黒夜行

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らも 中島らもとの三十五年(中島美代子)





『ね、だから、わりとうまいこと逝けたんじゃない?らも。将来に絶望しかなかったらもが、やりたいことを見つけ、やりたいことをやって、たくさんの人に愛され、仕事が成功して。いい人生だったよね。ほんとうによかった。その中に私が加われたことが、誇りです』

コピーライター、歌手、作家など、様々な分野で活躍し、若くして亡くなった中島らもの奥さんが、中島らもとの出会いから別れまでを綴った作品です。

この二人の生活はちょっと普通じゃない。

『その頃、リビングにはまだ大テーブルはなく、炬燵が置いてあった。その周りで、どこの誰だか知らない人が、寝ている、なんてことが、当たり前のようになる』

『入れ替わりやってきては数日泊まっていく人もいれば、どっぷり一ヶ月以上居候している人、東京の若いカップルやオーストラリアからの留学生、万引き常習犯の京大卒の男…合わせて住人ほどが居候していたこともあった』

『子供たちは誰がパパなのかわからなくなっていた。
「パパ早く買ってきてね」
晶穂はいろんな人にそう言っていた。
「あなたのご主人、どの人かわからないわ」
近所の人に言われたこともあった』

『あの頃、らもも私も何人の人と寝たのだろう。
らもは他の女の子とやりたかったんだろう。でも、私は他の人と寝たかったわけではない。ただ、ラリっていたし、そういう雰囲気だったし、何より、私はらもに「彼としいや」と言われるので、少々嫌いな相手とでもやった。』

『子供たちには、お父さんはお母さんを泣かせるだけの存在だった』

『私も、ふっこを通さなければ、らもと直接話すこともできない時期が長かった』

二人は紛れもなく夫婦で、著者はらもの死を安らかに見送っている。とても普通ではない、ハチャメチャと言っていい夫婦関係で、著者は相当な、普通背負う必要のない苦労を背負わされたはずなのに、それでも、らもとの人生を振り返って、満足気なのだ。

『先生の言葉から事態は深刻だということは理解できたのだが、そのときの私は、まさか、らもが死ぬとは思いもしなかった。これまでも、らもは何度も死の淵から生還してきた。らもが死ぬはずはない。先生が何を言おうが、私にはらもと死とを結びつけることなどとてもできなかった』

『待合室のようなところで、みんな、普通に話しながら手術が終わるのを待っていた。不思議なことに、そこに悲壮感は漂っていなかった』

『「僕はお酒飲んでるから、そんなに長生きしない。覚悟しといて」
ことあるごとにそう聞かされていたから、今こうして彼がベッドに横たわっていることは、ある意味、私にとって練習問題を繰り返して臨んだテストのようなものだった』

著者は、らもに対する絶対的な信頼感がある。本書を読めば、どこをどうすればらもに対してそれほど強い信頼を抱けるのか、首を傾げる人も多いだろう。らもは、確かに生真面目で誠実な面もあるが、それを補って余りあるくらい不誠実な面もあった。夫婦として、家族として考えるとき、「裏切り」と呼んでやりたいことも著者は多く経験している。

それでも彼らは、人間的に繋がっているのだと感じられた。

愛があれば恋人でい続けることが出来る。同じように、絆があれば家族でい続けることが出来るのだろう。彼らの関係は、絆で結ばれていた。出会った頃の圧倒的に濃密な二人の時間が、ずっとずっと凝縮されたまま著者の内側にとどまり続けている。だからこそ、らもがどんな行動を取ろうとも、著者はそれを受け入れ、らもの存在を丸ごと信じることが出来た。

『「延命はしないでください」
私は、らもの最後の願いを叶えるために、先生に告げた。』

二人はジャズ喫茶で出会った。著者は、広いお屋敷に住むお嬢様だった。家の敷地内に教会があり、また、遠足で行った公園が自宅の敷地内だったことに驚いたこともある。野山を駆けまわるおてんばな娘で、とにかく、自由だった。
らもは灘高に通っていたが、著者が出会った頃のらもは既に勉強なんてほとんどしていないようだった。二人共ジャズ喫茶に入り浸り、喋るとうるさいと怒られるので筆談でコミュニケーションを取った。
らもからの熱烈なアプローチで付き合うことになったが、それはらもの友人らを驚かせたという。

『らもが私とつきあいだしたとき、友人たちは心底驚いたようだ。高校時代、授業をボイコットし、シンナーを吸い、睡眠薬を飲み、酒を飲み、音楽と活字に耽溺して毎日をようやく生きのびていたらもは、誰から見ても将来に何の希望も抱いていないのは明らかだった。心の中に大きな虚無が巣くっていたらもは、不安と、怒りと絶望の塊だった。
「あの中島が恋をした!生きようとしている!」
らもは、恋をしてはじめて明日を信じたのだ』

まったく違った環境で育った二人は、それなりに色んなことを乗り越えて結婚に至る。妊娠、らもの退職、家を建て、その家はたまり場と化す。子供が生まれ、らもはコピーライターとして注目を集め、やがて売れっ子になっていく。

この辺りから、二人の関係は歪んだものになっていく。大きなきっかけを作ったのが、「ふっこ」ことわかぎゑふだ。
ふっことらもは良い関係になり、演劇をやりたいというふっこのためにらもは劇団を作る。家に帰ってこなくなり、ふっこがらものマネージャーのような存在になると、連絡すら取れなくなっていく。それでも著者は、らもを受け入れるという姿勢を崩さない。

『私の前で、よく長電話できるもんだとは思ったが、だからといって私にできることは何もなかった。だって、人が人を好きになることは誰にも止められない。それに私も、ふっこはいい子だと思っていたから。』

『おかしなことになってしまっているな。なんか悪いなぁ、私が先にらもと出会ったばかりに、まだ十九歳の女の子を苦しめることになるなんて、私はどうしたらいいんだろうか』

ふっこは、らもの体調を気にせず、らもの好きなように酒を飲ませることをなじり、体調管理などを買って出ていたようだ。しかし、らもがそれを嫌がるだろうことを、著者は知っていた。

『「ミーさんに任しといたら、おっちゃんが死んでしまう」
ふっこはそう言うが、らもが人にかまわれたり、行動を制限されたりするのが何より嫌いな人間だということを、私は知っている』

ふっこはらもを著者から引き離し、自分のものにしようとした。しかし、そんなことは出来ないと著者は知っている。

『人は人を独り占めすることなんてできないよ』
『私とらもは夫婦だし、家族だ。でも、らもにはらもの世界があり、私には私の世界がある。二人は一人だけれど、一人は一人だからね。らもは私ではないし、私もらもではない』

著者も、決して辛くなかったわけではない。強い孤独を感じていたし、また演劇をやっている最中のらもは豹変するので、ただ恐ろしい時間が早く終わって欲しいと恐怖するだけということもあったようだ。『これから、お互い、セックスは外でやろう』と宣言してしまうみたいに、らもは見境なく女性と関係を持っていくし、著者には子供を育てるという役目もある。うつ状態に陥ったこともあるし、らもには散々苦労を掛けさせられた。

『私たちは結婚して、恋人から家族になった。らもとは慈しみ合い、協力しあって子供を育てていけばそれでいいと思っていた。それ以外のことはすべて仕事のようなものだった。家に押しかけてくる人の世話をするのも、セックスするのも、酒を飲むのもコーヒーを飲むのも、みんな一緒のこと。友達に「自信過剰や」と言われたことがあるが、らもと私を結ぶものが切れるはずはないと信じていた。でも、今、考えてみると、私の深層心理には、いろんな女の人と手当たりしだいセックスしている、らもに対する反発と怒りがあったと思う』

『ふにゃふにゃになっているらもを見て、一瞬ものすごく腹が立った。このボケが!だけど、その頃のらもは、もう、みんなのものだった。これもファンの集いだと思えばどうってことはない。私は、商売、商売と思って気を鎮め、ニコニコヘラヘラして、何も感じていないふりをした』

『周りはいろいろと心配してくれていたけれど、もうこの頃の私は、らもの不在をどこか達観するようなところがあった。私は、らもがいろんな人に囲まれて楽しそうにしているなら、それでももういいやと思うようになっていた』

どれほど深い愛だったのかと、本書のページをめくる度に思う。この二人の愛を賞賛することは、女性を押し込め、男が好き勝手することに賛同しているように取られるかもしれないと思う。それでも、僕はこの二人の愛を素晴らしいものだと思いたい。なにせ、本人同士が満足しているのだ(中島らもが満足しているのか、本書だけからは分からないけど、まああれだけ自由にやってて、満足していないはずもないだろう)。著者も、様々な苦労を背負っただろうが、最終的には良かったと思っているだろうし、辛い目に遭っていた時でさえ、らもへの想いを絶やすことはなかったのだろうと思う。

現代というのは、「こうであれば幸せ」「こうでなければ幸せではない」という様々なイメージが値札と共にあちこち散らばっている印象だけど、そんなもの糞くらえと思うような作品でした。値段のつけられたそんなイメージにすがるんじゃなくて、「自分は一体何を幸せだと感じるのか」ということを、自分自身に問いかけるようにして見つめなおす方がいいと僕は思う。どれだけ他人と違ったって、そこに自分なりの幸せがあれば満足出来る。

著者にとってそれは、らもという存在そのものだった。著者にとっては、らもという生身の人間が家にいなくても、いや、らもという生身の人間がこの世の中からいなくなってさえも、らもと出会った頃に与えられた様々なものを思い出し、その時に生み出された絆を頼りにらもの存在を常に感じることが出来る。そのことこそが、著者にとっては幸せの源泉なのだ。自分が求めるものの大きさや形をきちんと理解できていたからこそ、著者は何事にも大きく動じず、幸せに生きていくことが出来た。

そんな二人の関係性は、羨ましいと思う。

中島美代子「らも 中島らもとの三十五年」


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3位 浅野いにお「うみべの女の子
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5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

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感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
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4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
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6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

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