黒夜行

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王とサーカス(米澤穂信)

僕がこうして感想を書いている行為は、「伝える」という行為だ。僕は比較的それを意識している。意識している癖にこんなに長い文章を書くのは矛盾していると思われるかもしれないけど(出来るだけ、短く簡潔な文章の方が、より伝えるという目的に適うだろう)、一応僕の中には「伝える」という意識はある。
ただ、誰にどんなことが伝わっているのか、それはやっぱり全然分からない。
時折、ブログに関しての感想や反応をもらうことがある。ほとんどそういう機会はなく、ごく稀な機会なのだけど、そういう時に、「おぉ、ホントに読んでくれている人がいるんだな」と思う。しかし、誰に伝わっているかが分かる機会はあっても、何が伝わっているのかが分かる機会はほとんどない。
「伝える」という行為は、ほとんど発信者の妄想に過ぎないというのは、さすがに言い過ぎだろうか?「届く」というのとは違う。情報が誰かの元にたどり着いたかどうかではなく、相手がそれをどう受け取ったのか、という問題だ。結局、発信者の意図した通りに受け取られることは、ほとんどないだろうと思う。
僕は本屋で働いている。非常に大雑把に言うと、本屋には「お客さんが探している本」と「店員が勧めている本」がある。「お客さんが探している本」は、特に何もしなくても、探しやすい位置に置いておけば売れるはずだから良い。しかし、「店員が勧めている本」の場合は違う。何らかの手段で、お客さんに何かを伝えなければ、その本を買ってもらうことは難しい。
しかし、僕はいつもここで悩んでしまう。
「売れやすい煽り文句」というのは、やはり存在する。具体的には書かないけど、そういう言葉なり文章の形式なりを出来るだけ使う方が、確かに売れやすくはなる。しかしその一方で、そういう「売れやすい煽り文句」が相応しくない本も存在する。そういう場合に、その本をどう勧めるのか。「売れやすさ」を優先してある程度内容とズレがあってもそこは目を瞑るのか、あるいは、出来るだけ内容に見合った言葉で勧めるのか。
難しい問題だ。
「伝える」という行為からは、どうやっても「主観」を取り除くことは出来ない。僕は、最終的にはそこをきちんと認識しているのかどうかが重要なのかもしれないと思っている。客観的に何かを伝えようとすれば、それこそ、法律みたいな文章になってしまうだろう。法律みたいな文章は、日常生活にはなかなかそぐわない。日常の言葉で生きている限り、僕らは、「伝える」という行為から主観を取り除くことが出来ない。
「常識」や「伝統」という言葉を持ちだして、自分の意見や価値観を客観的に見せようとする。そういう行為を、無意識のうちにしてしまっている人は、きっと多くいる。僕も、恐らくふとした瞬間にやってしまっているだろう。あるいは、「常識」や「伝統」でなくても良い。自分の意見や価値観が、何らかの後ろ盾があるのだと主張してしまうことは、きっとあるだろう。
しかしやはり、そこに立脚した主張は、いずれどこかで歪んでしまうだろう。
本書の主人公は、ある場面で、そこを手酷く指摘される。お前は、どこに立脚して今ここにいるのだ、と。「伝える」のがお前であるということに、どんな拠り所があるのだ、と。主人公は、今まで考えもしなかったような問いを突きつけられ、答えに窮する。
それまでは、自分に「伝える」だけの何か真っ当な理由があるはずだ、と思っていた。しかし、相手の問いかけに答える度に、自分が、実に心もとない場所に立っていたという事実を知らされることになる。今までの自分の自信はなんだったのか。自分の存在は一体なんなのか。
「伝える」といいう行為は、実に難しい。しかしその難しさは、意識しなければ見えてこない。発信者側と受信者側の齟齬が表沙汰になることは、実はそう多くない。齟齬があっても、齟齬があったままコミュニケーションは成立してしまう。
日常を生きている限りであれば、「伝える」という行為が大きく問題になることはない。しかしそれが、真実・啓蒙・ニュースと言った領域と関わってくると、話は厄介になってくる。
何かを伝えることは、何を伝えないかを決めること。
伝わった、という幻想を得るために、僕達は「伝える」という行為に勤しむ。普段意識することのない、その行為の困難さが、時として僕らの人生に牙を剥くことがあるのかもしれない。

内容に入ろうと思います。
大刀洗万智は、些細なと言っても差し支えないかもしれない出来事をきっかけに、6年勤めた新聞社を退職した。フリーの記者として生きていくことを決め、月刊深層という雑誌で仕事をもらえることになった。アジアの旅行情報を中心とするその雑誌の記事のために、万智はネパールのカトマンズに向かった。とはいえ、雑誌の特集までにはまだ時間がある。気分転換の旅行も兼ねているつもりだった。
安宿では、アメリカ人の若者・ロブ、国籍の分からないビジネスマン風のシュクマル、そして谷津田と名乗る仏僧と出会う。宿の女主人も含めて5人。カトマンズに着いたばかりの万智は、彼らと関わりを持ち、少しずつカトマンズに馴染んでいく。
サガルという物売りの少年とも出会った。初めこそただの物売りとして現れたサガルだったが、万智のカトマンズ滞在において重要なパートナーとなっていく。
特に目的もなくカトマンズをうろうろしている時、それは起こった。
王宮での大事件。
皇太子が親族の夕食会で銃を乱射。国王や王妃を含む多数の人間が死亡するという痛ましい事件が起こったのだ。
万智は、クライアントである月刊深層と連絡を取り合い、この事件の取材を手掛けることになった。長く記者を続けてきたが、外国での取材は初めてだ。なかなか勝手が分からず、しかも情報も制限され、カメラの機能も十分ではない。しかし、やるしかない。
取材を続けていく中で万智は、有力な情報提供者と接触する。宿の女主人の紹介で、王宮の警備をしている軍人と接触できることになったのだが…。
と言うような話です。

米澤穂信の作品なので、「本格ミステリ」という括りの中に入れることが出来る作品だと思います。物語の背骨の部分は、まさに「本格ミステリ」であり、万智が探偵役となって、僅かな手がかりから事件の真相に肉薄していく、という物語だ。
本格ミステリ的な部分については、正直僕はうまく評価することは出来ない。本格ミステリ方面にそこまで造形が深くないこともあるし、本書は、ある意味で本格ミステリの王道から外れているからだ。本格ミステリらしい舞台設定や登場人物というのはあると思うのだが、本書の場合、カトマンズで実際に起こった出来事をベースにして物語を組み上げている。しかも、本格ミステリではよく登場する「ワトソン役」というのもいない。「本格ミステリ」という背骨を持ちながらも、本格ミステリ的な肉付けがされていない。そんな作品だという印象がある。
本格ミステリ的な部分は、しかしよく出来ていると思う。細かな情報を様々な場面に散りばめ、本格ミステリ的でない風に描きながらも、本格ミステリに必要な要素はきっちり揃っている。明かされる真相も、物語全体の雰囲気や構成や価値観と見事に調和している。現実に起こった出来事をこれほどまでに背景にしっかりと置きながら、独自の物語を組み上げられるものなのだなと感心した。
本書で印象的なのは、動機だ。僕は、梓崎優の「叫びと祈り」という作品を連想した。
「叫びと祈り」では、外国で起こる様々な事件に対して、旅人である主人公が関わりを持ち、事件を解決に導いていく。その中では、異国だからこその価値観が事件全体に横たわっていて、それゆえに特殊な事件が成り立ってしまう、という構図が際立っている。
本書も同じだ。事件は最終的に解決を見るが、しかしそれは新しい始まりでもある。事件の陰に隠れていた価値観が主人公を揺さぶり、自問へと誘っていく。事件は解決した。しかしそれは、新しい世界を開く扉にすぎなかった。見えていたけど見えていなかったもの。知らされていたけど理解していなかったこと。万智は事件を解決することで、そういう新しい価値観の領域に足を踏み入れるのだ。
その過程が、非常にうまく描き出されている。ネパールという舞台設定も、突拍子もないものではない。その地に生きる人間だからこその視点で、世界を、まったく違う見方をしてみせる。それが、主人公の心を打つ。正義とは何か、悪とは何か。フリーのジャーナリストとして新しい一歩を踏み出そうとした矢先の出来事は、万智に、それまで自分が依っていたすべての前提をひっくり返されるような経験になった。
伝えることで生み出されてしまう悪や悲劇が存在する。物事のすべての両面を常に捉えておくことは不可能だとは言え、自分の投じた一石がどんな波紋を広げることになるのか。本書を読むと、その一歩手前での沈思黙考の重要さを感じさせられる。
悪事に加担した人間の価値観が万智を揺さぶり、また万智の価値観が悪事に加担した人間に影響を与える。王が殺されたカトマンズという、小さく閉ざされた空間の中で、様々な価値観がせめぎあう。
本格ミステリではある。しかしそれ以上に、閉ざされた世界に生きる人々と、閉ざされた世界をこじ開けようとする人々との緩衝の中で生まれる事件とその動機の帰結が実に巧く描かれていると思う。「伝える」ということを決して生業にしているわけではない僕も、その行為の重みを今一度考えさせられた。

米澤穂信「王とサ-カス」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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7位 「ぐろぐろ
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)