黒夜行

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ライジング・ロード(高嶋哲夫)

内容に入ろうと思います。
野口陽子は、五ヶ月前までオリエント電気という日本を代表する大手電機メーカーで半導体を研究していた。しかし今は、東北科学大学という、宮城県三陸日之出町にあるお世辞にも偏差値が高いとは言えない大学の校門をくぐっている。
陽子の新しい職場だ。
陽子は、前の職場での理不尽な状況に我慢できず、勢いで仕事を辞めてしまう。陽子は研究者としては優秀だったが、きちんとした実績があったわけでもないので再就職にはかなり難航した。シングルマザーとして一人娘である加奈子を育てているのでなおさら辛い。どうにか紹介で、この東北科学大学の非常勤講師の口にたどり着いたのだ。
ここで陽子に与えられた課題は単純明快だ。ソーラーカーレースで勝つこと。予選を突破できれば講師に昇格。全国大会への出場権を手に出来れば准教授。さらに全国優勝すれば教授である。
陽子に与えられたものは、ソーラーパネルを何枚か買ったらなくなってしまう程度の200万円の研究費とハイスペックなパソコン、そして学内一アカデミックで偏屈な谷本という教授。学生が一人もいないので、まず学生を集めるところから始めなくてはならない。車を作った経験もなければ、プログラミングも出来ない。こんな状態で、どうやって三ヶ月後の予選に出場できるのか…。
しかし、やるしかない。娘ときちんと生活していくためにも、ここでなんとかやっていくしか…。
というような話です。

なかなか面白い作品でした。これまでよく、ロケットを作る話は結構読んだことがあるんですけど、ソーラーカーを作るっていうのはなかなかなかったんで、題材としてまず面白かったというのがあります。ソーラーカーのレースなんてのがあるのも知らなかったし、恐らく企業も(オリエント電気のような大手が参加しているかは分からないけど)参加しているんでしょう。そこで、決して知名度の高くない大学が参戦して健闘する、という物語は、大学生の青春物語としても、弱者が強者に挑む物語としても面白く読めました。

陽子の元に集まってきた面々が、なかなか魅力的なんです。偏差値の高くない大学だから、やっぱり学力の高い人間はほとんどいない。正直、やる気のある人間もほとんどいなかった。落としそうな単位を取れるようにしてあげるとか、必ず単位をくれると聞いたからとか、そんな理由で集まってきたような連中ばっかりだ。銀行に勤めていたが大学に入り直した大塚という年配者が唯一まともなぐらいで、後は使えそうにないような面々ばっかりだった。
しかし、ソーラーカーレースは、科学の知識があれば勝てるというものでもない。
そもそもからして彼らに大きなハンデとなっていたのは、研究費の少なさである。たった200万円でレースに勝てるソーラーカーを作れというのは無謀に等しい。とはいえ、大学としてもギリギリの額で、これ以上は望めない。だから彼らは、自分で金を作り出すことに決めるのだ。そのやり方は様々だが、メンバーが、それまでの経験や技術、またアイデアを駆使して、あらゆるやり方を試みて金を集める。
また、ソーラーカーレースで上位常連校の大学を見学させてもらう時があった。陽子ははっきりと、その大学から盗めるだけ様々な知見を盗もう、とみんなに発破を掛けた。絵の巧い者、分からない部分をしつこく質問する者、試乗させて欲しいと粘る者など、とにかく自分の出来る範囲のことを目一杯やることで、彼らは徐々に個性と存在感を示していく。
やがて彼らは、自分からどんどん動く、とても優秀な学生に変わっていく。誰もが、自分が持っている能力や、身につけようと思えば身につけられる技量なんかをフルに活用して、チームの一員として全体を盛り立てていく。インタビューの受け応えが上手い者、運転の上手い者、無謀な目標に臆せず突き進める者。

そして、そのチームを束ねるのが、陽子である。
確かに、ソーラーカーという素材そのものに、魅力があったことも確かだ。高度な技術力が必要なので町工場の人を巻き込んだり、高性能のソーラーパネルを手に入れたりと、周囲の協力を得られたのも、ソーラーカーという素材が持つ引力という側面も大きい。しかしやはりそれだけではなく、陽子の存在は非常に大きいのだ。

陽子としては、負ければ即プロジェクト終了という、常時背水の陣のような状態なので、無茶でもなんでもその無茶を通すしかない。しかし、チームの面々にはそんな事情を伝えていないから、学生からすれば、陽子はただただ熱い人間に思える。無謀なほど熱い人間に。学生たちは、そんな陽子の姿にどんどんと感化されていくのだ。

『とにかく優勝すること。この学生たちを頂点に立たせてやりたい。そして自分もそいの仲間でいたい、という気持ちのほうが大きくなっている』

始めこそ、自分の未来のために学生たちを駆り立てさせていた陽子だったが、次第に、本心から、このチームを愛するようになっていく。みな、陽子と同じかそれ以上にこのプロジェクトに思い入れを持っていて、時には陽子がストップを掛けて止めさせなければ危ないと思えるほど突っ走るようになる。

陽子を始め彼らチームには、何も無かったところからやり遂げた、という自負がある。大学側も、十分に支援してくれたとは言えず、それでいて成果だけ求めてくる姿に反発する力もそれにプラスされたかもしれない。陽子は、研究者だったとは言えソーラーカーにはド素人。他の学生は、学力的には酷いものだ。それでも、初出場にも関わらず、上位チームからライバル視されるだけのソーラーカーを作り上げた。そんなことを成し遂げた彼らが徐々に自信を持つようになる過程は面白い。

僕は大学時代に演劇をやっていた。小道具を作るセクションにいて、椅子だのテーブルだの馬車だのを作った。みんなで一つのものを作り上げる面白さとか喜びみたいなものは、経験として知っている。こういう物語を読むと、大学時代のことを思い出すから、余計に共感できるのかもしれない。

さて、この物語、宮城県が舞台になっていて、そして東日本大震災が関わってくる。ちょっとネタバレになってしまうけど、書いてしまおう。後半彼らは、レースを半年ぐらい後に控えたタイミングで、東日本大震災の被害を受けるのだ。多くの人を助け、高台に避難し、多くの人が亡くなり、瓦礫の山を掻き分け、寒い避難所で眠り、そんな中、彼らはソーラーカーのことを忘れない。大津波がくると言っているのにソーラーカーも避難させようとするし、被災者として不自由な生活を強いられているにも関わらず、ソーラーカーレースを棄権するつもりはない。彼らのソーラーカーは、地元では有名な存在になっていて、だから彼等がソーラーカーレースに出場することが、はっきりと目に見える形での”前進”を意味することなる、ということも大きかっただろう。彼らは、ただ自分たちのワガママを押し通してソーラーカーのプロジェクトを進めるのではなく、やはり周りの人の支援や協力の中で、復興のシンボルであるかのような形でプロジェクトを進めていくのだ。自分たちも被災していて大変な中で、多くの人がソーラーカープロジェクトに協力してくれる。彼らのソーラーカープロジェクトは、そこまで大きな存在になった。陽子はよそ者であり、チームの面々も三流校の大学生だ。そんな彼らのプロジェクトが、大きな存在になっていく。多少物語に都合のいい部分はあるけれども(特に、ソーラーパネルをあんな形で手に入れられるというのは、ちょっと都合良すぎる気がするけど)、とはいえ、あまりムリのない範囲で、無謀な挑戦が成功へと繋がるように物語が描かれていく。

学生がちょっとしたチャレンジをする青春小説として、シングルマザーの女性が生活をかけて奮闘する物語として、そして当たり前にあった日常があっさりと失われてしまう震災の物語として、なかなか読み応えのある作品だと思います。

高嶋哲夫「ライジング・ロード」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)