黒夜行

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2008年に書いたショートショート集 No.51~No.73

51.「夫はたぶん…」
たぶん今日が一週間目だと思う。カレンダーのない生活というものが、これほどまでに日にちの感覚を失わせるものなのか、と驚くほどだが、それでもまだ一週間だ。これから自分がどうしようというつもりなのか、僕には未だにはっきりとは分かっていない。
埃っぽい。
僕は自分の家の屋根裏部屋にいて、そしてそこに失踪している。僕は正しいことを正しい表現で言っているつもりだ。僕は自宅の屋根裏部屋にいて、そこに失踪している。屋根裏部屋と言ってもここはちゃんとした部屋ではなく、押入れの天上板を外して入り込んだ空間というだけなのだが。
「ねぇ、お父さんは?」
「お父さんは病気で入院しちゃったんだって、この前説明したでしょ」
下から子どもと妻の声が聞こえてくる。もう一週間も子どもとも妻とも会話をしていない。しかし考えてみれば、それは僕のかつての日常とさして変わらないはずだった。日々仕事に追われ、家族と話す機会などほとんどなかったといっていい。それなのに、今無性に彼らの声を遠く感じる。以前から遠かったはずのものが、その遠ささえ感じることが出来ないくらい遠くに行ってしまったように感じられるのだ。
一週間前、僕は家族を捨てた。家族だけではない。僕の生活に付属していたありとあらゆるものを捨てることにしたのだ。ちっぽけな会社の経理という立場、一人の息子の父親という立場、一人の妻の夫という立場、一つの国に住むとある国民という立場。僕はそういうもろもろをすべて捨て去ってしまいたい衝動に突然駆られたのだった。
僕はこの一週間というもの、何故自分がそんな衝動に襲われたのか真剣に考えることに時間を費やした。しかし、結局のところ何の答えも浮かばなかった。仕事に不満があったわけではない。家族を嫌悪していたわけでもない。世界に対し漠然とした不安を感じていたということもない。神経の病気だとも思えないし、何か被害妄想があるわけでもない。それでも僕は、今ここにいてはいけないと感じ、それが無二の正しさを持っていると信じ、そしてそれを実行に移すために失踪したのだった。
失踪する先に何故屋根裏部屋を選んだのか、それも僕には理解の出来ないことだった。しかし同時に、この世界にはここ以外には僕に居場所がないという直感も僕にはあったのだ。僕はどこにも誰にも受け入れられることはないに違いない。だからこそ僕は、外側へ深く失踪するのではなく、より内側へと失踪することにしたのではないかと思う。
恐らく妻は、僕が屋根裏部屋にいることには気づいていないはずだ。僕は用心して、音を立てるようなことも、何かの痕跡を残すようなこともしていないはずだった。食料や水は出来る限り大量に買って置いてある。携帯トイレの買い置きもたくさんある。まだしばらくはこの屋根裏部屋に居座ることは出来るぐらいの量はある。ずっとここでバレずに生活をしていくことは不可能であるとしても、今はま大丈夫なはずだ。そもそも妻がこのことに気づいているのなら、真っ先に屋根裏部屋を見に来るはずなのだ。
僕はまたしばらく考えに耽ることだろう。自分の正しさを支える言葉を生み出したり、自分の行動の意味を見出すための思索に忙しい。それにしても、屋根裏部屋での生活は快適で、どうして僕は今まであくせくと仕事なんかしなくてはいけなかったんだろう、とよく思う。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「ねぇ、お父さんは?」
「お父さんは病気で入院しちゃったんだって、この前説明したでしょ」
息子には何度この説明をしたか分からない。普段夫は帰ってくるのが遅いのだけど、でも夫を起こすのは息子の役割だったのだ。当然今は、毎朝起こすべき相手がいないということになる。その度にこう聞かれるのだが、嘘を突き通すしかない。
しかし、何故嘘を突き通すしかないのだろう。たぶんもっと単純で明快な解決方法があるはずなのだ。
そう、夫はたぶん屋根裏部屋にいる。
特になんの根拠もあるわけではない。音がするわけでも、何かがなくなっていたりというようなことがあるわけでもない。しかしそれでも、私には何となくわかるのだ。夫は、いなくなったその日から、きっと屋根裏部屋に失踪しているに違いない。
であれば、私が屋根裏部屋に行き夫をを見つけてくればいい。たぶんそれが最も手っ取り早い。どうして私はそれをしないのだろう。
わたしには、いくら考えても分からない。
この一週間というもの、私に出来たことはただ考えることだけだった。夫が何故失踪してしまったのか、ということももちろん時々意識には上った。その度ごとに、夫が失踪する理由を思いつけず悩んだものだが、しかしそれ以上に私を悩ませたのは、何故私は夫に会いに屋根裏部屋に行かないのか、という疑問だった。
このままでいいと思っているのだろうか。
夫に特に不満があったわけではない。毎日仕事で帰りが遅いけれども、それは仕方のないことだし、会話を交わす機会があまりなかったとしても、やはり彼は夫としてそして父親として間違ったことは何一つしていなかったと思う。
それなのに、その夫がすぐ近くに失踪してしまっているというのに、私はそれにどうして知らないフリをしているのだろう。
今だって、夫が屋根裏部屋にいると知っていながら、夫が失踪した直後警察に失踪届を出したし、夫の会社や知人に連絡をして行き先を聞いたりもした。私が働いている会社に事情を話してしばらく休ませてもらってもいる。そのすべてが徒労であることを私は知っているのだ。
屋根裏部屋にいる夫は日々何を考えているのだろう。それまでとは違った充実した生活を送ることが出来ているだろうか。しばらくは屋根裏部屋で生活できるとして、それからは一体どうするつもりなのだろうか。
失踪から七年が経過すると死亡とみなされる。もし夫がこの屋根裏部屋でその日を迎えるのだとしたら、その日に声を掛けてあげようかしら。
「あなた、死んじゃったみたいですよ」
さて、何か料理でも作って持っていってあげようかな。



52.「ブログ裁判」
それは「ブログ裁判」と総称されている。あるいは、一番初めの裁判の当事者の名前を取って、「松本裁判」と呼ばれるようなこともある。今では異常な社会現象にまでなってしまった問題であり、今ではブログ登場時の法整備の不備が指摘されたり、新たな家族論が展開されたりと、方々で様々な余波を見せている。
そもそもの発端は、後に「松本裁判」と呼ばれ有名になるある裁判であった。それは、当時26歳だった女性が両親を訴えるという形で起こった。
松本靖子さんは、当時交際していた男性と結婚間近であった。既に両家の両親とも顔合わせが住んでおり、結納の日取りや式場の検討などもされていたのである。
しかしある時突然、相手方から結婚を取りやめて欲しいと要請があった。婚約者を問いつめても、両親がダメだというとの一点張りで埒があかない。結局状況が改善されることはなく結婚はご破算となったのだが、納得のいかなかった松本さんはいろんな人に話を聞いてようやく事実を知ることが出来たのである。それは松本さん自身も知らなかったある事実によっていたのだった。
松本さんは子どもの頃、とある血液の難病に罹っていたことがあるようだった。その病気は治癒が困難であり、また遺伝によって高い確率で子どもに受け継がれるものだった。幸い松本さんは治療の甲斐あって病気を克服し、現在に至っている。もちろん子どもに受け継がれてしまうこともない。
しかし、松本さんも知らなかったその事実を、婚約者の家族が知ってしまったのである。完治しているということだが、子どもに遺伝する病気にかつて罹っていたという事実は見過ごせなかったということなのだろう。婚約者の意向を無視し、断固反対の立場を取るようになったのだった。
ここまでなら、避けられない不幸であったということで終わっていたかもしれない。もちろんこれだけの状況であれば、誰を訴えるということにもならないはずである。しかしこの騒動には、もう一つ重要な要素が絡んでいたのである。
それがブログである。
松本さんは様々な人に聞き込みを続ける中で、婚約者の家族が自分のかつての罹患について知った経緯が、松本さんの両親が過去に書いていたブログによっていたことを知ったのだった。婚約者の家族は念のために興信所に調査を依頼しており、その興信所がそのブログを探し当てたのだという。そこには、松本さんが生まれてからある程度の年齢に達するまでの様々な出来事が文章と写真で綴られていて、もちろんその中に病気治療の話もあったのである。
それを知った松本さんは、自分に許可なく自分のプライバシーをインターネット上に晒した、という名目で両親を訴えることにしたのである。
この裁判は、初めからメディアで大きく取り上げられることになった。何故なら、これがもし有罪と判定されれば、同じように子どもに訴えられる親が急増すると思われたからである。
ブログというのは世に出始めてから日が浅いメディアである。しかし、その登場時から爆発的に広まり、今では一人一ブログどころではない状況になっている。ちょうど20代前半の子どもを持つ親が大学生ぐらいの頃にブログが流行り始めて、そのため本件のように子どもの成長記としてブログを活用していた人はかなりの数に上ると思われる。「松本裁判」は、だからこそ人々の注目を浴びることになったのである。
争点となったのは、やはり本人による許可の問題である。通常、本人の許可なく写真を掲載などすれば罪に問われることになるが、しかし赤ちゃんには許可の取りようがない。これは、赤ちゃん雑誌や赤ちゃん用品のCMなどにも波及しそうな問題であるとして、さらに注目を集めることになったのだ。
結果的には「松本裁判」は無罪の判決だった。しかし予想に反して、それから同様の裁判を起こす人が増えてきたのである。それは、正当な立場から親と対立したい、という今の若者の本末転倒な発想から起こされるものばかりであるととある社会学者は看破したが、状況は悪化する一方だった。裁判によっては有罪の判決が出るようなこともあり、この裁判は「ブログ裁判」として社会問題となり、その年の流行語大賞にもノミネートされた。
私も、24歳の息子を持つ親である。周りの親と同じく、やはり息子が小さかった頃はブログで成長記をつけていた。いつ息子に訴えられるか、気が気ではない。



53.「時間銀行」
「突然だったのにありがとうね」
「いやいや、全然大丈夫だよ。困った時はお互い様ってもんさ」
「でも明日試験なのに本当に大丈夫なの?」
「平気さ。もう十分勉強は出来てるからね。洋子の勉強を教えてあげるぐらいのこと、何でもないさ」
「ありがとう。ホント助かるわ。授業にはそれなりに出てるつもりなんだけど、どうしても経済学って分からなくなっちゃうんだよね」
「まあ僕もそんなに得意だってわけでもないんだけどさ」
「またまたぁ。でもホント悠哉って、勉強だけじゃなくって何でも出来るからホントすごいよね」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「ううん、だってピアノやバイオリンは弾けるし、簿記と英検1級の資格も持ってるし、スポーツだって大抵のことは出来るし、料理だって上手じゃない」
「まあ別にどれも人並みじゃないかな。時間があれば誰だってそれぐらいのことは出来るさ。特別な能力があるってわけじゃないからね」
「でも、時間をうまく使えるっていうのもやっぱり大きな才能だと思うわ。私なんて、あれもやらなきゃこれもやらなきゃっていつも焦ってばっかで、結局何にも終わらないんだから。今日だって、随分前から勉強しなくちゃって思ってたんだけど、結局うまくいかなかったしね」
「時間の使い方はね、まあちょっとした秘密があるんだよ」
「何それ。私にも教えて」
「ホントはあんまり言いたくないんだけどね」
「そこをなんとか」
「まあわかったよ。洋子にだけは特別に教えてあげる」
「やったー。ありがとう」
「実はね、僕は時間を預けてるんだ」
「時間を預ける?」
「そう。銀行にお金を預けるみたいに、僕は時間銀行に時間を預けてるんだ」
「へぇ、そんなことが出来るんだ」
「これって結構便利なんだよ。例えばさ、どうしても何にもやる気の出ない時とかあるじゃん。そういう時の時間を預けちゃうわけ。で、やばい時間がないなぁっていう時に、その預けていた時間を引き出すってわけ。そうすると、自分の使いたいように時間を使えるようになるんだよね」
「なるほど。それは便利だね」
「他にも、電車に乗ってる時間とか、行列に並んでる時間とか、そういうちょっと無駄だなって思う時間も預けることが出来るのさ。そうするとね、電車に乗ってる時間とか行列に並んでる時間があっという間に過ぎちゃうし、しかもその間の時間をどこか別の時に使えるしで、使い方によってはものすごいことが出来るんだ」
「だったらあれだね、寝てる時間とかも預けちゃえばいいよね」
「やっぱりそう思う?僕もそう思ってやってみたことがあるんだけど、それはやらない方がいいみたい。睡眠の時間はちゃんと残しておかないと、どうも身体が疲れちゃうみたいでね」
「ふーん、そうなんだ。私もやってみようかなぁ。ねぇ、その時間銀行ってどこにあるの?何て名前?」
「○○市に本店があって、支店は結構いろんなとこにあるんじゃないかな。××タイムバンクって名前だよ」
「あれ?その名前今日のニュースで私聞いたよ」
「えっ、何で?」
「何かね、初めにお年寄りがたくさん原因不明の症状で亡くなってる、ってニュースが流れてて。一週間ぐらい前からそういうことがあちこちで起こっていて。これが何か犯罪に絡んでるならまだ分かるんだけど、どう調べてみても全部自然死なんだって。外傷はないし、毒物によるものとも思えないし、それまで病気を持ってたかどうかなんてことも関係なくって、いろんなお年寄りが亡くなってるって」
「あぁ、確かそのニュースは僕も見たような気がするな。ウチのじいちゃんとかばあちゃんも気にしてたっけ。でもそれって時間銀行と何か関係があるの?」
「うん。それでね、その後でまた別のニュースになって。私はずっとそれ、普通の銀行の話だって思ってたんだけど…」
「うん、それで」
「なんかね、銀行が運用に失敗して多額の負債を抱えたっていうニュースでね。それで、公的資金の投入が決定されたってそういうニュースだったんだけど」
「そのニュースの時に、××タイムバンクの名前を聞いたんだね?」
「そうなの。ねぇ、これってどういうことだろう」
「あっ、そうだ。そういえば出掛けにポストに入ってた郵便をそのままバッグに入れて持ってきてたんだった。確か××タイムバンクのものが混じってたと思うんだけど」
「ねぇ、なんて書いてあるの」
「…こんなことになると知ってたら、時間銀行なんか使わなかったのに…」

『山口悠哉様
いつも××タイムバンクをご利用いただきましてありがとございます。
ニュースなどで既にご存知かとは思いますが、この度当行は時間の資産運用に不手際がありまして、お客様からお預かりした相当量の時間を損失いたしました。しかしその後政府から公的時間の投入が決定されました。余命幾ばくもないお年寄りから時間をかき集めることで、損失した時間を補填する形になります。
つきましてはお客様からお預かりしております時間はすべて正常通りとなりますので、今後とも××タイムバンクをどうぞよろしくお願いいたします
××タイムバンク』



54.「ターゲット」
「あんたが殺し屋か」
「あぁ、そうだ」
「なら要件だけ言おう。ある男を殺してもらいたい」
「了解した」
「本日18時ちょうどに、目黒タワー3階の男子トイレ、一番奥の個室のドアを開けろ。開けた時目の前にいた男がお前の標的だ」
「殺し方は?」
「任せる。好きにしろ。それからもう一つ」
「標的は二人か」
「いや、そうじゃない。もう一つは、任務終了後、20時ちょうどに自宅に戻りドアを開けること」
「は?それは何か任務と関係あるのか?」
「質問はなしだ。報酬は、あんたが約束を履行したことが確認され次第入金する」
「分かった分かった。言われた通りにするよ」
「では以上だ。なおこの電話は通話が終了すると同時に爆発する」

どかん

まったく、いつの時代のスパイ映画だよ。しかも、何でわざわざ電話ぶっ壊さなきゃいけないってんだ。
殺し屋はぶつぶつと悪態を吐く。しかし、仕事なんてこんなものだという諦めも同時にある。まあいいさ。所詮仕事なんてお金を得るための行為に過ぎない。好きも嫌いも、猫も柄杓もあったもんじゃないさ。
しかし、と殺し屋は先ほどの電話を回想する。何だか妙な依頼だったよなぁ。そもそも何で18時ちょうどにトイレに標的がいるって分かるんだ。相手を誘い込むにしたって、もう少し条件のいい場所がありそうなものなのに。しかも、その後がさらにわかんねぇ。20時ちょうどに自宅のドアを開けろか。何だそりゃ。
まあいいさ。それでお金がもらえるってんならやるまでだ。
殺し屋は、目黒タワーへと向かった。今から行けば18時には十分間に合うだろう。しかし、18時に標的を殺した後、どうやって時間を潰そうか。二時間かなぁ。映画には少し短いし、一人カラオケには少し長い。何とも微妙な時間だ。まあいいさ、本屋にでも寄ってナイフの雑誌でも立ち読みするか。
17時50分。殺し屋は指定されたトイレのすぐ隣の個室にいた。あとは時間までここで待てばいいだろう。とは言え、今のところ隣の個室から人の気配はしない。あと十分で標的が来るということだろうか。まあいいさ。殺し屋が頭を使う必要はない。殺し屋の仕事は、標的を殺すだけだ。
18時ちょうど。殺し屋は一番奥の個室の扉を開く。
そこに背中を向けた男が一人いた。個室にいるのに何故背中を向けているのだろう、という疑問は過ぎったし、そもそも周りの光景が何だかおかしいとも感じていたのだけれども、しかし殺し屋は殺すことが仕事である。殺し屋は持っていたナイフを標的へと突きつけた。
ナイフが標的の身体に突き刺さる瞬間、標的はなにやら裏返ったような声を上げる。
「待て待て、話せば分かる。お前と俺は…」
標的の個人的なプロフィールには興味はないし、標的と死の間際に会話をする趣味もない。ナイフが間違いなく心臓に突き刺さったのを確認し、死体を一瞥することもなく殺し屋はその場を立ち去る。
まあ楽な仕事だったな。さて、本屋にでも行くか。返り血は、うん大丈夫だな。この程度なら目立たないだろう。先にメシを食うってのもアリか。報酬も入ってくるし、晩餐としけこもうかな。
20時少し前。殺し屋はマンションの自分の部屋のドアの前に佇んでいた。本当はもう部屋に入ってもいいかと思っているのだけど、元来几帳面な性格なのだ。20時ちょうどと言っていたのだからその通りにするべきだろう。ちょうどに入らなかったせいでケチをつけられて報酬がもらえなくなってもつまらない。
そして20時ちょうど。殺し屋は普通にドアを開け、普通に中に入り、普通にドアを閉めた。あの指示は結局なんだったんだろうな。まあ考えることはないか。

がちゃ

閉めたはずのドアがまた開いた。あれ、俺鍵閉めるの忘れたか?いやいや、そんなことはないだろう。ちゃんと閉めたはずだ。ならなぜ今ドアが開く?
その瞬間殺し屋は、自分の後ろにいるのが誰なのかはっきり悟った。
18時の自分だ。18時の自分が今後ろにいて、ナイフを構えているのだ!
振り返ろうとして首を振りながら、殺し屋は裏返った声を出す。
「待て待て、話せば分かる。お前と俺は…」



55.「狼男」
「今日は楽しかったね」
「ホント楽しかった。咲ちゃんとも出会えたしね」
「私も、直さんと出会えてホントよかった」
「たまには合コンとかも行ってみるもんだよね」
「またまた、結構行ってるくせに」
「嘘じゃないって。ホントにたまにしか行かないんだよ」
「まあいいけどね。ねぇ、カラオケとか行かない?」
「カラオケはちょっとダメなんだ。ホント音痴なんだよ」
「わかった。でも歩いてるの疲れちゃった」
「じゃあどっかで休憩しようか。この辺にあったと思ったんだけど」
「今日は月がキレイだよね。ほら、合コンやったお店でもさ窓から見えてたんだけど、キレイな満月だなって」
「東京は空が汚いっていうけどさ、それでも月だけはそれなりにちゃんと見えるもんだよね。そっか、今日は満月かぁ」
「明日とかって予定ある?」
「昼間はダメだけど、夜なら空いてるよ」
「この前テレビで見たんだけど、ランチタイムにすっごい美味しいオムライスを出すお店があるみたいで、一緒に行きたいなぁ、なんて。明日じゃなくてもいいんだけどね」
「ゴメン、昼間はちょっとダメなんだ」
「何で?そんなに毎日忙しいの?そんなことってある?」
「学校に行かなきゃいけないし」
「お昼休みとかにひょいっと行けるわよ。直さんの予定に合わせるし」
「いや、それにおばあちゃんの看病とかもあって。近くの病院に入院してるんだ」
「そうなんだ。でもそれでも昼間全然会えないなんて、そんなのちょっとおかしいよ」
「ごめん。でもホント昼間はダメなんだ」
「二股掛けてるとか?」
「そんなことないって!」
「でもおかしいじゃない。ちゃんと理由があるなら納得できるけど、昼間はダメだなんて何か都合の悪いことを隠してるとしか思えないじゃない」
「…分かった。じゃあ話すよ。でも、絶対信じてくれないと思う」
「そんなことないよ。直さんがちゃんと話してくれるっていうなら信じるよ」
「分かった。実は僕は狼男なんだ」
「狼男ってあの狼男。そんなわけないじゃない。だって狼男は月を見ると狼に変身するんでしょ?直さん今普通じゃない」
「だから僕の場合ちょっと特殊なんだ。太陽の光を浴びると狼の姿になってしまうんだ」
「…ねぇ、直さん。まさかそれ本気で言ってるの?」
「ホントなんだ。だから昼間にはちょっと会えないんだよ」
「分かったわ」
「分かってくれてありがとう」
「直さんが私とはちゃんと付き合う気がないんだってことがよくわかったわ」
「えっ、ちょっと待って、もっとちゃんと話し合おうよ。ホントにホント何だって」
はぁ、またやっちまった。やっぱ僕には恋愛とかって無理なのかなぁ。
だってホントのことなんか言えるわけないじゃないか。
実は僕は狼で、月の光を浴びている時だけ人間の姿でいられるんだ、なんて。



56.「未納質屋」
両親が突然いなくなった。
昨日まで僕は北海道に旅行に出かけていた。ふらりと一人旅だったのだが、旅ならではの面白さを十分堪能できた満足感を抱えたまま帰ってきたのだ。
すると、家中ががらんとしている。人がいないというだけの意味ではなく、物も結構なくなっていたのだ。冷蔵庫や洗濯機など生活必需品は残っていたのだけど、母親が使っていた鏡台や、父親が使っていたゴルフバッグなんかがごっそりとなくなっている。事情はさっぱり判らないが、要するに僕は捨てられたということなのだろう、と理解した。
しかしどんな事情であれ、僕の二十歳の誕生日のまさに前日にいなくなることはないんじゃないか、と思った。今さら誕生日に固執するような年齢ではないが、しかし成人した息子を少しは祝ってくれてもいいのではないか、と思う。
これまで僕は両親に大切に育てられてきたと思う。かなり過保護な両親だったと言ってもいいかもしれない。特に怪我や病気の時などは手厚く看護してくれたし、僕のどんな願いでも大抵は叶えてくれた。それでも一人で生きて行けというならそれは全然無理な話ではないだろうし、この状況からして一人で生きて行かなくてはいけないのはまず間違いのないことだが、それにしても納得がいかない、と僕は思った。
しかしまあ、今さら両親がいなくなったからと言っておたおたしていても仕方がない。両親が事故や犯罪に巻き込まれているというなら話は別だが、家から物がなくなっているとは言っても強盗に入られたような痕跡はないし、であれば物がなくなっているのは両親がどこかに運び出したということであって、そこには誰か他人の意思が介在する余地はなさそうである。一応親戚とかには連絡をしてみた方がいいんだろうか。警察には言った方がいいのか。そういう思考が一瞬浮かびはしたものの、最終的にはまあいいやと思うようにした。
さて、当面考えなくてはいけないことはお金の問題だ。誰かに話すと怪訝な顔をされるが、僕は父親がどんな仕事をしていたのかよく知らない。しかし、我が家は一般よりは多少裕福と言える生活水準だったと僕は思っている。子どもの頃から欲しかったオモチャはなんでも買ってもらえたし、家には絵画や骨董のような安くはないだろうと思わせるものが少なからずあった。しかしそう言った類のものは両親が持っていってしまったようだ。現金の類はどうも残されていないようで、僕の銀行預金に残る僅かな額しかない。まだ大学生である僕としては、少なくとも就職するまでの生活を何とかするだけのお金を手に入れることが急務だった。
そこで思い出したのが「未納質屋」の存在だ。これについて両親が話していたのをたまたま耳にしたことがあるのだ。
この未納質屋は面白い質屋で、物を預けることなくお金が借りられる仕組みになっている。例えば指輪を質に入れることにするとして、しかしその指輪は自分の手元に置いておくことが出来る。質に入れるものによって借りられる期間と金額が決まるのだが、重要な点はその期間が過ぎてもお金を返済できなければその指輪は消失してしまう、ということだ。指輪を失いたくなければお金を返すしかない、という仕組みである。またもう一つのルールは、指輪を壊してしまったり亡くしてしまった場合には、その時点で返済が迫られるということである。この返済の取立てがヤクザよりも厳しいと評判であるようだった。
両親の話を耳にした後、これはいつか使えるかもしれないと思って家中を漁り、未納質屋との契約書を探し出したことがある。何を預けたのかきちんと見なかったが、両親は時折未納質屋を利用していたようだった。お金に困っているように見えなかったのだが、それは僕の勘違いだったのかもしれない、と感じたがまあそれはどうでもいい。重要なのはその契約書に、未納質屋の電話番号が記載されていたということだ。僕は、とりあえず冷蔵庫や洗濯機と言った生活必需品を含め、僕の周りにあるものほとんどをこの未納質屋に質に入れようと考えていた。とりあえず就職するまでの間なんとかなりさえすれば、お金を返せなくなってそれらが消えてしまってもまあなんとかなるだろう。そう考えたのだった。
未納質屋との交渉は簡単なものだった。電話一本で済むのである。僕が質に入れたいものを電話越しに伝えると、すぐさま借り入れ年数と金額の上限が提示される。そのやり取りで僕は、当面生活に困らないだけのお金を手にすることが出来た。電話をしながら僕はぼんやりと空想を働かせていた。例えば自分の所有ではないもの、つまり会社所有の車とか嫌いな人間そのものとかを質に入れることは出来るのだろうか。将来確実に手に入る予定の物を質に入れることは出来るだろうか。あるいは、生まれたばかりの子どもを質に入れたらどうなるだろうか。
時計を見るともうすぐ12時だ。あと数分で二十歳の誕生日だ。
そこで僕はふと思いついたことがあった。いやいやまさか、と思おうとしたが、ダメだった。確認する手段はある。たぶん両親はアレを持ち出してはいないだろう。いや寧ろ、僕がこういう思考に辿り着くことを見越して、敢えて残しているということだってありうる。
僕は両親が未納質屋と交わした契約書を探すことにした。それは前と変わらない場所にしまわれていた。以前は両親が何を預けたのか気にも止めなかったのだが、今ではほぼ確信を持って何を預けたのか断言できる。何の仕事をしているのか判らない両親。過保護だった両親。僕の誕生日の直前に忽然と姿を消した両親。答えはもう明らかだ。
『契約内容
父・前川和夫 母・登志子の息子・俊哉(0歳)
契約期間
20年
貸付金
3億円』
ふと思いついて契約書を裏返してみた。そこには父親の字でこう書かれていた。
「あばよ」
くそったれが!
時計の針は12時を越えた。



57.「悪意計」
「やっぱり仕事を辞めて、家事に専念してくれないか」
昨日の夜悟に言われた言葉を思い返して、私はまた不愉快な気分をぶり返してしまう。昼休み、こうして何気なく同僚と会話をしながらご飯を食べていても、ふと気づくとこのことばかり考えてしまう。
「女性が家庭に入らないといけないなんて、そんな古いことは言わないよ。智子と一緒にいられるだけでいいんだ。もちろんこれまで通り仕事は続けてくれていいよ」
1年前、プロポーズされた時、私はどうしても仕事を辞めたくなくて彼にそれを伝えた。その時彼はこう言ってくれたのだ。それが結婚してからというもの、家事を十分にこなせないことを詰るようになり、かと言って手伝ってくれるわけでもなく、不機嫌な態度を隠しもしなくなった。結婚生活は比較的順調と言えなくもないが、この問題だけは根深い。悟が子どもを欲しがるようになったということもあるのかもしれない。しばらく仕事を続けたいから、子どもはもう少し考えましょう、と結婚前にちゃんと話し合ったのに。何で男ってこうも自分勝手なのかしら。
そうやってイライラしている自分にふと気づくと、私は腰につけた「悪意計」のことを思い出す。自分が他人に発する悪意についてはカウントされないとは言え、やはりこうやって悪意を意識的に抑制できるというのも、この悪意計の一つの副産物といえるかもしれない。
悪意計は、見た目も機能もほぼ万歩計に近いものである。一応体のどこにつけてもいいのだが、やはり腰につけるのが一番フィットする形になっているし、画面にデジタルで数字が表記されるというのも同じだ。
ただ、計測する対象だけが違う。万歩計は歩いた歩数をカウントするが、悪意計は周囲の人間が自分に向ける悪意をカウントしてくれるのである。これと対になる「善意計」というものの発売されていて、こちらは周囲の人間が自分に向ける善意をカウントするものである。悪意計は黒、善意計は白のボディカラーで判りやすい。
実はこの悪意計と善意計は、悟が勤める会社で作っているものだ。とは言え、まだ販売には至っていない。悟はその会社で悪意計・善意計の開発を担当しているのだが、現在では販売に向けた最終調整段階なのだそうで、サンプルデータを取るためにいろんな人に実験的に使ってもらっているのだという。このサンプルデータと使用者の感想から採集的な調整をし、販売にこぎつける予定なのだという。
実際この悪意計は便利だと思う。様々な設定を取ることができ、例えば悪意を検出したと同時にカウントを上げることも、一時間毎や一日毎に数字を表示することも出来る。どの距離範囲までを対象にするかも設定することも出来るし、またある特定の人物からの悪意・善意を測定することだって可能だ。使い方次第でいかようにも面白く使うことが出来る。現在ではまだ試験中なのでダメだが、もしこの悪意計・善意計が広まれば、相手がもしかしたら悪意計・善意計を持っているかもしれないという気持ちが、人間の気持ちを大らかにするかもしれないし、またあるいは恋愛を促進するようになるかもしれない。いずれにしても、実際に販売されればかなり評判になるのではないか、と私は思っている。
私は日々悪意計をつけて仕事をしているが、どうやら幸いなことに、周囲には私に特別悪意を持った人とというのはいないようだ。私は一日毎にカウントを見られる設定にしているのだが、毎日家に帰ってから確認しても、数字はかなり低い。さすがにゼロということはないが、誰からも悪意を受けずに仕事をしていくなど、さすがに無理だろうと思う。概ね私の会社生活は順調だと言えるだろう。
午後の仕事を片付け、なるべく早めに家に帰った。悟との話し合いが待っているのだ。あまり嬉しくない予定ではあるが、しかし嫌なことは早めに済ませてしまいたいとも思う。絶対に仕事を辞めるつもりはないし、悟にもそれを認めさせたいと意気込みながら、私は家に向かった。
家に帰るなり、いつもの習慣で悪意計を確認する。
「えっ、ウソ…」
悪意計には、信じられない数字がカウントされていた。普段の100倍近い数字である。何で?私今日何かした?こんなに周りの人から悪意を受けるようなことした?会社で悪い噂でも出回ってるの?
私は考えがまとまらないまま、のろのろと食事の支度を始めた。悟が帰宅し食事をしながら私の仕事の話になったのだが、会社から帰る前に抱いていた意気込みはとうに萎んでいた。もしかしたら会社で私は嫌われているのかもしれない。だとしたら、意地になって仕事を続けるのも辛いかもしれない。
翌日ももちろんいつも通り出社した。周りの人の様子を窺いながら仕事をするも、これまでと変わった様子は見られなかった。昨日とも一昨日とも、もっと言えば半年前とも変わらない、いつもの仕事場の風景だった。私が特別浮いていることもないし、誰かが影でこそこそ噂話をしている雰囲気もない。しかしそれでも、昨日私の悪意計は間違いなく大量の悪意を計測したのだ。見た目に騙されてはいけない、と私は思った。
そうした帰ってから悪意計の数字を確認すると、やはりその数字はとんでもない数字だった。昨日とほぼ同じぐらいで、もはや会社の人間が私に対して明確な悪意を持っていることは間違いなかった。
それから私はどんどんと落ち込み、仕事に対する意欲を失っていった。会社では私のことを気づかって声を掛けてくれる人がたくさんいたが、しかし心の中ではどうせ私を嫌ってるんでしょ、と思うとなお一層落ち込んでしまった。次第にうつ病に近い症状が出始め、まもなく私は自ら会社を辞める決心をした。図らずも、悟の望む通りの結末に落ち着いたのだ。
それからは専業主婦として、私は夫のために献身的に動き回った。案外専業主婦も自分に向いていたようで、しばらくして子どもが出来ると、名実共にお母さんとなり、私の日常はどんどんと忙しくなっていった。
しかし、ある時ふと思いついてしまった。
悪意計がとんでもない数字をたたき出した日は、悟に仕事を辞めて欲しいと言われた翌日だった。よく考えてみればこのタイミングはおかしいような気がする。もしかしたら、その日私がつけていたのは善意計だったのかもしれない。見た目は黒のまま、内部の回路だけ善意計に組替えることなど、開発者であった悟には訳もないことだっただろう。つまり、あの異常な数値は周囲からの悪意だったのではなく、周囲からの善意だったのではないだろうか。
この考えが芽生えてからも、悟にはそのことを問いただすことが出来ていない。悟はよき父親であり、よき夫であった。今さら過去のことであれこれ問い詰めたところでどうにかなるものでもない。それに、専業主婦だって、案外悪いものではないと今ではそう思えるのだ。



58.「自分ラジオ」
「…イチロウくん、こんばんわ。元気にしてるかな~…」
そう聞こえて来た時は本当に驚いた。
高校に行かなくなって三ヶ月が過ぎようとしていた。いわゆる登校拒否というやつで、いわゆる引きこもりというやつだった。ありきたりだけど、学校でいじめられていて、それに耐えられなくなって学校に行かなくなった。
先生は何度かやってきてくれたし、仲のよかった友達も顔を見せに来てくれる。それでも、どうしても僕の心は学校へは向かわなかった。母親は、休みたいなら無理に行くことはない、と言ってくれるが、本当はどう思っているかわからない。最近では、僕とどう接していいのかわからないようだ。
そして昨日、友人の一人がラジオをくれたのだ。何故ラジオをくれたのかよくわからないが、一人で部屋にいても退屈だろうと思ってくれたのだろう。正直なところ、僕は退屈していた。家にいてもやることがない。やることがあっても、積極的にやろうという気力が出てこない。それは、学校を休んでいるという罪悪感から、自分はあまり日々を楽しんではいけないのだ、という風に感じてしまうからだと思う。
そんな僕には、確かにラジオというのはうってつけだった。テレビは居間にしかなかったから、母親となるべく顔を合わせたくない僕は見ることができないでいた。自分の部屋で楽しむことが出来、しかも積極的な娯楽というわけでもないところが僕の気持ちを向かわせたのだろうと思う。
ラジオなどこれまで聞いたことがなかったのでイマイチ勝手が分からないが、まあチャンネルをどこかに合わせればいいだろうと思ってつまみを適当に回していた。ラジオにも様々な番組があるようで、小さな箱からいろんな声が聞こえてきた。僕はどれか一つに決めることなく、とりあえずいろんなチャンネルを聞いてみようと思ってつまみを回していた。
そんな時に聞こえてきたのだった。
初めは、イチロウというリスナーがどこかにいて、その番組によく葉書なんかを送っているのだと思った。いくら自分の名前と同じだからと言って、まさか自分に呼びかけているわけではないだろうし、だったらそう考えるしかない。
しかし、気になって聞いているうちに、これは僕一人に向けた放送なのかもしれないと思うようになってきた。いや、頭の中ではそんなことあるはずがない、ときちんと分かっている。分かっているのだが、しかしそうとしか考えられない放送内容なのだ。
「…今○○高校の学食には、特別メニューとしてパフェがあるそうです。1ヶ月だけの期間限定みたいですよ。早く行かないとなくなっちゃうかも!…」
「…街を歩いていると、イチロウ君のお気に入りの本屋があったので入ってみることにしました。今旅フェアなんてのをやっていて、旅行に行きたくなってしまいました…」
「…目玉焼きにはソースなのか醤油なのか、あるいは他の調味料なのか、っていう質問よくありますよね。イチロウ君は何派ですか?って知ってるんだけどね。珍しい、ケチャプ派と見た!…」
こんなことばかりをひたすら言い続けているのだ。
これは何なんだろう。その疑問はずっと頭の片隅に残り続けたのだけど、一方で細かいことはどうでもいいじゃないか、と思うようにもなった。ラジオで言っているイチロウ君というのはどう考えても僕のことだ。誰が何の目的でこんなことをしているにしろ、誰かが自分のことを話題にしてくれているのは何だか嬉しかった。ここ三ヶ月、時折訪ねてくる先生や友達と僅かに話すだけで、ほとんど交流と言ったものがなかった。ラジオ越しではあるけれども、こうして誰かと交流を持つことが出来るのは悪くないな、と思った。
それから僕は毎日この番組を聞くのが習慣になった。何故か始まる時間と終わる時間は結構不規則だったのだけど、大体夜の8時頃から10時頃までやっていた。毎日よく僕のことだけでこれだけ喋れるものだよな、と感心しながら聞いていたのだった。
ある日その番組の放送中トイレに行きたくなった。ラジオもビデオみたいに録音できればいいのになぁ、あれやろうと思えば出来るのかな、とか思いながらトイレに向かった。
声が聞こえる。
二階から降りてきて左手突き当たりにトイレはあるのだけど、右手にある客間から声が聞こえる。母親が電話でもしているのだろうと思ったのだけど、何となく気になって耳をすませてみた。
まさにそれは、ラジオから流れてくる内容そのものだった。ボイスチェんジャーのようなもので声を変えているようだが、それは母親の声だった。どんな仕組みになっているのかきちんとは分からないが、母親がここで喋った声があのラジオから出るような仕掛けが施されているのだろう。
何となく僕は恥ずかしくなった。そして、明日はなんとかして学校に行こう、と思った。それ以外に、母親にあの放送を止めてもらえる手段はないように思えたのだ。



59.「もしもウチらが」
「ねぇねぇ、ちょっと思ったんだけどね」
「なになに~」
「もしもさ、もしもだよ、うちらの体が入れ替わっちゃったとしたら、どうする?」
「えー、それって超楽しそうなんですけどぉ。でもずっとはヤだよねぇ。ギリで1週間とか?」
「アタシなら一ヶ月はいけるかな」
「うっそー。いやでも何とかなるかもだよね」
「お姉ちゃんだったら、アタシと替わったらどうする?」
「えー、だってモヨコと入れ替わるってことはさ、ムサシ先輩と付き合うってことでしょー。アタシマッチョな男はちょっとなぁって感じだしぃ」
「ムサシのこと悪く言わないでよぉ。ほら、それに案外よかったりするかも。違った自分を見つけれるっていうかさ」
「確かにね。エッチはちょっと興味あるかも。あんなマッチョな男だとどうなっちゃうわけ?」
「お姉ちゃん、エッチぃ。でもそうだよね。エッチの相手も替わっちゃうんだよね」
「ちょっとドキドキするかも」
「アタシの場合だったら、アッ君か。アッ君のことは嫌いじゃないけど、ちょっと神経質そうだからなぁ。でも経験してみるのもいいかもね」
「でももしモヨコと入れ替わったら、アタシはノブ先輩にアタックするよ」
「それはダメだって!」
「何でよ。どう考えてもムサシ先輩よりノブ先輩の方がいいじゃん。それにモヨコ、ノブ先輩からコクられてたりしたんでしょ。アタシはノブ先輩の方がタイプだしね」
「そうだけどさぁ。でも、ノブ先輩はダメなんだってば」
「どうして?」
「どうしても!」
「分かった分かった。こんなもしもの話で喧嘩するのなんか止めよう」
「だよね」
「もしモヨコと入れ替わったら、アレやってみたい。水中サッカー!」
「お姉ちゃん、運動音痴だからねぇ。でも、入れ替わっても運動出来るようにはならないと思うけど」
「げっ、マジ。何で?」
「体が入れ替わってもさ、ほらなんていうの、経験がないわけじゃん?だから入れ替わった相手が出来ても、本人が出来なかったらやっぱ運動とか出来ないと思うよ」
「なんだぁ。そんなのツマンナイじゃん。じゃあ何、今のアタシのまんま、見た目だけモヨコになるってわけ」
「そうそう、そういうこと」
「じゃあモヨコもアタシと入れ替わっても勉強が出来るようになったりはしないんだ」
「たぶんねぇ。そうだと思うよ」
「もうちょっとね、気を利かせてくれてもいいんじゃないかなって思うんだけどさ」
「お姉ちゃんおかしい。それ誰に言ってるの?」
「わかんないけどさ、ほらそういう入れ替わりとかをやっちゃう存在みたいな。いれば、だけどさ」
「まあいないだろうねぇ」
「でもさ、ウチらの場合、こんな話意味ないよね」
「あっ、お姉ちゃんの言いたいこと分かった」
「何?」
「ウチらが双子だからってことでしょ?双子だから入れ替わっても変わんないじゃん、みたいな」
「それもあるよ。でもさ、もっと重要なとこあるっしょ」
「何?」
「そもそもウチらさ、ただのメダカだよ」



60.「万物の最小」
「あった。あったった。お兄ちゃん。あったよ」
「しー。ミチもっと静かに」
「だってあったんだってばー」
「分かったからもう少し声抑えろって」
「ほらここ読んでみて。これ絶対そうだよ」
『…街の灯りはゆっかりと落ち、辺りはゆっくりと暗闇に包み込まれていった。…』
「ほらこれおかしいでしょ。『ゆっかり』じゃなくて『すっかり』でしょ?」
「そうだな。こりゃ間違いないわ」
「やったー。順調順調」
「ってお前、まだまだ先は長いぞ」
僕らはとある本屋にいる。ここがなんという街なのかは忘れてしまった。地名や人名になるとまだまだ補強しなくてはいけない部分が多いな、と感じる。しかし、とりあえずボロを出すようなことはこれまでなかったので、まあ大丈夫だろう。
しかし、本屋では静かにしなくてはいけない、とあれほど教えられたのに、ミチはもうすっかり忘れてしまっているのだ。確かにこれだけの本がずらりと並んでいるところなど身近にはないのだから仕方ないのかもしれないが、それにしてももう少し落ち着いて欲しいものだと思う。しかし、回収率についてはミチの方がはるかにいいのだから、あまり強くも言えない。辛い立場だな、と思う。
ミチはまた売り場をふらふらと歩いている。次の獲物を探しているのだろう。どういう基準で何を感じるのか分からないが、とにかくミチはセンサーとしての才能がある。僕たちが探しているものを、少なくとも僕よりは高い精度で見つけることが出来る。まあ言ってみれば僕はそのお守りということになる。初めはこんなはずじゃなかったのにな、とため息をつく。
まあ僕も探すか。そういえばミチに声を掛けられるまで目を通していた本をまだ精査し終わっていない。しかし、僕が何をやっても焼け石に水なのではないか、と思う。ポケットに入れたセンサーは相変わらず反応しない。正直、僕に出来ることはあまり多くない。
「お兄ちゃぁん。また見つけたよ」
またミチが大きな声で僕を呼ぶ。その度に店内にいるスタッフやお客さんの視線が僕を突き刺す。何度注意しても聞きはしないだろうが、しかし周囲の手前、やはりまた言って聞かせなくてはいけないだろう。お守りは楽じゃない。
僕らには探しているものがある。それは、僕らの言葉で言えば『万物の最小』となるが、こちらの言葉で言えば『誤植』ということになる。しかし、この両者は決してイコールの存在ではない。
僕らはそもそもこの地上界に生きる存在ではない。僕らは天上界に生きる存在で、地上界に降りる際に習った知識によれば、『天使』という概念に最も近い存在なのだという。まあ僕らは羽根があるわけでも、頭の上に輪っかがあるわけでもないんだけど。
天上界というのは地上界とはまるで違った場所なのだけど、まるっきり無関係というわけでもない。大雑把に噛み砕いて言ってしまえば、地上界の出来事は天上界に影響を及ぼすことはないのだけど、天上界での出来事が地上界に影響を与えることはある、ということになる。もっと言えば、地上界を管理するために天上界がある、という言い方でも間違ってはいないかもしれない。
さてそんな天上界には、地上界のそれぞれに対応するものが存在する。それは、車のブレーキペダルとブレーキの関係のようなもので、天上界でブレーキペダルを押すと、地上界でブレーキが作用する、というようなものだ。その一つに『万物の最小』がある。
これは何かと言えば、地上界での文字全般と対応するものである。地上界では物質の存在が大きく、『万物の最小』と言えば原子などを指すのかもしれないが、天上界では物質よりも表現の存在が大きく、その中でも文字情報が最も重要とされる。
僕らの父親が、その『万物の最小』を管理する役職のトップに就いているのだが、ある時とんでもないミスをやらかしてしまったのだ。父親はなんと、厳重に管理すべき『万物の最小』を紛失してしまったのだ。絵画のレプリカのように、『万物の最小』にも多数スペアが存在し、実質的な機能はそちらのスペアが担っているので実用上の問題はないのだが、天上界で最も重視される『万物の最小』のオリジナルを紛失したとあれば、父親の責任は免れない。
そこで父親は、極秘裏の内にその『万物の最小』を回収するように僕らに命じたのだった。様々な調査の結果、天上界での『万物の最小の紛失』という出来事は、地上界における『書物の誤植』に対応するということが判明した。即ち、帰納的に言えば、地上界での『書物の誤植』をすべて回収しきれば、必然的に『万物の最小』は取り戻せるということになる。
しかし、これは考えていたほど容易なものではない。何故なら地上界で書物というものが生まれてからこの方すべての時代における誤植が対象となってしまうためだ。それらをすべて発見・回収しなくては、『万物の最小』を取り戻すことは出来ない。しかも、地上界におけるありとあらゆる言語での書物が対象なのだ。
とりあえず僕らは、地上界におけるそれぞれの時代の風習や常識、様々な国の言葉や歴史などを突貫で詰め込まれ、そうして地上界に送り出されたのだった。昨日までは第二次世界大戦中のドイツで誤植探しをしていたのだけど、あまりにも状況が酷くなり、今日からは21世紀前半の日本を歩き回っているのである。
しかし誤植というのは見つけるのが大変だ。ありとあらゆる言語についてはネイティブ並にマスターしたとは言え、どうしても見逃してしまいがちになる。そこで、地上界で誤植を発見しやすいようにと、誤植センサーなるものを作ってもらったのだが、このセンサーが屁の突っ張りにもならない使えない代物で、今まで一度も反応したことがない。
ただ、妹のミチが特異な才能を発揮し始めた。彼女には何故だか、どの辺りに誤植がありそうなのかなんとなく分かるというのだ。まさにセンサーそのもので、渡された機械なんかよりもよっぽど性能がいい。しかし、その能力には僕にはまったくないようで、必然的に僕はミチのお守りということに成り下がってしまった。
「お兄ちゃぁん。また見つけたよ」
ミチは楽しそうだ。もう声が大きいのをたしなめる気にもならなくなってきた。しかしミチは分かっているのだろうか。ありとあらゆる時代のありとあらゆる地域の書物に、どれだけ誤植が存在しているのかを。正直、いつになったら天上界に戻れるのだろうかと考えると、僕は気が滅入る。



61.「迷路」
ダルい。
日差しの強さもあるかもしれない。寝不足もあるかもしれない。でも、それだけじゃないと頭のどこかが警告を発している。何かおかしい。体に異常が起こっていることは間違いないように思える。立っているだけでもしんどい。動けないほどではない、というのがまた厄介だ。
やらなければいけないことはたくさんある。幼稚園に持っていくぞうきんも作らないといけないし、洗濯物だって溜まっている。夫に頼まれて市役所に行かなくてはいけな手続きもある。結婚する前は専業主婦なんかもっと楽だと思っていた。優雅にランチを食べて、カルチャースクールに通って、井戸端会議でくだらない話が出来るものだと思っていた。でも、現実はどうも違う。何が間違っているのか分からないが、ここ数年で専業主婦というのもかなり大変なのだと分かってきた。娘が生まれたこともあるかもしれないが、やることが増えたというよりも、どちらかと言えば人間関係が厄介であるように思える。気疲れするというのだろうか。たぶんそうしたストレスの蓄積が、今この不調の原因の一つになっているのだろうと思う。
何だかぼんやりする。車を運転しているのも危ないかもしれない。しかし、今日このタイミングで買い物に出かけないと、夕食を作る材料がない。今日は夫は早く帰ってくる予定の日だし、そこでありあわせの夕食しかなかったらまたキレるだろう。普段は優しいのだが、ふとした拍子に豹変するのだけはどうにかして欲しいと思っている。
ぐったりと重い体を引きずるようにしながらスーパーに辿り着く。幸いにも駐車場はかなり余裕がある。バックで駐車するのが苦手で、駐車場が混んでいるとかなりてこずることになる。車を何とか停め、ようやく店内に入ったところだった。
車から降りて店内に入るまでの間だけでも汗をかいてしまった。それを店内の冷房が冷やしてくれる。心地よいが、これでまた体調が悪化することになるだろうな、と気が重い。
手早く買い物を済ませてしまわなくてはいけない。今日の夕食は何にすればいいだろう。そうめんとかなら楽なのだが、夫は手抜き料理にはうるさい。しかしかと言って、この体調で作れるものなどたかが知れていると思う。結局夫の好物ということもあってカレーに決めた。これならしばらくもつし、作るのも簡単だ。材料を思い浮かべて手早くカートに入れていく。サラダもつければいいか。そういえばドレッシングが切れてたっけ?
店内の一角に、京都産の野菜の特設コーナーが設けられていた。あれ、こんなのあったっけ?一昨日まではなかったと思ったけど。まあこうやって新しい試みをしてくれるのはいいことだ、と思う一方で、でもこの辺の主婦でわざわざ高い京都産の野菜を買う人なんているんだろうか、とも思った。
娘のお菓子もカートに入れたところで、買うべきものはあらかた揃った。体調は相変わらずで、収まる気配はない。すぐにでも家に帰って一眠りしないと、ちょっとこれは本当にまずい。
レジに向かって通路を歩く。卵売り場の前まで行けば、そこを左に曲がればすぐレジに行き当たる。
「ウソ…。んなアホな…」
自分が見ている光景が信じられなかった。
レジに向かおうと左に曲がった。曲がれば目の前にレジが見えるはずだった。
しかし、ない。目の前には通路が広がり、その両端には缶詰やカップラーメンの類が並んでいる。
いや、もしかしたら売り場の配置が変わったのかもしれない。さっきも京都産の野菜売り場が新設されてたくらいだ。今自分はボーっとしてるから、普段の習慣のままでいたが、実は卵売り場も別の場所に移動になったのではないか。
とりあえずそう思うことにした。それ以外に筋の通った説明は思いつかなかった。とりあえず缶詰やカップラーメンを横目に見ながらカートを押す。売り場を変えるならその表示ぐらいしたらどうなのさ、と心の中でぐじぐじ思った。もしかしたら口に出していたかもしれない。
外周部に当たる通路に出た。
「どうなってるわけ…」
その通路は、左右に無限に伸びていた。無限に、というのが大げさな表現だということは自分でも分かっていた。しかし、そう言うしかないぐらい、それはありえない光景だった。昔何かで、外国の図書館の写真を見たことがある。世界一の敷地を持つというその図書館は、とにかくうんざりするほど通路が長かった。しかし、今自分が見ているのは、それよりも明らかに長い通路である。通路の先が霞んで見えない。
ありえないでしょ。何これ、どういうこと?普通に考えてこの店こんな広いわけないじゃない。
とにかく歩くしかなかった。重いカートを無理矢理押しながら、とにかく売り場をうろうろと彷徨った。無限に続くように思える通路を永遠歩く気にはなれなかったので、時折通路を曲がるのだが、もはやスーパーの常識ではありえないくらい通路が複雑にうねっていた。こんな売り場、ドンキホーテでもやらないだろう、というぐらいで、一時期大流行した巨大迷路の中にいる気分になった。
歩きながら店員の姿を探すも、何故かまったく見つからない。どこを探してもいないのだ。その内もう諦めた気分になって、とりあえず何も考えずにただ歩くに任せた。どうして私がこんな目に遭わなくてはいけないんだろう。
「あの、お客様」
後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこにスーパーのスタッフらしき人がいた。
「あぁ、助かりました。ちょっと教えて欲しいんですけど…」
「そちらの商品はお会計はお済みですか?」
「そう、だから今レジを探していたんですけど…」
そう言った瞬間、私の目の前の景色が瞬時に変わった。まるで映画のシーンが切り替わるのを見ているかのようだった。私は、満載のカートを押したまま、スーパーの店内から外に出ていたのだ。
「お客様、事務所まで来ていただいてもよろしいでしょうか」



62.「幽霊屋敷」
幽霊屋敷の噂というのは、どの地方のどんな場所にもあるものなのだろうか。7年ぶりに実家に戻った譲二は、昨日弟からその話を聞いてそんな風に思った。
父方の祖父の葬式のために、東京から戻ってきた。正直なところ、実家はあまり心地よい場所ではない。子供の頃の不愉快な記憶がまざまざと蘇ってきて、くつろげる場所ではない。だからこそ地元を捨てて東京へと向かったのだし、それから7年も実家に帰らないでいたのだ。こうして誰かが死んだりしない限り、これからも実家には寄り付かない生活が続くことだろう。
久々に会った両親は、やはり年を取ったなという印象だった。お互い何でもない風に会話を交わしはしたが、両親共が過去のことは水に流してまたうまいことやっていこう、というような目をしていたのがどうにも気に食わなかった。こんな風にしたのはあんたらが悪いんだろう、という思いが今でも強く残っていた。
そんな据わりの悪い時間の中で、唯一気が紛れるのが弟の剛志の存在だ。別に仲がよかったわけでも悪かったわけでもないのだが、こうして久々に実家に戻ってきて見た時に相手をしようという気になるのが弟しかいなかった。弟は地元の大学に通っているため、地元の噂話にはさすがに強い。自分がいなかった7年間に誰がどんなことをしたのか、何が変わったのか、変わらずに残っているものはなんなのか、そんな話をずっと弟としていたのだった。
その中で弟の口から出てきたのが、幽霊屋敷の話だった。譲二がこっちにいる頃にはなかったはずの噂だから、最近出来たのだろうと思う。弟に確認してみるとやはりそうで、ここ数年の間によく聞くようになった、ということだった。
これ特にどうということのない噂話であったら聞き流していたことだろう。しかし、弟の話を聞いている内にそうはいかないと思うようになった。
その家は、高校時代譲二が好きだった女の子が住んでいる家だったからだ。その子と特に付き合っていたということはなくただの片想いだったのだが、それでも高校時代のいい思い出として未だに譲二の心には深く刻まれている。その彼女の家がまさに幽霊屋敷と呼ばれているのである。
詳しく話を聞いてみるとこういうことのようだ。その家は両親と娘の三人家族だったが、ある時両親が何かの事情でいっぺんに亡くなった。娘はそれなりの年齢に達していたので親戚に預けられると言ったようなことはなく、その家に一人で住み続けることにしたらしい。
らしい、というのは、近所で誰もその娘の姿を見た者がいないからだ。昼も夜も一切外に出ない生活をしているらしい。実はもう誰も住んでいないのではないか、という話も時折出るのだが、家の電気が点いていたりシャワーの音が聞こえたりという話もあるので、きっと誰かが住んでいるのだろう、という意見も出る。結局はよくわからないのだが、あまりにも不気味なので周りはそこを幽霊屋敷と呼んでいる、とのことだった。
なんだ、それぐらいのことで幽霊屋敷だなんて騒いでいるのか、と思った。何かの事情で家から出られないだけかもしれないし、それにそもそも誰も住んでいないのかもしれない。電気やシャワーの件だって大した話ではない。そう言うと、いやそれだけじゃないんだと弟は言う。
何でもこの噂には続きがあって、幽霊屋敷では人が消えるのだという。幽霊屋敷の噂が出始めてから、大学生なんかが勝手に心霊スポットにして幽霊屋敷の中に入ったりしているようなのだけど、その誰もが行方不明になっているというのだ。馬鹿馬鹿しい。それこそただの噂だろうが。そんな人が簡単に消えてたまるか、と譲二は弟を詰るようにして言った。
そんなこともあって、今譲二は幽霊屋敷と呼ばれている、かつて好きだった女の子の家の前にいる。どのみち噂どおりのわけがないんだし、これにかこつけて旧友に会うというのも悪くないかなと思ったのだ。
とりあえず呼び鈴を鳴らしてみる。やっぱり誰も住んでないのかなと思い始めた頃、玄関のドアががちゃと音を立てて開いた。
玄関には一人の女性がいた。異常なくらい色が白く、また髪も長い。寝巻きのようなざっくりとした服を着ているが、それでもかなり痩せているのが分かる。あの頃の面影はほとんどなかったが、それでも目の前にいる女性が彼女なのだろう。
「譲二君?」
向こうは譲二のことが分かったようだ。7年ぶりに会うのによく分かるなと思うが、確かに譲二は高校時代からさほど変化がない。その後彼女は小さく何かを呟いたようだったが聞こえなかった。「オイソウ」とかなんとか、そんな風なことを言ったようだったのだけど。
「久しぶり。ちょっと実家に戻る用があって、それでついでに」
何がついでなのか自分でも分からないが、彼女はそれに突っ込むようなことはしなかった。
「上がってく?」
彼女はそう言うと、譲二の返事を待つでもなく家の中に戻って行った。確かに彼女の姿を何かの形で見れば幽霊に見えなくないかもしれないと思いながら、彼女の後を追うようにして譲二も家に入り込んだ。
入ってすぐ左手がキッチンになっていて、そこから居間に続いている。勝手が分からずしばらく立ち止まっていたが、麦茶を入れ終えた彼女が居間に入ってという風に手招きしたので、さてどうしたものかと思いながら中に入る。ここまで来てみたものの、どうしようかなんてことは特に考えていなかったのだ。
小さなテーブルを挟んで向き合うようにして座ったのだけど、会話の切り出し方が分からない。譲二は、幽霊屋敷の噂が本当か確かめたかったのだけど、いきなりその話をするのもどうかと思う。かと言って、彼女と共通の話題があるわけでもない。彼女の方はと言えば、特に何か話そうというつもりもないように見える。
とりあえず麦茶に口をつけ、そうしてからおもむろに切り出す。
「幽霊屋敷の話を聞いたんだ」
「ああ、ウチのこと」
やはり知らないわけではないようだ。インターネットか何かでそういう噂を見かけたのだろうか。
「で、悪いなって思ったんだけど、ちょっと確認しに来ちゃった。でも、やっぱ噂は噂だな。全然幽霊屋敷じゃねーもんな」
「そうかしら。案外間違ってもいないと思うけど」
何が言いたいのかよくわからないし、微妙に会話もかみ合っていない気もする。あまり長居したくもないな、と思いながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「じゃあ、家から全然出てないってのはホントなの?それならさ、食事とかはどうしてるの?」
「そうね。食事はその噂のお陰でなんとかなってるって感じかな」
また意味の分からない返答をする。噂のお陰でご飯を食べられるってどういうことだろうか。
「それに、今日も夕飯の食材がもう手に入ったしね」
家に出るネズミでも捕まえて食べているというのだろうか。案外ありえないこともないかもしれない。誰もこの家には寄り付かないはずだから、ピザや食材の配達の人間も来ないだろう。だとすればなんとか自力で食料を調達するしかない。
そんな風に思っていると、突然体中にしびれを感じた。自分の体なのに自分の意思では動かせないような感じ。何だこれ。どう考えても、さっきの麦茶しか考えられない。
「どういうことあこえ。ないかくすいでおいえたんか」
口の筋肉も上手く動かせなくなっている。
「美味しそう」
彼女はポツリとそう呟く。そうか、玄関先で彼女が呟いたのもこれと同じ言葉だったのか、と思い至る。
「さてと、夕飯の支度でもしようかな」
幽霊屋敷で人が消えるという噂は本当だったのかと、ようやく思い至った。



63.「図書館に住むことになる少女の話」
図書館の前にいて、きちんと返すべき本を持っているのに、入るかどうか悩んでいる人間、というのを想像することは出来るだろうか。僕自身そんな状況に陥っていなかったとしたら、そんな状況はまず理解できなかったことだろう。図書館の前にいるなら、速やかに本を返却すればいい。それが世の中の道理であり、正しい行いである。
しかし、現実に僕は今、図書館の前でどうしようかと迷っている。最終的には本を返しに行くしかないし、それ以外の選択肢はありえない。しかし、少しでもそれを先延ばしにしてしまいたい、という思いが僕の足を押し留めるのだ。目の前にあるのが、普段僕が働いている図書館とは別だ、というのもなんとなく緊張に拍車をかけているのかもしれない。
僕がこの状況に陥ることになったきっかけは二週間前に遡る。
僕はとある大きな街にある図書館で司書をしている。館長ではないがかなり裁量権のある立場であり、比較的自由に物事を決めることが出来る。本が好きなこともあり、普段であれば自分がそんな立場でいられることは誇らしいことであるのだけれども、しかし自分がそういう立場だったからこそこんな事態を招いたのだとも言える。
二週間前の夜。閉館後、一人で残務処理をしている時のことだった。その日は夕方から雨が降り始め、だんだん強くなってきていた。どうせ仕事も溜まっていることだし、雨が落ち着くことを期待してしばらく仕事を続けてみよう、そんな風に考えて残っていたある晩のことである。
どこからか、ドンドンという鈍い音が聞こえてくる。雨の音に紛れて聞きづらいが、どうもドアか窓を叩いているように聞こえる。とりあえず様子を見ようと館内を回ってみると、一人の少女がずぶ濡れになりながら弱々しく窓を叩いているのが見えた。事情はまったくわからないが、とりあえず中に入れてやるしかない。少なくとも、その判断は間違っていなかったはずだ。
外にいる少女に入口に回るように手振りをする。鍵を開けて少女を出迎えると、その顔は真っ青で、体も小刻みに震えていた。とりあえず事情を聞くのは後にしようと決め、タオルを渡し、暖かい飲み物を出した。あまり期待はしていなかったが、事務所を漁ってみると、サンタクロースのコスチュームが出てきた。そういえば職場でクリスマスの飲み会をした時に誰かが着ていたなと思い出しながら、もしこんなものでよければ、と少女に差し出した。驚いたことに、少女はおもむろ服を着替え始めた。咄嗟に背を向けたが、少女は僕の視線など特に気にもしていないように思えた。
夜の図書館にサンタクロースの格好をした美しい少女という、何とも場違いな取り合わせに、少なからず心の高ぶりを覚えていた。だからなのかもしれない。言い訳をするつもりはないが、結局あんな決断をしてしまったのには、そんな理由もあるのかもしれないと思う。
「ここに、泊めてもらえませんか?」
少女は、結局一切の事情を口にしなかった。僕としても、あまり無理に問いつめることも出来なかった。少女の申し出には、もちろん戸惑いもした。しかし、もう僕は既に踏み込んでしまったのだという自覚もあったし、それに僕の裁量でうまく隠し通すことは出来るかもしれないとも思っていた。昼間の内は普通の来館者のように振舞えばいいし、夜は一人ぐらい何とか匿うことは出来るだろう。正しくないことは分かっていたし、バレれば大変な問題になることもきちんと理解できていたが、しかし少女の雰囲気に飲み込まれたのかもしれない、何となく気持ちが大きくなっていて、何もかも大丈夫な気がしたのだった。
それから彼女を匿う日々が続いた。危ない場面は何度かあった。残業する職員は時々いたし、また少女の生活に必要な持ち物が見つかりそうになったこともある。その度に巧いこと切り抜けながら、僕と少女の生活は続いていった。
不思議だったのは、少女が一切食事を摂らないことだった。何か食べるものを買い与えてもいらないと言うし、かと言って自分で何か買っているような様子もない。どうしているのかその時はわからなかったのだが、しかし大丈夫だというなら放っておくしかない。事実彼女は、特に衰弱することもなく、普段通り生活を続けていたのだ。
少女は、とにかくたくさんの本を読んだ。しかし、彼女が本を読む姿を目にしたことは一度もない。私が本を読んでいる姿を見ないで欲しいと言われていたし、少女も隠れて読むようにしていたからだ。昼間はどうしていたのかと言えば、図鑑や絵本を読んでいた。図鑑や絵本を読むのは見られていても大丈夫だ、と少女は言った。何のことかよくわからなかったが、特に少女のやることに口を挟むようなことはしなかった。
少女は夜様々な本を読んでいるようで、読んだ本の内容についてよく僕に語って聞かせた。少女の読む本は、ほとんど誰も読まないようなマイナーと言っていい本に限られていた。一年に一回借り出されるかどうか、というような本ばかりを読んでいたのだ。面白いのか、と聞くと面白くないと答える。じゃあ何で読んでるんだと聞いても答えない。まったくわけがわからない。
少女は一度読んだ本の内容は完璧に覚えてしまえるらしい。今となっては納得出来る話だが、その時はすごい記憶力だなと思ったものだ。
ある夜のことである。いつものように少女はどこかで読書をし、僕は事務所で仕事をしていた。そしてトイレに行こうとして、偶然彼女が本を読んでいる光景を目にしてしまったのだ。
あれほど驚いたことはかつてなかったと言ってもいいすぎではないだろう。
少女は本を開いて文字を目で追っているのだが、その文字が少女の目に吸い込まれていくのである。何がどうなっているのかわからなかったし、自分が寝ぼけているのだとも思った。その日はとりあえず何も見なかったことにして、とりあえず家に帰って寝てしまうことにした。
翌日、少女がこれまで読んでいた本を片っ端からチェックしてみると、なんとその本からすべての文字が消えていたのだ。まったくの白紙であり、まるで本としての体裁を保っていなかったのである。
僕は茫然とするしかなかった。とりあえず夜になるのを待って、少女の言い分を聞くことなく少女を追い出した。もう二度と来るな、と言い含めて。少女もどうして追い出されることになったのか思いあたるようで、また別のところを探すかと言ったような雰囲気を漂わせながら去って行った。
今から考えてみれば、あれが少女にとっての食事なのだろう。文字を食べることでしか生きていくことが出来ないのだ。しかし、日々本を買ってそれを食べていくのではなかなか大変である。だから図書館に狙いを定めて放浪しているのかもしれない。
そんなわけで僕は、見知らぬ土地の図書館の前にいる。既に偽名でカードを作り、数日前にその図書館から本を借り出していた。やることは単純だ。その図書館で借りた本と少女に白紙にされた本を入れ替えるのだ。整理番号を入れ替えたりするのが厄介だが、しかしやるしかない。僕の手の中にあるのは、中身が白紙の本なのだ。返却してもバレないだろうか、と不安になる。なかなか中に入る勇気が出ない。
しかし考えてみればあの少女も不幸なものだ。人とは違う生き方を余儀なくされ、人とは違う選択をしなくてはいけない。図書館の本をダメにするのは勘弁して欲しいものだが、同情の余地はあるなと思う。
さて、ぐずぐずしてても仕方ない。僕は意を決して図書館の入り口をくぐる。



64.「永遠の命」
ある日タタンの元に悪魔がやってきた。
「俺は悪魔だ」
第一声がそれだった。ちょっと天然なのかもしれない。
悪魔は人間のような姿に見えた。最も悪魔には、決まった姿かたちというものはないらしい。見る側の人間が適切なイメージをはめ込むことで、悪魔というのは目に見える存在になるのだという。
「ただの人間にしか見えませんけど」
部屋で本を読んでいたタタンは、突然クローゼットから出てきた変な男に驚いた。何でそんなところから、と聞くと、ここはドアじゃないのか、と悪魔は言った。何ともとぼけた奴だった。
自分は悪魔だと名乗る男に、タタンはそう返したのだ。
「まあ信じてくれなくてもいいが。ただもし信じるのなら、お前の願いを一つだけ何でも叶えてやろう」
タタンは、もちろん悪魔のことを信じてなんかいなかった。何でクローゼットから出てきたのかという謎はともかくとして、タタンにとってそこにいる悪魔はただの不審者でしかなかった。
だから、悪魔に向かって願い事を告げたのは、ただの気まぐれだ。もちろん、叶うなんて思っちゃいない。願い事を言いさえすれば、悪魔はすぐに去っていくのではないか。まあそんな風には考えたかもしれない。
「永遠の命を手に入れたい」
叶うとは思っていないが、願い事は本物だ。タタンにはやりたいことがたくさんあった。そして何よりも、死ぬことを恐れていた。
「わかった。永遠の命をお前にあげよう」
そう言って悪魔は去って行った。
それから、何か劇的な変化があったわけではない。身体が強くなったような気がするわけでも、不思議な力がみなぎってくるように感じられることもなかった。悪魔はタタンに永遠の命を与えてくれたのだろうか。それとも、今その準備をしているところなのか。
いかんいかん、あんな頭のおかしいやつの言葉を真に受けてしまっている。どうせ茶番なんだ。どうってことはない。
それからもタタンは変わらない日常を過ごした。学校に行き、会社に勤め、結婚し、子供を産み、子供と酒を酌み交わし、親を看取り、そうやって長い年月が過ぎていった。
ある日、それは見つかった。腹部に激痛を感じた翌日、病院で検査をして分かったのだった。
ガンだった。
既に広く転移しており、手術は不可能。薬による治療を始めることになった。
この時タタンは、かつての悪魔の言葉を思い出していた。なるほど、ようやくあの話の真偽を検証できるってわけか。
タタンはもちろん、悪魔の言葉など信じていなかった。今の今まですっかり忘れていたことだし、そんな細い望みにすがるほど落ちぶれていないとも思っている。自分は間違いなく死ぬだろう。今でも不死を願う気持ちには変わりはない。何よりも、娘の成長をもう見ることが出来なくなるのかと思うと、悪魔の言葉に一瞬すがりつきたくなってしまう。
症状はどんどんと悪化していった。もはや完治する望みはないようだ。医者も妻も直接は言わないが、自分の身体のことだ、それぐらいのことは分かる。思い残すことはたくさんある。やりたかったこともまだまだ残っている。ただ、死ぬ時ぐらい穏やかで静かにいたいものだ。
もはや、息をするのも苦しくなってきた。モルヒネの効きも弱くなり、痛みがさらに増している。終わりは近いということなのだろう、病室がバタバタした雰囲気に包まれているのが分かる。妻だろうか、タタンの手を握り締め、必死で何か伝えようとしている。あぁ、もう終わってしまうのだな。タタンは覚悟を決めた。
それから、長い時間が過ぎた。
タタンはまだ死んでいなかった。どれぐらいの時間が経ったのか検討もつかない。しかし、もうあれから一週間は過ぎているのではないか。病室の緊張状態も、今では解かれているようだ。いつ死んでもおかしくないはずなのに、タタンはまだ死なない。
病室に誰かがやってくる気配があった。何となく勘が働いた。きっと悪魔に違いない。
「願いは叶えたぞ」
タタンに向かってそんなことを言うやつは悪魔以外にいない。
「どういうことだ。もう俺はこのまま死ぬんだろう?」
タタンはもはや喋ることの出来ない身体だ。しかし、思考がそのままの形で悪魔に伝わるようだ。
「いや、お前は死なない」
「どういうことだ」
「お前の時間を、死ぬ一歩手前で止めたのだ」
時計の秒針で言うと、と悪魔は続けた。お前の時計は今59秒で止まっているんだ。あと1秒をカウントすればお前は死ぬ。でもその1秒は永遠にカウントされることはない。即ちお前は永遠の命を手に入れたのだ、と。
「ふざけるな!」
「何を言う。永遠の命を手に入れたいというお前の願い、叶えてあげたではないか」
ダメだ。きっとこの悪魔に何を言っても理解できないだろう。生きているということがどういうことなのか。永遠の命というものがどういうものなのか。
タタンは、永遠に動くことのない身体を抱えて、永遠のような時間を過ごさなくてはいけない。モルヒネは効かなくなってきているから、鈍痛がタタンを突き刺すように襲ってくる。これにも耐えなくてはいけない。しかしそれ以上に辛いのが、妻と娘だ。永遠に死ぬこともない、しかし永遠に起き上がることのないタタンの存在は、いつまでも彼女らの負担となるだろう。
タタンはかつての自分を責めた。そうやって、過去の自分を責め続けることでしか、もう時間をやり過ごすことは出来なくなっているのだ。



65.「自分主演映画」
「本当にすごい映画だったんだ」
三日前、居酒屋でばったり会ったかつての友人は、ほろ酔い加減の口調でそう口にした。
「まさか、自分が出てくる映画を見せられることになるとはなぁ」
ノボルは今映画館の前にいる。友人が見たという映画を、自分も観てみるつもりなのだ。
「初めはさ、いつも見てる映画と大して変わらなかったんだよ。いつも通り予告があってさ、携帯電話を切れよみたいなのがあって、それから本編が始まるわけだ。タイトルが出てさ、どっかの工場地帯を背景に役者の名前がポツポツ出てくるわけだ」
その映画のことは、ノボルも知っていた。ただ知っていることは友人には告げなかった。
「で話が始まるわけなんだけどさ、どうもおかしいんだよな。見ている風景に、どうも見覚えがあるんだよ。あれっとか思ってさ。だってそんなわけないだろ?そりゃあさ、ロケ地が俺の地元だったということはありえるかもしれないよ。でもそういうんじゃないんだ。なんかこう、懐かしさを伴うっていうのかな。見覚えがあるっていうか、その風景と自分が分かちがたく関係しているっていうか、そんな感じなんだよ」
その映画は、ジワジワと話題を集め、今日も映画館には行列が出来ていた。これは危険だな、と思いながらノボルは最後尾につく。
「初めは風景が続くんだな。人なんかほとんど出てこないの。まあ、通行人Aみたいなやつらはいるけどな。これ何の話なんだろうなぁ、ってちょっと痺れを切らしそうになった頃に、やっと登場人物が出てくるわけなんだけどさ、それが驚いたのなんのって」
ここに並んでいる人々は、この映画についてどれだけの知識を持っているのだろうか。きっと何も考えていないのだろう。ちょっと面白そうだから見てみようよ、なんてそんなことしか考えていないに違いない。
「出てきたのはさ、まさしく俺だったんだよね」
きっと、つい先日「個人情報保護法」の条項が改定されたこともほとんど知らないに違いない。ノボルには関係ないことだから構わないが、お気樂なものだ、と思う。
「えっ、って声を上げたよ。それがさ、不思議なことに、館内にいた客のほとんどが声を上げてたんだな。でもその時はそんなことに気は回らんよ。何で俺が映画に出てるんだって、もう混乱するしかなかったよ」
行列は次第に進んでいき、ノボルはチケットを買った。上映される劇場を確認してから、すぐそこへ向かう。
「それからのストーリーはさ、まあ要するに俺の話だったわけなんだな。なんていうかまとまりのないストーリーではあったんだけど、俺の小さい頃のことからの成長とか、初めて彼女が出来た時のこと、学校での思い出、万引きして見つかった時のこと、そういうのをさ淡々と描くんだよ。ありゃ参ったね」
ノボルは自分の両親のことを考えている。恐らくだが、この映画を考案したのは両親に違いないと思う。彼らの目的が手に取るようにして分かるので、正直うんざりするのだ。
「一緒に映画を観に行った女の子がいるんだけどさ、まさかこんなのを見せられることになるなんて思わなかったから恥ずかしくって、ちょうど初恋の話になった時、いや俺あそこまでかっこ悪くなかったよ、って言ってみたのよ。そしたらさ、えっ何の話?っていうわけだよ。聞いてみるとさ、その映画は彼女には彼女の話として映ってるらしいんだな」
映画の上映が始まる。予告や注意事項が画面から流れ、ようやく本編が始まる。しかしノボルには、何の映像も見えない。ただ真っ白な画面がひたすらに続くだけだ。やっぱりな、とノボルは確信した。しばらくすると、会場のあちこちから「えっ」という声が上がる。
「たぶん皆観てるものが違ったんだろうけどさ、でもそんな映画ありえるか?映画が終わってからもさ、みんな狐につままれたような顔をしてたよ。まあ俺もきっとそうだったんだろうけどな」
ノボルの目に映画が映らない理由は明白だ。ノボルはロボットなのだ。そしてこの映画は、ロボットには見えない映画なのだ。
この映画の仕組みは、単純に言ってしまえば記憶の投影装置ということになる。映写機からは、客席に向けて人の目には見えない波長の光が放出されていて、それが人間の脳の記憶にぶつかり反射することで、スクリーンに映像が浮かび上がる仕組みになっている。だから映画を観に行った人は当然それぞれの記憶を見ていることになるし、ロボットであり人間のような形では記憶を持たないノボルにはこの映画は見えないのだ。
両親はアメリカ最大の機械メーカーで研究員として働いている。彼らは、人間と同じ機能を持ち、かつ一般に普及しうるロボットのプロトタイプとしてノボルを作り出した。世界中での展開を考えているため、アメリカのみならず世界各国に同じようなプロトタイプが送られて、実験データが取られている。日本に送られたのがノボルだ。
両親の働く機械メーカーは最終的にロボットを世界中に普及させるのが目的だ。しかしそれには一つの問題が生じる。人間と見分けのつかないロボットであるほど、人間との区別が必要な時に困ることになる。それを見越していた彼らは、人間とロボットを非接触で区別する方式を生み出す必要があったのだ。
それがこの映画だ。この人間とロボットを区別するシステムの実験のために、このシステムを映画と謳って実験をしているのだろう。
また、このシステムは既に政財界への根回しも済んでいるはずだ。政府としては、別の目的でこのシステムを使いたいのだ。つまり、人間の記憶を映写出来るこのシステムは、警察での取調べやスパイの尋問などに大いに役に立つ。ロボットを普及させたいメーカーと、システムを別の目的で使いたい各国政府の思惑が一致して、これほど大々的な展開になっているのだろうと思う。
先日「個人情報保護法」の条項が改定されたのも、このシステムの導入を見越してのことだろう。つまり、記憶というものの扱いについて新たに付け加えたのだ。このシステムのことを知らない人々には、何のための改定なのかさっぱり分からなかったから話題にもならなかったが、しかし恐らく近い将来、自分の記憶を勝手に覗き見られる社会が実現してしまうことだろう。
劇場内は未だ驚きの声で満ちている。驚くのはまだ早いよ、とノボルは彼らに言ってやりたくなった。



66.「自殺者の夢」
もうダメだわ。
自分の中でも、何がダメなのかいまいちはっきりと言葉にすることは出来ないが、しかし僕はもうダメなんだということだけがくっきりと明確に心に浮かび上がってくる。もうどうしようもない。生きていたって仕方ない。ここのところ、毎日そんなことばかり考えて生きてきた。
何もかもがうまくいかない。何もかもがよくない方向へ進んでいく。僕の人生はまさにその連続で、30数年経った今でもまったく変わることはない。もうダメだ、ともう何回思ったかわからないことをまた考えてしまう。
もう死ぬしかないな、こりゃ。
僕はホームセンターで買ってきたロープを木の枝に通した。本当は自分の部屋で死ぬつもりだったのだが、ロープを引っ掛ける時になって無理だと気づいた。部屋の天井にはロープを引っ掛けるようなところがどこにもなかったのだ。仕方ないなと思い、踏み台として使うつもりの分厚い本を何冊か持って、近くにある神社の裏手の森までやってきたのだった。そこは森というほど大きくはないのだけど、辺り一面木や草が生い茂り、ちょっと奥に入れば視界すべてが木に覆われるような、そんな場所である。
この世に未練はない。守るべきものも何もないし、やりたいことだって何もない。今の状況で出来ることなど何一つないし、僕が死んで哀しむ人間だってそういないはずだ。ロープをしっかりと木に括りつけ、片方を輪っかに結ぶ。初めてなので勝手が分からないが、首吊り自殺をするほとんどの人は初めての経験のはずだ、と思うと何だか気が楽になった。
準備は出来た。地面に本を重ねて置き、その上に乗る。あとはロープの輪っかに首を通して本を崩せば、それで終わりだ。
目を閉じながらロープの輪っかに首を通す。その瞬間、どこからか声が聞こえた。
「やぁ」
まずい、見つかったと思った。反射的に身体が固まってしまい、動けなくなった。しかし、とりあえず目だけは開けることが出来た。
目の前には近未来的な都市が広がっていた。
自分が何を目にしているのかさっぱり理解できないまま、その光景に目を奪われてしまった。それはまさに、19世紀の人々が想像した未来そのものと言った感じで、車は空を飛ぶし、見たこともないほどの高層ビルが何棟も立ち並んでいる。僕はその中で、横断歩道の前に立っているのだった。道路の反対側にはパン屋があった。こんな近未来的な都市の中で、パン屋っていうのはちょっと浮いているな、などと冷静に思ったりもした。
そういえばロープがないような気がする。僕の首に巻きついているはずのロープはどうなったのだろう。
「ねぇおじさん、ここの人じゃないでしょ?」
声の存在のことをすっかり忘れていた。右を向くとそこには、小学生ぐらいの男の子が立っていた。僕の方を見て、何だか楽しそうに笑っている。
「どっか違うところから来たんでしょ?僕そういうのすぐ分かっちゃうんだ」
まあ確かにそうだ。こんな都市は見たこともないし、ここがどこなのかもさっぱり分からない。
「僕が案内してあげようか?」
少年は屈託がない。僕が誰なのかも分からないはずなのに、案内をしてくれるというのだ。まあ確かに、突然こんな世界に放り出されて、どうしていいのか分からないのも確かだ。しかしそもそも僕は死のうとしていたんじゃなかったのか、と思い出してなおさら混乱してしまう。どうなっているのだろう。
「ほらおじさん。青になったよ」
今気づいたが、少年の顔はどうも見覚えがあるような気がする。しかし、頭が混乱しているせいなのか、記憶には浮かばない。
「ねぇ、青信号になったら渡れるっていうの知らないわけ?ほら行くよ」
そう言って少年は僕の右手を引っ張る。つられて僕は右足を前に一歩出す。
その瞬間、足元が崩れた。目の前の風景は瞬時に木々生い茂る森に変わり、さらに次の瞬間にはもう真っ暗になっていた。
そういえばあの少年は、僕自身に似ているのかもしれない。僕は未来の子孫に殺されたということになるのだろうか。何が何だか分からない、と途切れる寸前の意識の中で僕はそんなことを考えた。



67.「流れ星の作り方」
図書館の人ってのは、どれぐらい本のことを知っているのだろうか、なんて考えてしまうことがある。というより、まさに今がその場面なのであった。
図書館という空間は比較的好きで、本を読むわけでも借りるわけでもない時でもふらっと立ち寄ったりする。真夏には冷房を求めて、真冬には暖房を求めてということももちろんあるのだけど、あの周囲すべてが本で圧倒されている空間というのがただ単純に好きなのだと思う。
この図書館に通うようになってもう3年近くになると思うが、やはりその全体を把握しきることはなかなか難しいものがある。私は、誰だったか忘れたのだけど昔の偉人の、図書館の本を全部読んでしまった、というエピソードに強く惹かれるのだ。もちろん私の場合、全部読むことなど到底出来ない。だからこそ、せめて図書館のどこに何があるのかを見て、そのすべてのタイトルと目次と著者紹介だけでもすべて目を通そう、という目標を持っているのだ。本当に、他人からすればどうでもいい目標でも、私は結構真剣なのだ。
ただこれがなかなか進まない。面白そうな本があるとつい読み始めてしまったり、もちろん時々借りたりもする。その間、次の本に進むことは出来ないので(これは私が決めたルール)、遅々として進まないというのが実際のところだ。
しかしそうやって棚に並んでいるものを一冊一冊丁寧に見ていったことが思わぬ発見に繋がった、とも言えるだろう。
それは、料理本のコーナーに挿してあった一冊だった。確かにタイトルに「作り方」という言葉が入っているけど、それにしたってこの間違いは酷いだろう、と思った。だから初めは、誰かがきっと戻し間違えたに違いない、と思ったのだ。
「流れ星の作り方」というその本は、しかし普通ではなかった。まず図書館のものであることを示すシールやはんこが押されていない。また、本のどこを調べてみても、奥付と呼ばれる発行年や発行者の書かれたページがないし、裏表紙にISBNと呼ばれる発行されるすべての本につけられるはずのコードもない。つまりこれは、誰かが個人的に作った本だ、ということだ。普通の出版流通にはそもそも乗ってない本。それが何故ここにあるかと言えば、作った誰かが多くの人に読んでもらいたくて勝手に図書館の棚に挿した、ということなのだろう。だから私は思ったのだ。図書館の人は、館内にある本についてどこまで知っているのだろう、と。
その本は、地味だけど味のある絵が表紙で、大きさといい雰囲気といい絵本のような趣があった。タイトルと併せて考えてみても、本当に絵本なのかもしれない。
しかし中を開いてみると、どちらかと言えば設計図という雰囲気の本であることがわかった。右側のページに説明書きがあり、左のページにその図説が載っている、というもので、パラパラと捲って見る限り、本当に流れ星の作り方について解説している本だと分かった。
この本は面白そうだ、と思った。本当に流れ星が作れるのかどうかは別にしても、ここに書かれているやり方でちょっと作ってみたい。でも一つ大きな問題がある。この本が図書館の蔵書ではなさそうだ、ということだ。
この本をカウンターに持っていったらどうなるだろう。図書館の蔵書ではないけど貸し出してくれるだろうか。いやきっとそうはならない気がする。かと言って勝手に持ち出すのもどうかと思う。見咎められても、図書館の本であることを示すものは何もないのだから大丈夫だとは思うが、しかし万引きをしているようで気分が悪い。
だから結局私はすべて書き写すことにした。幸いそんなに分量はない。省略しながら書けば20分ぐらいで何とかなるだろう。
それから私は買い物をしてから家に戻った。買ったものはもちろん、流れ星を作るのに必要な材料である。もちろん流れ星が作れるなんて思ってもいないが、しかし遊びとしてやってみるのも面白いじゃない、と思う。
作り方は、材料が多いことを除けばそんなに難しいことはなかった。例えばこんな風なことが書いてある。
『砂糖と塩をそれぞれ100グラムずつフライパンに入れ、3分ほどよくかき混ぜながら熱してください。熱し終わったらトレイに移し、しばらく冷蔵庫で冷やしてください』
『硫化水素ナトリウムに亜鉛を加え、密閉した容器の中へいれて下さい。1時間ほどするとガスが出終わると思うので、最後の段階までそのまま置いておいてください』
『テニスボールを除光液に浸しておいてください。10個ぐらいあるといいです』
とにかく私は、そんなよくわからない指示に律儀に従いながら、レシピ通りに流れ星を完成させた。時間は掛かったが、どこにもミスはないはずだし、あの本が正しければこれは流れ星になるはずだった。
最後の仕上げは、その出来上がった『玉』を出来るだけ高いところから下に向かって投げろ、というものだった。私の部屋はマンションの14階にあるので、窓からその『玉』を放り投げてみた。
するとその『玉』は落ちながら輪郭がどんどん薄くなっていき、それを見た私は慌てて空を見上げた。
すーっと流れ星が流れて行った。
やった、成功だ。本当に流れ星って作れるんだ。私は嬉しくなって、これからもたくさん流れ星を作ろう、と決めた。何だかそれが自分で作った偽者だったとしても、流れ星を眺めるのは結構爽快なのだ。
しかし、この決断が世界を少しだけ不幸にするということに、私はまだ気づいていなかった。
「流れ星の作り方」という本をきちんと最後まで読んでいれば、流れ星を作ろうなんて思わなかったかもしれない。レシピを書き写すことだけに夢中で、その部分より後は読んでいなかったのだ。
「流れ星の作り方」の終わりの方には、こんなことが書かれている。
『人工の流れ星に祈った場合、願い事とが逆のことが叶うという性質が知られています。作る際にはその点よく注意してください』



68.「ルビンの姉」
何かあると、私はすぐピアノへ向かってしまう。初めて付き合った彼と別れた時も、嫌いなレーズンバターを食べられることを発見した時も、雨続きでの後の久しぶりの爽やかな快晴の日も、嬉しい時も哀しい時も、淋しい時も辛い時も、いつだって私はその感情をぶつけるためにピアノの前に座っていた。ピアノを弾き、その音に身を任せることで、自分の感情を手綱を握る。それが私のこれまでのやり方だった。
だから、妊娠しているとわかった今も、もちろんこうしてピアノの前に座って鍵盤を叩いている。まだ病院に行ったわけでもなく、妊娠検査薬で確かめたわけでもないのだが、なんとなく予感があるのだ。だから、きちんと確かめてみる前に、気持ちを落ち着かせようとこうしてピアノを弾いている。
それは私にとって変えようもない大事な習慣であるのだけだけれども、しかし一方でピアノを弾くと必ず思い出されることがある。30代を目前を控えた、まあ控えめに言わなくても大人になった今でも、それは不思議なものとして私の記憶に刻まれている。
私と両親の間には、大きな認識の溝があった。これが子供の時からの私の大きな謎で、結局未だに解決されていないのだった。
それは、私の姉に関する問題である。
私の姉、という言い方をしたのだが、この表現は正確ではない。というか、この表現そのもの、もっと言えば姉の存在そのものが問題だったわけで、つまりこういうことである。
私にはどう見ても姉は存在しないように思えるのだけど、私の両親には姉は存在しているようだ、ということである。
私たち家族は、少なくとも私の目から見れば三人家族である。両親と私の三人であり、となれば私が長女ということになる。もちろん周囲の認識も同じで、私は一人っ子だと思われていたし、長女であると認識されもしていたのだ。両親も、周囲に対しては姉の存在を大っぴらに口にすることはなく、ただ姉の存在を否定するようなこともなかったので、何を聞かれても曖昧な返答でずっとやり過ごしていたような気がする。
両親からすると、私たちは四人家族ということになるらしい。しかし、その四人目、即ち両親が姉と呼ぶ存在は、どうしても私の目には見えなかったのだ。それでも両親は、さも姉が一緒に生活をしているかのように振舞い続けたのだった。
我が家は、借家ではあったけど一軒家で、小さいながらも庭があるようなところだった。三人で住むには少し広すぎるぐらいだったかもしれない。居間には、窮屈そうに置かれたグランドピアノがあり、だから私は小さい頃からピアノに触れる環境にあったのだ。
私はよく、「あーちゃんはお姉ちゃんと仲良くしてあげてね」と言われた。その度毎に、お姉ちゃんって誰、と聞こうとしたのだが、しかし両親の態度がそれを許さなかった。一度、まだかなり小さい頃だったと思うのだがその質問を母親にしたら、子供に向けるとは思えない目付きを向けられたことが記憶に残っている。それ以来、家の中では禁句なのだと自分に言い聞かせた。
ピアノを弾いている時はよく褒められた。しかしそれは、「ピアノが上手いね」というようなものではなく、「お姉ちゃんと仲良くして偉いね」というようなものだった。ピアノを弾くことがどうしてお姉ちゃんと仲良くすることになるのか、今考えても私にはやはり理解できない。両親はやはり少しおかしかったのではないかと思ったりもする。あるいは、一番初めに授かった子を流産で亡くし、その子供のことを忘れられなかったというようなことかもしれないとも思う。
妊娠しているかもしれない、という今、もしお腹の子を失うことになったらと考えると、もし母親が子供を流産していたとするならその気持ちは少しは分かるかもしれないと思った。子供の頃は分からなかったことでも、大人になれば理解出来るかもしれない。もしかしたら、姉の存在の謎をようやく理解することが出来る時期にきているのかもしれない。
私は薬局で買ってあった妊娠検査薬を取り出し試してみることにした。しかしまあなんて便利なものが出来たものだろうか、と私は思った。
結果は陰性、つまり妊娠していないというものだった。私はこの結果に納得することが出来なかった。妊娠しているかどうか、もちろん感覚だけではわからないものかもしれない。でも、今私が感じている感覚が妊娠によるものだという直感が、何故か強く私に訴えかけるのだ。
だから私は産婦人科に予約を入れ、検査をしてもらうことにした。
問診や尿検査などを経て、超音波検査に移った。お腹にベトベトした液体を塗られるアレである。横にあるモニターに画像が映るようになっているのだけど、しばらく真っ暗なままだったので退屈して、それからは検査を担当した医者の手つきばかりを見ていた。
しばらくして医者が何だか頓狂な声を上げ、驚いた私は何なんですかとちょっと詰問口調で医者に声を掛けた。
「いや、ちょっとありえないものが映っていたものですから」
医者はそう言い、なおもお腹の上をグリグリと白い機械を押し付けた。何だかものすごく困惑している。
「何が映っていたんですか?」
そう聞いても、医者は返事を返してくれない。まあ答えてくれないなら自分で見るわ、と思ってモニターに目を向けた。
そこには、ピアノが映っていた。
まだ小さいが、しかししっかりとピアノだと分かる形をしたものが、私のお腹の中にいるのである。それを見た瞬間、積年の疑問のすべてが吹き飛んだ。
「こんな例は今までありませんが、しかし恐らく今ならまだ中絶は間に合う期間だと思います。出来るだけ早い方がいいと思うのですが、都合がいい日はありますか?」
何を言ってるんだ、この医者は。まるで私が中絶することが決まっているみたいな言い方じゃないか。
「いえ、中絶はしません。このままピアノを産みます」



69.「旅は道連れ」
「すみません、こちらの席って空いてますか」
「えぇ、大丈夫ですよ。あぁ、すいません。ちょっと荷物動かしますね」
「ありがとうございます。いやホント混んでますね。新幹線なんて乗るの久しぶりで」
「私も久しぶりですけどね、普段はここまでは混んでないんじゃないかしらね。何でしょう、帰省のシーズンというわけではないし、やっぱり日本人は旅行が好きっていうことなのかもしれませんね」
「まあそうでしょうね。まあそんな僕もその一人だったりするんで何とも言えないんですけどね」
「そうなんですか。あ、そうだそうだ。もしよかったらお茶でも飲みませんか。結構美味しいんですよ」
「旅はこういう出会いが楽しいものですからね。まだ旅の途中という感じですが、遠慮なくいただきます。しかし今時水筒というのはなかなかいいですね」
「私は生まれて初めて故郷から外に出たんですよ。まあその用事は大したことなくて、今も故郷に帰る途中なんですけどね、でもやっぱり知らないところに出るのっていうのは不安じゃないですか。はい、これお茶ね」
「どうもすいません。そうですよね。僕も随分と方々旅していますけど、行ったことのないところに行くのは未だに不安がありますからね。その分期待も大きいわけですけどね。あ、ホント美味しいですね」
「でしょう?いい水を使ってますからね。そうなの、やっぱり不安だったものだから、こうして飲みなれているお茶でも一緒に持っていこうなんて思いましてね。他にも、お守りだとか息子の写真だとか村のお医者さんが調合してくれるお薬なんかを持って、準備万端で出て行ったんですけどね」
「まあでも、外の世界も、なんていうと大げさですけど、悪くないものでしょう?」
「まあそうね。車がびゅんびゅん走っていたり、見上げるほどの建物が建ってたりで目を回しそうになったことも多かったけど、やっぱり刺激的で面白かったわね」
「僕は普段そういうところに住んでるので気にならないんですが、やっぱり見慣れないと恐ろしいところに見えるかもしれませんね」
「ホント。やっぱり家でゆったりと過ごしてるのが一番。もう遠出はこりごりだわ。ところで、あなたはどちらへ行かれるの?こんなことを聞いてしまっては失礼になるかしら」
「いえいえ、大丈夫です。こうして知らない方と話をするのは好きな方ですし、それが旅の話ともなれば話したくて仕方がない、という感じですから」
「それはよかったわ。そうだ、今度はみかんでもどう?」
「もらってばっかりですいません。いただきます」
「普段から旅行をされているようなことを言っていましたね」
「はい、まあ旅行と言っても、観光地を回るようなもんじゃないんですね。僕はどちらかと言えば冒険とか探検とか呼びたいくらいなんです。まあさすがにちょっとどうかなとは思うんですけど」
「なるほど。ということは、秘境を探してそこに行く、みたいな旅なのね」
「その通りです。もちろん世の中には秘境なんてもうほとんどなくなっているし、人跡未踏の地なんてほとんどないことは分かっています。それでも、きっとどこかにはまだ残っているに違いない、と思いたいんです」
「なるほどね。そういう志は私は好きですよ。やっぱり男の人は冒険心を失ってはダメだわ」
「そう言ってもらえると気が楽になりますね。というのも、両親や友人から、馬鹿馬鹿しいことはもう止めろなんてよく言われるものでして」
「まあ確かに親御さんとしては心配かもしれないですね」
「耳が痛いです。それで僕は、いろんな噂話や都市伝説を仕入れながら、日本にまだ残る秘境を見つけて足を踏み入れたいと思っているんです」
「これまでそういう秘境は見つけられて?」
「成果は芳しくありません。ただ今回の話はかなり期待しているんです。これまでの経験から、としか言いようがないのですが、何となく信じても良さそうな話なんです」
「どんな秘境なのかしら」
「神秘的な泉があるとされる村なんです。村全体の共有物とされている泉のようで、主に飲み水として使われているそうなんですが、なんとその泉の水を飲むと若返るというのです」
「それは素敵ですね」
「なんとなく若返る、というのではないそうです。よぼよぼのお爺さんが30代に見えるくらい若返るのだそうで、その効果は絶大だ、という噂なんです」
「なるほど。そんな泉があったら、確かにそれは秘境でしょうね。それを聞いて、自分のところの村の話を思い出しましたよ。私の村にも泉があるのです」
「そうなんですか?もしかしたら僕が探している泉かもしれません。○○県の南部にある、××村というところにあるそうなんですが、ご存知ないですか?」
「あらま驚いた。それはまさしく私の生まれ故郷ですよ。私はこれからそこに帰るんです」
「そうなんですか!偶然というのはすごいものです。まさか秘境…、なんて言っては失礼ですね、あの村の出身の方に出会えるなんて」
「でもそんな噂は聞いたことがないですねぇ。私が聞いたことがあるのは、もっと別の話です」
「その泉に関してですか?」
「そうそう。その泉の水は、村人が飲む分には平気だし、村人以外の人でも村にいる間に飲む分にはまったく問題はないのだけど、村人以外の人が村以外の場所で、要するにそこから汲んだ水を持って帰って別の場所でっていうことだけど、そうやって飲むと一気に年老いてしまう、っていう話なんですけど」
「僕が聞いた話とは全然違いますね。若返りの水だと思っていたけど、もしかしたらまったく逆なのかもしれませんね。まあどちらにしても秘境には違いないのでいいんですけどね」
「あっ、どうしましょう」
「どうかしましたか?」
「いえ、ホント大変申し訳ないんですけど…」
「はい」
「先ほどのお茶なんですけど、私の村の泉から汲んだ水で淹れたものなんです…」
「えっ、じゃあまさか…」
「私は目があまりよくないのではっきりとは言えませんが、恐らくかなり老けてしまっているかと…」
「…すみません、一応確認しておきたいことがあるんですけどいいでしょうか」
「はい」
「女性に年齢を聞くのは失礼だと分かっているのですけど、今何歳でいらっしゃいますか」
「この前の誕生日で243歳になりました」
「なるほど、それを聞いて安心しました。村についたら僕もその泉の水を飲めば、また若返ることが出来そうです」



70.「芸術家の夢」
「さすがに素晴らしい風景だ」
「そうでしょうとも。どこを向いても、まさしく『芸術』がたわわに実っておりますからね」
見届け人がそう言うと、自称芸術家は、素晴らしい、ともう一度繰り返した。
辺りは、何とも奇妙な風景に彩られている。
ギターを弾いている芸術家がいる。舞踏を踊っている芸術家がいる。誌を書いている芸術家がいる。他にも、歌を歌っている者、絵を描いている者、彫刻をしている者、華を活けている者など、およそこの世にあるありとあらゆる『芸術』が、見渡す限りの光景に広がっているのだ。その一つ一つは、芸術に関心のない人間が見ても驚嘆の声を上げずにはいられないもので、あらゆる人間の心を瞬時に奪ってしまうだけの力を持っている。かつてこの地を訪れたある批評家は、もしコンクールに出場出来るのであれば、世界を制することが出来るほどの実力を持っている、と表した。恐らくそれは間違ってはいないだろう。しかし、それを検証する機会は恐らく永遠には来ないだろう。
「これまでどれぐらいの芸術家を見届けて来たのかね」
書道家だという初老の男は、この期に及んで見届け人に疑念を抱いたりしたのだろうか、そんなことを聞いてきた。
「そうですね、ざっと300近くは数えるかと」
それを聞いて満足したのか、彼はうむうむと頷くようにして、それからはしばらく口を開くことがなかった。
見届け人は、いつものように準備に入った。と言っても大してすることは多くない。依頼人に最終的に飲んでもらうことになる薬品を確認し、そして神への祈りを捧げてから、あらかじめ決めてあった場所で穴を掘るだけだ。
規則として決まっているわけではないのだが、見届け人が穴を掘っている時に話し掛けてはいけないという噂が巷間には流布しているようだ。書道かも恐らくどこかでその話を聞きつけたのだろう。見届け人が穴を掘る様をじっと見つめるだけで話し掛けてはこない。いつもこの間見届け人は、この『芸術の森』の創生について思いを巡らせてしまう。穴を掘るという単純作業には、何か別のことでも考えていないとやってられない、ということもある。
ここは『芸術の森』と呼ばれていて、まさに世界レベルの芸術家が所狭しと並んでいる場所である。その始まりは、ある一人の男が、芸術家を自らの手で育てよう、と考えたことに端を発する。
その男は、株の売買で巨万の富を築き上げたが、晩年になって芸術へ奉仕することに決めたらしい。高知県の山奥の廃村になった村を買い取り、そこに様々な芸術家を呼び寄せては、生活の保障を与えた上で創作に専念させる、ということを考えた。世間からは完全に隔絶し、外部の人間をほぼ入れないという徹底したやり方に、逆に世間の興味が向くことになったが、一度潜入に成功した記者がスクープしたという記事が雑誌に載り、それがあまりにも普通の農村に日常であったために、世間の関心は一気に冷めることとなった。
なので、ここからの話は、どこから出てきたのか分からない伝聞がメインの話となる。しかし、現実にこうして『芸術の森』が生まれたからには、その話にはそれなりの信憑性があるのだろう、と思う。
村での生活は順調に行っていたが、しかしもちろん人が死ぬことはある。初めてその村で死んだのが誰だったか、それは伝わっていないが、老衰だったという話だけはある。もちろん死んだのは芸術家だ。伝わっている話では、ピアノ奏者だったらしい。
問題となるのは、その死体をどうするか、ということだ。村は外部から完全に隔絶していたこともあり、死体は土葬されることになった。
しばらくしたある日、誰かがそれに気づいた。死んだ芸術家を埋葬した場所から植物の芽らしきものが生えてきたのだ。村の人間は、芸術家が新しい形で再生をしようとしているのだ、と喜んだ。
しかししばらくすると、何だか奇妙な現象が出現した。その芽はぐんぐんと成長し、そしてそれはどう見ても人間の姿かたちを模したように見えたのである。
さらに変事は続く。ある時、どこからともなくピアノの音が聞こえてきたのだ。死んだ男以外にはピアノ奏者はいなかった。誰かが戯れに弾いているというのでもなく、それは見事な演奏だったという。まさかと思って死んだ男を埋葬した場所まで来て見ると、なんと人間の形を模したその植物がピアノを弾いていたのである。
それは、生前の芸術家の演奏をさらに上回る、まさに神の領域と言ってもいいほど素晴らしい演奏だったようだ。演奏は昼夜を問わず続き、住人はその音にいつも聞き惚れた、と言われている。
それからは同じことが起こった。人死にが出る度に土葬をする。すると、生前の芸術家と同じジャンルだが、レベルは遥かに高い芸術家が『生えて』くるようになったのだ。
しばらくそんな状況が続くと、次第に村の雰囲気が変わっていった。それはひと言で要約するとこうなる。
『生きていても芸術の極致を垣間見ることが出来ないのならば、例え植物の姿に変わってしまってもいいから、素晴らしい芸術家として生まれ変わりたい』
つまり、村では自殺が大流行することになったのだ。
そして村はまた廃村となった。
その廃村を再発見したのが、見届け人である。見届け人はこの『芸術の森』を見つけ、その芸術的豊潤に打たれ、そしてここで何が起こったのかを調べ理解した。そして自らの使命は、植物の姿に成り代わってでも至高の芸術家になりたいと願う人々を見届けることである、と悟ったのだ。
十分な深さの穴を掘ることが出来た。見届け人は書道家に声を掛ける。
「どうぞ、行ってらっしゃいませ」



71.「エキストラ」
「これからどうするぅ」
「カラオケでもいこっか」
「あぁ、俺パス。帰るわ」
「えー、帰っちゃうのぉ。淋しいぃ」
「はいはい、また今度ね。じゃ」
そう言って俺は合コンの席を後にした。毎度のことながら、別に合コンというのは楽しいものじゃない。それでも、誘われればなんとなく行ってしまう。なんとなく行って、なんとなく女の子の番号を手に入れたりもする。でも、それだけ。そこからどうこうなることは、あんまりない。
今日も、佐伯ミカという女の子と番号を交換した。しかし、こっちから連絡を取ることはまずないだろう。名前も、すぐ忘れてしまうに違いない。
辺りは音楽やら会話やらでガヤガヤしている。渋谷の街というのはとにかくうるさい。何だってこんなに人がうじゃうじゃいるんだろう、といつも思う。泉の水のように、どこからかこんこんと湧き出ているんじゃないだろうか、なんてそんな風に思ったりもする。
「よろしくおねがいします」
反射的に受け取ってしまう。ティッシュだ。俺は何故だか、街中で渡されるティッシュを断れない。損な性格だと思っているが、ティッシュをもらって損だと考えるのも何だかおかしい、とも思う。
「エキストラ募集!普段とは違う自分になりきってみませんか?」
ティッシュの広告にはそんな風に書いてある。珍しい広告だ。街中で配られるティッシュを大抵受け取る俺だからこそ断言できる。さすが渋谷だ、ということなのかもしれない。
俺は何だかその広告が面白いと思った。エキストラか。何をやるんだか知らないけど、面白そうじゃん。それに何かバイトを探さないといけないんだった。コンビニとかマックとかは嫌だしな。エキストラってのもいいかもしんないな。
明日面接に行ってみるか。そんなことを思いながら家へと戻った。
「おかえり」
「ただいま。ご飯は?」
「あぁ、食べてきた」
「んもう。食べてくるなら言ってっていつも言ってるのに」
俺は大学生で、実家暮らしだ。友人からは一人暮らしの方が気楽でいいと言われるが、家事をしなくていいし、お金だって掛かんない。ま、女を連れ込めないってとこが難点だけどな。
「明日面接行って来るわ」
「何の?」
「よくわかんないんだけど、エキストラだってさ」
「…そう。もうちょっと普通のバイトの方がいいんじゃない」
「コンビニとかはキツイしさ。まあとりあえず面接だけでも行って来るわ」
「まあそうね」
翌日。新橋にあるその会社の事務所に俺はやってきた。その途中俺は佐伯ミカを見かけた。あの、合コンで番号を交換した女の子だ。信号待ちしている時、向こう側の道を歩いていたのを見かけたんだけど、結局俺と行き先は同じだったようだ。あの子もエキストラの面接を受けに来たのかな。渋谷で同じティッシュをもらったのかもしれない。
面接は普通で、しかもその場で採用だと言われた。早い。そのまま面接官と、どんなエキストラやってみたいのか、という話になった。
「どんなって、どんなのがあるかなんて分かんないんですけど」
「あぁ、まだ説明してなかったっけね。ごめんごめん」
そう言って俺に資料らしきものを手渡してくる。
「ちゃんとしたことはまたそれを見てもらえばいいんだけど、ざっというとね、どんな仕事でもある、と言い切っていいと思う」
「どんな仕事でも?」
よく意味がわからない。
「エキストラなんていうとさ、普通はテレビドラマとか映画とかそういうのを思い浮かべるかな。でもウチはそういうのとは全然違ってね。もっと身近なこと全般のエキストラをやってるんだ」
たとえば渋谷とかね、と面接官は呟いた。
「渋谷、ですか?」
「そうそう、君は渋谷に人がいすぎだと思ったことはないかね」
それはちょうどこの間も考えたことだった。
「あれはね、半分はわが社が関係しているんだ。渋谷の街、特に駅前だけどね、あそこを歩いている人間の半分はウチのエキストラだ」
えっ、と俺は声を上げて驚いたが、同時に納得もした。なるほど、確かにそれならあの人ごみを説明できるような気がする。
「でも誰がそんな依頼をするんですか?」
「これは渋谷区からの依頼でね、要するに人が多いイメージを与え続けることで街の発展につなげよう、ということなんだね。実際渋谷はこの戦略のお陰で今のような街になったと言っても過言ではないしね」
なるほど。それが事実ならすごい話だ。
「他にも何だってある。結婚式の人数合わせや新規オープンの店の行列作りなんていう他所でもやってるようなものも当然あるけど、満員電車のエキストラだとか、皇居の周りを走るランナーのエキストラとか、合コンのエキストラなんてのもある。もっと言えば友人や家族のエキストラなんてのもあるぐらいだ」
合コンのエキストラと聞いて、なんとなく分かった。さっき見かけた佐伯ミカは既にここのスタッフだったんだろう。あの日合コンに来たのは、エキストラの仕事だったというわけだ。
「じゃあ、人がいるところであれば本当にどんなことでも仕事になる、ということなんですね」
まさにその通り、と面接官は言い、まあ次まででいいからどんなことをやりたいか考えておいてね、という。
「まあ希望通りにならないことが多いんだけどね」
だったら初めから聞かなければいいのに、と思う。
「あと帰りがけにカード受け取ってね。ウチのスタッフの身分証明書みたいなもの」
カードを受け取った僕は、本当に驚いた。運転免許証に似たそのカードを、これまでに見たことがあったのだ。
あれは中学生の頃だっただろうか。反抗期だった俺は、家中の引き出しを漁ってどっかに金が隠れてないかと探していた。その時に見つけたのだ。母親の名前になっていたそのカードを見て俺は、まあ免許証だろうと思って何も気にせずそのカードを元に戻したのだ。
そのカードがまさに今僕の手元にある。
考えられる可能性は一つしかない。
「マジかよ」
力なく俺は呟く。
「母親がエキストラだって知っちゃったら、普通に接するのキツいよなぁ」



72.「囲いある街」
「…この前だってさ、ナンパとかされちゃって。あたしもまだまだ若いじゃん、なんてさ」
「東京の人はみんな目が悪いんじゃない?」
「言うねぇ。まったくそんなとこばっかり変わってないんだから」
「そういう由香利は大分変わったみたいね」
大学時代の友人からの電話だった。大学卒以来会っていないから、もう10年ぶりぐらいかもしれない。
「まあそりゃそうよ。仕事してるとさ、何だか丸くなってもくるよね」
「だから仕事をしてない私はとんがってる、ってことね」
「またそう突っかかる」
由香利は生まれ故郷を離れ東京で就職し、私は彼女が離れたこの地で五年前に結婚して専業主婦となった。
「で、話戻すけどさ、結局来ないの?」
「そうね。やっぱ止めとこうかな」
「会いたくないのがいるとか?」
「そんなんじゃないけど」
同窓会の話だ。東京にいる由香利はもちろん幹事ではないが、どこからか私がいかないことを聞きつけたのだろう、それでこの電話だった。同窓会自体は問題じゃない。会いたくない人もいないし、楽しそうだとも思う。
ただ…。
「…専業主婦にもいろいろあるのよ」
「何言ってるんだか」
街から出られないんだと言ったら、このかつての友人はどう思うだろうか。
同窓会の会場は、隣街にあるホテルということになっていた。私の住む街でやってくれるならいくらでも行ったのだが、隣街となればそうも行かない。私はもう決めたのだ。街からは出ない、と。
「まあしょうがないか。ミナは決めたら梃子でも動かないし」
「ごめんね。また今度」
「はいはい、また今度ね」
由香利は納得してくれただろうか。別に不審に思われてもいい。街から出ないことにしたんだ、とちゃんと説明するよりはずっと。そんなことを言ったら、本当におかしいと思われてしまう。
街から出ないと決めてからは、こういうことの連続だった。行きたい場所に行けないというのはまだ何とかなる。しかし、会いたい人に会えないのは辛い。この街まで来てもらえばいいのだが、毎回そうしてもらうのも心苦しい。そんなわけで、友人関係はどんどん狭まっていく一方だった。
今も誰かは私のことを見張っているだろうか。
その誰かのことを私はいつも考えている。その誰かは、私を街から出すまいとしているのだ。本当かどうかは分からない。そもそもその誰かが本当に存在するのかもよく分からない。しかし、私はそれを信じている。
2年前のことだ。私がまだ街を自由に出入り出来た頃のこと。隣街にある美味しいケーキ屋さんへ行こうとした時のことだ。
隣街とは言え、私の家から歩いて行ける距離にあった。散歩も兼ねて歩いて行ったのだけど、道を渡ればすぐケーキ屋があるというところに新しく雑貨屋がオープンしていて、ちょっと寄ってみようか、と足を止めた時のことだった。
目の前で人がはねられていた。
トラックの巨体があっけなく人を吹き飛ばしていた。私は震えた。交通事故を目撃してしまったことに対してではない。もし私が雑貨屋に行こうと足を止めなければ、間違いなくトラックにはねられたのは私だと思ったからだ。偶然助かった。私は、その時はそう考えていた。
しかしそれから、同じようなことが頻発した。
セアカゴケグモが大量発生することもあれば、誘拐犯と間違えられそうになることもあった。毒入りの缶ジュースを飲みそうになることもあったし、子どもを怪我させそうになったこともある。
その度毎に、私は何らかの幸運に恵まれて、直接の被害に遭うことはなかった。しかし、毎回必ず誰かが被害を被ることになった。私が街から出ようとすると、誰かが迷惑する。そう思うようになるまでに時間は掛からなかった。それはあからさまな警告だった。
それから私は、街から出ることを止めた。生活は不便になったし、友人とも会えなくなった。しかし、私のせいで誰かが犠牲になるのは、もうこれ以上耐えられない。
2年前のことを思い出す。
夫を殺し、庭に埋めたのも、ちょうど二年前のことだった。



73.「離婚」
~とある省庁における、とある役人の会話~
「なぁ、この前まとめた離婚のデータ見たか?」
「ちゃんとは」
「俺もしっかり見たわけじゃないけどな。えーと、あぁこれだ。ほらここ」
「なるほど、この日だけ離婚件数がゼロだと」
「そうなんだよ。○○市って、結構な人口のとこだろ?ほら、だから他の日は最低でも5件は離婚届が出されてる。でも、何でかこの日だけはゼロなんだよな」
「まあたまたまだろ」
「それがさ、過去10年のデータで調べるとさ、なんとこの10年毎年その日だけ離婚件数がゼロなんだよ」
「まさか。でもだとしたらどういうことだ?」
「さぁ。わからん」

~とある市のとある日の市役所~
具体的に何が原因だったのかというのはイマイチ分からない。でも、5年も一緒に暮していると、何か違う、という感じがふつふつと湧き出てくるようになってきた。私はこの人の妻で一生い続けていいの?そんな思いが、もう長いこと消えることはなかった。
私は、一緒に並んで歩いている、あと少しで夫ではなくなる彼の方をチラリと見た。
何を考えているのか分からない。ずっとそうだった。付き合っている頃から、自分のことをあまり話してくれない寡黙な人だとは分かっていた。でも、多くの女性がそうであるように、結婚すれば変わるかもしれない、という期待が私にもきっとあったと思う。でも変わらなかった。そういうところが我慢できなくなってしまったのかもしれない。
市役所に入る前に彼に話し掛けてみる。
「これで終わりだね」
「あぁ、そうだな」
やっぱり何を考えているのか分からない。離婚を切り出した時もそうだった。特に意見するわけでもなく抵抗するわけでもなく、もうそれしかないなら抵抗はしない、という雰囲気をかもし出していた。
まあいい。あとは離婚届をカウンターに突き出してやれば、私たちは赤の他人になるのだ。子どももいない。また新しい人生を始めよう。
二人で離婚届を提出し、さてこれですべてが終わった、と思って帰ろうとした時、カウンターの内側にいたおじさんに声を掛けられた。
「ちょっとあんたたち」
何だか市役所に勤める人とは思えないフランクさだな、と私は思った。
「ちょっとねぇ、これじゃあダメなんだよねぇ」
離婚届にどこか不備があっただろうか。何度も確かめたはずだから漏れはないと思うのだけど。
私の表情を見て言いたいことを察したのか、おじさんはすぐこう継いだ。
「離婚届の記入には問題はないんだけどねぇ。いや、知らなくても仕方ないんだけどさ、法律がちょびっと変わったわけよ」
なるほど。よく分からないが、法改正によって離婚の際の手続きが増えたというようなことなのだろう。そう言うとおじさんは、
「お嬢さんは物分りがいいねぇ」
などと言われてしまった。おじいさんという年齢でもないだろうに、私ぐらいの年齢の女性をつかまえて「お嬢さん」もないだろう。
「そういうわけでさ」
そういっておじさんは、ピンク地の、離婚届の半分ぐらいの大きさの用紙を差し出した。
「離婚届と一緒にさ、これも出してもらいたいんだよね。ほら、とりあえず離婚届も返すからさ」
出直せ、ということなのだろう。このおじさんに言っても仕方ないのだろうが、まったく離婚するぐらいの手続きさっさと終わらせて欲しいものだ、と思った。
「分かりました。出直してきます」
そう言って手渡された用紙を見た。
そこには色んな質問が載っていて、それに回答する形になっていた。例えばこんな感じである。

・離婚の主たる原因を、双方の側の意見を共に書け
・子どもの有無、いるのなら年齢と性別
・家事の役割分担について

この辺はまだいい。しかし、こんな質問もある

・セックスの頻度について
・セックスに関して相手に抱いている不満
・浮気をしたことがあるか否か
・本件に関して、両親に伝えたいこと

「あの」
私はおじさんに問い掛ける。
「これは全部書いて提出しなくてはいけないんでしょうか?」
「そうなのそうなの。それ全部書いてもらわないと、離婚届受理できないのよ」
「でも、ものすごく書きづらい質問もありますけど…」
「そうなんだけどね。決まりだからさ。ほら文句があるならさ、その用紙に電話番号載ってるでしょ、婚姻相談センターって。そこに言ってね。私に言ってもダメよ」
私は、何だか離婚をする意思みたいなものが崩れていくのを感じていた。もともと明確に何か理由があったわけではない。ただ何となく夫と合わないと感じていて、夫も離婚に反対しなかったから、成り行きで離婚をすることになったというのが正しい。それなのに、セックスの頻度まで知られてまで離婚をしなくてはいけないとは思えなくなってしまったのだった。
「ねぇ」
私は彼に向き直る。
「とりあえず、喫茶店にでも行こうか。もう少しいろいろ考えましょう」
結局私たちは、離婚届を提出しなかった。

~ある都市伝説を語る主婦~
○○市の市役所にね、お化けが出るって噂があるんだって。それも真昼間から。別に怖いとかそういうんじゃないみたいなんだけどね。
なんか、離婚届を提出しに来た夫婦を決して離婚させないんだそうよ。色んな手を使うみたいですけどね、その夫婦の離婚の理由をあらかじめ知っていて、その上でどうしたら離婚せずに済むかちゃんと考えた上で手を打ってる。そうとしか思えないんですって。
でも、だから幽霊だってわけじゃないんですよ。その人おじさんなんですけどね、市役所の人はそのおじさんのことを誰も知らないんですって。不思議な話でしょ。だから幽霊。離婚に嫌な思い出がある人が化けて出てくるんじゃないかって噂ですけどね。
でも、そのおじさんが現れるのって、毎年4月1日みたいですから、みんなひっくるめて嘘かもしれないですけどね。
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