黒夜行

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さよならの余熱(加藤千恵)

何かを終わらせるのは難しい。他者が絡んでいるとなおさらだ。
「終わり」は、常に「点」なわけではない。ある瞬間を境に、「終わる前」と「終わった後」が区切られるわけではない。「終わり」は常にある幅を持っていて、「終わり」の予感をどことなく感じているものだ。
僕はその、本質的には終わっているんだけど形式的には終わっていない、みたいな時間が得意ではない。もちろん、得意な人はいないだろう。でも僕は、それを異様に嫌がる。
恋愛の話で言えば、僕はずっと、「終わりの予感」を相手に感じさせないタイミングで別れを切り出した。相手とすれば、青天の霹靂だっただろう。僕は、本質的に終わっている状況を、形式的に続けていくのがしんどいなと思ってしまう。けど、「終わり」というのはどうしても「点」にはならなくて、ある一定の幅がある以上、普通にしていると本質的な終わりと形式的な終わりは常に差が生まれることになる。
僕はそれが嫌で、強制的に本質的な終わりと形式的な終わりを一致させようとしてしまう。つまりそれは、本質的に終わる前に自らの手で終わらせる、ということだ。まだ続けられる、挽回も出来るかもしれない、という状態で、しかし先に終わらせてしまう。江戸時代、火事が発生したら、延焼を防ぐためにまだ燃えていない近くの家を壊してしまう、みたいなものかもしれない。
だから正直僕は、ちゃんと「恋愛の終わり」みたいなものを経験したことがないかもしれない。
本書は、様々な形で「恋愛の終わり」を描く短編集だ。一つ一つの話は独立しているが、時折登場人物が緩く重なることがあり、同じ世界観の中で起こっている出来事であることが分かる。
本書は、一遍は結構短い。20~30ページぐらいだ。それはちょうど、「終わりの幅」を描くのには合っているのかもしれない。終わりの予感を抱いている者も、終わりの予感をまったく予期していない者もいるが、みな、「終わりの幅」の中にいる。時間が経って、過去のことを振り返った時には「点」に見えてしまうかもしれないその時間は、まさに今それを経験しているという時には、十分な時間を持った「幅」である。感情が、ベターっと張り付いたような、べとべとした「幅」だ。

「つまらぬもの」
同棲しているササに、どうしても強く当たってしまう。頭の中では、そんな突っかかるようなことでもないとわかっているのに、どうしても。昔はそうじゃなかったはずなのに。私はササと、どうなりたいんだろう。

「特別な部屋で」
小竹原あおいは、大学時代からの友人で編集者である久実から頼まれて、脚本家である高瀬誠一を取材することになった。お互いに気が合い、飲みに行き、やがて仕事場で会うような関係になっていく。奥さんがいる人と。

「バンドエイド」
亜衣に誘われ、亜衣の彼氏の友人と四人で飲むことになった。すっごくいいやつだから、と言われているけど、どうにも彼氏を作ろうという気が私にはない。めんどくさいと思ってしまう。確かに、その友人は、良い人だった。亜衣の勢いに押されて連絡先を交換したが…

「タイミング」
結婚するという大学時代の友人と飲みに行く。教師になったというのが未だに信じられない。お前は?と聞かれて雅代のことを思う。雅代はどうしたいのだろうか?自分には、イマイチ雅代のことが分からない

「チョークを持つ手に」
地理の工藤先生に憧れている。憧れがバレないようには気をつけている。タイミングを見計らって職員室の前を通るけど、遭遇できるのは半々ってとこ。同学年の美少女・武本玲を見て、決断する。私も化粧をしようと。

「暮れていくだけ」
玲は12階の窓から外を見る。男に呼ばれて、抱かれて、朝2万円をもらう。援助交際してると噂されてるのは知ってる。実際、2万円もらってるわけだし。友達の家に泊まったといつも嘘をついている。ある日家に帰ると…

「彼氏さん」
美容院で髪をセットしてもらっている。美容師に聞かれ、あらかじめ用意しておいた、中学時代の同窓会があるのだ、という理由を告げる。本当は、今日、会いに行くのだ。終わりを納得させるために。

「電話をかける」
ルールはいくつか決めている。彼氏に対して無言電話を掛ける時のルールだ。自身の独占癖の強さを、いつだって持て余していた。相手が、何をしているのか、どう考えているのか、全部把握したくなってしまう。前の彼氏には、ウザいと言われた。

「解散の雨」
ハイポイという、好きだったバンドの解散ライブに来ている。彼氏とも、ハイポイの話題で盛り上がって付き合うに至ったのだ。私たちの間にはずっとハイポイがあった。最近あまりハイポイのアルバムを待ち遠しく思っていなかったけど、そうか、解散か。

というような話です。

加藤千恵は、雰囲気を実に巧く描きだすな、と感じました。
もう終わることが分かっていてそれを気取られないようにしている者、終わるのかどうか分からないけど終わり始めていることを悟っている者、終わらせるために敢えて辛い決断をする者、予期せぬ終わりを迎えたもの。様々な「終わりの幅」が描かれる物語なのだけど、淡々としながらも芯のある雰囲気を切り取っていく。一言では表現できない、というか主人公本人はうまく言葉に出来ないようなモヤモヤした感情を、自分も持っているかのような錯覚を読者に与える。主人公本人にも、なんだかわからない、どうしてだか分からないたくさんのことが、馴染み深いものであるように読者に感じさせる。これはかなり難しいことだと思う。言葉で直接的に表現すると、輪郭がくっきりしすぎて嘘くさい。かと言って、言葉にはっきり出来ないものは、読者にもうまく伝わらない。その狭間を実に巧く渡りきっているように感じました。
厳密に言えば、すべてが「終わりの物語」というわけではないんだけど、「終わりの幅」を基本的に描くという統一感は良かったし、それに「さよならの余熱」ってタイトルをつけるのも良いなと思いました。そう、「余熱」っていう表現は、なんかぴったり来る感じがしました。熱はもう加わってないんだけど、まだ熱は持っている。これも、「終わり」が「点」ではなくて「幅」であることを示す良い表現だと思いました。
恋愛の形には色んなものがあるけど、本書を読むと、恋愛の終わりの形も様々だなと感じます。もちろん、現実で起こるとしたらレアケースだなと感じるものもあるけど(無言電話をかけ続けるっていうのは、レアケースだと思う)、どれも割と、現実の世界で起こりそうな感じがしました。特に、これは個人的な趣味だと思うけど、唐突に終わってしまうパターンが好きでした。たぶん主人公も、「終わる」ということを認めたくないんだと思う。でも、終わらせなきゃいけないこともわかっている。そのせめぎあいの結果、脈絡がないかのように、唐突に終わる。「解散の雨」なんて、ホント秀逸という感じがしました。
西加奈子の解説も良い。

『彼女が描くのは、恋の始まりの淡い高揚や、小さくて、でも鋭角な痛み、終わりを知っているのに終わることの出来ない、ささやかな絶望であったりする。それは我々の、言葉に表すのは困難な、でも、確実に存在する感情なのだ』

『ぶっ飛んだ設定のSFやスペクタクルを描くのも作家の力量だが、確実にあるのに良いあ割らせないもどかしい感情を描くことこそ、作家の仕事だと思う。』

西加奈子の解説を読んでいると、適切だと感じる。加藤千恵の作品を、実に良く表現していると思う。
派手な展開はない。比較的淡々と、終わりなど起こらないかのように物語は展開していく。終わりの入口から出口までは案外長い。自分の感情の置き所がはっきりしないからなおさらだ。それでも、自分が進んでいる方向が”前”だと信じて、進んでいくしかない。きちんと、終わらせるしかない。「終わりの幅」を、彼女たちは、真っ直ぐに胸を張って歩いて行く。

加藤千恵「さよならの余熱」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
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12位 西加奈子「円卓
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14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
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3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
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7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)