてしまった教育を考えると恐ろしい気がする。そこから「検査済み」のハンコをおしてもらって出てくる人間というのも恐ろしい。話すことが何もない気がする。』

中島らものエッセイをそれなりに読んでいるが、エピソードにさほど重複がない気がする(まったくないわけではないが)。これだけのエッセイを書いていて、よくもまあネタがあるものだと感心する。経験したすべてのことをエッセイに書いているわけでは当然ないわけだから、中島らもの人生にはさらに色んなことが起こっているはずである。凄いものだな、と思う。もし僕にも、人生のこういう蓄積が、自身の歴史の地層として存在していたら、色んなことがまるで違っただろうな、と思う。と同時に、緩やかな自殺みたいな生活続けてこれたのも、中島らもに圧倒的な才能があったからだろう、とも思うのだ。凡人が、中島らもと同じ経験を経たところで、どうなるものでもないのだろうとも思ってしまう。羨ましいような羨ましくないような。中島らもに対してはそういう、割り切れない感情が浮かぶ。

『それ以来、人を信用するときは“だまされてもいいや”という気でやることにしている。』

こういうところは、激しく共感してしまうのである。破天荒なのか心配性なのかよく分からない。中島らもがそういう複雑な人格であるということも、僕が中島らもに惹かれてしまう理由の一つだろう。

本書じゃなくてもいい。何かひとつ、著者のエッセイを読んでみてください。あなたの人生の余白が、気持ち広がるかもしれません。

中島らも「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」


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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

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2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

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2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
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5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)