黒夜行

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触法少女(ヒキタクニオ)

内容に入ろうと思います。
深津九子は、施設で暮らす13歳の少女だ。親から育児放棄を受け、虐待などもあり、母親の失踪と共に施設に預けられることになったのだ。
九子は、学校内に何人かの下僕を従えている。
優等生でありながら物凄い美貌を持つ九子は、自分の持っている武器のことをよく理解していた。担任の教師に対しては、その美しさを最大の武器にして弱みにつけこみ、良いように動かせる駒にした。同じクラスの西野は、九子への好意をうまく利用され、九子に従わざるを得ない状況にさせられた。
そして九子には、崇拝者もいる。同じくクラスメートの里見だ。平凡な容姿をしている里実は、綺麗で勉強もできて、どんなことでも臆することなくやってのける九子を実によく慕っている。九子は、自身が施設で暮らしていることも、最大限利用して人心を操る。
ある日九子は、いなくなった人間の探し方を、西野の部屋のパソコンで調べる。そこで得た知識と、これまで身につけてきた立ち回りのうまさを使って、九子はあっけなく母親の現住所にたどり着いてしまう。里見と共に母親に会いに行った九子は、あまりにもあっけらかんと九子と再会し、昔とほとんど変わらないままの姿を見せる母親を、殺してもいいんじゃないだろうか、という気持ちを捉えることになる。
やってみよう。
九子は、インターネットを使って殺人の方法を調べ始める。施設のパソコンは当然使えない。西野の家にも行きにくくなった。九子は、知恵と工夫と忍耐を駆使して、徐々に母親の殺害計画を練り上げていく…。
というような話です。

これはかなりよく出来た作品だと思いました。非常に面白い。かなり際どいテーマに全力でぶつかっていき、細部に徹底的にこだわることで、九子という「触法少女」が実にリアルな存在として立ち上がっていく。淡々と九子の計画が進んでいくだけに思えた物語が、終幕に至るにつれて様々なノイズを拾い、最終的に思いもかけない構図が描かれることになる。その驚愕のラストに至る流れが、実に見事だと思う。

まずタイトルの説明から行こう。「触法少女」という単語は、恐らく存在しない。法律的には、男であっても女であっても「触法少年」と称されるようだ。
「触法少年」というのは、14歳未満で刑法法令に触れる行為をした少年を指す。九子は13歳。ここで、たとえ殺人をおかしても、警察や検察は一切手出しが出来ず、児童相談所経由で家庭裁判所扱いの審理となる。だから、犯罪を犯した時点で13歳であるのか、あるいは14歳であるのか、この点は実に大きな差なのである。

そしてこの物語は、この「触法少女」の扱いが一つ大きなテーマになっている。詳しく書くことは避けるが、実に見事だ。この「触法少女」の考えは、九子の計画にも練りこまれていくのだが、そこからどんな紆余曲折を経るのか、そしてさらにラストでどういう展開を迎えるのか。それは是非読んで体験して欲しい。「触法少女」というタイトルがまさにぴったりだと感じられるほど、これは本書の中で非常に重要な要素となっていく。

酒鬼薔薇聖斗の事件を始めとして、幼い子供によるセンセーショナルな事件というのは、時代時代でそれぞれ人々の記憶に刻まれていることだろう。しかし、センセーショナルな報道の記憶こそあれ、現実に、そういう幼い子供による犯罪がどのように扱われ、どう物事が展開していくのか、きちんと知っている者は多くはないだろう。本書は、「触法少女」が警察機構の中でどう扱われ、事件がどう推移していくのか、つぶさに描き出していく。これは、親にも関係してくる話だ。本書の冒頭で、17歳の少女が覚せい剤の所持で逮捕される話が出てくる。その母親が、「うちの子に限って…」「この子はいい子なんです」と口にするのだが、生活安全課の刑事はそれを、どの親も決まってそういうと切り捨てる。親の目から見てきちんとしているようでも、子供が何を考えているかそんなことは分からない。特に現代は、インターネットを通じてありとあらゆる情報を簡単に手に入れることが出来てしまう。昔だったら、子供には絶対出来なかっただろうことが、今では、才覚と知恵と度胸さえあればなんとか出来てしまうのだ。そういう世の中で子供を育てるということは、100%完璧な安心などありえない、という自覚が求められるのだろうと思う。考えたくないことだろうが、こういう現実のことに触れておくことも大事かもしれない。

本書では、九子の犯罪計画がどう進んでいくのかというパートと、警察の捜査がどんな風に進んでいくのかというパートが入り混じって描かれていく。

九子の犯罪計画を描くパートは、実にリアルに展開していく。九子は、施設で育っているが故に完全にプライベートな部屋はなく、パソコンも施設のみんなと共有、携帯電話は持っていない中学生の少女だ。この少女が、下僕や崇拝者を駆使するとは言え、バレないと思われる完全犯罪の計画を練るのは、非常に困難なことだろう。しかし、九子はこの困難な環境の中で、持てる才覚をフルに使って計画立案に乗り出す。それは、下僕と崇拝者を従えた13歳の少女ならギリギリどうにか頑張れるだろう、というレベルに見事に抑えられている。もちろん、運が良い部分もある。そりゃあ、なきゃ困る。なかったら、ごく普通の13歳の少女でも、人を殺せる計画を立てられることになってしまう。本書がその示唆をすることになってしまう。本書は、実際に13歳の少年少女が同じことをしてもやりきれないだろうなという犯罪計画を、九子になら可能だったという絶妙な設定を用意して、物語を進めていく。これは実に巧いと思う。元々成績優秀で、しかも母親の機嫌を損ねないことを第一に考える生活から、他人の気持ちを推し量る類まれな能力を身に着けている。そんな少女は、この犯罪計画を、一種のゲームのように進めていく。もちろん、復讐という気持ちがベースにはあるのだけど、力試しをしたい、自分の知恵でどこまで大人に対抗できるのか試したい、そういう気持ちも強くあるように感じる。人を殺すということの現実感をリアルには捉えきれていない、ということもあるだろう。虐待の経験によって、痛みには敏感であるはずの九子だが、人を殺すとなるとまた話は違う。しかも、殺害方法が激痛を与えるようなものではないと九子は信じているだろうから、人を殺すということを痛みという観点で捉えきれていないのかもしれない。いずれにせよ九子にとって、この犯罪計画はある種のゲームのようなものであって、下僕や崇拝者を自分の思い通りに動かす全能感を味わい、さらにそれによって殺人という困難で障害の多い計画を成功に導きたいという気持ちが根底にあるように思える。

だからこそ、時折九子は揺れる。

『何か良いとこみせてよ…お母さん、どこか心の隅で、瑠美子を殺さないでいいと思えることを探している自分がいた』

九子は元々、母親に対して強い憎しみを抱いていたわけではない。一緒に暮らしていた頃は、母親のことが好きだった記憶さえある。自分が酷い環境に置かれているということを認識出来ていなかったのだ。施設での天国のような生活の後、かつての生活を振り返ってみると、それは異常であるのだということが理解出来るのだけど、そこから九子の憎しみが立ち上がったというようなことはなかったようだ。もう関係ない世界の関係ない場所にいる人のことで気持ちを煩わされたくない、という感じだったかもしれない。
しかし、またこれもゲームのようにして母親の居場所を突き止めてしまった九子は、母親と再会することで複雑な感情に囚われるようになる。なんのわだかまりもないかのように昔のように接する母親に、苛立ったり期待したり、名前の由来を聞こうとしたりする。里実の母親に接することで自身の母親と比べてしまったりもする。殺意が増すこともあれば、留まってもいいのではないかと思う瞬間もきっとあっただろう。どれだけ強がって見せても、どれだけ辛い経験をしていても、やはり13歳の少女であることには変わりはない。その九子の揺れの描き出し方も良い。

そんな時、九子の支えになるのが、同じ施設で生活をしている華蓮だ。華蓮は九子の犯罪計画を応援していて、相談すればなんでも的確な答えを返してくれる。弱気になった時も、九子は華蓮に相談する。そうやって、華蓮を心の支えとしながら、九子は犯罪計画を進めていく。

警察の動きも興味深い。本件は、発生当初から特A級の緘口令が敷かれた厳重な管理の元“調査”がスタートする。触法少女に対する“捜査”には大きな制約があり、九子の顔写真一枚さえ手に入れるには苦労するほどだ。非常に難しい問題を孕んでいて、警察組織としても様々な意見が存在する。『私が言えるのは、全体を見て選択をするのが、警察機構の上層部の正しい考え方なのだということだ』という意見さえ出させてしまう。

「触法少女」というのは、何が正しくて、何が正義で、何が偽りなのかを歪ませていく。警察機構さえ同じであって、彼らの様々な制約を課せられたまま調べを進めなければならないもどかしさみたいなものは、普通の警察小説では味わえない部分だ。

クレバーで冷静な少女、優しい母親の存在を希求する少女、追いつめられて崩れていく少女。いくつもの顔を見せながら、少女は未知の世界へとどんどん足を踏み入れていく。己の才覚だけで生きてきた自信から自分自身を過信し、なんでも出来るはずと気持ちが大きくなっていく中で、母親に対する複雑な感情を溜め込んでいく少女の、その奥に隠された脆さみたいなものが露わになっていく過程が見事な作品だ。現実の世界の九子が、今日も誰かを殺す算段を練っているかもしれない。そんな想像をリアルに呼び起こす物語です。

ヒキタクニオ「触法少女」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)