黒夜行

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わたし、型屋の社長になります(上野歩)

大学時代、馬車を作ったことがある。たった1枚の白黒の写真を渡されて、そこから手描きで設計、作業手順もすべて考えて、(人が乗っていなければ)ちゃんと動く馬車を作った。ちなみに、演劇の小道具である。
それまで、設計なんてしたこともなく、何かを作るというのも、学校の技術の授業の中でしたぐらい。さらにこの馬車、非常に苦労したことに、分解して組み立てられる仕様にしなくちゃいけなかった。演劇をやる会場まで運ぶのにトラックを使うのだけど、そのトラックに載せるために完成形のままだと都合が悪いのだ。どうやったら、強度を保ちながら分解できる仕組みにするか。そういうことを考えるのは凄く面白かった。
僕には絶対向かないけど、刀鍛冶なんかに憧れたこともある。刀鍛冶じゃなくてもいいのだけど、何かモノを作る職人はいいなと思う。理論ではなく、経験に裏打ちされた様々な技術によって、芸術的なモノを生み出す手腕には憧れるし、出来ることならそういう世界に飛び込んでみたいな、という気持ちはまだ自分の中に少しは残っている。
以前、日本の町工場の社長の本を読んで驚いたことがある。その社長は、ある非常に難しいモノを作れるのだけど、その作り方の特許を取っていないという。その理由は、「どうせ誰にも作れるわけがないから」なのだそうだ。その人(あるいはその工場)にしか作れないという自負はカッコイイなと思う。
僕が凄く好きな話がある。宇宙飛行士が宇宙船内でプルタブで手を切らない缶詰を作る、というプロジェクトに、日米の大学の研究者が大金を注ぎ込んで研究を続けていた。しかし、成果ははかばかしくない。しかしその難題を、日本の町工場の職人がひょいっと作り上げてしまったという。今ではその手法は、アメリカの技術者の教科書に載っているという。
日本はモノづくりに長けている、と言われる。それは確かにその通りだろう。しかし、その状況が、今後もずっと続くのかと言えば、それは怪しいだろう。何故なら、技術はあるが経営が不安定な町工場に、多くの若者が望んで就職するとは思えないからである。
多くの人が、メーカーを希望するだろう。しかし、そのメーカーの存在を支えているのは、町工場という中小企業だ。彼らの存在抜きに、モノづくりは難しいだろう。そういう僕自身も、じゃあ町工場に就職するかと問われれば言葉に窮するのだけれども。まったく興味はないとは言わないけど、実際に就職するとなると躊躇してしまう部分もある。
また最近は、3Dプリンタという新しい技術が登場しつつある。まだ量産に向くほど実用化されていないのが現実だろうが、もし3Dプリンタが量産に耐えうる性能を発揮するようになれば、町工場はただモノを作っているだけでは生き残れないかもしれない。3Dプリンタは、従来の方法では不可能な造形も可能にする。3Dプリンタには出来ないが技術力のある町工場なら生み出せるもの。そういうものを積極的に追い求めていかないと、厳しくなっていくかもしれない。

『アッコさんのつくってきたものは…そうだな、大衆に向けての情報だと思う。そうじゃなくて、俺の言うなにかって、人の手にしっかりと触れるもの。形があって、地味だけど生活の中で誰か一人のために役立つもののことさ』

僕も「情報」よりも、「質感のあるモノ」の方がいいなと感じるタイプだ。多くの人がどんどん「情報」に価値を置くようになっている現代だからこそ、「質感のあるモノ」を生み出す仕事の良さを改めて考えさせられた。

内容に入ろうと思います。
一流広告代理店「ダイ通」で働く花丘明希子は、これまでにも様々なプロジェクトに関わり、営業部副部長という地位にいる。新たな仕事は、スケールの大きなガイドブック作成の仕事だ。部下をリーダーに据えて基本的に一切を任せてみることにした。
そんな矢先のこと。父が脳出血で倒れたと母から連絡がある。父は一命を取り留めたが、仕事に復帰することは難しいと医師に宣告される。
明希子の父は、墨田区吾嬬町で金型の受注生産をする「花丘製作所」の社長だ。明希子は悩む。広告代理店の仕事を手放して会社を継ぐべきか否か。内情を知るにつけ、会社は相当厳しい状況にあると分かってきた。メインの受注を大手一社に頼ってきたつけが回ってきたとも言える。そんな状況の中明希子は、社長就任を決意する。
古い慣習のある業界の中で、ただでさえ金型については素人なのに、さらに若い女社長である。銀行を回っても融資を断られ、明希子を目の敵のように見る従業員もいて、先行きは不安定だ。
しかし明希子は、そんな状況の中でも決して諦めず、業界の常識に囚われない新しい発想を持ち込んで立て直しを図る…。
というような話です。

サラッと読むにはなかなか良い作品でした。ストーリーはお仕事小説の王道という感じで、なんとなくそれぞれの状況でどんな風に展開していくのか読めちゃうようなところはありますけど、肩の力を抜いて気軽に読める小説だと思います。
前半は、正直ちょっと、役者の芝居が下手な舞台を見ているような気分になりました。父が倒れた時の家族の反応とか、何かびっくりするような状況に出くわした時の主人公の反応とか、ちょっとそれは嘘くさいっしょ、と思ってしまうな、ある意味で「小説的」な反応で、このテンションでずっと続くなら厳しいなぁ、と思っていました。
しかし、明希子が社長に就任してからは、明希子というキャラクターが徐々に落ち着いてきて、人間らしく描かれているという感じがしました。出てくるキャラクターの多くが、よくありがちな”キャラクター”という印象を与えもしますけど、許容範囲かなという感じでした。
なんか悪い印象ばっかり書いてるけど、スイスイサクサク読める小説で、そういう部分を再優先にしてわかりやすいキャラクター設定にしているのであれば、それは成功しているだろうなと感じました。

著者は、生家ががプラスチックの成形加工所だったようで、それもあるのでしょう、町工場やそれを擁する吾嬬町という町の雰囲気、そして金型に関する詳細など、かなりリアリティがあって、読み応えがありました。特に後半、一時仕事が途絶えていた花丘製作所に仕事がやってくるチャンスを掴むと、そこで明希子は徹底的に技術力を注ぎこもうとします。相手の要求レベル以上の成果を出すために、技術者が無理だというような困難さを突き進んでいく。金型の素人で無知ゆえの暴走とも言えるけれども、その暴走が会社を救っている部分もある。
後半で登場する、斬新な金型の話は、正直読んでもよく分からないけど、著者がかなり金型に関して勉強して、さらに知識のある人間の知恵を借りているのだということが非常に伝わる感じがしました。作品の他の部分のリアリティと比較して、この金型の部分のリアリティが異様に突出しているので、若干不自然さがなくもないのだけど、この金型の部分のリアリティがあるからこそ「花丘製作所」の復活の予感を感じ取れもします。金型の技術的な部分の説明や会話はほとんど分からなかったけど、そういう、難題にチャレンジし、失敗を繰り返し、問題点を見つけ改善していくという過程は結構好きだったりするので、楽しそうだなと思いながら読んでいました。

『世界の30パーセントの金型は日本企業でつくられているんだからね』

精度が高いものであればあるほど日本企業が作る傾向が強いという。今や世の中のあらゆるものが金型から生み出されるわけで、そういう意味では日本企業の技術力が世界を支えていると言えるだろう。テレビでは、新国立競技場の設計などが注目を浴びるけれども、僕らが日常的に使っている様々なモノを生み出しているのが、日本の中小企業の技術力なのだという点は、もう少し知られてもいいのかもしれないと思う。

工場のシーンで興味深かったのは、生産管理に関するバトルだ。明希子は、生産管理のための人員を一人雇い入れたのだけど、この人物が工場長と幾度も対立する。生産管理責任者は、情報や仕事の進捗を全員で共有するシステムの重要さを説く。しかし、古い慣習に慣れきっている工場長は、その理屈を理解できない。
とはいえ、生産管理責任者が、花丘製作所では(そして日本のほとんどの町工場では)、80%以上の納期が守られていない、というデータを突きつけ、生産管理の重要性を説く。職人気質というのは嫌いじゃないし、システムや効率にそぐわない部分が存在するのもその通りだろう。しかし一方で、ただ単に慣れ親しんだやり方を手放したくないだけ、という場合だってあることだろう。明希子が社長になることによって新しい風が入り、旧態依然としたやり方が徐々に変わっていく。技術は守られるべきだが、伝統や慣習まで引き継ぐべきではない。恐らくどの町工場も抱える問題だろうから、うまく乗り越えて、日本のモノづくりがまだしばらく生き永らえるようになればいいなと感じました。
所謂「お仕事小説」で、池井戸潤の作品のような重厚さはないのだけど、お手軽に楽しめる作品です。

上野歩「わたし、型屋の社長になります」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)