黒夜行

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2008年に書いたショートショート集 No.74~No.98

74.「ホームレス入門」
『吉本美那子略奪婚!徳田恵美のモトカレ奪う!』
「芸能人はお盛んなこって」
龍彦はボソリと呟く。新聞を読んでいるのだ。休日ということもあって、普段よりもゆったりと読むことが出来る。
「ま、俺には関係ねぇか」
しかしこうしてお天道様の下で新聞を読むっていうのはなかなか初めての経験だ。これはこれで、悪くないかもしれない。お茶がないのが淋しいが、しかしまあここは我慢だろう。
『連続殺人か?ホームレスを狙う魔の土曜』
「こっちはちょっと注意しとかんとな」
巻き添えくらって死ぬなんてごめんだし。龍彦は新聞から顔を上げ、辺りを見渡してみる。
寂れた公園だ。申し訳程度の遊具と砂場がある以外、ただ土地が広がっているだけの公園。住民にもさほど親しまれているわけでもないらしい。人影はまばらだ。逆に言えば、龍彦にはうってつけの場所である、とも言える。
「まあこればっかりは運かな」
ちらりと腕時計を見る。そこで龍彦は失敗に気づいた。
「そうか。腕時計は外してこなきゃいかんかったか」
まあ初めてのことだから仕方ない。次からは気をつけるか。龍彦はとりあえず腕時計を外してズボンのポケットに入れた。
「しかし何をするかな。ホームレスってのはみんなどうやって時間を潰してるんだろうか」
そう呟きながら、また新聞に戻る。普段以上に独り言が多くなっていることに気づいているが、しかしこれは仕方ないなと思っている。
龍彦は今、どこからどう見てもホームレスにしか見えない格好をしている。一週間地面を掘って埋めておいた服を着て、なんとかうまいこと理由をつけて4日間風呂に入らずにいて、髪の毛もボサボサになっている。仕事があるので髭だけは剃らないわけにはいかなかったが、まあ十分ホームレスとして見れる格好になっているはずだ。
龍彦はずっと、ホームレスというものに関心があった。何を考えて普段暮しているのか、どういう生活形態なのか、何が楽しみなのか。そういうことが気になって仕方がなかった。
だから、ホームレスのフリをして生活してみよう、と思い立ったのだ。職場では課長、家では夫という立場である自分が、まったく何者でもない人物になることが出来るというのも、魅力的に思えた。そこで今日まで準備を進めて、ついにホームレスデビューを迎えたのだった。
しかし、とにかく退屈で仕方がない。初めから他のホームレスのところに混じるのは無理があると思い、しばらくは一人でホームレスらしさを身につける期間にしようと思っているのだけど、何にせよこの退屈さを紛らわす手段を思いつけないのが辛い。そういえばホームレスというのは大抵日中寝ているイメージがある。しかし龍彦は、今特に眠いわけではない。新聞も、いずれ読み終わってしまうことだろう。ゴミを漁ったり食料を探し求めたりすることはさすがに出来ないと思っているので、そうなるとやることがないのだった。
「まあでもそんなもんか」
ホームレスの格好をして生活をすれば何か劇的に変わると思っていたわけでもないのだが、しかしそれにしても拍子抜けの感が否めない。いや、しばらくしたら他のホームレスと接触を取ろうと思っているのだ。そうなれば、もう少し変化に富んだ生活をすることが出来るだろう。それまでの辛抱だ。
龍彦はそうしてうだうだ思考をこね回しながら時間を潰した。公園にベビーカーを押した母親が入ってきて、何やらゆったりとくつろいでいる。いつもの散歩コースなのかもしれない。妻にこんな姿を見られたらどうなるだろう、と考えてみた。しかし、恐らく気づかれることはないだろう。普段人は、ホームレスをホームレスという型にはめ込んで見ている。まさかそこに自分の知っている顔があるなんて考えもしないだろう。顔を見られても、他人の空似と思われるぐらいだろう。
相変わらず時間はゆっくりと過ぎていく。こういう時間も、まあ悪くないかもしれない。普段、あまりにも時間に追われた生活をしすぎている。こうして、何もしないで何者でもない自分のままでボーっとしている時間というのもいいものだ。退屈に思われた時間にも、少しずつ慣れていった。
そうこうしているうちに夕方に差し掛かってきた。朝からいたのだから、もう随分長い時間が経ったことになる。まあ今日はこのぐらいにしておこうか。
その時、買い物帰りらしい妻の姿を見かけた。公園の前の道を歩いている。ふとこっちに視線を向けた。手を振っている。まさか龍彦に気づいたとでもいうのか?
しかしその時、後ろから男が現れた。その男を見て龍彦は度肝を抜かれた。
まさに自分そのものだったのだ。正確に言えば、ホームレスの格好をしていない、普段の龍彦がそこにいたのだ。
その龍彦は妻のところまで駆け寄り、それから二人は並んで歩いていった。龍彦は、当然その後を追いかけることにした。
二人は談笑しながら歩き続けた。後ろからホームレスの格好をした龍彦がついてきていることには気づいていないようだ。そのまま自宅へと戻り、二人は中へ入っていった。
どうなってるんだ?何で自分とまったく同じ人間がいるのだろうか?
しかし、一つだけ明確なことがある。龍彦は帰る家を失ったということだ。即ちそれは、ホームレスというのが仮初めの姿ではなくなった、ということだ。参ったな、こりゃ。
とりあえず龍彦は、さっきの公園に戻ることにした。



75.「どこかにあるはずの本」
『…いつかアメリカンドリームをこの手にと鼻息荒い諸君に是非読んで欲しい一冊なのです。』
「よし、これで終わり、と」
キーボードを打つ手を止め、冷め切ったコーヒーをずいずいとすする。完成した原稿をメールで編集部に送れば、今日の仕事は終了だ。
私は、とりとめもなくあちこちの雑誌に書評を書いて糊口をしのいでいる、まあ世間で言うところの書評家というやつである。批評家というほど鋭いわけでもなく、かと言って一般人がブログに書く感想よりはちょいとまし、というような立ち位置だ。それでも世間的にはそこそこいい評価をもらっているようで、なんとか原稿依頼が途切れることなく、私の生活も成り立っている。
好きなことを仕事にすること云々、というような話があるが、私はこの書評家という仕事を大いに気に入っている。何せ、本を読んでお金が入ってくるのである。もちろん、意に染まない文章を書かなければいけないこともあるし、読みたくもない本を読まなくてはいけないことだってある。しかしそういう不満を差し引いても、書評家という仕事はお釣りが来るほど自分にぴったりだ。何よりも、スーツを着て満員電車に乗らなくて良いところが一番気に入っている。
私はコーヒーを淹れなおし、文章を書く時だけは消すようにしているオーディオのスイッチを入れ、そうして部屋に山と積み上がった本の中から、次に読む一冊を掘り当てる。この瞬間が一番楽しい、と言えるかもしれない。まるでお宝を探すような気分になれるし、まだ中身を知ることのない、私にとっては無垢の存在たちが、親鳥から餌をもらえるのを待っている雛鳥のように、その姿をさらしているのを見ると、本を読むことへの喜びが高まってくるのである。
次の一冊を決め、さて読もうかと思ったところに、メールの着信を知らせる音が響く。メールは、先ほど書評を送った編集部からだった。いつものように、読みました・ここだけ直してください、というような内容かと思いきや、全然違った。思わず、うそっ、と声に出してしまったくらいである。
『エミリさん
今回の、マルデッド=バキャボラン「天空の涙に濡れる街」なんですけど、そういう本が見当たりません。編集部の誰に聞いても、ネットで検索しても、見当たらないんです。もしかして今回は原書で読みました?とにかく、もう少し詳しい情報を教えてください。
頼子』
そんなバカな。私は何度かそう呟きながら、何度もメールの文章を読み返した。そんなバカな。
もちろん原書で読んだわけがない。彼女だって、私の英語力が猿並だってことぐらい知ってるはずだ。もちろん日本語訳で読んだのだ。訳者だって覚えてる。皆志賀小雪、西北大学のイギリス文学の教授だったはず。マルデッド=バキャボランは確かに新人作家で、「天空の涙に濡れる街」はデビュー作のようだが、それにしたって見当たらないとはどういうことだ?私はちゃんと読んだのだよ。ちゃんとこの手に持って、この目でちゃんと。
ストーリーだってちゃんと覚えてる。私は読んだ本に関する記憶力ならかなり自信があって、だから書評の文章を書く時手元に本を置かない。あらすじや登場人物の名前も本を見ずに書けるからいらないのだ。
イギリスで生まれた少年デフロスは、幼い頃に見た奇術ショーに魅せられて、将来マジシャンになろうと決める。アメリカでナンバーワンと言われるマジシャンの元へと弟子入りするために一人飛行機に乗り込むのだが、その機内でこの飛行機を消してみせると宣言した謎の男と遭遇する。その男はアメリカで有名なマジシャンだというのだが、デフロスは聞いたことがない。デフロスはマジシャンになろうと決めた時から世界中の著名なマジシャンのことを調べていたから、有名なマジシャンで知らない存在はないはずなのだ。
謎の男は、飛行中であり自らもそれに乗っている飛行機を本当に消すことが出来るのか?そしてデフロス少年はアメリカへと辿り着くことが出来るのか?
そういう話なのだ。サスペンスフルで冒険小説でもあり、また少年の成長を描いてもいて、新人作家とは思えない作品だったと感心したものだ。飛行機を消してしまうトリックは驚愕もので、また謎の男の正体にも度肝を抜かれることだろう。
ここまでちゃんとストーリーを覚えているのだ。その本がないはずがないではないか。少なくとも、私の部屋のどこかにはあるはずだ。読んだのだから当然だ。まあ仕方ない。このとっ散らかった部屋の中から一冊の本を見つけ出すことがどれほど困難か編集部は分かっていないのだ。とりあえず、探す努力だけはしてみよう。
しかし、私はどうしてその本を読もうと思ったのだったっけ?普段翻訳小説を読む時は、作家で選ぶか、訳者で選ぶか、知人に勧められて読むか、何かの書評を読んで気になっていたものを読むか、書店で何となく気になったものを読むか、ということになる。マルデッド=バキャボランは新人作家だし、訳者も著名というわけではない。誰かに勧められたような記憶もないし、どこかで書評を読んだ記憶もない。となれば、書店で手に取った時に気になったということだろう。
しかし、あれ?あの本どこで買ったんだっけ?全然思い出せない。でも、そんなマイナーな本があるってことは、紀伊国屋とかジュンク堂とか、まあそういうとこなんだろうな。それより問題なのは、装丁を全然思い出せないこと。どんな表紙だったかなぁ。普段だったら絶対忘れないんだけど。
そうだ。とりあえず一応知り合いの書評家にメールしておこう。誰か一人ぐらい知ってるだろう。何せ私が読んだことは間違いないのだから。存在しないなんてことはありえないのだ。
部屋をガサゴソと捜索しながらメールの返信を待つが、しかし誰も知らないという返事。んなバカな。部屋の中からも見つからないし、検索エンジンで調べてみてもさっぱりヒットしない。
そこで携帯電話が鳴った。
「もしもし」
「あぁ、エミリさんですか。頼子です」
「今部屋を探してるんですけど、見つからないんです。知り合いの書評家に聞いても知らないって言われるし、でも私が読んだことは間違いないんです」
「そのことなんですけど、なんかよくわかんないんですけど、ウチの社長がエミリさんに話したいことがあるって言うんですけど」
「戸出さんが?何の話だろう」
「私もわかんないんですけど、とりあえず代わりますね」
そして保留音。戸出辰夫というのは出版界でもかなり伝説的な人物で、その都市伝説のような偉業を私もいくつか耳にしたことがある。無名の新人作家を大ベストセラー作家に押し上げることなど日常茶飯事で、携帯小説やブログ本の隆盛もいち早く予言し手を出していたほどだ。まるで未来を知っているようだ、と言われる所以である。
保留音が途切れる。
「やあやあ、エミリさん」
何か言おうとした私を遮るようにして、戸出さんは続ける。その言葉は、私を驚かせるのに十分なほど衝撃的なものだった。
「いや、こう言った方がいいかな。はじめまして、マルデッド=バキャボランさん」



76.「受験票」
ある日、一通の受験票が自宅に届いた。それがすべての始まりだったといえるかもしれない。
僕は、どこにでもいるような、普通のサラリーマンだ。スーツを着て、満員電車に乗って、少しは残業して、たまに上司と酒を飲み、休日はゴルフをするような、そんなどこにでもいるつまらないサラリーマンだ。
もちろん、資格の勉強をしているというような事実はない。以前簿記の勉強をしようと決意したこともあったが、もう昔の話である。時間の流れに任せるようにして怠惰な生活を送っている身には、試験などというものはもう関係する余地もないのである。
そんな僕の元に届いた受験票。初めは一体何のことだかさっぱりわからなかった。いや、正確に言うなら、結局ずっと何のことだかわからなかったと言っていいだろう。
それは、日本試験監督教会、というところが送ってきたもののようで、どこで入手したのか、僕自身の写真まで貼られていた。試験日と会場が記されていて、その試験日は一ヵ月後に迫っていた。
もちろん、行くつもりなどまったくなかった。今さら試験なんか受けたってどうにかなるものでもないし、第一めんどくさい。新手の詐欺かもしれないが、それにしても無視してしまえば何の問題もないはずである。
しかし結局試験日当日、会場まで足を運んでしまったのは、その一週間前に偶然あった高校時代の友人の話を聞いたからだった。
何でもこの試験については一部では話題になっていて、インターネット上でもトピックスとなっているらしい。そこからの情報によれば、出来る限り行った方がいいらしい、ということだった。彼も詳しいことは分からないようだったが、何でも行かないと罰則があるとかいうことで、まあ別に用事があるわけでもないし、NHKの受信料の支払いみたいで嫌だけど、まあ仕方なく行くことにしたのである。
会場にはとにかく様々な人が集められていて、もしかしたらある一定以上の年齢のすべての人に受験票が送付されているのかもしれない、と思った。何日か試験日を別に設定すれば不可能ではないような気もする。しかしそこまでして何をさせたいのかというのはよくわからない。
周囲の人の顔を見ると、何とも納得しがたいという表情の人が多く、しかしどこかで噂を聞きつけたのだろう、ヤンキー風の若者までいたのには驚いた。
試験自体は、どうということはなかった。いや、スラスラ解けたというようなことではない。もちろん苦戦したのだが、しかし試験内容は数学や国語など、極々普通のものだった。これだけ多種多様な人々を集めてどんな試験をさせるのかと思っていただけに、そこは拍子抜けと言ってよかった。とにかく、自分でもよく分からないまま、なんとなく高得点を取らなければいけないような気がして、制限時間いっぱいまで頑張って解答をした。
それからしばらく何事もなかった。しばらくというのは、数年ということである。初めのうちは、試験を受けさせるだけ受けさせて、その後何もないのかと憤慨したものだが、数ヶ月も経つとそんなことがあったこともすっかり忘れ、一年も過ぎると思い出すこともなくなっていた。
そんなある日のこと、合格通知が届いた。もちろん何のことだかさっぱり思い出せず、日本試験監督協会の名前を見てもピンと来るものはなかったが、ようやく記憶が繋がり、そういえばそんな試験を受けたなということを思い出した。
合格通知と一緒に、何か錠剤のようなものが同封されていた。中の説明書きを読むと、合格した証として与えられるもので、それを飲むことで真実が明かされるのだという。僕はよく考えもせずにその錠剤を口に入れたのだが、飲み込んだ直後、これは毒物とかそういうものなのではないかという思考が過ぎり、何か思いもかけない衝撃に襲われるのではないかと思って目を閉じた。
しかし、まあ当然と言えば当然で、身体には何の変化もない。まあそりゃそうだ、と思って僕は目を明けたのだけど、しかし衝撃はそれからやってきた。
僕はどこかに横になっていて、繭のような形をしたベッドのようなものに寝かされているようだ。起き上がってみると、同じ形をしたベッドが無限に続くと思われる真っ白な空間にずらりと並んでいて、その一つ一つに人が横になって寝ている。ちらほら起き上がる人の姿があって、しかしずっと寝たままの人もいる。
もしかしたら、と僕は想像の翼を広げる。僕が今まで生きていた世界は夢だったのかもしれない。この真っ白な空間だけが現実で、僕は試験に合格したために覚醒を余儀なくされてしまったのかもしれない。
相変わらず無音のまま、何の変化もない光景が広がっている。もしこれが本当に現実だとするなら、どれだけ夢の方がよかっただろうか、と思う。何を後悔したらいいのかわからないまま、僕はそのまま後悔に溺れることになる。



77.「あ」
ピンポ~ン
「は~い」
「初めまして、わたくしシュシュコレクトという会社の者なんですが」
「保険ですか?保険は間に合ってますので」
「いえいえ、保険ではありません。今日見て頂きたいのは、わが社の新しい商品でありまして」
「あんまり時間はないから手短にね」
「承知しております。今回ご紹介させていただくのは、『あ』です」
「『あ』ですか?」
「そうです。ご存知でしょう?あのひらがなで有名な『あ』です」
「そりゃあもちろん知ってますけどね」
「わたくしどもはこの度、様々な『あ』の開発・蒐集に着手いたしまして、ようやくそれを商品として販売できる見込みが立ちましたので、こうしてご訪問させていただいています」
「なるほど。で、どんな『あ』があるんですか?」
「そりゃあもちろん、ありとあらゆる『あ』が揃っております。一例を申し上げますと、発音すると『い』に聞こえてしまう『あ』ですとか、夏目漱石が初めて書いたと言われる『あ』ですとか、世界でもっとも小さな『あ』ですとか、それはもう様々なものを取り揃えております」
「それは素敵ね!ちょっと興味が湧いてきたわ。他にはどんなものがあるの?」
「わたくしのイチオシはですね、こちらですね。ほら見てください、この曲線美。まさにこれ以上ないと言っても過言ではないほどの美しさを兼ね備えているとは思いませんか?」
「ホントね!こんな美しい『あ』は見たことがないわ」
「『あ』のありとあらゆる箇所に黄金比を適応させました『黄金のあ』という商品でして、多くの方にご好評いただいております」
「なるほど。それから他には?」
「例えばこちらはですね、水に浮く『あ』です。ほらこうしてコップに水を入れて中にこの『あ』を入れると…」
「あらホント!浮いてるわ。すごいじゃないの!」
「世界に1000羽しか残存していないと言われる超貴重種であるザブラミンゴという鳥の羽毛を使用した『あ』でして、大変貴重なものとなっています」
「ますます素敵だわ!本当にどんな『あ』でもあるのね」
「わが社としても、社運を賭けた企画でありますから、かなり頑張らせていただきました」
「でも私が欲しいのはそんな『あ』じゃないのよねぇ」
「といいますと」
「私が欲しいのはね、今まで誰も見たことのない『あ』なの。それが手に入るなら、多少高くてもお金は出してもいいわ」
「誰も見たことのない『あ』ですか…。それは難しいですね」
「それがね、実はそうでもないの」
「どういうことですか?」
「その前に、ちょっと待ってね…。えーっと、あったあった、これこれ。この錠剤をちょっと飲んでくれませんか?」
「それが何か関係あるんですか?」
「もちろんよ。ほら、誰も見たことのない『あ』を見たいでしょ。だったら早く飲んでちょうだい」
「わかりました…。これでいいですか?っ、えっ、えーあーっ…」
「ごめんなさいね。その錠剤は、人間を『あ』に変えてしまう薬なの。一人ひとりの個性に合った『あ』になるから、誰も見たことのない『あ』になるのよ。ふー、でもやっとこれで6個かぁ。コレクターの道は長いなぁ」



78.「バット祭」
今日はバット祭当日だ。小さな田舎町では、一年を通して最も大々的なイベントである。
今年はちょうど400周年に当たる年で、例年にも増して盛り上がりを見せている。地元のテレビ局も力を入れているようだし、準備にも念が入っている。今年こそは何か起こるのではないか、と思っている人は多いのではないだろうか。
400年前から続く祭りなのに、「バット祭」なんていう名前であるのは変だと思うかもしれない。元々この祭りは「バットウ祭」と呼ばれていて、漢字を当てると「抜刀祭」ということになる。それがいつしか変化して、「バット祭」と呼ばれるようになったようだ。
このバット祭、やることは非常に単純である。もちろんお祭であるから縁日も出るし、神輿も担ぐ。町中の飾りつけも派手で、人々は皆浴衣を着て歩き回る。しかし、そういう普通のお祭的なイベントの他に、このバット祭には重要な祭事があるのだ。
それが、バット祭の元々の名前である抜刀祭に関係しているのだ。
町の中心部から少し外れたところに、抜刀神社がある。この抜刀神社には、岩に突き刺さった状態でずっと抜かれることのない刀がある。抜刀神社のご神木でもあるのだが、この刀にはある言い伝えがあるのだ。
毎年バット祭の開催の宣言と共に読み上げられるその言い伝えは、こういうものである。

『ニジュウガヨンジュウツドイシトキ、カタナハヌケル』

言い伝えは文書で残されており、実際このような形でカタカナの表記になっているらしい。
これを400年前の人は、『二十歳になった者を四十人集めれば刀は抜けるのだ』と解釈した。これがバット祭の由来である。
今年も、二十歳になったばかりの男女が四十名選ばれ、この刀を抜くという大役を仰せつかることになる。僕もその一人で、なんとオオトリを勤めることになったのだ。とはいえ、この抜刀の祭事は多分に儀式的な趣を見せていて、もはや誰も抜けるとは思っていない。そういう意味では形ばかりのものなのであるが、しかし400年も続いてきた儀式に自分が参加するというのも、何だか感慨深い。
抜刀の儀式は、バット祭の終わりに行われる。抜刀の儀式を以って祭りは終了となるのだ。だから僕も集合の時間までは、友達と縁日を廻ったり、集まっている報道陣の周りをうろうろしたりしながら時間を潰した。
そうして抜刀の儀式の時を迎えたのだった。
抜刀の儀式はかなり形式が決まっていて、白装束を来たり、一週間前から特別な方法で保管しておいた水で手を清めたりといった手順がかなりある。それは、これまで毎年見物していた僕が言うのだから間違いないのだけど、外から見ていてもただ退屈なだけだ。厳粛さがひたひたと音を立てているだけで、それ以外には何もない。しんとした空気の中、誰もが静まり返って事を見守っている。400年間誰も抜けなかった刀だ。今年だって抜けるはずがない。皆それがわかっていても、どこか期待してしまう部分があるのだろう。
僕の番が回ってきた。前の人と同じ手順を繰り返す。僕がオオトリだからだろうか。心なしかシャッターを切る音が多くなっているような気がする。ふと心細い気分になって空を見上げると、カラスがふわりと宙を飛んでいた。なんとなく嫌な予感がした。
刀が突き刺さっている岩の前に立つ。普段から見慣れている光景だ。バット祭当日以外は誰も触れられないようになっているとは言え、それは普段と変わらぬ場所に普段と変わらぬ有り様で存在していた。しかし、周りの空気がそうさせるのだろうか、あるいは何かの予感を感じ取ったのだろうか、まるで初めて見るものであるかのように感じられた。
刀の柄の部分に手をかける。そのまま力を込め、一気に引っ張り上げる。
それは抵抗もなく、あっさりと抜けてしまった。一瞬、すべての時間が止まってしまったかのような沈黙が訪れ、それから思い出したかのようにカメラのシャッター音が響き渡り、それからはもうどうなったのか分からなかった。とにかくもみくちゃにされたことと、刀が人に当たったらまずいと思ったことだけは覚えているのだけど、それ以外のことはもう何が何だかわからなかった。
それからは僕の人世はまさに一変したと言っていい。町の中だけではあるが、僕はまさに英雄となったのである。それからの人生については書くべきことは多くない。恵まれた生活を保障され、何不自由ない生活を送った、とだけ書いておけばいいだろう。
ただ一つだけ、僕以外には誰も知らない真実がある。
僕は町においてはありとあらゆる権利を持つことが出来たので、抜刀神社に伝わるという言い伝えの原本を見せてもらうことができた。あの刀を抜いた時から、何故自分に抜けたのかがどうしても気になって、やはり謎を解く鍵はあの言い伝えにあるのだろう、という結論に達したのだった。
僕はその原本をじっと眺めていたのだけど、するとあることに気がついた。それで謎はすべて解けたと言っていい。
要するに、昔の人が読み間違えただけなのだ。『ヨンジュウ』ではなく、『ヨンジョウ』だったのである。『ュ』と『ョ』が微妙に判読し難いのだけど、でもおそらく間違いないだろう。
つまり本当の言い伝えは、

『二十の四乗集いし時、刀は抜ける』

だったのである。20の4乗は16000。つまり、16000人目の人間がこの刀を抜くことになっているよ、というだけの話だ。毎年40人が挑戦し、あの年が400年目だったのだから、僕が抜いて当然だったというわけである。
これはもちろん誰にも言っていない。言えば今の僕の立場が失われてしまうことはわかっているから。



79.「クラインの壺」
「あぁ、お義父さん、お久しぶりです」
「いいから、座って座って。何だ、まだ注文もしてないのか」
「お義父さんが来てからと思いまして」
「まったく君は律儀というか固いというか。まあ今さら言っても仕方ないか。ちょっとすいません」
「あぁ、お義父さん、いいですよ。僕が頼みます。えーと、コーヒーでいいですか。じゃあコーヒー二つ、お願いします」
「さてと、今日は急に呼び出してしまって悪かったな」
「いえいえ、とんでもないです。お義父さんの方こそお仕事忙しいでしょうに」
「まあそれはいいんだ。今日は娘について、どうしても言っておかないといけないことがあったものだから」
「ちょっと怖いですね。何の話なんでしょう」
「これが、まあな。一筋縄いかないわけでな。ちょっと長い話になるんだが」
「ちょっとお義父さん、僕の緊張も分かってもらえますか?世間一般的に、妻のお義父さんと二人で話をするって、どう考えてもあんまりいい内容だとは思えないんですよね。だから、結論だけでも先に言ってもらえると気が楽になると思うんですけど…」
「いや、まあその気持ちはわからんでもない。でも、この話はとてもじゃないが普通には信じられない話なのだ。だから結論から話をしたら芳人君はただ混乱するだけだろう。私を信じて順に話を聞いていって欲しい」
「分かりました」
「ただこれだけは言っておこう。これから言うことは、芳人君を糾弾するような内容では決してないのだ。どちらかと言えば、娘に関して芳人君にお願いしたいことがある、という話になる。そう言った意味では安心してくれて構わないだが、でも決していい話というわけではない」
「聞けば聞くほど不安になりますね。でも大丈夫です。お義父さんが結婚に反対というのでないのなら、僕はどんな話でも受け止める覚悟があります」
「そう言ってくれると嬉しいよ。さて、じゃあどこから話せばいいかな。突然だが、娘は順調か」
「えぇ、もういつ陣痛が来てもおかしくはないんですけどね。本当は僕がついていてあげた方がいいんでしょうけど、妻は大丈夫だっていうもんだから、仕事をしていますけどね」
「まあ順調ならいいんだ。要するに今からの話というのは、その話になるんだ」
「あ、ちょっとすいません。妻から電話です。えっ、陣痛が来た。大丈夫って…。いや、行くって。ちょっと大人しく…」
「ダメだ。行くんじゃない!」
「は?」
「いや、すまない。そんな言い方をするつもりはなかったんだが。ただ、出来れば行かないで欲しい。もちろん妻が陣痛となれば、妻の元に駆けつけたくならない夫はいないだろう。しかし、そこを曲げて私の話を聞いてはもらえないか。とても重要なことなんだ。それに、正直に言えば、君は出産の現場に立ち会わない方がいいと思う」
「分かりました。奈菜、というわけでちょっと行けなくなった。一人で大丈夫か。後出来ればお医者さんに僕の電話番号を教えておいてくれよ。何かあった時こっちに連絡が出来るように」
「済まない。ただ私の話を聞けば、いやこう言った方がいいかな、私の話を信じてもらえるなら、ここで私が取った行動の意味が理解出来ると思う」
「…妻の妊娠に関する話だっていうことですよね。どんな話なのか聞かせてください」
「初め私は、君たちの結婚に反対だったんだ。というか、正直なところ、今でも反対だと言ってもいい」
「…やっぱりそういう話なんですね」
「誤解しないでもらいたいのは、芳人君の方には何も問題を感じていないということだ。問題があるのは娘の方で、恐らくその問題と今日直面することになると思う。その結果、君は妻を失うことになってしまうはずなのだ。私にはそれが分かっていた。だからこそ、娘を結婚させたくなかったのだ」
「それは…。出産のせいで妻が死んでしまう、ということですか?」
「意味合いは大きく違うんだが、そういう風に捉えてもらってそんなに間違いはない。そう、恐らく娘は、今日君の前から姿を消してしまうことになるだろう」
「そんなバカな!何でそんなことが分かるんです!」
「気持ちは分かるが落ち着いて欲しい。これが私なりの精一杯の贖罪なんだ。結婚の報告の時点で、娘は既に妊娠していた。そのことを責めるつもりはまったくない。娘が妊娠をしているという事実は、私からすれば遠からず君が妻を失うということを意味していた。しかし、君はもちろん、娘だってそのことを知らない。子どもまでもうけている二人の結婚を反対することは出来なかったのだ」
「その話はとりあえずいいです。どうして妻が死ぬことになるのか、その話をしてください」
「分かった。私の話を聞けば、娘は決して死ぬわけではないということも分かるだろう。
25年前のことだ。私の妹が結婚し、そして妊娠した。順調に陣痛がやってきて、そしていざ出産という状況になる。まさに今の娘と同じ状況だと思ってもらえばいい」
「そこで生まれたのが妻、ということですよね」
「…それは私の話を聞いていれば分かる。
その日、妹の旦那から電話が掛かってきたのだ。その声は怯えていて、とてもじゃないが何を言っているのか分からなかった。ただ、何度か聞くうちに、妹がいなくなったと言っているんだ、ということが分かってきた。よく分からないが大変なことになっているらいしと思い、病院に駆けつけたのだ」
「…なるほど、遺伝的に妻もそうなる可能性がある、ということですか…」
「…病院に駆けつけると、妹の旦那は放心していて、話せる状態ではなかった。だから分娩を担当した医師に話を聞こうとしたのだけど、彼は母体が消えてしまったのだ、というのだ。そんなバカな、と私は詰めよった。すると、妹の旦那がビデオカメラを回していたからそれを見ればいい、と言ったのだった。
私は病院内でビデオデッキを借り、妹の旦那が撮っていた出産の場面を見た。
恐らくこれから僕が言うことは信じられないだろう。しかしこれは事実だ。その当時のビデオも、未だに取ってある。それを見せることも可能だ。
苦しい表情を浮かべた妹が必死で赤ちゃんを産もうとしている姿が映っているのだけど、おかしなことになったのは、赤ちゃんの頭がちょっと見えた辺りからだった。その時、妹の頭がちょっと首に埋まったように見えたのだ。初めは錯覚なのかとも思ったのだけど、赤ちゃんがどんどん出てくるにつれて、妹の頭はどんどん胴体にめり込んで行き、その内頭が見えなくなり、首や胸までも胴体の中にめり込んでいくようにしてなくなっていったのだ。まるで、妹の体が自分の身体にどんどんめり込んでいく力が赤ちゃんを押し出しているのではないかと錯覚するような、そんな光景だった。もちろん、ビデオに写っていた医師や看護婦なんかも悲鳴を上げていたよ。
しまいには、妹の身体のありとあらゆる部分が性器に吸い込まれていき、そして赤ちゃんの身体が完全に外に出きった時、妹の身体はすべて消滅してしまったのだ。
君ならこれをどう解釈する?私は、これは妹が生まれ変わったのだ、と解釈したよ。つまりだ、君の妻であり私の娘である奈菜は、同時に私の妹でもあるのだ。そして恐らく今日、またあの日と同じことが起こることだろう」
「…もしもし。生まれましたか。よかった。…えぇ、大丈夫です。分かってます。妻の身体が消えてしまったんですよね?えぇ、分かってます。分かってますよ。分かってますよ!」



80.「運命のドア」
仕事が終わり、家に向かう。電車に乗っている時から、今日は妻に会えるだろうか、と考えている。扉を開けた瞬間、そこに妻はいるのだろうか、と。
玄関に辿り着いた僕は、一呼吸おいた。もう一ヶ月も妻に会えていない。これまでの最長記録だ。そろそろいいんじゃないか、と毎回思う。しかし予想は裏切られる。だから、過度な期待はしない。それでも、もしかしたら今日は、と思う自分を止めることはなかなか難しいのだ。
ドアノブに手を掛け、そのままドアを開く。
「おかえりなさい」
そこに妻はいた。一ヶ月ぶりの偶然の再会だった。扉の向こうの妻が現れることを待ちわびていた。この気まぐれなドアのせいで隔てられてしまった僕らの運命が、久しぶりに正気を取り戻したのだ。
「久しぶり。ずっと会いたかったんだ」
「わたしもよ、あなた。だってもう、一ヶ月も会えなかったんだから」
「今日は久しぶりにおまえの手料理が食べれるな」
「でも、ちゃんと毎日作ってるのよ」
「分かってるって、それぐらい。さぁ、まずは飯だ、飯」
久しぶりに妻と再会できた僕は、何だか気分が高揚していて、いつもよりたくさん食べ、たくさん飲んだ。そしてその気分のまま、妻を抱いた。お互い明日の再会を祈りながら、ベッドに就いた。
ベッドで横になりながら僕は、僕と妻とを隔てるあの玄関のドアについて想いを巡らさずにはいられなかった。何故こんなことになってしまったのか、何故会うべき二人が、時間や空間によってではなく、ドアという運命によって隔てられなければならないのか、そういう考えても答えの出ないことに思考を奪われて行った。
僕たちは7年前に結婚した。結婚当初から何の問題もなく、唯一何故か子供に恵まれなかったということはあるが、お互いそこまで子供が欲しかったわけでもないので、特に問題だとは思わなかった。
家を買ったのは4年前だ。僕の仕事はローンを組めるだけのお金を稼げることを証明し、証明し続けることぐらいなもので、他のこと一切は妻がやった。家の間取りや設計にもかなり口を挟んだようで、家というものに特にこだわりのない僕は自分の家を持つことが出来たという満足感で一杯であったが、妻の方も自分が理想とする家を完成させることが出来たことについて大いに満足したようだった。
それからも、これまでと変わらない生活が続いた。自分の家に住むという興奮もしばらくしたら日常へと取り代わり、ひたすらおだやかで安らかな日々を送ることが出来た。仕事上でも家庭でも大きなトラブルはなく、そんなことはないと分かっていたが、このまま大した問題も抱えることなくずっと過ごしていけるのではないか、と思えるぐらいだった。
問題が起きたのは半年前だった。きっかけは地震によって玄関のドアが破損したことだった。破損というのは大げさな言い方で、ただ地震の際に倒れてきた鉢植えによってちょっと大きな傷がついたという程度のことであったのだが、妻はそれが不満だったようだ。それで、ドアを新しく付け替えることになった。
ドアを付け替えて初めての夜。僕がいつものように家に帰ると、妻の姿がなかった。初めの内は、どこかに出かけているに違いない、と思った。連絡を入れずに外出するのはどうかと思うが、しかしうっかり忘れたのだろう、と。しかししばらく待っても帰ってこないし、携帯電話に連絡を入れても電源が切られているようだ。結局その夜は帰ってこなかった。警察に連絡を入れようかとも思ったのだが、一晩ぐらいで大騒ぎすることはない、と考えた。
翌朝起きると、妻が朝食を作っていた。僕は、昨日どこで何をしていたか問いつめたかったのだが、そうすることは出来なかった。何故なら、逆に妻に問いつめられてしまったからだ。
「あなた!昨日家に帰って来ないでどこで何をしていたの!」と。
ここに来て、ようやくお互いの認識に食い違いがあることが判明した。僕たちはお互いに譲らなかった。僕の側からすれば、昨日の夜いなかったのは妻の方だ。しかし、妻の側からすれば、昨日の夜いなかったのは僕の方だというのだ。こんなことがありえるだろうか。どちらも昨日の夜は家にいたと主張し、相手が帰ってこなかったのだ、と言い合った。それはあまりにも不毛なやりあいであり、どこにも辿り着く保証のない航海であった。僕たちはとりあえず結論を保留し、僕は会社へと向かい、妻は妻としてやるべきことをやった。
その夜、また同じことが起こった。会社から帰って来ても妻はいない。しかし翌朝になると、妻はまたそこにいて、僕が帰ってこなかったと詰るのだ。僕たちは冷静になる必要があった。これはとりあえず、第三者の意見を仰ぐべきではないか。そう提案したのがどっちだったのか覚えていない。ただそれは正しい決断だった。相談した相手が、僕の長年の友人であり大学で物理学を教えている助教授であったということも大きかった。
「きみのところの玄関のドアを境に、時空が歪んでいる可能性を否定することは出来ないかもしれない」
わが友人は、そう慎重にも慎重を期して意見を述べた。彼が言わんとしていることはこうだった。地震の影響なのか、ドアを付け替えた影響なのかは判断できないが、僕の家のドアは時空の微妙な境界上に存在することになってしまった。ドアを開けると、ある確率で僕は妻のいる世界へと進み、ある確率で僕は妻のいない世界へと進むことになる。もちろんそれは普通には起こりえない現象ではあるが、しかしもしお互いに嘘をついていないというのであれば、これ以外にうまく説明することは出来ないのではないだろうか。
僕は完全に納得したわけではない。ドアを開けると違う違う世界へ行ってしまうなど、そんなSFのような話を素直に受け取るのは難しい。しかし、僕には選択肢がなかったというのも事実だ。僕も妻も、自らの主張を取り消すつもりはなかった。僕は長いこと妻と生活を共にしているし、その中で無駄な嘘をつく女性ではないということもきちんと心得ている。であれば、こんなとんでもない結論であっても、とりあえず受け入れるしかないのではないだろうか。
だから僕は、今でもたまにしか妻と会うことが出来ない。僕が行き着いた世界には妻はいないが、妻のいる世界では彼女が夕飯を作って僕を待っている。その間には深い断絶が横たわっている。それを思えば、こうして妻と会える日ことが偶然であり、また奇跡であると言っても決して言い過ぎではないだろう。
僕は、隣で眠る妻の姿を確認しながら、明日を思う。明日また、妻はドアの向こうにいてくれるだろうか…。

「あ、もしもし~。ねぇねぇ、今日も会おうよ~。いいでしょ?何、旦那?大丈夫だって。ほら、あなたが言ってくれた『運命のドア』の話、まだあいつ信じてるからさ。爆笑だよね~。だから、家なんかいつだって空けられるよ。じゃあ今日も××ホテルでね。7時?オッケー。じゃまたね~」



81.「永遠に出版されないエッセイ」
「あっ!」
「あっ!」
「あっ!」
(以下続く)
のっけから、行数稼ぎみたいなことをして申し訳ない。しかしこの無限に続く「あっ!」は、香川県人すべての心の叫びであり、それはメビウスの輪のように無限に続いていってしまうような、そんな悲痛なものなのである。
香川県人は衝撃を受けたのだ。国が発令したある法律に。
人はそれを、「うどん禁止令」と呼ぶ。もちろん正式な名称のわけがない。これは、アホな法律を作り出した国への非難を込めた呼び方である。
正式名称は、「国有食品保護法」という。つまりどういうことかと言えば、早い話日本人なら米を食え、ということである。
最近、日本では米の消費量が減っているという話がある。実際のデータは知らないが、しかし国がこんな法律を作ってしまうぐらいだから事実なのだろう。国内における米の生産量は一時期より減少したとは言え、既に現在では「米余り」の状況を呈している。即ち、作っても売れないのだ。あまりに日本人が米を食べなくなってしまったが故に、米の生産と需要のバランスが大幅に崩れてしまったのである。
そこで、米どころを票田に持つとある議員が動いた、という噂があるが、どこまで本当か分からない。とにかく、どっかの誰かが、このままではマズイと思い、とはいえ米だけを保護するというのはあまりにも無茶なので、自国で作っている食品をなるべく食べましょう、という政策を打ち出したのである。
具体的にはどういう内容かと言えば、諸外国から入ってくる食料品の関税率を大幅に上げる、ということになる。これについては諸外国からの猛反対もあったらしいが、珍しく日本の政治家はこれに屈することなく、この法案を押し通した。そのため、外国から輸入している食糧品は値段が高くなり、最終的には日本産のものを食べなくてはいけない、という風に仕向けるのである。
ここで問題となるのが、我等が讃岐うどんである。
現在讃岐うどんの原料である小麦粉は、そのほとんどをオーストラリアからの輸入に頼っている。国内で生産している小麦もないことはないのだが、しかしやはりオーストラリア産の方が質がいい。それが関税が上がってしまうことで輸入の道を断たれたのだ。
こうなっては、讃岐の産業は立ちいかなくなると言っても言いすぎではない。讃岐というのはうどんで成立している土地なのだ。讃岐からうどんを引いたらほとんど何もなくなると言ってもいい。これは死活問題である。
もちろん讃岐はこれと戦った。もちろん政治的な手段に出る人間もたくさんいたが、しかし多くの人間はより健全な方法で立ち向かったのだ。
それが、米でうどんを作る新しい手法の開発である。讃岐の職人はやはりすごかった。ほんの短期間で、米からうどんを作る手法を編み出し、讃岐はまたうどんの町として蘇ったのである。
しばらくはこれで何の問題もなかった。しかし、しばらくすると讃岐うどんは国から目をつけられる存在になってしまったのである。その理由が、うどんの原料に米を使ったから、である。
讃岐うどんの原料として米を使うようになってから、米の消費量が一段と増して行った。そのせいで、米の生産が追いつかなくなってしまったのである。もちろんこれは国の愚策の結果であり、讃岐の人が責められる謂れはどこにもない。讃岐の職人は、知恵で危機を乗り切っただけであり、大上段に刀を振りかざすだけの国に睨まれるような理由はどこを掘り返しても見当たらないはずだ。
しかし、もちろん国にその言い分は通じなかった。国は今度こそ本当に「うどん禁止令」を発令したのである。まさに、日本からうどんを締め出さんとする法律で、うどんだけを対象としている、まさに讃岐への当てつけのために存在する法律であった。
しかもこの法律のすごいところは、うどんの製造・販売・飲食を禁じるだけではないのである。うどんを紹介したり、うどんについての文章を書いたり、いやそもそも「うどん」という言葉を使うことさえ禁じられてしまったのである。
もはやこうなると、讃岐に対抗…

編集部注)
このエッセイはここで終わりである。著者はここまでの文章を残して、うどん管理委員会に見つかってしまった。このうどん管理委員会は、「うどん禁止令」を守っているか厳重にチェックする機関であり、この著者がうどんについての…

編集部注2)
出版社の変更があった。上記の「編集部注」が途中で終わっていることから分かるように、これを書いていた編集部員もやはりうどん管理委員会に摘発されてしまった。当社でも慎重に慎重を喫して本作の出版を目指すところであるのだが、どこまで…

編集部注3)
もはや説明は不要だろうか。またしても出版社の変更である。うどんとは…

訳者注)
これが、「禁酒法」と並ぶ世界三大悪法に数えられる「うどん禁止令」が発令されている日本で、結局出版されることのなかった文章である。当社はこの原稿を、あるルートから独自入手した。現在でも日本では「うどん禁止令」が解かれて…



82.「プラント」
これは僕が夏休みに体験したアルバイトの話なんだけど、今でもあの時のことを思い出すと震えてしまいそうになる。都市伝説の世界に紛れ込んだんじゃないかって、今でも思ってて、あれが現実だったなんて全然思えないんだ。でも、すべては僕の目の前で起こったことだったし、僕の頭がおかしくなってない限り、あれはすべて現実だった。今でもどこかで、あそこで作られたものが使われてるのかと思うと、寒気がする。
ってその話をする前に、僕の小学校の頃の話をしよう。そのバイトのことを考えると、いつもそのことを思い出すんだ。
ある時クラスメイトの一人が交通事故に遭ったとかで手術をしなくちゃいけなくなった。しばらく入院した後学校に戻ってきた彼には、なんと左腕がなかった。事故のせいで切断しなくちゃいけなくなった、と話に聞いた。可哀相だなと思った記憶がある。片手がない生活はすごく不便そうで、僕も周りのみんなもいろいろ手伝って上げたと思う。
でもその年の夏休みが終わった時、びっくりしたんだ。だって、彼の左腕が復活してたんだ。僕らは、やっぱりさすがに直接は聞けなかった。だから陰でこそこそ噂をしてたんだけど、人間の腕って気合を入れれば生えてくるんだよとか、誰かの腕をイショクしたんだよとか、すっげー完璧なギシュなんじゃねぇのとか、とにかくいろんな話が出た。出たけど、結局真相はわからずじまいだった。
今では、なるほどそういうことだったのか、とわかる。そして、そのおぞましさに改めて恐怖を感じる。
今年の夏のことだ。大学生になったばかりの僕は、そのあまりに長い夏休みをもてあましそうになり、ここはバイトでしょ、と考えて情報誌をペラペラ捲っていた。すると、
「時給15000円」
っていう表記が目に飛び込んで来た。仕事内容を見ると、簡単な農作業、とある。
いやいや、いやいやいやいや、これは誤植でしょ絶対、と初めは思った。だって、簡単な農作業で時給15000円なわけないでしょ、と。仕事内容に大きな偽りがあるか、あるいは表記にミスがあるに違いない、とそう思った。
でも、でもだぞ、もしこれが本当にホントだったらどうする。時給15000だぞ。しかも、一応ここに書いてあることを信じれば、仕事は簡単な農作業だ。農作業はキツそうなイメージがあるけど、それでも時給15000円はやる価値がある。とにかく連絡だけでもしてみよう、と思った。
果たして、僕はそのバイトをやることになったのである。電話の向こうの人に、時給15000円ってホントなんですか、ってちゃんと確認したけど、それはホントらしい。でも、仕事内容については、事前に教えることは出来ません、だってさ。
で当日。集合場所だって言われた場所に行くと、僕と同じように金に目が眩んだ人々がたくさんいた。とりあえず近くにあった大型バスに乗るように言われる。そしてバスの中で管理人と思しき人からアイマスクを受け取った。
「目的地に着くまで外さないでください」
おいおい、ものものしいなぁ、と思いながら指示に従う。途中ちょっと外してみたんだけど、バスん中真っ暗だった。用心深いぜ。
着いたのは夜明け前だった。まだ辺りは真っ暗で、よく分からない。僕らは、とんでもなくデカイ(たぶん。暗くて全体の大きさがよく分からなかった)建物の中に連れて行かれた。
そこで見たものは、未だに忘れることが出来ない。
確かにそこにあったのは畑だった。イメージとしてはビニールハウスみたいなもので、そのビニールがコンクリートの壁になった感じ。窓はなく、陽の光はまったく入ってこない。そんなところで、もちろん植物が育つわけもない。
そこで育てられていたのが、手だった。手だけじゃない。足や指、乳房や性器、そしてなんと胃や肺まであった。頭はさすがになかったけど、目だとか鼻だとかってのはあった。
建物の中は区切られていて、その一角に一種類の器官が生えていた。想像して見て欲しい。高校の体育館の二倍ぐらいの広さの面積に、人間の目だけがずらりと生えている光景を。まさにそれは吐き気を催すほどで、実際吐いている人もいたほどだ。
僕らの仕事は当然、その器官を刈り取ることだった。確かにその作業自体は「簡単」だった。特に難しい技術が必要だってわけでもないし、腰をかがめる姿勢がちょっと辛いだけで、作業自体はわけもなかった。
しかし、精神的な辛さは言い表せないほどだった。それは紛れもなく手であり、足であり、目であった。僕の身体にあるものとまったく同じものを、生きているのか死んでいるのか定義することさえ難しい物体を、僕らはただただ刈り取って行った。精神的な重圧に耐えながら。価値観の反転を押さえ込みながら。
仕事を終え、バスに乗り、また目隠しをされながら、これは本当にあった出来事だったんだろうか、と僕は考えていた。一種の現実逃避だったんだろうと思う。結局よく分からないまま、僕は日常へと戻ってきた。
今でも、きっと栽培は続けられているのだろう。そしてどこかの誰かがそれを刈り取っているのだろう。そしてどこかでそれらは活用されているのだ。そう思うと、僕が触れた真実の一端の大きさと深さに、僕は眩暈を起こしそうになるのだ。



83.「世界一の芸人」
トシユキは売れない芸人をもう10年近く続けていた。今さら普通の仕事に戻ることは出来ないし、かと言って芸人として成功する見込みもまったくと言っていいほどない。八方塞ではあったが、トシユキは何かを真剣に考えることが苦手だった。なんとかならないことはもう分かっていたのだけど、でもまあなんとかなるだろう、と常に自分に言い聞かせていた。それ以上、何かを考えることを放棄していた。だからこそ、こうして売れない芸人なんかをずっと続けていられるとも言える。
今日も小さなライブハウスでネタをやった。他の芸人の前座みたいな扱いだったけど、まだ仕事があるだけいい。いつまでこの状態ももつか、怪しいものである。
いつものようにコンビニで缶ビールを買い、歩きながら飲んでいると、ふと何かが視界に入った。何だろう。特に気になるものはなかったと思うのだけど。
暗がりに落ちていたのは、ランプだった。あの、よくディズニーの映画とかで出てくる、魔法のランプみたいな、まさにあんなやつである。カレーのルーが入っていたかもしれないと思わせるようなフォルムだった。
何でそれを持って帰ろうと思ったのか、よくわからない。というか、持って帰った記憶も実はないのだけど、翌朝起きるとそのランプが自分の部屋の片隅に落ちていた。
「よっ」
部屋の中から声がした。辺りを見渡しても、誰もいない。
「ここだここだ」
と言われたって困る…と思っていると、テーブルの上でちょこまかとしている虫がいた。とりあえずこいつを潰すか、と思って手を振り下ろそうとした。
「おいおい、待て待て、待てってば!」
その虫が喋っているらしい。よく見てみると、これまたよく映画なんかで魔法のランプから出てきそうな感じの変なやつがミニチュア版でそこにいた。
「へぇ、何か願いでも叶えてくれるってか」
「おぬし、何故それが分かる。鋭い洞察力の持ち主じゃ」
まあ、ディズニーの映画のことは説明する必要はないだろう。
「へぇ、俺もラッキーなもんだな。願いは何でもいいのか?」
「まあな。大抵のことは叶えてやれるだろう。ただし、一つだけな」
ここでトシユキは考えた。何を願うのが一番いいだろうか。大金持ちにして欲しい、というのは簡単だ。でも、金だけあったって仕方ない。欲しいものもあるし、綺麗な女を抱いたりもしたいし、行きたいところもたくさんあるけど、でもそういうのは金でなんとかなる。ってことは、やっぱあれか。
「世界で一番笑える芸人にして欲しい」
これだな。んでお笑いで大金持ちになってやるんだ。
「まあお安い御用だ。チョッペラムンチョのはい!」
「これで終わりか。まあ簡単なもんだな」
「これであんたは世界一笑える芸人だ。んじゃワシは戻るか」
そう言って魔人みたいなやつはランプの中に戻って行った。
さて、あいつが言うことを信じれば、俺は今世界で一番笑える芸人だ。ってことは、もう誰でも俺の芸をみたら大笑いしてしまうに違いない。これはいいぞ。ちょっと公園なんかでやってみようかな。
トシユキは、普段練習している公園までやってきた。練習の際はなるべく人に見られないような場所でやっていたのだけど、今日は違う。人がたくさんいる辺りで思い切ってネタをやってみよう。きっと大ウケに違いない。

何でだ。公園にいた人間、誰もクスリとも笑わなかったぞ。あの沈黙。冷ややかな目。あれほど辛いものはない。結局トシユキはネタをやり終えることなく、そそくさと逃げてきたのだった。
くそっ、あの野郎。俺を担ぎやがったな。次会ったらただじゃおかねぇぞ。
トシユキはまた缶ビールを買って、歩きながらそれを飲む。まああれだ、あんな奴のことを信じた自分がバカだったって、まあそういうことだ。
帰り道。選挙ポスターの貼ってある一角を通り過ぎた。その内の一枚の写真がイタズラされていた。女性の写真の頭に、ハゲのおっさんに写真が貼られているのだ。
ベタだけど、何だか面白かった。それに、嫌な気分を吹き飛ばすために笑いたい気分でもあった。トシユキはハハハ、と普通に笑ったつもりだった。
しかし、トシユキのハハハは、ものすごかった。それ自体が武器になるんじゃないかと思うくらい、衝撃的なハハハだった。笑い出した自分も、え?と思うくらい、それは異常な笑い声だった。中国人がまとめて100人いっぺんに笑ってるみたいな笑い声だった。
周囲に人が集まってくる。夜じゃなくても、こんなうるさい声で笑う人間がいたらどうしたのだろうと思うだろう。いやもしかしたら、笑い声だと認識されていない可能性がある。
そこでようやくトシユキは、これはあの魔人のせいだということに気がついた。トシユキは、「世界一面白い芸人」という意味で言ったのだが、それを魔人は、「世界一の笑い声を持つ芸人」と間違って解釈したのだろう。まあ確かに間違っちゃいない。けど、それぐらい分かって欲しかったなぁ、と思う。
もはやむやみやたらと笑えなくなってしまった。芸人として大成するわけもないし、一体どうすりゃいいんだろうか。



84.「うどんの快楽」
「ねぇ、うどん食べに行こう」
ついさっき、珠巳にそう言われて、私は今彼女の車に乗っている。有無を言わさず、という感じだった。
「うどん?いいよ別に、そんな気分じゃない」
特に好きな食べ物というわけでもない。仕事が終わって疲れてるし、見たいテレビだってある。何でわざわざうどんなんぞ食いにいかにゃならんのだ。
「いいからいいから」
「よかねぇよ」
「マジすげぇんだって。ホント後悔させないから!」
「すげぇって、そんなに旨いわけ?」
「いや、旨いわけじゃないみたいだけどね…」
何だそりゃ。じゃあこれからわざわざ旨くもないうどんを食いに行くつもりだっていうのか。
「行かない行かない。旨くないんでしょ、だって。いいよ」
「まあまあ、いいからいいから。ホント、騙されたと思ってあたしについて来なさい」
あんたにはこれまで何度騙されたことか、って言ってやろうかと思ったけど、止めた。こうなると珠巳はもう止められない。結局私は彼女の車に乗る羽目になってしまったのだ。
「好美っていたでしょ?」
運転席の珠巳が話し掛けてくる。
「あぁ、あの淫乱?」
「ちょっと!死んだ人のことをそんな風に言わないの!」
「いいじゃん。だってホントのことだし」
「まあそうだけど。んでね、その好美の旦那、ってまあ好美は死んじゃったんだから元旦那か、その旦那がうどん屋を始めたんだってさ」
「ふーん」
別に興味のある話ではなかった。好美は、大きな括りをするならば私たちの友達で、でも実際はあんまり好かれてる女じゃなかった。友達付き合いしてたのも、成り行きっていうかたまたまっていうかそんな感じだったし、事故で死んじゃった時も、まあそんなもんかって感じでそんな哀しくもなかった。まあそれぐらいの女だった。
好美はとにかく淫乱で、結婚してからも複数の男と付き合いを続けていた。旦那には絶対バレてないって言ってたけど、どうなんだろう。まあありえないとは言えない。好美だし。事故にあったのだって、浮気相手の家に行く途中だったのは明らかだったけど、まあそんなこと誰も旦那には言わないだろうしね。幸せだけどバカな男。
その男がうどん屋を始めたからって何だというんだろう。珠巳だって別に好美とそこまで仲がよかったわけではないはず。ってまあいいか。考えるの面倒になってきた。
「着いたよ」
いつの間にか着いたらしい。まあうどん屋だと言われればうどん屋に見えるし、パン屋と言われればパン屋に見えるかもしれない、何とも中途半端な店構えだった。
店に入ってまず驚いたのが、客が女性ばかりだった、ということだ。っていうか、全員女性だった。これは異常ではないだろうか。女性だってもちろんうどんは食べるだろう。しかし、サラリーマンのおっさんがこの時間帯に一人もいないうどん屋なんてありえるのだろうか。
「何がオススメなわけ」
珠巳に聞いてみる。
「まあ何だっていいのよ、メニューはさ」
よくわからない。しかし、元々そんなに積極的に食べたいわけでもないので、かけうどんの小を頼むことにした。
「小でいいの?」
「家に帰ったらご飯あるし」
実家暮らしなのである。
「いやいいんだけど、たぶん大とかの方がいいよ」
大にすると何がいいのかよくわからない。まあいいさ。とりあえず小でもちゃちゃっと食べて、さっさと帰ろう。
うどんは、まあ普通のうどんで、スープもまあ普通そうだった。目で見ただけじゃ、コシだとか味だとかはもちろん分からない。だからとりあえず口に入れてみる。
「えっ!」
何今の?えっえっ、どういうこと?は?今のあたしの口?
私の思考は乱れに乱れた。何が起こったのかさっぱりわからなかったのだ。私はただ、うどんを口に入れただけだ。それなのに、この衝撃は何だ?
もう一度口に入れてみる。
「ああぁ~ん」
思わずそんな声がこぼれ出てしまう。もちろんうどんは口から落ちる。
そんなバカな!私は口にうどんを入れているだけだ。それなのに、どうしてアソコに指を入れた時みたいな衝撃が走るんだろう!
私は珠巳を睨んだ。珠巳は私の視線に気づくとニヤリと笑い、
「声出してるの、あんただけだよ」
と言ってのけたのだ。
くっそぉ!私だって、こういううどんだってあらかじめ知ってたら声だって我慢したわよ!このクソ女!
しかし、いくら心の中で悪態をついても、それは弱い。弱いことを自覚している。何故なら、それほどまでにこのうどんの快感は凄まじいからだ。
まるで口が女性器そのものになってしまったかのようだ。うどんを口に入れる度、口が快感を覚えるのだ。それは、これまでに経験したどんな快感をも超えていて、私はうどんを咥えているだけなのに、何度か昇天しそうになった。
「あうぅ~ん」
「んぐぅあ~ん」
抑えようと頑張っても声が出てしまう。うどんは一向に食べられない。これじゃらちがあかないと思い、うどんを一気にすすり上げることにした。
「はぁ~ん」
背骨が溶けるかと思うほどの快感に襲われた。店にいる他の客はすごいな。こんなの、我慢できるレベルじゃないだろ。
それからも私は、襲い来る快楽に翻弄されながら、何とかうどんを食べきった。
「おかわりはいらないの?」
珠巳が面白そうに私を見ながらそんなことを言う。なんて余裕のあるやつだ。私はもう限界だってのに。
「すごいね、ホントここのうどん。でも今日はもういいや。また連れてきて。お願い」
確かにこれは病みつきになる。店に女性客しかいないのも当然だ。まったくホントに、すごいうどんだったぜ。



85.「うどんと妻と私」
半年前、妻を亡くした。事故だった。
いい妻だった、と今でも思う。家事洗濯を疎かにすることもなかったし、私の健康に気を配ってくれたりもして、あぁ結婚してよかったと常々思っていたものだった。
その妻が、死んだ。
正直、しばらく何もする気になれなかった。そんな私が、傷心旅行に讃岐を選んだことに、特に意味はない。適度に遠くて、適度に田舎で、適度に人のいる、そんな場所を漠然と思い描いた時、讃岐もいいかと思いついたのだ。
そこで食べたうどんに、私は衝撃を受けてしまった。世の中に、こんなに旨いものがあったのか、と思うほどの価値観の転換であった。とにかく、うどんといううどんを食べ歩いた。
それから私が思いついたことは、今でも失笑ものだったと思っている。しかし、その思い付きのお陰で今成功できているとも言えるわけで、人生何が起こるか分からないものである。
さぬきうどんを自分で作ろう、と思ったのだった。
弟子入りするなんて発想は出てこなかった。うどんの基本的な作り方をネットで調べ、あとは自分が食べまわった時の舌の記憶を元に、とにかくうどんを打ちまくった。気づけば、会社は辞めていた。友人とも会わなくなって行った。私は、うどんを打ち続けるだけの人間になった。
ある日。結局何度試してみてもあのさぬきうどんらしいコシが出ないことに諦めを感じ始めていた私は、もうこのくらいでいいかもな、と思った。別に店を出そうというのでもない。ただの趣味だ。もう止めよう。でも止める前に、供養をしよう。そう思った。
私は小麦粉に妻の遺骨をほんのわずか入れ、そしていつものようにうどんを打ち始めた。このうどんを自分で食べて、妻への供養としよう。そして、また新しい自分の人生を始めよう、と。
ちょうどその日。私の生活を案じた友人の麻里絵が、私の様子を見に家までやってきた。彼女は私がうどんを打っていると知ると、是非食べたいと言った。ちょっとこれはマズイかなとも思ったが、遺骨はほんのわずかだし、まあ大丈夫かと思った。
「ねぇ、これ店出そう」
麻里絵は一口食べるなりそう言った。
「いや、大したうどんではないんだ。店で出すほどでもない」
「確かに、悪いけどうどんとしては普通だと私も思う。でも、悪いようにはしない。私にまかせて。土地も店も人も、なるべく私が手配してあげる。だから、店を出そう。超人気店になることは、私が保証する」
正直言って、未だにわからない。何故彼女が、ここまで私のうどんを推してくれたのか。あれだけさぬきうどんを食べまくった私だ。もちろん、自分が作るうどんが並であることは分かっている。何故ここまでこの店は繁盛することになったのだろうか。
不可思議なことが二つある。
一つ目は、麻里絵に指摘されたことだ。店を出す条件として彼女に厳命されたのが、あの時麻里絵が食べたのとまったく同じうどんを作る、ということだった。その後、商品開発という名目で麻里絵が私のうどんを食べる機会があったのだが、その一番初めの時、妻の遺骨を入れずにうどんを打ったら、これは前のうどんと違う、と指摘された。前の時との違いは、どう考えても妻の遺骨を入れたかどうかだけだった。そう思い次から入れるようにしたら、麻里絵は何も言わなくなった。しかし、妻の遺骨を入れるかどうかで味が激変するとは思えない。実際自分で食べ比べても分からないのだ。何なのだろうか。
そしてもう一つは、店に来るお客さんは女性のみであるということだ。これは、女性が多いとかほとんどが女性である、というレベルではない。時々ふらりとサラリーマンが入ってくる以外は、客のすべてが女性なのだ。しかもリピーターが多い。
しかしまあ不思議なことはあるものの、店は繁盛しているし、妻の遺骨も役に立っていて、これはある意味で一つの供養になっているだろうな、と思っている。妻の恩に報いることが出来た、とまでは言わないが、まあ怒られない程度には頑張ったかなと思う。どこかで私の頑張りを見ていてくれるといいのだけどな。



86.「仙人・高村君の日常」
電車というのはなかなかに限定的な乗り物である。つまり、線路の上しか走ることが出来ないのだ。飛行機だったらどこでも飛べる。船だって、どこでも走れる。車だって、やろうと思えば道路以外の場所でだって走れるだろう。そういえば水陸両用の車が開発されたみたいだし。こうなると、電車というのはいささか(なんて言葉はもう使わないか)不便な乗り物であると言えるだろうか。
しかし、東京に住んでいると電車というのはなくてはならない乗り物である。いや、正直に言えば、なくてもさほど困らないかもしれない。現に高村君だって普段そんなに電車に乗る方ではない。ちなみに高村君というのがこの話の主人公であり語り部である。語り部であるのに一人称でないのは、まあそういうものだと思って下さい。そもそも「語り部」の「部」って何だろう?「語り手」の「手」もいまいちよくわからない。「語り主」だったら分かるけど、そんな言葉はあまり聞かない。「語り草」の「草」も、絶対「草」とは関係ないと思う。というわけで脱線してみました。
そんなわけで高村君、普段は乗らない電車に乗ることにしたのである。一応これがメインテーマである。メインテーマが明確に明示される小説なんて珍しいが、しかしこれは「M$S」シリーズの真似をしているだけである。「M&S」シリーズが何か分からない人は、「水柿君と須摩子さんが日常を送る物語」だと思ってください。ちなみに、「S&M」シリーズというのもあるのだけど、こちらは「犀川と萌絵が非日常を送る物語」だと思っていただければ結構です。
高村君には特に行き先があるわけではない。これは高村君の行動としては珍しくはない。高村君の行動原理は90%近くが「なんとなく」に拠っている。後々誰かに説明を求められても、それを果たすことはまず不可能だろう。これまでにも、何となく地下鉄を掘ってみたことがある…、というのは嘘だけど、何となく埴輪を埋めたことならあるのだ。しかも皇居の敷地内に、である。どうやって中に入ることが出来たのかという疑問には、高村君は答える気がまったくないので悪しからず。
高村君は、ウロボロスの蛇のように東京をぐるりと回るあの路線に乗り込んだのである。ウロボロスの蛇というのは、二匹の蛇が互いに互いの尻尾を飲み込んでいるような図形だけど、あれは最終的にはどうなるのだろう。というようなことを高村君はまったく考えていない。
電車に乗った高村君は、折りたたみの椅子を取り出して座った。高村君は、折りたたみ式のものを持ち歩くという癖があり、折りたたみの傘や携帯電話はもちろんのこと、折りたたみのコップやら折りたたみの炊飯器やら、明らかに外出先で使わないだろうというものまで持っている。高村君は、歩いていない時は座るというモットーがあるので、この折りたたみの椅子は非常に重宝しているのである。
高村君は、この路線がどの駅で停まるのかまったく把握していない。そもそも高村君には目的地はなく、ただなんとなく電車に乗っただけなのである。ということは初めの方でも書いた。じゃあ何故また書いたのかと言われても答えようがありません、と高村君は言っている。
高村君は、外の景色を見るわけでもなく、乗客を観察するでもなく、もちろん俳句を詠んだりすることもなく、ただぼーっと座っていた。周りの人達は、突然折りたたみの椅子に座った青年を訝しげに見ているのだけど、高村君はそんなこと気にしない。というか高村君は何も考えていない。
アナウンスが流れる。
「次はぁ~、函館ぇ~、函館ぇ~」
なるほど、この路線は函館にも停まるのか。東京にいながらにして北海道に行けるとは、便利な世の中になったものだ、と高村君は考えている。蟹でも食べようか、と思いはしたが、特に理由もなく止めた。
「次はぁ~、梅田ぁ~、梅田ぁ~」
なるほど、この路線は梅田にも停まるのか。東京にいながらにして大阪に行けるとは、便利な世の中になったものだ、と高村君は考えている。たこやきでも食べようか、と思いはしたけど、特に理由もなく止めた。
「次はぁ~、那覇ぁ~、那覇ぁ~」
なるほど、この路線は(以下略)
というようなことを高村君はつらつらと考えている。
「次はぁ~、東京ぉ~、東京ぉ~」
高村君は、特に理由もなく、東京で降りた。



87.「クイズ」
「クイズでもやろか」
「クイズ?頭使うの苦手やで」
「まあまあ、そう言わんと。パズルの本買ってん」
「まあええわ。第1問」
「『車の中をのぞいたら何があるでしょうか?』だって」
「いやいやちょっと待ちぃな。車覗いたらあかんがな」
「そうやなぁ。もしかしたらいやらしいことしとるかもしらんしなぁ」
「うわぁ、そんなん考える自分がやらしいわ」
「猫とかがな」
「猫かいな!」
「こないだ見た車は、あれやったなぁ、中に風呂があってん」
「んなアホな!」
「ウソちゃうで。あれなんやってんやろな。車の後ろ開けたらとこに浴槽があってな、移動銭湯でもやってるんやろか」
「移動銭湯か。それちょっとおもろいアイデアやな。ちょっと離れてたりすると、銭湯行くのめんどくさいしな。それちょっとやってみようや」
「俺らでか?移動銭湯を?でも女風呂はどうすんねん」
「あぁ、そうか。俺ら二人じゃ対応出来んわな。んじゃまあ諦めるか」
「早っ!」
「ってことはあれか、車ん中覗いたら風呂があるってのが答えか」
「んなわけないやろ!」
「でも答え分からんやん」
「真剣に考えてないような気もするけどな。まあええわ。答えは、『三』やて」
「は?三?どうゆうことやねん」
「だからな、『車』って漢字思い浮かべてみ。でそこからな、『中』って漢字を『除く』ねん。そんだら、『三』が残るやろ」
「なるほどなぁ。『覗く』やなしに『除く』ちゅうことやってんか。そらわからんわ」
「ほんなら次行くで。『目の前に二人の少年がいました』
「少年な。少年じゃなきゃあかんのかいな」
「知らんがな。とりあえず問題聞きぃな。『その少年二人は顔がそっくりで、双子にしか見えませんでした』」
「ザ・たっちみたいなもんやな」
「『そこで彼らに、君たちは双子なの?、と聞いてみたのだけど、違います、と言われてしまいました』」
「なんでやねん」
「それを考えんねん。『さてどういうことでしょう』」
「まあこら答えは一つしかないやろ」
「何やねん」
「クローンやで」
「クローン人間?んなわけないやろ。クローン人間は遺伝子が同じ生物を生み出せるってだけで、年齢まで同じになるわけじゃないしな」
「まあそうか。じゃあれちゃう?マネキンやったんちゃうん?ほら最近あるやん、人間と喋る人型ロボットみたいなん。あんなんがいたんちゃうんか」
「いやこういうのはどうよ。実はその少年は人間じゃなくて蛙だったとかね」
「それでどないになんねん」
「まあ細かいことは気にしなさんな」
「まあ人間より蛙の方がようけ卵産みよるやろしな。そうなると双子どころやないで」
「あぁ、それだわ、きっと」
「どれやねん」
「双子どころじゃないってとこ」
「それがどないしてん」
「だからさ、双子じゃなくて、三つ子とか四つ子とかだったんじゃない」
「おぉ!そうだわ。それ正解だわ」
「おっ、答え合っとるがな。なかなかやりよるな」
「でもさ、やっぱクイズじゃ腹は膨れんぜよ」
「雪山で遭難した時のお供には向かんわな」



88.「夢育人」
「おーい、こっちでまた生まれたぞ」
「分かった、今行く」
「あっ、マサ!先こっち頼む。沈みそうだわ」
「了解っす。パンケル持ってけばいいですか?」
「あぁ、あとノムテンな。こいつ、結構ヤバイねん」
「ノムテン要りますか。結構限界っすね」
「まあでも、出来る限りのことはしたろ」
「それが僕らの役目ですからね」
僕は、『夢育』で働いている。真っ白な壁で覆われた広い空間にいると、距離感が掴めなくなってくる。最近は慣れてきたけど、入りたての頃は大変だった。よく夢を踏み潰しちゃって怒られたっけ。それが今では逆の立場になったんだから、早いものだと思う。
「あぁ、やっぱ無理かな」
「寿命はありますもんね」
「このまま無理に長生きさせるよりもさ、いっそ消滅さしせちゃった方がええか」
「まあこの状態じゃそうでしょうね。このままだと新しい夢も生まれにくくなっちゃいますし」
「じゃあこれはロクソンで頼む」
「分かりました」
ここ夢育は、人間の言葉で言うと天上の世界に存在する。ただ天使なのかというとそれは違うような気がするし、神様だともっと違う。僕らはただ単に夢のベビーシッターなだけであって、決定権も運命を動かす力も何一つ持ち合わせていない。
「さっき生まれたやつはどうした」
「やべっ。忘れてました。まだニョルードにそのままです」
「バカヤロウ!あれだけほったらかしにするなっていつも言ってるだろ!」
「すいません。すぐ行ってきます!」
ここ夢育は、下界に住む人間の夢が生まれる場所だ。下界の人間が、「あれをしたいな」「こんな風になりたいな」と思うと、それがここ夢育で、卵の形になって生まれてくる。それを大事に育てるのが、僕らの仕事だ。
夢の卵は、ニョルードと呼ばれる泉のような場所から湧き出てくる。下界に住むすべての人間の夢を扱うわけだからその数は膨大なものになるが、きちんと担当が分かれていて、僕はその中でも、日本という国の一部を担当している。
「それにしてもここんとこちょっと多いですね」
ちょっと前に夢育人としてやってきたタケだ。おっちょこちょいだが、真面目に仕事をしようとする姿勢が評判がいい。
「そりゃあ、下界は四月だからなぁ」
「四月、ですか」
「四月ってのは、俺らで言うナバトフみたいなもんや。つまり、新学期やな。お前も経験あるやろ。新しい一年が始まる頃になるとさ、いろいろやってみたいこととかこうなりたい自分みたいななんが増えるやろ」
「なるほどそうっすね」
「あと多くなるのは、下界の七月と正月だな」
「何でですか?」
「七月はな、七夕ってイベントがあるんだな。要するに願い事をすると叶うよ、っていう日が設定されてるわけだ。その日になると、もんのすごい数の夢が生まれるわな」
「願い事をする日が決まってるなんておかしいですね」
「で正月ってのはだ、まあこれから一年無事でありますようにみたいなことを神様にお願いするんやな。そういうのもボコボコ生まれてくるわ」
「大変そうですね、その時期は」
「まあでも大変なんは数だけで、大したことはないわな。泡みたいなもんでな、一個一個の夢が小っちゃいからな。まあ叶っても叶わんでもええような夢ばっかちゅうこっちゃな」
「そういうのはちゃんと育てるんですか」
「アホ。そんなんしてたらいくら人手があっても足らんわ。まあほったらかしやな」
夢育人として仕事をしていると、他人の夢を見ることが出来て面白い。長いこと夢育人の仕事をしているけれども、中にはすごいものもいくつかあった。例えば、「天下統一したい」なんてのがあった。初めそれを見た時、そら無理やろ、と思ったものだけど、なんとそいつはかなり近いところまで夢を叶えてしまった。織田信長とか言うやつやったかな。
また、これは自分で担当したわけじゃないんだが、「世界を変えたい」なんていう夢があった。これもまたすごいもんだと思ったもんだが、何とそいつは夢を実現してしまいやがった。アインシュタインとか言ったかな。何かどえらい物理理論をひっさげて、世界を丸ごとひっくり返したらしい。
夢育人は、生まれ出てくる夢自体に何の決定権も持っていない。僕らに出来ることは、その夢が死んでしまわないように育てることだけだ。生まれたばかりの赤ちゃんを病院で育てるのと同じようなものだと考えてもらえばいいと思う。赤ちゃんの生死を病院が握っているわけではない。病院は、赤ちゃんがなるべくしなないように手助けするだけに過ぎない。
ただ、時折歯がゆくなることがある。人間の夢には大きなものから小さなものまで様々だ。「お腹一杯ご飯を食べたいです」なんていう夢があると、絶対この夢死なせないぞ、と思ったりするのだけど、そういう夢の方が生きる力が弱くて、すぐに死んでしまったりする。そういう時、夢育人として無力感を感じることになる。こんなささやかで慎ましい夢も守ってあげられないなんて、自分達はいる価値あるんだろうか、と思ったりもする。それでも、多くの人の夢を守ってあげようと、僕らは日々奮闘するのだ。会ったことも、これから会うこともないだろう人間たちのために。
「どうして僕ら、人間の夢なんか守ってあげてるんでしょうね」
夢育人の仕事に憧れを持って入ってきた新人が、しばらく経つと必ずこの質問を口にする。僕も、実はそうだった。初めは、夢育人は誰かの夢を叶えられるんだ、そういう使命を持った存在なんだという、崇高な使命を帯びているかのようなやる気に満ち溢れるのだけど、しばらく経つと、人間達のありきたりで変わり映えのしない夢を見るのに飽きてきて、また自分達に夢を叶える力がないということを知り、だんだんと無力感に陥っていくのだ。
そんな時、僕が掛ける言葉がある。いや、僕だけではない。他の多くの先達がこう言って後進を育てて来たのだ。僕も入ったばかりの頃に言われたことがある。
「じゃあ僕らの夢は、誰が叶えてくれているんだろうね」
僕たち夢育人にも、それぞれに夢がある。その夢は、叶ったり叶わなかったり様々だが、僕たちは夢育人なんて仕事をしているからこそ分かるのだ。僕らの夢だって、きっと誰かが育ててくれているんだ、と。
僕たちは、その僕たちの夢を育ててくれる存在に直接お返しをすることは出来ない。だからこそ、自分達が出来ること、つまり下界の人間達の夢を育てることで、夢育の連鎖を生み出していこうではないか。
他人の夢を育てることは容易いことではない。それでも僕らは日々、生まれ出てはその多くが消えていってしまう夢を育てていく。一生、人間にはその存在を知られないままで。



89.「数学者の秘密」
これは、数学者しか知らない物語だ。そして僕は数学者ではない。じゃあ誰なのかって言うと、まあ分かりやすく神様みたいなもんだと思ってください。要するにこれは、数学者以外には永遠に知られることのなかった、またこれからも永遠に知られることのないだろう事実である。
ある時から地球では深刻な問題が取りざたされていた。いや、その問題は随分と前から議論されてはいたのだ。しかし、誰も自分の問題として真剣に考えていたわけではなかった。楽観的な見方が大勢だったし、まだ遠い先のことだろうと高を括っていたのだ。
石油の問題である。
石油はまさに枯渇の時を迎えている。もちろんどの時代であっても、もうすぐ石油が枯渇すると言っては人々の不安を煽っていたものであるが、しかし、今回は本当にまずい事態であると多くの人々が認識している。既に石油の産出量は減少傾向にあり、そのために値段も上がってきているのだった。
石油に代わるエネルギー資源を見つけなくてはいけない。これは、世界各国が総力を挙げて取り組むべき問題であった。しかし自国の利益を守ろうとする動きがやはり強かったことと、そして何よりも有益な資源がなかなか見つからなかったこともあって、地球規模でのエネルギーの枯渇という問題が、いまや無視できないほど大きな問題になっていたのである。
一方で、この問題に対する解決を持っていた存在がいた。それが、数学者である。数学者は、もう大分以前から、ある特殊な方法によってエネルギーを生み出すことが出来るということを知っていた。大昔にある異端の数学者が生み出した理論によってそれは広く数学者の間に知られるようになり、またそれが正しい理論であることも証明されることになったのだが、しかし同時に、その理論の二律背反性に囚われてしまい、結局未だに公に公表するに至っていないのである。
毎年サンクトペテルブルグで、数学者による会議が開かれる。これは博士号を持つすべての数学者が召集される、いまや数学の会議において最も規模の大きなものになっている。ここでは、数学の話ではなく、このエネルギー問題が話し合われる。そして毎年、自分達が知っている理論を公表するか否かの判断を下すのだった。
この会議はもう100年以上も続いている。つまりそれは、100年以上ずっと公表が見送られている、ということである。数学者は皆、エネルギー問題を解決する手段として最も有効である、ということを自覚している。しかしその一方で、これだけは譲れない、と考えてもいるのだ。
その理論は、あの有名な方程式「E=mc2」と関連付けて、
『数字とエネルギーの等価性』
と呼ばれている。これが、数学者が頑なに守り続けている秘密である。
アインシュタインは、質量とエネルギーは同一のものである、と看破した。即ち、質量を持つものはすべてその質量に対応したエネルギーを持つ、というものである。
数字とエネルギーの等価性も同じような説明がなされる。なんと、数字という抽象的な存在が、その数字に応じたエネルギー量を持つ、というのである。
その理論によれば、世の中に存在する『数字の総量』というのは決まっている。『数字の総量』は、文字や音声の形で現れるものから、人間の思考の中に現れるものまですべて含めた総量としてカウントされる。
そして驚くべきことに、抽象的な存在であるはずの『数字』を、ある特殊なやり方で処理をすると、そこからエネルギーが生み出されることが分かったのである。それは、質量から生み出されるエネルギーほどではないにせよ、ある程度まとまった形でエネルギーを提供することが可能な量だと算出されている。
しかし、一つ問題がある。その問題こそが、数学者をしてこの理論の公表を立ち止まらせるものなのである。
それはつまり、『数字の総量』が決まっているということに由来する。即ち、『数字』からエネルギーを生み出し続けると、やがて『数字』が枯渇してしまうことを意味する。それは、数字を書いたり発音したりすることが出来なくなるだけではなく、数字を思考することそのものが出来なくなってしまうのである。
数学者はまさにこの点を恐れた。確かに現状でのエネルギー問題は解決されなければいけないだろう。しかし、そのために『数字』を生け贄に捧げることは本当に出来るだろうか。もしこの理論により地球が救われたとしても、そのせいで我々が数学を思考することが出来なくなってしまっては意味がないのではないか。
「よって今年も、本理論の公表は見送ることにします」
今年も数学者はそう結論を出した。
そしてその半年後。地球はエネルギー資源を使い果たし、そのまま緩やかに絶滅した。



90.「透明な炎」
ある日私は学校に行けなくなってしまった。それは突然で、圧倒的な出来事だった。世界が変わっていくのを、ただ茫然と眺めていることしか出来なかった。
いつものように学校へ辿り着いた。いつものように友達とお喋りをし、いつものように授業を受け、いつものようにお昼ご飯を食べた。普通誰もがそうであるように、退屈だけれども、安全でゆったりとした、特別でない一日の時間が過ぎていくだけだった。
五時間目、数学の授業中だったと思う。その瞬間から、私にとっての学校の意味は大きく変わってしまったのだ。
いつものようにぼんやりと外を眺めながら、時々意味の分からない数式をノートに書き写す、そんな時間を過ごしていた。そんな時、視界の端に飛び込んで来たものに、私の目は奪われた。
火、だった。
教室の後ろは生徒の荷物を入れるロッカーになっている。ロッカーは胸の高さぐらいまでのもので、その上にはサッカーボールだとか誰かが脱ぎ散らかしたジャージだとか、雑多なものが置かれていた。
「三橋、ちゃんと前を向きなさい」
ロッカーの上にあるものが赤々と燃えている。メラメラという音が聞こえて来そうなほど、それは圧倒的な火だった。私は驚きのせいで声を失い、しばらくぼんやりとその光景を眺めていたのだ。それを教師に注意された。
「先生、でも…、」
火が、と言おうとして、止めた。何かがおかしい。あんなに火が迫っているのに、あんなに燃え盛っているのに、誰も気づいている気配がないのだ。そんな馬鹿な、と思ったのだけど、でも一番後ろの列に座っている子たちだって全然気づいていないみたいだ。そんなことってあるだろうか。どう見たって、これはもうヤバイくらいの大火事なのに。
「いえ、何でもありません」
私はそう言って、また前を向いて座った。後ろで火がそうなっているのか確かめたかったけど、この火には誰も気がついていないのだ。私一人が騒ぎ立てたらおかしな風に思われるし、どうしたんだろうって思われるだろう。だから、意思の力で何とか前だけ向き続けていた。
熱い。
背中に熱を感じた。思わず振り返ると、もう私のすぐ後ろまで火は迫っていた。私の席は教室の中ほどにある。既に教室の後ろ半分は火の海に包まれている。クラスメイトの大半も、その火に包み込まれているのだ。それでも、誰も熱がっていないし、誰もその火に気づいているような気配はない。
でも、私には熱い。誰にも見えない火かもしれないけど、私にはどうしたってこれは現実なんだ。
私は誰にも何も言わないままで教室を飛び出した。こんなところにいられるわけがない。
それから私は学校に行けなくなってしまった。私にしか見えない火が、あそこにはある。他の誰も気づかないけど、私にだけははっきりと見えてしまう火があそこにはある。それを思うだけで怖くてダメだった。
けど、誰にもそれを説明することは出来なかった。教室が火の海なんです、なんて言っても誰にも信じてもらえるわけがない。事実学校が燃えたなんて話は聞かないし、となれば私が見た火は私の幻覚ということになる。でも、幻覚だろうが何だろが、私にはあの火は本物なのだ。
しかし、火のことを除けば学校に特に不満があるわけでもない。友達にいじめられているわけでも、嫌な教師がいるわけでも、勉強についていけないわけでもない。小さな不満はもちろんあるけど、不登校になるほど強いものなんか一つもない。
だから、学校に行けない理由は誰にも説明できなかった。初めの内は体調が悪い、とごまかしたけど、いつまでも続けられるわけがない。母親は、私がきちんとした理由を説明できないことを、学校で何か嫌なことがあったのだ、という風に解釈したらしい。学校でいじめがなかったかどうか確認してくるというようなことも言っていた。いくらそうじゃないと言っても、じゃあ本当の理由はなんなのと聞かれると答えられない。ますます泥沼にはまり込んでいく。
しばらくは、学校にはいかないけど家の外には出ることにしていた。部屋の中にばっかりいたら気が滅入るし、散歩でもして気を紛らわせるぐらいしかやることがなかった。
でも、しばらくしてそれも出来なくなってしまった。あの火が、私を追って家までやってきたのだ。
ある日外に出ようと玄関まで向かうと、玄関のドアが火に包まれていた。近づくと熱い。ドアノブに手を触れることも出来ない。
これは本物の火だろうか。私には幻覚の火と本物の火の区別がつかない。私は少し考えて、宅配ピザを頼むことにした。30分後、現れたお兄さんは、普通にドアを開けて玄関に入ってきた。私の幻覚で間違いないようだ。
私はそれから家から出られなくなってしまった。ますます世間一般の引きこもりと同じ経緯を辿っていく娘を、両親は心配しているらしかった。私も、きちんとした説明をして安心させたいと思う。でも、火が見えるなんて話をしたら余計に心配させることになるんじゃないかとも思う。もうどうしていいのか分からない。
それからは私は、ずっと部屋に籠って生活をした。本を読んだりテレビを見たり、そんなことばかりしていた。退屈だった。退屈を少しでも埋めようと、父親の煙草を吸ってみたりしてみた。でも退屈さに拍車が掛かるだけだった。でも、それぐらいしか出来ることはなかった。
そしてまさに今、火は私の部屋まで追いついてしまった。
うたた寝から目が覚めると、部屋が火に包まれていた。こうやって私はどんどん居場所を奪われていくのだな、と思った。この部屋にもいられないとしたら、私はどこに行けばいいというのだろうか。
私はしばらくそのままでいた。私にはもう、逃げる場所はないのだ。もうどうにでもなれ、という感じだった。
「火事だぁ!」
外からそんな声が聞こえてくる。へぇ、こんなタイミングでどこか他の家でも火事になったんだ、と呑気なことを考えていた。
「ちょっとあんた、逃げなさい」
下から母親の怒鳴り声が聞こえてくる。そこで私は気づいた。なるほど、今私が見ているこの火は本物なんだって。
何だかちょっと嬉しかった。やっと本物の火に包まれたからだろうか。私は逃げなかった。迫り来る炎を、少しだけ愛しく感じた。



91.「辻斬りの刀」
近頃、妙な噂が立っている。いや、噂自体はよくあるものだ。ただ、大半の噂は歳吉の耳を通り過ぎる。今度の噂は、歳吉の耳に止まったという点で奇妙だということが出来る。
辻斬りである。
往来で人が斬られる。まあ、時々あることではある。大抵しばらくすれば収まったり、下手人が捕まったりして事態は収束に向かう。
ただ、今度ばかりは違う。
もう二月も続いているのである。毎日必ず一人、誰かが殺される。下手人もまだ挙がってはいない。町はこの噂で持ち切りで、次は誰が犠牲になるかと不安に怯えている。
しかし歳吉は違う。確かに歳吉は、今度の辻斬りに関心がある。しかしそれは、不安や恐怖と言ったものとは遠い。興味があるのだ。
辻斬りについては、徐々に情報が増えてきている。初めの内は、ただの謎の辻斬りであったが、その内姿を見た、太刀筋を見た、というものが出始めた。もちろん話に尾ひれはつきものだろう。しかし、多くの話を集めてみるに、共通した点があることが分かる。
片腕なのだ。
今や辻斬りは、「片腕の疾風」と呼ばれるまでになっている。片腕なのに、滅法強いという。その強さは、当代切手の剣客である安一が斬られたことからも分かる。あの安一とやり合ってなお辻斬りを続けているとは化け物というしかない。その太刀筋はまさに風の如くであり、一振りすれば風が起こるとまで言われている。
(会えないものだろうか)
歳吉は考えている。歳吉は武士でも剣士でもないが、しかし強くなりたいとだけ願って生きている男である。剣で身を立てようとか、剣一本でお国とやりあおうとか、そんな大それたことは考えていない。ただ、強い奴と戦って勝ちたい。それだけを考えている。
(戦って勝てるだろうか)
歳吉も腕には自信がある。しかし、安一ほどではない、という自覚もある。安一が斬られてしまったということは、自分で敵う相手ではないと考えるのが妥当だろう。
(であれば、強さの秘訣を請うまでだ)
その願いは案外に早く訪れた。
片腕の疾風を見かけたのだった。
彼は、今まさに人を斬り終わったところで、一仕事終えたという風にどこかへふらっと立ち去ろうとしているようだった。
歳吉は彼を追いかけた。
「頼みがある」
歳吉は鷹揚にそう告げた。
辻斬りは振り向き、まるで奇妙なものでも見たという風に表情を変えた。
「何の用だ」
辻斬りも単刀直入に答える。とりあえず、歳吉を斬ろうというつもりはないようだ。
「なぜそんなに強い」
歳吉も真っ直ぐに聞く。辻斬りはふっと笑い、
「それを聞いてどうする」
と答えた。
「俺は強くなりたい」
辻斬りは歳吉の顔をしばらく眺め、やがて、まあいい、と呟いた。
「俺が強いのは、この剣のお陰だ」
そう言って辻斬りは腰のものを抜く。
「見ても?」
辻斬りが頷くのを見て、歳吉は剣に手を伸ばす。それは、これまでに見たどの剣とも違う奇妙なものだった。そのそも鉄から出来ているのではないようだ。刀身は白く、ざらついている。こんな剣で人が斬れるのだろうか、と歳吉は思う。
「人どころか、鉄だって斬れるさ」
辻斬りは歳吉の考えを読んだかのようにそう言い、薄く笑った。
「どこで手に入る」
辻斬りは、いいのか、と問うてきた。
「どういう意味だ」
「覚悟は出来ているのか、ということだ」
「覚悟?」
「代償は大きいぞ」
歳吉は、構わないと答えた。辻斬りは二つ隣の町にいるという刀鍛冶の場所を口にし、それから去って行った。
翌日。歳吉はその刀鍛冶を訪ねた。
「剣が欲しい」
工房にいたのは、年老いた男だった。
「よかろう。利き腕はどっちだ」
「右だ」
歳吉がそう言ったのと同時に、左腕に激痛が走った。ぼとり、という鈍い音がした。何が起こったのか分からないまま下を見ると、自分の左腕が床に転がっていた。
「安心せい。血は出ん」
そう言いながら彼は落ちた左腕を拾い、奥へと向かった。
しばらく待つと、辻斬りが持っていたのと同じ剣を持って男が出てきた。
「ほら出来たぞ」
持つと力が漲ってくるのが分かる。なるほど、あの辻斬りが強いわけだ。試しに斬ってみたくなる。となれば、勝手に左腕を斬り落とした男を斬るのがいいだろう。
「ワシを殺すのは止めた方がいいだろうよ」
そう言いながら男は、両腕を突き出した。右と左の腕が大分違う。よく見ると、左腕は歳吉の腕そのものであるようだ。
「その剣は、ワシの左腕で作ったものだ」
男はまだ左腕がしっくりこないのか、しきりに動かしている。
「ワシが死ねば、その剣も死ぬよ」
それから歳吉がどうなったのか知る者はいない。



92.「手首」
「お気づきかとは思いますが、最近生徒の間でよからぬことが起きているようです」
ある日の放課後。緊急の職員会議が開かれた。その冒頭、教頭が事態を説明している。皆、大体知っているが、こういう手順は会議には必要なものだ。
「多くの生徒が、手首に包帯をしています。これは、いわゆるリストカットという奴が流行っているということではないでしょうか」
これが議題。最近保護者の間でも大きな関心になっているようで、PTAからも事態の解明を促されていると聞く。しかし、と私は思う。あなた方は親なんだから、自分の子どもに直接聞いたらいかがですか、と。何でもかんでも学校に押し付ける今の風潮がいつ頃から出来上がったのか知らないけど、ちょっと無責任すぎないかしら。
とはいえ、教師としてもこの事態を見逃せないのは確かだ。少なく見積もって、全校生徒のおよそ半分が、左右どちらかの手首に包帯を巻いている。ひと月前くらいからこの現象が急激に広がり始めた。
「先生方にも、生徒に話を聞いていただくよう通達を出しておりますが、どうでしょう、何か事情が分かった方いらっしゃいませんか」
教頭が発言を促す。しかし、その問いに答えられるような人はいないようだ。
私にしても同じ。私だってもちろん、クラスの生徒に話を聞いてみたりしたのだ。私は別に、生徒からそこまで嫌われてるわけじゃない。軽んじられてると感じることもあるけど、でも割と友達感覚で接することが出来る数少ない教師の一人だと思っている。
でも、やっぱり教えてはくれない。誰に話を聞いても、
「ちょっと捻っちゃって」「大したことないですよ」「リストカットとか心配してるんスか?大丈夫っスよ」「ちょっと腫れちゃって。何でかよくわかんないんですけどぉ」
みたいなことしか言わない。結局よく分からないままなのだ。
「もしかしたらなんですけど」
3年A組の担任が口を開く。
「おまじない、とかじゃないんでしょうか」
「おまじない、ですか?」
「えぇ、よくあるじゃないですか。好きな人の名前を書いて枕の下に置くとその人の夢を見られる、みたいな感じの根拠のないおまじないです。これがおまじないだっていうことを誰かに言うと効果がなくなってしまう、っていう風に広まってるものだったら、誰も口を割らないでしょうし」
なるほど、悪くない意見だ。説得力がないでもない。生徒の半分以上がリストカットをしているなんて話よりもよっぽど健康的だ。
そして何より、教師というのは事なかれ主義だ。なるべく、事を荒立てたくない。おまじないかもしれない、という理屈は、そういう体質の教師を納得させるのにうってつけだったと言ってもいいだろう。
「なるほど。ではこれから皆さんには、おまじないなのかどうか、という確認をしてもらうことを重点的にお願いします。ということで会議は終わりです。ご苦労様でした」
たぶん全員が思っていることだろう。これはきっと、おまじないなんかじゃない、と。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

深夜。普段人気のない公園に、ぞろぞろと人が集まってくる。
全員、高校生のようである。
彼らは互いに会話を交わすわけでもなく、虚ろな目をしたままで、静かに一箇所に集まっていく。
その中心に、一人の少女がいる。
見た目はまだ中学生のようである。この場にいるのがまるで相応しくないくらい、もっと言えば教室にいても常に一人でお弁当を食べているような、そんな印象の少女だった。そんな少女を大勢の人々が取り囲んでいる。異様な光景だった。
「早く!」
取り巻く人々の中からそんな声が聞こえてくる。彼らは何かを我慢しているらしい。体が震える者、目の焦点が合ってない者、そんな輩が多い。
「手首を、外していただけますか」
少女は静かにそう告げる。少女を取り巻く人々は、競うようにして包帯を取り去った。すると手首が取れる。どうやら彼らの手首は、包帯によって固定されているだけだったようだ。
「では、順番に」
そう言うと少女は、近くにいた者の、手首のなくなってしまった腕の断面を舐め始める。舐められている男は恍惚と言った表情を浮かべ、うっとりとしている。
少女は次から次へと人の間を縫い歩きながら、腕を舐め歩いていく。人々は、まるで麻薬の禁断症状から救われたかのように活き活きとした表情を取り戻していった。
「では、また明日」
少女は、どこへともなく去って行った。



93.「親指猫の侵略」
悩みが二つに増えた。
一つ目の悩みは、まあありきたりというか単純というかよくあるというか、まあ考えようによってはどうにでもなるというか、二つ目の悩みが発生した今となっては大したことではないような気もしてくるような、そんな悩みになってしまった。
トシユキが最近冷たいのだ。
いや、もっとはっきりと言おう。トシユキは最近セックスをしてくれないのだ。
決してトシユキの性格や態度が変わったというのではない。これまで通り優しくしてくれるし、私といる間も楽しそうにしている。ほとんどの点でトシユキは彼氏として十分私を満足させてくれる。
しかし、ひと月ほど前から、トシユキはどうも私とのセックスを避けるようになったのだ。
普段なら、会えば必ずというほどでもないけど、それなりにはあった。トシユキが常に積極的だったかというとそうでもないけど、でも大抵トシユキの方から誘いを掛けてくるのが普通だった。それがある日を境にして突然なくなったのだ。
始めの内はお互い何事もないかのように振舞ってはいたのだけど、二週間も経つとどうしたっておかしいという感じになる。それでも、私の方から何か問いつめることも、トシユキの方から何か弁解があったわけでもない。トシユキも、私が違和感を感じていることには気づいていることだろう。それでも、何でもない風を装って私たちは会い続けている。このままでいいわけがない、とはもちろん思っている。しかし、浮気をしているような感じでもないし、私を嫌いになったというなら会わなければいい。何か深刻な事情が出来たのだろう、と思っているのだけど、それを打ち明けてくれないのがもどかしい。
ここのところずっとこの問題と一人で格闘していたのだけど、ついこの間新たな難問が降りかかってきて、それまでの悩みを吹き飛ばしてしまったのだった。
私の足の親指である。
ある日、猫を飼う夢を見た。私は昔から猫が好きで、ずっと飼いたいと思っていたのだけど、でも飼えない理由があるのだ。トシユキが猫好きではないという理由もあるのだけど、それよりももっと深刻なトラウマがある。
子どもの頃、近所に住んでいた野良猫に餌付けをしていたことがあった。私にも懐いてくれて可愛がっていたのだけど、ある日その猫がネズミを口に咥えてやってきたのだった。私は悲鳴を上げて逃げた。猫としては、私にご褒美でもあげるつもりだったかもしれないし、あるいはネズミを仕留めたことを褒めてもらいたかったのかもしれないが、ネズミだけはダメだ。ネズミは見るだけでじんましんが出そうになる。どのくらい酷いかって、ディズニーランドに行けないくらいなのである。
だから、猫を飼ったらまたあの時のようにネズミを咥えてくるのではないかと、それを恐れているのだ。
でも、夢の中でならいい。私は、ついぞ飼うことのなかった猫と夢の中でゆっくりと戯れていた。
その朝私は、猫の鳴き声で目が覚めた。
初めは、まだ夢を見ているのだと思った。しかし、完全に目が覚めた後も、猫の鳴き声が聞こえてくる。ここはマンションの12階だ。猫の鳴き声が聞こえるわけがない。
その内、右足の親指に違和感を感じだ。妙にフワフワするのである。何だろうと思って見てみると、そこに猫がいた。
私の右足の親指が猫になっていたのだった。
私はまた、これは夢なのだろう、と思った。しかし、だんだんこれは紛れもない現実なのだ、ということが分かってきた。
親指猫は、尻尾以外はきちんと揃っていた。通常爪のある方に頭があり、きちんと四本の足も生えていた。三毛猫で雑種のようだったけど、そもそも親指に生えてくる猫が雑種かどうかなんてどうでもいいと後で気づいた。
それから私の生活は大きく変化した。
と言いたいところであるが、さほどでもなかった。親指猫はそれまでの親指と大きさとしては大して変わらなかったし、体も小さいから餌だって少なくて済む。それにこの大きさならネズミを捕まえることだって出来ないだろう。靴を履いている時、中から時々鳴き声が聞こえてくることだけが難点ではあったが、まさか靴の中に猫が入っていると思う人もいるわけがなく、そこまで不審がられることもなかった。
人前で靴下を脱ぐことが出来なくなったが、これもそう機会があるわけでもない。一番問題になるのはトシユキとのセックスであるが、これも原因こそ分からないがしばらく音沙汰がない。何故トシユキがセックスをしなくなったのか、という問題は残るものの、悩まなければならない対象ではなくなったのはありがたかった。
そんなわけで、私の生活は総じて変化がないと言ってよかった。
そんなある日のことだった。休日にトシユキと部屋でゴロゴロしている時、トシユキが真剣な面持ちで話を切り出したのだった。
「今まで黙っててゴメン」
いきなりそう言われて面食らった私は、トシユキが隠しているという内容をあれこれ考えている余裕はなかった。
「たぶん僕らはもう別れないといけなくなると思うんだけど、このままでいいわけないし」
えっ、何なに。そんな深刻な話なの。私はうろたえた。トシユキが何の話をしようとしているのか分からない。ただ、しばらくセックスをしていないことに関しての話なのだろう、ということぐらいは分かった。
「驚かないで欲しい、って言ってもたぶん無理だと思うんだけど」
トシユキはそう言うと、おもむろに右足の靴下を脱ぎ始めた。
その親指は、ネズミに変わっていた。
私は悲鳴を上げ、トシユキを突き飛ばし、そのままの格好で部屋から飛び出した。冷静になる必要があった。とにかく走りながら、今見たネズミの姿だけは必至に忘れようと思った。
しばらくして部屋に戻ると、トシユキはもういなくて、書置きだけが残っていた。
『ごめん。やっぱりもう会えないよね。でも隠したままでいるのが辛かったんだ』
もし私の親指が猫になっていなかったとしたら、トシユキの足の親指を見てもイタズラだとしか思えなかっただろう。こんな酷いやり方をしてまで私と別れたかったのか、という発想にしかならなかっただろう。
しかし、今なら私にも理解出来る。本当にトシユキの親指はネズミに変わってしまったのだ。しかし何ということだろう。私の親指は、ネズミの天敵である猫に変わってしまったし、私自身もネズミは死ぬほど嫌いだ。トシユキのことは今でも大好きで、トシユキ本人には何の非もないのだけど、それでも親指がネズミに変わってしまったトシユキをこれまで通り愛する自信はない。
私はどうしたらいいのか分からなくなった。ただどうすることも出来なくて、親指猫をゆっくりと撫でていると、夜が明けた。



94.「歩く」
僕の目の前に足跡が続いている。ずっとこの足跡を追いかけて歩いてきた。それ以外に進むべき標は何一つない。足跡は、見渡す限りどこまでも続いている。金色に輝く砂が、すべてを飲み込んでしまうかのように堆積している。
僕はもうずっと砂漠を歩き続けている。何故自分が砂漠を歩いているのか、どこへ向かおうとしているのか、そんなことはすっかり忘れてしまった。ただ、砂に飲み込まれないように、規則正しく足を動かし続けるだけだ。
僕は右手に、さっき拾ったばかりの傘を持っている。何で砂漠に傘が落ちていたのか、僕は考えない。僕はただ、特に理由もないままそれを拾い、しばらく持ち歩いていたのだった。
しかし、やはりどうしても砂漠で傘を使うとは思えない。自分は無駄なものを持ち歩いているのではないか。ふと太陽に目を向けると、一瞬大きく揺れ動いたかのように見えた。それが、まるで太陽も僕の考えに同調したのだという風に思えて、僕は傘を捨てることにした。正しいことをした、と僕は思った。僕は正しい形のままで、また足跡を追いかけながら砂漠を一人歩き続けた。
砂漠には、何もない。あるのは砂と太陽だけだ。ほんの僅かな植物も見当たらないし、動いているのも自分以外には見当たらない。時々オアシスを見かける。それが唯一の変化であり、また唯一の休息所でもある。
ただ、僕には砂漠を歩いている理由が思い出せない。目的地があったのかどうかも分からない。つまり、何を持って終わりとすればいいのか分からず、だからオアシスでさえも気休めに過ぎない。どんなに長い旅路でも、ゴールがはっきり分かっているからこそ休息にも意味を見出すことが出来る。僕のようにゴールのない旅では、休息はただ間延びしたゴムのような時間に過ぎなかった。
やがて陽が沈み、追うべき足跡が見えなくなる。そうなると歩き続けることが出来なくなって、僕は寝ることにする。砂漠の夜は寒い。僕は震えながら、熱を失った砂の上でまどろむ。
翌朝。太陽が顔を出し始める頃から歩き始める。涼しい時間に距離を稼がなくてはいけない。毎朝、僕は夢を見ていたのではないか、と期待する。目が覚めると、どこかベッドの上に横になっていて、それまで砂漠を歩いていたのは夢だったのだ、となることを期待している。しかしその期待は毎朝裏切られる。僕には、砂と太陽しか与えられない。
これまでと同じように足跡を追って歩き続ける。この足跡はどこまで続いていくのだろう。追い続けると、どこか意味のある場所に辿り着くことが出来るだろうか。
前方に何か落ちているのが目に入る。砂漠はどこを見ても景色が変わらないから、何か変化があればすぐ分かる。まだその地点まで遠いが、何が落ちているのだろうかと期待が膨らむ。しかし、何であったら一番喜ばしいのか、自分でもイマイチ分からない。特に具体的な何かを思い描いているわけではない。
落ちているものは傘だった。どうして砂漠に傘が落ちているのだろうか。しかし僕は、何だかこの変化が嬉しかった。とりあえず、その傘を拾い、もって歩くことにした。杖として使えるかもしれない。
そうして僕はまた、永遠に続くかに思える足跡を追いかけながら、砂漠を一人歩き続ける。



95.「こいのぼり」
ぼくはほんとうにときどき、外にだしてもらえる。そうじゃないときは、ずっと暗い箱のなかにいれられてるんだ。
きのう、ぼくはひさしぶりに外にだしてもらえた。ほんわりこもった空気からかいほうされて、ぼくはなんだか体まで軽くなったようなきぶんになれたんだ。
ぼくは外に出ると、たかいところにつれていってもらえる。そこで風にふかれながらのんびりするんだ。
「あっ、こいのぼりだ!」
ときどきそんな子どもの声がきこえてくる。だからぼくは自分がこいのぼりってよばれていることを知っている。
いつもほんの少ししか外にだしてもらえないんだけど、でもそのあいだはとっても気持ちがいいんだ。風がぼくの体の中をすいすいとおりぬけていって、ぼくはどんどんうきうきしてくるんだ。
そうやってぼくは、ときどき外に出してもらって、この風をたのしんでいる。また暗い箱の中にしまわれちゃうのは哀しいけど、いまはそんなことをかんがえないでうきうきした気分にみをまかせよう。
「ねぇねぇこいのぼりくん」
ぼくをつなぎとめているポールのてっぺんに鳥さんがとまっている。鳥さんはぼくにときどき話しかけてくれるんだ。お空を自由にとびまわれる鳥さんのことが、ぼくはすごくうらやましいんだ。
「ずっとおなじところをとんでてたいくつじゃない?」
「そうなんだ。でも僕は鳥さんみたいに自由にはとびまわれないよ」
「どうして?君だって自由に飛んでみたらいいじゃないか」
鳥さんにそう言われると、なんだかじぶんにもできそうな気がしてくる。そうだ、考えてみればどうしてぼくはずっとおなじところをとんでなくっちゃいけないんだろう。お空はこんなにひろくって、どこだってとんでいくるはずなのに、ぼくだけがおなじところばっかりとんでなきゃいけないのはいやだなぁ。
「鳥さん手伝ってくれるかい?」
「うん、いいよ」
そういうと鳥さんは、ぼくがつながれているひもを突きはじめました。がんばれ、がんばれ、と鳥さんを応援しならが、これでぼくも自由にお空をとびまわれるんだと思って嬉しくなりました。
「ほら、どうだ」
鳥さんがそういうと同時に、ぼくの体がふわりとうきあがりました。ついにやったのです!ぼくは何にもじゃまされることなく、自由にお空をとべるようになったのです!
「気持ちいいなぁ」
風にふかれながらゆらゆらとお空をとんでいくのはとても気持ちがいいことでした。初めのうちは行きたい方向にとんでいくのはむずかしかったんだけど、そのうちコツをつかんで、自在にとびまわれるようになりました。
「こんにちわ」
蝶々さんがいたのであいさつをしてみました。
「こんにちわ、こいのぼりくん。こんなところをとんでるなんて珍しいね」
「そうなんだ。ぼくは自由になったんだよ!これからはどこへだって行くことができるんだ!」
「それはよかったね!で、こいのぼりくんはこれからどこへ行くつもりんなんだい?」
そういわれてぼくは考えてしまいました。ぼくはただ自由にお空をとびたかっただけなのです。それにいままでずっとおなじところばかりとんでいたので、どんなところがあるのかもけんとうがつきません。
「まあそんなに考えこまなくてもいいよ。そのうち見つかるよ」
そう言って蝶々さんは向こうへとんでいきました。
こんどは白鳥さんを見かけました。
「こんにちわ」
「こんにちわ。あんたどうしたの?迷子かい?」
「違うよ。ぼくは自由になったんだ。自由にどこまでもとんでいけるんだよ」
「へぇ、珍しいこいのぼりがいたもんだね。で、これからどこへ行くんだい?」
またです。またどこに行くのかと聞かれてしまいました。ぼくは、どこか行き先がないのはダメなのかなぁ、と考え始めています。
「あたしはこれから北の方へ行くよ。じゃあね」
そうして白鳥さんは北の方へと飛んでいきました。
今度は凧さんに会いました。
「こんにちわ」
「こんにちわ。あんたこんなとこで何しとるん?」
「ぼくは自由にとべるこいのぼりになったんだ」
「へぇ、そらうらやましいなぁ。俺なんかいつまでもこうやってひもにつながれたまんまだからなぁ。であんた、これからどこへ行くんだい?」
ぼくはなんだかこまってしまいました。お空ではみんな、どこか向かう場所をもっているみたいです。どこに行ったらいいのかわからないのはぼくだけみたいです。ぼくは自由にお空をとびたかっただけなのに、なんだかそれじゃあダメだって言われているみたいです。
「ぼく、どこに行ったらいいのかなぁ」
「さあな。でもな、みんなそれぞれただしい場所ってのがあるもんなんだ。俺だって、このままどこまでもとんでいっちまいたいけどな、けっきょくこのひもにに引っ張られて、元いた場所にもどるんよ」
ぼくはこれまでのことを思い出していました。子どもたちがぼくを見つけて喜んでくれること、役目を終えて箱にしまわれる前におじさんがぼくを綺麗にしてくれること、暗い箱の中にいるときかたりあった虫さんたちのこと。いままでちゃんと考えたことのないささいなことだったけど、こうして何からも自由になって考えてみると、そうした日々はとても大切なものだったような気がしてきます。
「ぼく、戻るよ。やっぱりこいのぼりは、こいのぼりらしくしてないとね」
ぼくはやっと行き先を見つけることができました。つかのまの自由は、ぼくに大切なことを教えてくれました。



96.「親方の苦悩」
親方は、つい先ほどの告白について頭を悩ませている。
(まさかこんなことになるとは)
どうしたらいいだろうか。相撲界全体で見ても、まさに前代未聞の出来事ではないだろうか。慎重にならなくてはいけない。水乃海には、最終的にはこの部屋を出て行ってもらうしかないだろう。このまま隠し続けられるわけがないし、それはどうしたって避けられないと思っている。
しかし、水乃海は天性の相撲取りだ。失うのはあまりにも惜しい。このまま成長してくれれば横綱だって夢ではない。それぐらいの実力を持っているのだ。
(だからと言ってこのままでいいわけがない)
親方の思考は堂堂巡りに入り込むのだった。
水乃海は、ある日自分で松坂部屋の門を叩いてやってきた。
「相撲取りになりたいんです」
初めて見た時の印象は、線の細い子だな、というものだった。当時中学生になるかならないかぐらいだったと思うけど、背は低いしがたいも全然よくない。まさかこんな子が相撲部屋にやってくるとはなぁ、と困惑したことを覚えている。
「稽古をつけてもいいけど、まず太らないとどうにもならないね」
正直どうしたものか迷っていた。当時弟子の数は減っており、新たに入ってくる者も減り続けていた。このままでは、部屋の運営すら危ぶまれる。そんな状況だったのだ。とにかく、一人でも多く新弟子を獲りたかった、という思惑もあった。
一方で、こんな体格の子では大成しないだろう、とも思った。どの世界でもそうだろうが、相撲も成功への道はかなり狭い。やる気があるなら仕方ないが、しかし失敗すると分かってこの道に引き入れるのも残酷だと思う。
「太ります!一杯食べます!だからよろしくお願いします」
実際、水乃海のやる気は凄いものがあった。確かに体格的にはかなり不利だった。しかし、どんな稽古であっても歯を食いしばって耐えたし、疲れすぎて食欲がない時でさえとにかく食べた。水乃海はぐんぐんと成長して行き、あっという間にそれなりの体格になった。筋力もメキメキと付き始め、同年代の弟子達と見劣りしないぐらいまでになったのだった。
(これはひょっとしたらひょっとするかもしれないな)
親方は、密かに水乃海に期待を掛けていた。技の習得も早く、汲み取りのセンスにも長けていた。実際、弟子の中でも実力ではトップクラスになりつつあったのである。
しかし、水乃海には不可解な点があった。
一つは、両親についてである。普通息子が弟子入りするとなれば、両親は少なくとも一度は部屋に来るものだし、また練習を見に来ることも結構あるものだ。しかし、水乃海の両親は一度も顔を見せることがなかった。親方も電話で話したきりで、お世話になります、という会話をしたきり音沙汰はない。まあそういう親もいるのかもしれない、とも思ったが、不思議であることには変わりなかった。
もう一つは風呂である。
水乃海は、稽古部屋に併設している風呂には絶対に入らなかったのだ。これは入門当初からで、親方を初め何人もの人間が理由を聞いたり説得したりと手を尽くしたのだが、結局翻意することは出来なかった。今ではその理由はよくわかる。だからこそ、苦々しいのだ。
水乃海は、稽古部屋の近くにある銭湯に通っていた。少なくとも本人はそう言っていた。しかし不思議なもので、その銭湯で誰も水乃海の姿を見ることはなかったのだ。その銭湯は稽古部屋の近くにあることもあって、他の弟子たちも時々利用する。しかし彼らは、一度も水乃海と鉢合わせたことがないという。これも当時は謎であった。
しかし、水乃海はメキメキと強くなっていった。見た目も、入門当時の面影はまったくなくたくましくなり、技や風格さえも一人前の力士と言ってよかった。親方としては、そろそろ場所に出させよう、そんな風に思っていた矢先のことだった。
発端は、ある弟子からの報告だった。
「水乃海は廻しを頻繁に洗っている」
それだけ聞けば大したことではないように思うかもしれない。しかし、力士というのは基本的に廻しを洗わないものなのだ。験を担ぐというのが一番大きい。確かに不潔であるが、しかしそれが習慣でもあるのだ。
しかし水乃海はそれを頻繁に洗っているという。確かに、別に問題にするようなことではないだろう。親方もそう思った。しかし、普段が普段の水乃海である。何か理由があるのかもしれない。そう思い、問いただしてみることにした。
すると水乃海は、もう隠し通せないと思ったのか、涙を見せて告白をしたのだ。
「…生理の時の血がついてしまうことがあるので…」
親方は衝撃を受けた。なんと水乃海は女だったのだ。誰も気づきはしなかった。初めて見た時は中学生ぐらいで、まだ女性としての成長していなかった。それからは、他の弟子と同じように太り、また筋力もつけた。胸は筋力に隠されて女性らしさは失われていたし、腰周りのくびれなんてあるわけがない。稽古部屋の風呂を使わなかったのも理解出来るし、親にいたってはもしかしたら、電話が来た時だけ親のフリをしてもらえるように誰かに頼み込んだのかもしれない。
「本当…なのか」
「はい。申し訳ありません、親方」
水乃海を解放した親方は、どうしたものか頭を悩ませている。これまで誰にも気づかれなかったのだから、このまま場所に出しても問題はないかもしれない。しかし、もしバレたら部屋全体の問題になるだろう。それにそもそも土俵は女人禁制だ。水乃海を土俵に上げるなんて端から問題外のはずなのだ。しかし、あの強さ。このまま黙っていれば、この部屋から横綱が誕生するかもしれないのだ。その逸材を、このまま見過ごしていいものだろうか。
親方は財布から百円玉を取り出した。表が出たらこのまま口を噤んでいよう。そう決めて、コインを指で弾いた。



97.「キャサリン」
「タカオ、今どこにいる」
「品川ですけど」
「すぐ新宿へ向かってくれ。まただ」
「またですか。分かりました」
これで何件目だ。確か前の渋谷で8件目だったはずだ。新宿でまた起きたとなれば、これで9件目ということになるのだろう。
まったく、尋常じゃない。
タクシーで新宿へと向かうと、途中で検問が敷かれている。新聞記者であっても中に入ることは出来ないようだ。
「どうしますか」
タクシーの運ちゃんだ。
「ここで降ります。領収書下さい」
焦っても仕方ない。どうせ今行っても、キャサリンは見つかりっこない。
七月に入ってからここ二ヶ月で、都内で爆破事件が連続して起きている。初めは霞ヶ関が狙われたために、政治的な背景も疑われたのだが、その後中野、上野、浅草、原宿など、一貫性のない場所での爆破が相次いだ。今のところ、誰が何のために起こしているのかさっぱり不明だ。手掛かりも、ほとんどないと言っていい。
その謎の爆破事件の唯一の手掛かりと言ってもいいのが、キャサリンだった。
初めのうちは、その存在ははっきりとしたものではなかった。しかし、三度目の爆破事件から、徐々にその女の情報が集まり始めた。
「爆破の数時間前、金髪の美女があのビルに入っていくのを見かけた」「ブロンドの白人が爆破の直前に不審な行動を取っていた」「爆破の前に現場に走って向かう金髪の女性を見かけた」
多くの人が、爆破現場の近くでこの金髪の女性を見かけているのだ。初めは単なる偶然だと思われていたが、様々な情報を付き合わせると、目撃者の証言がかなり一致するし、容姿の特徴もピッタリだった。警察ではこの謎の女性を指名手配にし、最重要参考人として行方を追っている。
その女性は、やがてキャサリンと呼ばれるようになる。これは、うちの編集長が誌上で初めてつけて、以後それが広まったものだ。今では、「キャサリン爆破事件」という名前で誌面を飾るまでになっている。
だからこそ、うちの新聞がスクープを追い続けなくてはいけない。この報道の先駆的な存在だからこそ、ネタを逃すわけにはいかないのだ。この事件に専属で駆けずり回っているタカオのプレッシャーはかなりのものである。
とりあえず現場に近づけないとなれば、やれることは限られている。写真は別の人間が押さえているだろう。とりあえず出来ることは目撃者の証言を集めることだが、爆破時の話を聞いても仕方がない。キャサリンを目撃している人間を何とかして見つけなくてはいけない。それにはどうすればいいか。
思案するタカオは、ふと視界に何か気になるものが入ったと感じた。何だろう。辺りを見渡してみる。ここは爆破現場からも遠く、野次馬こそ多いが喧騒に包まれているわけではない。人々は爆破現場の方を向いている。そんな中、爆破現場から遠ざかる方向へ歩く女性が目に入った。
キャサリンだ。
タカオはもちろん、キャサリンを直接目撃したことはない。しかし、目撃者の証言を聞いてキャサリンの容貌はきちんと頭に入っている。まさにその通りの女性が、ゆっくりと何でもないかのように通りの向こうを歩いているのだ。
(これはスクープだ)
タカオはゆっくりと女の後を追った。気づかれる心配は無用のようだ。女は後ろを振り返ることなく、歩みを止めることなく進んでいく。
(このまま行けば、キャサリンが爆弾を仕掛ける現場を押さえることが出来るかもしれない)
タカオはようやく掴んだ特ダネの匂いに狂喜しながら、落ち着いて女を尾行した。
女は二駅ほど歩いた後、とあるデパートの中に入っていった。よかった。オフィスビルなんかに入られたら後を尾けられないところだった。それともこの女はキャサリンとは無関係で、ただ買い物にきた外国人なのだろうか。
三階までエスカレータで上がったところで、女は急に振り向いてタカオの方を向いた。
「私をお探しかしら?」
タカオは気圧されそうになったが、ここで引くわけにはいかない。
「あぁ、君がキャサリンだとしたらね」
「よかったわね。私は、あなたたちが言うキャサリンよ。私たちは、と言った方が正確かもしれないけどね」
(私たち?どういうことだ?彼女の背後にある組織について言っているのだろうか)
「君が爆弾を仕掛けて回っているんだね」
するとキャサリンは可笑しそうに笑った。
「それは勘違いね。私が爆弾を仕掛けているわけではないわ」
「でも君は、爆破現場の周辺で必ず目撃されている」
「そう、私たちはね」
そう言うとキャサリンはまた薄く笑うのだ。
(どういうことだ?)
「どうせ最後だし、教えてあげるわ」
「もうこれで爆破は最後だということか?」
「違うわ。あなたの人生がもう終わりということ」
つまり今からこのデパートを爆破させようというのだろうか。しかし彼女は起爆装置を仕掛けるような素振りを見せなかった。あらかじめ爆弾を仕込んでいたのだとしても、わざわざ自分が巻き添えになるようなことはしないだろう。
「あなたがたがキャサリンと呼ぶ人間は、たくさんいるのよ。私とまったく同じ姿かたちをしたキャサリンがね。つまりクローンっていうわけ」
そう言うとキャサリンは、一歩ずつタカオの方へ近づいてくる。
「そしてね、私自身が爆弾なのよ」
そう言った瞬間、キャサリンは起爆した。



98.「エベレストの自転車」
エベレストの頂上には、一台の自転車がある。
これは、その自転車にまつわる話だ。
未だに、これは都市伝説の類だ、と思われている。それも仕方ないかもしれない。なにせ、エベレストに登って確かめよう、なんて酔狂な人間はそう多くはないからだ。
しかし、エベレストの頂上には自転車が存在する。紛れもなく。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
物語は、東京から始まります。

「名古屋に行きたいってさ」
「今時ヒッチハイクか。珍しいな」
大き目のノートブックに、
『僕を名古屋に連れて行って』
と大きな文字で書かれている。それを持って道の脇に立っている青年がいるのだ。
「まあ名古屋なら通り道だし」
「乗せてってもいいか」
二人はこうやってノリで物事を決めることが多いのだ。
「やぁ、名古屋まで行きたいんだって」
「そうなんです。乗せていってくれますか?」
「いいよ、乗りな乗りな」
「ありがとうございます」
そういうと青年は、ノートブックの一枚目を破り捨てて、そのまま地面に捨てた。
「おいおい、そらいかんだろ」
「すいません。でも、験担ぎなんです。僕なりの、ヒッチハイクを成功させるおまじないっていうか」
「まあそうだっていうならしょうがねぇか。まあじゃあいくぞ」

しばらくしておじいさん登場。

「誰だ、こんなところに自転車を停めおったのは」
道端に放置されているかのような一台の自転車。その自転車は、おじいさんの家の目の前に停められていたのです。
「まったく、ここは駐輪場じゃないんだぞ」
ここでおじいさんは、地面に落ちている一枚の紙を拾い上げます。そこには、
『僕を名古屋に連れて行って』
と書かれているのだけど、おじいさんにはその文字は見えません。裏返しになっていたからで、おじいさんはその紙を使おうと思ったわけです。
ちょうどよくボールペンを持っていました。おじいさんは軽い痴呆の症状があり、なるべくいろんなことをメモする習慣を持っていたからです。
おじいさんは拾い上げた紙に書きます。
『駐輪禁止』
それを自転車のかごに放り込んでおきました。

しばらくして一人の男性登場。

(明日からGWだけど、さてどうしたものか)
男性は考えています。
(電車も飛行機も混むだろうし、車で行っても渋滞だろう。かと言って家にいるのも何だかもったいないし)
連休をどうやって過ごそうか、という悩みのようです。
その時男性は、一台の自転車を目にしました。
(なんだこの自転車)
その自転車のかごには紙が入れられていて、そこには、
『僕を名古屋に連れて行って』
と書かれています。
(なるほど、これは面白いかもしれないな)
男性は何かひらめいたようです。
(自転車で名古屋まで行くってのはどうだろう。ちょっと遠いけど無理な距離じゃないし、サイクリングっていうのも悪くないかもしれない)
でも、この自転車勝手に乗ってもいいのでしょうか?
(それに、『僕を名古屋に連れて行って』って書いてあるしな。たぶん誰かがチャレンジしてるんだろう。自転車にメモを貼るだけで、その場所まで自転車を連れて行くことは出来るか、みたいな)
男性はタイヤの辺りを見ています。
(ほら。鍵もついてないしな。やっぱり誰かが遊びでやってるんだろうな。ってことは乗っていってもいいってことだ)
男性は自分の思いつきがなかなか冴えてると、ウキウキしながら自転車を持ち帰りました。

さて、男性が名古屋に辿り着いたようです。

(こいつともこれでお別れか)
男性は長旅を共にした自転車との別れを惜しんでいます。
(でも待てよ、これってここで終わりにしちゃっていいんだろうか)
男性は考えます。ちょっと面白いことをひらめいたようです。
(そうだよそうだよ。書き換えちゃえ)
男性はペンを取り出し、『名古屋』の文字を消して、『アメリカ』に書き換えました。
(まあこれぐらい大きな目標にしないとな)
男性は自分の思いつきに満足しながら、自転車を名古屋に置いていきました。

こうして長い時を経て、この自転車はエベレストの頂上まで旅を続けてきたのです。
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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)