黒夜行

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2008年に書いたショートショート集 No.1~No.26

1.「出られない男」
尾を引くような残響が、狭い通路に響き渡る。くたびれた革靴が立てる音だ。窓のない通路。地下だから仕方ないとは言え、通るたびその陰気さには文句の一つでも言いたくなる。頭上に並ぶ裸電球も、ところどころ切れ掛かっているものが多く、管理の行き届いていない様が露骨に現れている。
恐らく外は雪が降っていることだろう。予報ではそんなことを言っていたし、ちょっと前に見た空模様も、いかにもという感じであった。それだけで断定するのも早計というものだが、しかし確信は揺るがない。そう、毎年この日は雪なのだ。少なくとも、あの男がいる場所では必ず。
左右に並ぶ鉄格子を横目に、奥へと進む。そこには、住居を持たないものたちが、冬の寒い間だけ逃避するようにひしめきあっている。箸にも棒にも掛からないと言っては立場上まずいだろうが、そんなちんけな犯罪を犯して、冬の間だけ屋根の下で過ごそうとする輩だ。そんな連中が増えるから、こんな時期になっても俺達の仕事は一向に終わらない。機械のように取調べをして、さっさと処理しなくてはいけない。
その奥の奥に、あの男がいる。
長年追い続けた男だった。刑事と犯罪者に使う言葉ではないが、まさに相性が合ったということだろう。他の仕事をいくつも抱えながらも、常にあの男のことばかり考えていた。冬になれば余計にそうだ。いつだって冬は俺を苛立たせ、そして同時に雪を溶かすような熱が内側から湧き上がるのを感じる。
それももう今年で終わりということか。
今はまだ実感が湧かない。恐らくしばらくしたら、追うべき相手を消失してしまったことに対して何か感じることになるだろう。深い喪失感を得るのかもしれない。しかし今は、長年追い続けた男を掴まえたというその興奮で体が充たされている。足取りも軽い。普段ならその陰気さに閉口するこの通路を、今日はふわふわした感覚の中歩いている。
電球がジジッと奇妙な音を立てた。
その音で思考を断たれた俺は、自分があの男のいる独房の目の前にいることに気づいた。こんなことは珍しいが、それだけ興奮しているということだろう。何しろもう十数年追いかけ続けた相手が鉄格子の向こう側にいるのだ。
奴はあぐらをかいた姿勢のまま身じろぎもしないで座っている。恰幅のいい老人だ。白くなりかけている口ひげがどうにも目立つ。刑に服すことになれば恐らく剃られてしまうのだろう。よく似合っているのに、と場違いなことを思う。
「よお」
目は閉じている。声を掛けてもその目が開かれることはない。
「犯罪者ってのはいつもそうだな」
意味があって言った言葉ではない。そもそも、いつもそうだ、というのが何を指しているのか自分でも分からない。ただ奴が、犯罪者、という言葉にどう反応するのか見たかった。
予想通り、奴は目を開け、俺のことを睨んだ。やはり自分が犯罪者と言われることに怒りを感じるようだ。この怒りをもっと感じたいと思う。相手から止めようもないほどの怒りを引き出してみたいと思う。被虐的な性格ではないという自覚があるのだが、奴に関しては別だ。
「私を待っている人がいる」
なんとか自制したようだが、その唇は細かく震えていた。その反応に、俺はますます嬉しくなる。
「そうかもしれないな。確かにあんたのことを待っている人はたくさんいるかもしれないな」
特に今日はな、と俺は口に出さずに思う。
「ただな、あんたを待ってる人はどれだけ知ってるかな。あんたの手がどれだけ血に塗れているかってことを」
数え切れないほどの人を殺してきたその手。今では振り下ろす先を見失ってしまったその手を見つめる。老人らしい皺くちゃな手だったが、しかし見かけによらず残忍な手なのだ。これからその一つ一つを明らかにしていくのにどれぐらいの年数を必要とするだろう。
「知らなければ、喜べるのだ。知らないふりさえできれば、楽しめる。私はそれを目指したつもりだ。その何が悪い」
確かに、一概に悪いということは難しいのかもしれない。奴のしてきたことは要するに、大金持ちから奪った金品を貧しいものに分け与える、ということだ。これだけなら胸のスカッとする話と言えないこともないが、しかしその手口が残忍なのだ。とにかく、盗みに入った先の人間をすべて殺してしまう。そうして奪ったものを、せっせと貧しい人々の間に配っていたのだ。その贈り物のおかげで生き長らえた人もいるだろうし、命を救われた人もいるだろう。世間では、貧乏人からの感謝の言葉で溢れているという。警察としてはやりにくいと言ったらないが、しかし人を殺し続けた極悪人であることには変わらない。
「知らなければ、な。そして、もう人びとは、おまえが何をしたか知ることになる。もう終わったんだよ」
まあ既に自分の中でも悟っているのだろう。当初の苛立った雰囲気が収まり、穏やかな雰囲気を漂わせている。
まあそうだな。これも一つの顔なのだろう。贈り物をする相手と直接顔を合わせたことはなかったろうが、その寝顔を見る時の顔はこんな感じだったのじゃないだろうか。それがあまりに想像通りだったから、俺は何だか不思議な気持ちになった。
ずっと考えていたことを話すことにした。
「俺の友人に作家がいる。そいつに、あんたのことを物語にしてもらうつもりだよ。あんたの人生は終わったが、あんたの物語はきっとこれから始まるだろうよ」
親切心からだけで言ったのではない。確かに俺は、この男のやり方に共感できる部分もある。極悪人と善人の二つの顔を持っていることも知っている。その善人の部分は悪くはない。
しかし、物語にする最大の目的は、巷間の噂をコントロールすることにある。奴に関する噂は、良いものも悪いものも一緒くたにされて、尾ひれをつけて広まっているが、それでは何かと都合が悪い。貧乏人は彼をヒーローにするだろうし、大金持ちは彼を悪魔にするだろう。それをうまいことまとめあげ、さらにこの男のことを忘れさせないようにするには、うまいこと情報を操作してやらなくてはいけないのだ。
「物語が出来たら持ってきてやるよ。まあ、それだけ言いにきた。じゃあな」
そう言ってきびすを返した。
相変わらず陰気な道を歩きながら俺は考えた。白い口ひげという設定は残すか。老人というのもまあいいな。服の色は、そうだな、血で染まったということで赤にするか。名前は…、
サンタクロース、とでもするか。



2.「ルール」
わたしたちにはルールがある。
休日になると、とにかく朝早く起きる。トクちゃんは朝が弱いからいつもグダグダしたがるのだけど、そんなのはわたしが許さないのだ。トロトロとした朝の時間をのんびりなんて過ごさせない。耳を引っ張ったり、足の裏をくすぐったりして、なんとかトクちゃんの目を覚まさせるのだ。
そうしてトクちゃんの目が完全に覚めると、まだ横になったままの彼のお腹をスリスリとしながら私は聞くのだ。
「調子はどう?」
「ベリーグー!」
これが休日の朝の決まった挨拶。トクちゃんの、でっぷりとして貫禄を身に付けつつあるそのお腹を撫でさすりながら、今日一日に想いを馳せるのだ。
いつも行く食堂は決まっている。車で10分ほどのところにある、裏手に広い公園のある食堂だ。未だにわたしたちはこの食堂の名前を覚えることが出来ない。休みの度に来ているというのに、この食堂について話そうとすると途端に頭の回路がおかしくなってしまうみたいで、どっちとも「あの食堂」とか「ほらあそこ」なんて言うしかなくなってしまう。
その食堂は特別変わったところがあるわけでもなく、また雑誌に載ったとか行列が出来るとか言うこともない。特別美味しいわけでもなく、かと言って特別マズイわけでもない、どこにでもあるありきたりの食堂だ。それでもここにいつも来てしまうのは、最終的な目的地が近いということもあるし、それが習慣になっているからということもあるが、わたしたちが行ってあげないと潰れちゃうんじゃないかなと思わせるその佇まいにあるのかもしれない、と時々思ったりする。
食堂でテーブルを挟んで、向かい合ってメニューを眺める。ここのメニューはシンプルで、カレーだとか麻婆豆腐だとかレバニラとかいうオーソドックスなものばかりで、カレーうどんだとかあんかけチャーハンと言ったちょっと捻ったようなものはなくて、それにトクちゃんは結局いつも同じものを頼むのでメニューなんて見ることはないのだけど、これも毎回儀式のようにお互い穴が空くほどメニューを見つめるのだ。
「トクちゃん、何食べる?」
「やっぱいつもと同じのでいいや」
結局いつもと同じものを頼むことになる。しかしその量は尋常ではない。そう、とにかくトクちゃんは食べて食べて食べまくるのだ。
トクちゃんは、お腹はちょっと出ているのだけど全体的には太っているという印象はない。普段から大食いというわけでもなくて、だからわたしとこうやって休日にこの食堂に来る時だけ大食いになるのだ。それはトクちゃんが望んだからというよりもむしろわたしが望んだからであって、とにかくトクちゃんにはたくさんたくさん食べてほしいのだ。
「いただきまーす」
料理がテーブルに運ばれて来ると、わたしたちは黙々と食べ始める。トクちゃんの口の中は常に食べ物で充たされていてほしいのだ。けどわたしは、黙々と食べ続けるトクちゃんに話し掛けたりする。
「トクちゃん、美味しい?」
トクちゃんは、こくりと頷いて返事をよこす。その間も手は止まらない。
トクちゃんの食べっぷりは、豊かとしかいいようがない。別に食べ方が綺麗というわけでもないし、箸の持ち方がちゃんとしているということもない。姿勢がいいわけでも、音を立てないわけでもないのだけど、その食べっぷりを見ているとどんどんわたしに食欲が湧いてくるのだ。美味しそうな料理の写真を見ると食欲が湧いてくるように、トクちゃんの食べっぷりを見ていると無性にお腹が空いてくる。てらてらと光る唇も、額から滴る汗も、お皿から零れ落ちてしまった食べかすさえも、わたしを幸せにするのだ。トクちゃんがいっぱいいっぱい食べているのを見るのが幸福で仕方がない。
トクちゃんの食べっぷりを見てどんどん食欲が湧いたわたしも、トクちゃんに負けじと食べる。トクちゃんも、わたしの食べっぷりを見て幸せな気分になってくれるだろうか。てらてら光る唇や額から滴り落ちる汗も一緒に愛してくれるだろうか。
「トクちゃん、なんか注文する?」
トクちゃんは親指と人差し指でOKのサインを作る。これは、わたしが勝手に選んで注文しちゃってもいいという合図で、だからわたしはトクちゃんのためにもっと料理を注文する。
トクちゃんは、食べることは嫌いじゃないけど、食べ物そのものには関心がないらしい。そういえばこんなことを言ってたっけ。
「料理なんて、有限個の食材の組み合わせでしかないわけで、その一つ一つに優劣をつけるなんて馬鹿馬鹿しい。食材を組み合わせた結果としての料理だったら、何だって食べるよ」
まあ、トクちゃんらしいと言えばそうなんだけど。
黙々と食べているうちに、時間はどんどん過ぎていく。朝だったのが昼になり、そしてもうすぐ夕方になる。そろそろ公園のスピーカーから家に帰りなさいよ、みたいな音楽が流れる時間だ。大体そうなると、わたしたちの食事タイムも終わりが近い感じになる。
そろそろトクちゃんが限界みたい。
トクちゃんの一挙手一投足を逃さず見つめ、トクちゃんが箸を置いたその瞬間、わたしはマイクの形に模した手をトクちゃんの口へと近づける。
「ギブ」
その言葉で、食事タイムが終了となる。
すかさずわたしたちは会計を済ませる。落ちかかった陽を背負い、わたしたちは向き合って声をそろえる。
「じゃあホテルにでも行こうか」
苦しくて死んじゃいそうなくらいご飯を食べてからホテルに行く。
これがわたしたちの休日のルール。



3.「イサカ」
通勤ラッシュから遠ざかってもう三年になった。考えてみれば長い時間が経ったものだが、あっという間だったという印象の方が強い。今では昼過ぎに起き、昼ドラ、情報番組、ドラマの再放送、ニュース、ゴールデンタイム、深夜番組と毎日テレビばかり見続ける生活を送っている。仕事など何もしていないし、この三年間一歩も外に出ていない。窓には分厚いカーテンを掛け、必要なものはすべてネットで取り寄せている。マンションの五階だが、当然他の住人との接触もまったくない。完全に引きこもって生活をしている。
仕事をしている時の自分はやはりおかしかった。もちろん今の日常も充分おかしいが、あの当時は、地球が回っているかのような忙しさに追われ、すべてにうんざりしていた。それでも、社会から見捨てられまいと、必死で仕事をしてきたのだ。
会社を辞めようと思ったきっかけは本当に些細なことだった。それは一匹のバッタを見たからだ。昼休みにどこかで飯でも食おうかと外に出た時、道端をピョンピョン跳んでるバッタを見つけた。それを見て、何だか無性に哀しくなったのだ。お前ら、グラスホッパーって名前なのに、こんな雑草もないようなとこで飛び跳ねててそれでいいのか。そう考えると、自分も同じなのかもしれないと思った。自分も、何か間違った場所でピョンピョン跳んでるだけの人間なのかもしれない。その時ドッと押し寄せてきた虚無感に流されるようにして、その日そのまま辞表を出した。それから、今のような生活をずっと続けている。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。まず思ったのは、まだ鳴るんだ、ということだ。配達の人も、もう最近はチャイムを鳴らさない。ドアのところに印鑑をくっつけてあるので、それを伝票に押して荷物を玄関の前に置いて帰っていくのだ。だからもう随分と長い間、このチャイムが鳴ることはなかったのだ。
特に理由はなかった。強いて言うなら、きっかけを探していたということになるのかもしれない。そろそろ外に出てもいいんじゃないか、と思っていた。チャイムに呼ばれたんだから出るのは当然じゃないか。そんな風にも思ってみた。
ドアを開けると、そこにはピエロがいた。ピエロのような衣装を着、ピエロのような鼻で、ピエロのような頭をした、まさにピエロとしかいいようのない男だった。妙なペイントをしているため、顔のつくりや表情なんかはよくわからない。それでも、全体の雰囲気から男だろうということだけは分かった。頬のところに何故か、黒のビニールテープでバッテンがつけられていた。
「だ、誰ですか?」
どちら様ですか、と聞くべきだったかな、と瞬時に思った。失礼な言い方だったな、と。しかし、久々に人と喋るということもあって、そんなことに気を回す余裕がないのも事実だった。
ピエロは、今まどろみから覚めましたとでも言うような目でこちらを見つめ、そして言った。
「死神と魔王だったらどっちがいい?」
こりゃあダメだ、と思った。会話が通じる相手じゃないのだろう。まだ、アヒルと鴨だったらどっちがいい、と聞かれる方がましだと思った。それぐらい、死神と魔王というのは遠い存在に思えた。
「あなたは、死神か魔王のどっちか何ですか?」
「ホントはさ、旅人だって言う予定だったんだよ」
「じゃあそうすればよかったじゃないですか」
「でもさ、『死神』と『魔王』の使い場所がなくてさ。しょうがなかったんだよ」
相変わらず妙なことを言い続ける。しかしまあ、とにかく旅人なのだろう。ピエロの格好をしているのが未だに謎だが、もうそこは突っ込むまい。
「で、何の用ですか?」
そこでドアを閉めてしまえばいいとも思ったが、何故か口が先に動いていた。まあいいや。久々に人と喋れて興奮してるんだろう、と冷静に分析してみる。
「ニュースでさ、前あったじゃん。ほら、あのコインロッカーの」
「あぁ、あのフィッシュチルドレン」
伊達にテレビばかり見ているわけではない。なんて自慢することが出来ないくらい有名な事件だった。仙台駅構内のコインロッカーの中で、子供の死体が見つかったのだ。さらに異様だったのが、死体と一緒に魚が山ほど詰め込まれていたことだ。目や鼻や口など、穴という穴にも魚が押し込まれ、死体は見るも無残な状態になっていた。新聞は、「フィッシュチルドレン」なんていう不謹慎な名前をつけてこの事件を大いに煽った。確か先日犯人が捕まり、それがオーデュボンとかいう外国人だったと思う。だから事件の報道自体は既に終息していると言っていい。
その事件が今さら何だと言うのだろうか。
「世も末だよな、ホント」
「ヨモスエ?」
「終末ってことだよ。だからさ、祈りを捧げたいんだ」
「祈るなら勝手に祈ればいいだろ」
だからここから帰ってくれ、という意味を込めたのだが、ピエロは何を勘違いしたのか、それじゃあと言って部屋の中に入ってきた。おいおい、と思ったが、何となく止められなかった。何なんだこいつは。
ピエロはずんずんと部屋に入っていき、立ち止まったかと思うと奇妙な姿勢を取った。どこかに襲撃する直前のギャングのようにも見えたし、精度の高い機械を操る職人にも見えた。そのままの姿勢で、長いこと静止していた。おそらく祈りを捧げているのだろう。
「水をくれないか」
「水?」
祈りに必要なのかと思い、コップに入れて持っていくと、ピエロはその水を普通に飲んだ。
「生き返るね、ホントここはオアシスだよ。」
「オアシスって?」
「旅人仲間が言ってたんだ。もうこの辺で残ってるのはここぐらいしかないって。まあこの辺を旅しようなんて奴は最近あんまりいないんだけどさ」
もうダメだ。全然話についていけない。だからもうピエロのことは気にしないことにした。ついていけないよ、ホント。
しばらくピエロは飲み干したコップを抱えたまま僕の顔をじぃっと見つめていたのだけど、しばらくしてハッと気づいたような顔をして言った。
「もしかして、僕の話嘘だと思ってる?」
もうあんたと話をするのは疲れたんだよ、と僕は無視する。
「そうか。じゃあ知らないんだね。ほら、見てみなよ」
そう言ってピエロは、三年間一度も開けたことのなかったカーテンを引き開ける。
その時の光景は、なんと表現すればいいだろう。
辺り一面砂漠だったのだ。見渡す限りの砂砂砂。自分の見ているものが信じられない。ここは三年前まで普通の街中だったはずだ。それがいつの間に砂漠に変わってしまったのだろう。
「ね、言ったとおりでしょう」
確かに、この辺で残っている建物はここしかない。というか、まさにこの建物だけが異様であり、砂漠の光景からは浮いていた。なるほど、だからオアシスで、ピエロは喉が渇いていたのか、と納得する。それで少しだけ気持ちが落ち着いた。
すると、砂漠ばかりに気を取られて、今まで見えていなかったものが見えるようになった。
空にたくさんピエロが浮かんでいる。僕の目の前にいるこいつと同じピエロが、まるで重力をものともせずたくさん浮かんでいるのだ。陽気なパレードのようだな、と思った僕は、振り返った時部屋からピエロがいなくなっているのに気づいても、特に驚くことはなかった。



4.「ヤドカリ」
守さんが死んでからの僕の生活は大きく変わってしまった。もうかつての生活には戻ることが出来ないだろう。抱えてしまったものを手放すことさえ出来ればいいのだが、それがどうしても大切なものに思えて、守らなくてはいけないと思わせるのだ。
守さんは僕の叔父さんに当たる人だ。父親の兄で、子供の頃から僕を可愛がってくれたものだ。何をしたというわけでもないのだけど、何だか一緒にいると楽しい気分になってくる人で、そんな守さんのことが僕は好きだった。
しかし守さんは、両親にとっては悩みの種だったようだ。守さんのことを気に入っている僕には直接そんな言葉を言ったことはなかったし、一緒にいるのを止めるように言われたこともなかったが、時折耳に入る言葉や、守さんに対する態度からなんとなくそんな印象を受けた。
確かに、そう思われても仕方のない部分はあった。
守さんは当時40歳に届こうかというくらいの年齢で、普通であれば働き盛りと言っていいだろう。しかし守さんが何か仕事をしていたような気配はまるでなかった。昼間から僕と遊んでくれることもあったし、お金がないのか僕の家でご飯を食べていくこともしょちゅうだった。普段どうやって生活していたのかは分からないが、しかし確かに当時はそんな大人の存在は特に珍しいものでもなかった。
守さんが、両親や周囲の人間によく思われていなかった一番の理由は、守さんがどんな時でもまったく喋らなかったからではないか、と僕は思っている。
病気で喋ることが出来ないというのではない。それは確かで、父親も昔は普通に喋っていたと語っていた。守さんが喋らなくなったのは、彼らの父親、つまり僕にとっての祖父が亡くなってからだということだが、そのショックで喋れなくなったとも考えられないのだという。何故なら、祖父は長いこと重い病気を患っており、家族の誰もがその死を覚悟していたからである。
理由はさっぱり分からないものの、守さんは祖父の死を境にまったく喋らなくなった。もちろん喋らなくなったことが原因で仕事も辞めたのだろう。僕とも、結局一度も会話を交わすことはなかった。必要があれば筆談をしたし、簡単な会話なら二人で決めた手の動きで充分意思の疎通は出来たから問題はなかった。しかし、僕との間では問題はなかっただろうが、普通の大人がまったく喋りもしないで普通の社会の中で生きていくことはやっぱり無理があるのだろう。そのせいで、守さんは周囲の人間から疎まれていたのだろうと思う。
今なら、守さんが何故喋らなくなったのか、その理由は嫌というほど理解出来る。まさかこんな理由だったとは、と呆れもしたが、呆れてばかりもいられないところが辛い。
守さんについての噂でもう一つ奇妙なものがあった。それは、変な物を食べている、というものであった。僕は一度も目撃したことはないのだけど、時折そんな噂が耳に入ってきた。曰く、土を掘って出てきたミミズを食べていたとか、飛んでいるハエを口に入れたとか、そういう話である。それを聞いた僕は、守さんにさらによくないイメージをつけようという悪意であると思っていたのだけど、今となってはそうではないことが分かる。確かに守さんは、ミミズやハエを食べていたのだ。
守さんが死んだ時の話をしよう。
守さんは時々僕に、自分が死んだらどうして欲しいかという話をしていた。別に重い病気を患っていたというようなわけでもないはずなのだが、守さんの目は真剣だった。いつも同じことを聞かされるのでもう覚えてしまっていたのだが、それでも僕は話の腰を折ることなく毎回きちんと聞いていたのだ。
それは、何とも奇妙なものだった。
要約するとこうなる。自分が死んだら、何としてでも死体を一番初めに見つけて欲しい。そうして、僕の口をこじ開けて欲しい。守さんは時折それを繰り返し僕に伝えた。守さんがどこで死ぬかも分からないのに、どうやって死体を一番初めに見つければいいのか僕には分からず、かといってその方法を守さんに聞けるような雰囲気でもなく、僕はそれを言われる度に困惑したものだ。例えば守さんが乗った飛行機が墜落したような時にはどうすればいいのだろうか。
しかしそうした悩みは杞憂に終わった。確かに僕は守さんの死体を一番初めに見つけることになったのだ。今でもこれは、どうしてそうなったのかさっぱり分からない。ただのめぐり合わせにしては、あまりにも出来すぎていると思った。
守さんは車に轢かれて死んだ。ちょうど僕の一つ前を走っていた車が守さんを轢き、そのまま逃げてしまったのだ。僕は当然車から降り、守さんの元へと駆け寄った。すぐにでも救急車を呼ぼうと思ったのだけど、どう考えても守さんはもう死んでいて、だから今が守さんの言い付けを実行する時なのだと僕は悟った。
守さんの口をこじ開ける。ちょっと抵抗はあったが、なんとか開くことが出来た。
そこには、一匹のカエルがいた。見たこともないくらい美しいカエルで、一目で僕はそのカエルに魅せられてしまった。
なるほど、守さんはこのカエルを口の中に飼っていたから喋ることが出来なかったのか、と閃き、それから守さんが喋らなくなったのが祖父が死んでからだということを思い出した。もしかしたら、守さんは祖父からこのカエルを受け継いだのかもしれない。そうとしか考えられなかった。
だとすれば、僕に出来ることは一つしかない。恐らく守さんが望んでいたのもこういうことなのだろう。
僕は守さんの口から引っ張り出したカエルを自分の口に入れた。舌の上にピッタリ乗っかったカエルは、すぐに僕の口の中に馴染んだようだった。何故だか僕にはそれが分かった。
それから救急車と警察を呼ばなくては、と思ったのだが、そこではたと気がついた。試しに何か声を出してみようと思うのだが、やはり喋ることが出来ない。困ったことになった。
しかしすぐにサイレンの音が聞こえた。どうやら誰かが電話をしてくれたようだ。先に救急車が現れ、それから少し遅れてパトカーがやってきた。
それから僕は警察に連れて行かれた。彼らは僕に事故の状況を説明させようとしたのだろうが、僕が何も喋らないのを訝って連行されることになったのだ。僕の車には人を轢いたような痕跡はないわけで、だから容疑者であると思われているのではないだろうが、しかし知り合いの誰かを庇っているのではないかという風に思われているのかもしれない。
それから僕はずっと警察署の中にいる。いつになったらここから出られるのだろう。



5.「余生のスタート」
「20世紀の後半から、日本は少子化と呼ばれる状態が長く続くことになった」
制服を着た中学生が教室の中にずらりと並んでいる。この授業が終われば給食という時間、さすがにみんな集中力が欠けはじめている。
もちろん僕もそんな中学生の一人で、真面目に先生の板書をノートに書き写している。今は社会の時間だ。好きでも嫌いでもないけど、これから先生がする話はやはり興味深い。
「一方で高齢者の数は依然多く、少子高齢化という厳しい状態が長いこと続きました」
少子化、という言葉は既に過去のものとなりつつある。少なくとも、それがどんな状態だったのか、僕らには想像が出来ない。一家族に子どもが一人しかいないって、どういう環境だったのだろう。
「子どもの数はどんどんと減っていき、それに伴い労働力も減少して行ったために、60歳を超えてもまだ現役で働き続ける人がかなりいたわけです」
周りから、「マジかよ」「すげぇな」「ウソでしょ」というような声が上がる。もちろん知らなかったわけでもないのだろうが、それでも驚きの声を上げずにはいられないのだ。あるいは、羨望の声と言ってもいいかもしれないが。
「しかしある時を境に、日本の出生率はうなぎ上りに上昇することになります」
それは、ある企業が開発したマシンに拠るところが大きいという。それは、今ではどの家庭にも当たり前のように置かれているのだが、要は子育てを一手に引き受けてくれるマシンであった。子育てに手間が掛からなくなった親たちは、ここぞとばかりに子どもを産んだのだ。同時に、子育てに関するありとあらゆる手当てや法律が整備されたことも大きかったかもしれない。
「以来子どもの数は増える一方で、現在の日本はまさに多子化と言える状態になっています」
そう、まさにその多子化こそが、現在の日本の大きな問題となっているのだ。ここまで社会が捩れてしまった国家というのも珍しいかもしれない。
「少子化の時とは反対に、今度は労働力がどんどん余っていくことになりました。働き手が多すぎて、仕事にあぶれるものが続出していくことになります。だから企業は、若い労働力を我先にと争うようになっていきました」
その結果どうなったか。
「その結果、現在ではすべての職業が小学生によって占められるという異常な状態に陥ってしまいました」
そうなのだ。今日本で仕事をしているのは、すべて小学生なのだ。
日本には既に、小学校というものが存在しない。だから小学生という呼び方はおかしいのだが、便宜上6歳から12歳までの子どもを小学生と呼ぶことになっているのだ。以前であれば、会社で働くようになった人を社会人と呼んだのだろうが、その社会人という言葉が小学生と入れ替わったと思ってもらえればいい。何せ、今の日本では働くことの出来る世代はその小学生に限られているのだから。
「世界でも稀なこの仕組みは、現状ではうまく機能しているように思えます。しかし、長く続くことはありえないでしょう。かつて日本にあったバブル崩壊という現象のように、この多子化による小学生の労働力という現象も、恐らく近い将来崩壊することになるのでしょう」
今では、コンビニに行っても銀行に行っても、タクシーの運転手も飛行機のパイロットも、皆小学生だ。僕らは生まれてからずっとこうだったから違和感はないけど、どこに行っても自分達より年下の人間が働いているというのは、始めのうちはすごく変だったに違いない。
小学生は既に、5歳の時点で就職活動を余儀なくされる。かつての受験戦争などとは比べ物にならない戦いだ。そうして6年間目一杯働き、12歳で定年を迎える。それからは既に余生であり、こうして僕のように中学校に通う人もいれば、趣味を極めようとする人もいるし、あるいは世を儚んで自殺する人もいる。人生80年としたら、その8分の7が余生なわけで、正直どうしていいかわからなくなる。
「実際、年々出生率が僅かずつ減少しているというデータもあります。このままいけば、小学生だけでは労働力を確保することが出来なくなり、仕事が出来る年齢の幅も広がっていくことになるだろうと思います」
仕事をしていた頃のことを思い出す。忙しくて辛かったけど、しかし仕事をすることが出来ない今と比べれば断然充実していたと思う。5歳で仕事を決めなくてはいけない理不尽さには今も納得がいかない部分はあるけど、それでもこうして仕事が出来ない身を持て余すのはもっと辛いと今では思う。
チャイムが鳴る。
「それでは今日の授業はここまで」
しかし何にしても、と僕は思う。
こうして中学生に勉強を教えているその先生までも小学生ってのは、一体どうなってるのかねぇ。



6.「遺書」
これまでわたしね、死のうとする前に文章なんか書けるのかな、って疑問だったの。小説なんかだと結構自殺する前に遺書が残ってたりするものみたいだけど、現実にはなかなかそうはいかないんじゃないか、って。
でも、今わたしがそういう立場になってみると、案外落ち着いた気持ちなんだなって感じますよ。死のうと決断するまでの日々はそれはそれは辛いものがありましたけど、決めてしまえば、ほらよく言うじゃないですか、憑き物が落ちたみたい、とかって、そういう感じになるもんなんですね。むしろ、死ぬ前に何か残しておきたいという気にすらなるもんですね。
癌だって言われた時は、何だかあんまり頭が回っていなくってね。あれは何だったのかしらね。癌という言葉がきちんと頭の中に入ってこなかったのかもしれない。「ガン」という音だけ耳に残って、そうガンね、ガンになっちゃったのかぁ、ガンだって、みたいなそんな風にしか思えなかったですねぇ。今から考えてみると、なんて呑気なと叱ってやりたくもなります。
それから自分の中で、ガンという音が癌という感じに変換されるにつれて、どんどんと自分の中で現実が見えてきたって言いますかね。あのじわじわ押し寄せてくる感覚、今思い出しても本当に嫌なものでした。
初めの内は顔色も悪くならなくて、一人でトイレに行ったり同室の方と元気に喋ることも出来ていたんですけどね。段々それが難しくなってきて、ベッドから起き上がれなくなったり、トイレの世話をしたり、床ずれにならないように気をつけたり、誰かの手を借りないと出来ないことが本当に多くなりましたよね。私もなんとか元気に頑張っていこうと心の中で思うのですけど、やっぱり年のせいもあるのかしらね。気力が体力についていかないっていうか。なんだかんだで看護士さんの手を煩わせることばかりでした。看護士さんとしてはそれがお仕事なのでしょうし、自分で出来なくて申し訳ないと伝えた時も大丈夫ですよなんて言ってくださるんですけど、本当に申し訳なくって。あの時ぐらいにふと思ったのかもしれません。この現状から逃げて死ぬということをふと。
昔、もう覚えているかわかりませんけど、もうずっと若い頃こんな話をしましたよね。絶対に治らない病気に掛かったらどうするか、って。覚えていますか?お互いに、たとえ治る可能性がほんの僅かでも、出来る限り頑張って病気と闘いたい、という結論だったんですけど、その時にあなたが言っていた理由というのがすごく印象的でした。あなたは、自分が死んだら私が一人残されてしまうことになるから、だから最後までなんとか病気と闘うんだ、というようなことを言っていましたね。その時、あぁやっぱりこの人は子供を作る気はないんだな、とちょっと残念にも思いましたけど、でもそんなあなたの気づかいが嬉しく思いましたし、だから今日この日までずっと覚えていたのだと思います。
結局わたしの方が先に逝くことになりそうですね。あなたを辛い状況のまま置いていくのは本当に申し訳なく思うのですけど、やはりわたしも、どうしても今の現状の辛さに耐えられませんでした。あなたに弱い人間だと思われることは辛いですが、それも仕方のないことだと思っています。
あなたが癌になってもう5年。
わたしはもう、看病に疲れてしまいました。
本当にごめんなさい。
看護士のみなさん、後のこと、どうかよろしくお願いいたします。



7.「心臓と左手」
つい二週間前に姉の結婚式があったというのに、今日は今日で葬式だ。人間は幸せにもなれば不幸にもなる。別に結婚式と葬式が近接していようがどうということもないのだろうが、何だか幸せを打ち消されたような気分になるのはどうしてだろう。
まとわりつくようにして降る霧雨の中、伸也は考える。
そもそも、葬式というのは苦手なのだ。もちろん誰だって得意な人はいないだろうが、どうもあの雰囲気には納得が出来ない。その死を哀しむのは当然なのだけど、それを人前でする必要があるのだろうか、と思う。哀しむ時は一人で哀しめばいい。わざわざ哀しんでいる人間を大勢集めてその哀しみを一まとめにしなくてもいいのではないか、と思ってしまう。自分が死んだら、と伸也は思考を巡らす。楽しい感じのお別れ会みたいにして欲しいな。
死んだのは、大学の友人の加賀美佳子だった。美形ではないがふわっとした印象を与える顔で、伸也は彼女のことが好きだった。ずっと片想いで、そのずっとはまだしばらく続きそうだ。
大学ではほとんど接点がなかった。大学は広く、同じ学部や同じサークルでもない限り、なかなか誰かと出会う機会というものがない。
佳子と初めてあったのは、佳子が飼い犬を連れてきた時のことだ。伸也の父親が動物病院を開いており、伸也もアルバイトを兼ねて雑用を手伝ったりすることがある。その日も伸也は、入院中の動物達に餌をあげるために病院に来ており、その時佳子と出会ったのだ。
ぐったりとした犬を連れた佳子は、今にも泣きそうな顔をしており、その顔がなんとも言えず素敵だった。それから彼女とは友人として付き合うことになるのだけど、普段は結構気の強い性格らしく、病院で見せたような顔を見ることはなかった。そこまで考えて伸也は、なるほどもしかしたらあの顔をもう一度見たかったということかもしれないな、と思い至った。
佳子の飼い犬はただの夏バテだったらしく、点滴だけで元気に回復した。点滴をしている間なんとなく会話を始めたのだけど、そこで同じ大学に通っているということが分かり話が弾んだのだ。学部は違ったが、同じ一般教養の授業をいくつか取っており、おかしな先生の話をしたり、テスト前には協力しようと話し合ったり、あるいは伸也も犬を飼っているので犬の話をしたりと、そんな風にして僕たちは出会い友人になった。
雨が少し強くなってきた。荷物になるのが嫌で傘を持っていくのを億劫がったのが間違いだった。幸い家まではもうさほど遠くない。少し小走りに行けばそこまで濡れずに帰ることが出来るだろう。
走りながら伸也は、佳子の死に顔は綺麗だったな、などと考える。棺の中の彼女は、ほんの少しだけ全体的に小さくなってしまったように見えた。顔や他の体の部位にも特別な外傷はなかったが、しかし彼女の体には欠けているものがあった。
佳子は公園で死体となって見つかった。警察は殺人事件として捜査を開始した。死因は心臓を刃物で一突きされたことによるとされたが、断定は出来なかった。何故なら彼女の体からその心臓が持ち去られていたからだった。未だに誰の犯行か分かってない。遺体が見つかってから6日、ようやく警察の解剖が終わり、今日葬儀となったのだ。
佳子の父親はマスコミの取材に応じ、こう言っていた。犯人が見つかったら、そいつを自分が殺してやりたい。気持ちは分からないでもない。ただ、復讐から来る殺意はあまり美しくないな、とも思った。
ようやく家に辿り着いた。自分の部屋へと向かう。ドアを開けると、オービーが足元に擦り寄ってくる。濡れて重くなった喪服をさっさと脱ぎ捨て、部屋着に着替える。その上から白衣を羽織い、そしてオービーを抱き上げる。
押入れを開け、その中にオービート一緒に入り込む。無理矢理設置した電気スタンドの明りをつけ、まな板と本棚を使って自作した手術台の上にオービーを載せる。診療所からほんの僅かだけ拝借した麻酔薬を注射器に注入し、オービーに打つ。麻酔が効くのを待つ間に、これまた診療所から密に盗んだメスをライターで炙って消毒する。
オービーを仰向けにし、腹部に一直線に残った痕の上から正確にメスを引く。溢れる血をガーゼで拭いながら、薄いビニール手袋をした自分の左手をオービーの腹部に差し入れる。
そこには、佳子の心臓があった。
既に取り出してから長い時間が経っている。当然心臓の機能は停止しているし、もしかしたらもう腐り始めているのかもしれないけど、しかしオービーの体内の熱を受けて佳子の心臓もほんのり温かい。他の臓器と違和感なく交じり合い、佳子の心臓はオービーのお腹の中で着実に自分の居場所を手に入れ始めている。
佳子の心臓を丁寧に撫でながら、伸也は考える。
いつかこの心臓がオービーの身体の臓器と融合するようなことがあれば、佳子はオービーの身体の中でいつまでも生き続けることが出来る。たとえ佳子の身体が失われてしまおうとも、ここにはきちんと佳子が存在する。生きている間はどうしても自分のものにすることが出来なかった存在が、今こうして僕の手元にある。
僕は佳子を手に入れた。一人の人間の死と引き換えに、一人の人間の魂を手に入れたのだ。佳子の心臓に手を触れれば、僕らは会話をすることが出来る。オービーが生きている限りいつまでも。
心臓に触れている伸也は、佳子を殺した時のあの泣きそうな顔を思い出していた。出会った時と同じ顔をした彼女の顔が鮮明に浮かぶ。佳子の心臓は、もう鼓動を返すことはない。しかし伸也に、思い出を返すことが出来る。それで伸也は満足だった。
哲学の先生が講義中に口にした「愛とは何か?」という命題が、酷くくだらないものに思えた。



8.「覚夢」
高梨晶はネットサーフィンをしつつ、ぼんやりと休日の昼を過ごしていた。妻は友人と買い物へ出かけた。子どもも遊びに出かけたようだ。今日こそは言わなくてはならないと、頭の片隅でぼんやりと考えている。しかし、出来るだろうか。
ネットオークションのサイトを見る。ここのところ毎日見ている。ページをスクロールしながら高梨は、アフリカのある小国の話を思い出していた。
その国では、お尻の大きな女性が美人であるとされるのだそうだ。高梨の感覚からすれば、お尻が大きいことと美人であることには相関関係は見出せないし、日本ではそんな美人の基準は成り立つことはないだろうと思う。しかし現実に、お尻が大きいことが評価の対象になっている国が存在する。恐らくその国に生きる男性も、何故お尻が大きな女性に惹かれるか説明は出来ないだろう。もちろん外から見てもそれは理解できない。
今の日本の現状はそれと同じようなものだろうか、と考える。
オークションサイトには、テレビやゲームソフトといったものと並んで、肥大型心筋症だのフィッシャー症候群だのハンチントン病と言った名称が並んでいる。もちろんそれぞれに値段が付けられ、驚くほどの高値で取引をされているのである。
日本は今、どんな病気で死ぬかで人間が評価される社会になっている。高梨はこの現状をおかしいと感じるし、恐らくそう感じる人は多いと思うのだが、しかし歯止めは利かない。日本にはかつてバブルと呼ばれる異常な時代があったようだけど、まさにそれに近いものがあるのかもしれない。
その評価は、完全に発症確率に依存する。発症確率が低い病気であるほどその人は高く評価されることになるのである。発症確率の低い病気に自然発生的に罹った場合、一族をあげてのお祝いが開かれ、なかには盛大に生前の葬式をあげてしまうような人もいるという。まるでホールインワンを達成したかのように、周囲にご祝儀をあげるようなこともあると聞くし、父親が難病に罹ったために、離散しかかっていた家族が元に戻ったというような話さえあるくらいだ。
一方で、ありきたりの誰でもなりうる病気で死ぬことは不名誉であるとされ、その死体がぞんざいに扱われたり、葬式やお墓の規模に影響を与えたりするようである。高梨の周囲でも何人か病気で亡くなったが、表向きそこまで大っぴらにされることはないとはいえ、確かに両者の間には差があるように感じられた。
もちろん、この状況をチャンスにしようと目論むものも出てくる。その結果が、先ほどのオークションサイトである。
難病がもてはやされる時代をいち早く見抜いた人びとは、遺伝子学者をパートナーに求めた。遺伝子技術については以前よりも大幅な進歩を遂げ、現在ではどの遺伝子がどの疾患を誘発するか分かっているだけではなく、動物実験の段階ではあったが、どのような操作を遺伝子に加えればその疾患を人為的に誘発できるかというところまで研究が進んでいたのである。チャンスに聡い人びとは、そうした遺伝子学者と手を組み、一方でオークションサイトに、○○という病気を誘発する遺伝子操作を売る、という形で出品することで荒稼ぎしようと目論んだのである。その目論見は大きく当たり、おかしな言い方ではあるが、難病が飛ぶように売れている。病院とも手を組み、遺伝子操作を行った患者をその病院に入院させることでキックバックが戻ってくるというようなことも行われ、まさにこの遺伝子操作は一大ビジネスとなっている。
この遺伝子操作は一方で、犯罪を誘発しもした。オークションサイトで取引される難病の金額は目の飛び出るような値段であることが多いため、誘拐や強盗などといった事件の発生件数が増大したというのだ。自分が病気になるために人を殺してしまうというケースもあり、もはや何だか分からなくなってきている。
オークションサイトをぼんやりと眺める。分単位で新しい金額が入札されていく。異常だ。そういえば最近はダイレクトメールでも案内が来る。「安全に確実にあなたに難病をお届けします」。悪趣味にもほどがあると高梨は思う。
ただ、と高梨は思う。そのダイレクトメールを見た時の妻の顔を思い出してしまったのだ。不快に思って破り捨てようとしていた高梨の手からダイレクトメールを取り、しばらく見入った後で、そのままゴミ箱に捨てた。何も言いはしなかったが、案外悪くはないわね、とでも言いたそうなその表情が高梨には怖かった。
高梨は一週間前、ある病気を診断された。それはまさに、世間でもてはやされている、発症確率の低い難病であった。それから高梨は、その事実を誰にも言えずにいる。
恐らく周囲の人間は羨ましがることだろう。誰かが勝手に盛大にパーティーなんかを開いたりするかもしれない。確かにそれは不快だが、しかし誰にも言えない理由は他にある。
それを告げた時の妻の顔を見たくないのだ。
難病であると告げた時、一体妻はどんな顔をするだろうか。それを想像すると恐ろしくて誰にも言えない。このまま誰にも告げず、ひっそりと死んでいくことは出来ないものだろうか。



9.「シュレディンガーの塔」
「未来が決まってるのなんか面白くないわなぁ」
バスの振動で座席が揺れる。抱えたバッグの握りを強くする。平日の昼間というのはバスの需要はあまりないのだろう。座席はガラガラで、年寄りが多い。孝弘の独り言を聞きとがめたのか、前の座席に座っている女性が後ろを振り返る。きりっとした眉の、綺麗な女性だ。
腕時計を見る。11時32分。あと28分だ。あと28分ですべてが決まる。
「蓋を開けた時、猫は生きてとるか死んどるか」
確実に未来が確定しているというのは性に合わない。いつだって未来は不確定なままであって欲しいものだ。だから敢えて不確定なやり方を選んだ。
ラジウム原子とアルファ粒子検出器を組み込んだ爆弾を太陽の塔の真下にセットした。ラジウム原子というのはアルファ粒子を放出するのだが、そのタイミングは完全にランダムで予測することが出来ない。ある一定時間にもしラジウム原子がアルファ粒子を放出した場合爆弾の起爆装置にスイッチが入り、放出されなければスイッチは入らない。爆破時刻は12時に設定した。もし起爆装置にスイッチが入っていれば、あと少しで爆発するはずだ。
「猫を捨ててきたんですか?」
前の座席に座っていた女性だ。さっきの独り言を聞いていたのだ。孝弘は、あの有名な「シュレディンガーの猫」の話を思い出して口にしただけなのだが、女性はそれを孝弘が猫を捨ててきたと勘違いしたようだ。
しかし、猫ではないが確かにいろんなものを捨ててきた。爆弾も、そして人生までも。
「息子が拾ってきよったんですけど、ウチはマンションなもんで、飼えないんですわ。なんで、仕方なく」
最後にこの女性とちょっと喋って見るのも悪くないかもしれない、と思った。だから適当に話を合わせるような返答をした。息子などいない。いや、昔は確かにいた。太陽の塔に爆弾を仕掛けたのは、その復讐のようなものだ。誰にもそのメッセージは届かないだろうが、それでも構わない。
「そうなんですか。出来たらどこに捨ててきたのか教えてもらえませんか?わたし猫とかちょっと興味あるんです」
太陽の塔に捨ててきたと言ったらどうなるだろう。この女は本当にそこまで行くだろうか。もし12時に間に合ってしまえば、爆発に巻き込まれる可能性もある。しかしそこまで考えて思い直す。別に知り合いでもない女性がどうなろうと、まあ関係ないだろう。
「太陽の塔の下にですよ。ほら、あそこなら誰かに見つけてもらえるんやないかって」
もう少しでそこで爆発が起こるかもしれない。そうしたらこの女性は、孝弘との会話を思い出して不審に思ったりするだろうか。
「そうですか。ならちょっと行ってみますね」
そう言うと女はまた前に向き直った。
孝弘は息子のことを思い出していた。刑事だった息子は、ある捜査の途中で不審な死を遂げた。警察は事故だったと繰り返すが、しかし孝弘は信じていない。恐らく、捜査上の何らかのミスがあり、そのせいで息子は死んだと考えている。しかし、いくらそれを主張しても、警察は話を聞き入れてくれない。警察というのは、仲間内の不祥事は揉み消すことが多いと聞く。恐らく真相究明は不可能だろう。孝弘は、だから諦めた。太陽の塔の爆破は、だからその復讐のつもりなのだ。
また時計を見る。あと14分。バッグを抱え込むようにして座席に座る。このバッグの中の猫は、14分後鳴き声を上げるだろうか。
「佐々木敏幸巡査部長のお父様ですよね」
前の座席に座っていた女性が言った。佐々木敏幸は息子の名前だ。何故彼女が息子の名を知っているのだろう。
疑問を口にする余裕もなかった。彼女は孝弘の座席の横に来て、警察手帳をかざしていた。
「太陽の塔の下に埋められていた爆弾は回収しました」
なるほど、どの時点からかは知らないが、すべて悟られていたということだろう。息子を失った父親が、自暴自棄になって何かしでかすかもしれないとマークされていたのかもしれない。さすがにそこまで警察に余裕があるとは思えないが、少なくとも身辺を探られれていたということだろう。
「そのバッグを渡してください」
なるほど、全部お見通しというわけか。恐らくこの車両に爆弾処理の人間が載っているのだろう。孝弘が自作した爆弾など、恐らく数分で解体できることだろう。警察としても、ギリギリまで待ってくれていたということなのだろうと思う。
「シュレディンガーの猫は目を覚ましていたんか?」
彼女は首を傾げた。シュレディンガーの猫が何なのか知らないのだろう。まあ別にいいさ。大したことじゃない。
大人しくバッグを渡した。その瞬間、どこからか猫の鳴き声が聞こえたような気がした。



10.「解体と落下」
初めはあったはずのグンって引っ張られるような感覚がもうなくなって。今はまるで浮いているみたいで。みたいでっていうか実際どうともいえなくもないんだけど。でも浮いてるわけじゃなくて実際はただ落ちてるだけで。
僕は今落ちている。
ほら、エレベーターとか。初めはガクンとかって引っ張られたりするのに。いつの間にか、あれこれって今動いてるのって感じになって。今ちょうど僕はそんな感じ。そうか。もしアインシュタインが生きてたら羨ましがっただろうな。等価原理ってやつ。
空気が僕の身体を通り抜けるようで。一つ一つの分子っていうの?それがなんだか肌で感じられるような気さえして。ぶつぶつって皮膚に当たるのね。痛いんだけどさ、それも慣れてくれば段々気持ちよくなってくるっていうかね。
真四角な太陽がニッコリ笑ってたり、翼のない鳥がプカプカ浮かんでたりする。雲っていうか霧っていうか、その違いって僕には分からないけど、そういう感じの何かが辺りを目一杯覆っててさ、上も下も全然見えなくて。自分が落ちてく方向が下なんだろうなって、それぐらいの感覚。
なんだか気持ちよくて寝ちゃいそうだ。ずっとこのままってのも悪くないかもな。ただ落ち続けるだけの人生。ほら、なんか詩的って感じしないか?しなくてもいいんだけどさ。これで羽でもあったらもっといいのかもしれないけどね。さすがにそりゃ贅沢ってもんか。
「お兄ちゃん、待ってよぉ」
ありゃ。弟だよ。って、ここは空の上。いいか、もう一回言うぞ。ここは空の上だ。まあ空の上っていう言い方も変だけどね。空の中、ぐらいがいいかな。とにかくここは空だ。で、弟の声。だから結論は一つ。
弟も一緒に落ちてるってこと。
まだ姿は見えないけど、どこだろう。なんか落ちてるからなのかな、声がどこから来るのかよく分からない。あぁ、いたいた。弟発見。やっぱり落ちてる。ただ落ちてる。ギュイーンって感じで。
弟に近づく。相対速度を合わせる。初めてのはずなのに、何故かそういうことが出来ちゃう。もしかして初めてじゃなかったりしてね。
「お兄ちゃん、これどゆこと?」
「これ?」
「今落ちてるでしょ?」
「そうだな」
「何で?」
まあもっともな疑問だ。弟は正しい。いつだって弟は正しいんだ。そういう生き物なんだな、弟ってのは。それが時々鬱陶しくもあるんだが、まあ今の場合は仕方ないだろうね。なんてったって、僕は兄貴だからね。
「小説って、終わったらどうなるかわかるか?」
「終わったら?」
「そう、終わったら」
「終わったら終わりなんじゃないの」
やっぱり弟は正しい。いつだって正しい生き物なんだ。でも、正しいだけで生きていくなんてやっぱ無理で。じゃあ何が必要なんだとか聞かれてもさ、答えられないけどさ。
「すべての物語は一つなんだ」
「ねぇ、それって関係ある?」
「全部続いてるんだよ」
「ねえってば」
「いいかよく聞け。だから一つ一つが終わっても、それは完全な終わりじゃないんだ。全部の物語は繋がってて、終わったところからまた始まるんだ」
「だからなんなの?」
弟は辛抱がない。まあ、仕方ないかもしれないけどさ。僕だって、こうやって説明してるけど、物語について語ってるけど、僕だって物語に含まれていたわけで、だから物語について語れるわけがないんだろうってね。
「一つの物語が終わったら、落ちるんだ」
「僕らみたいに?」
「そう、まさに僕らみたいにだ」
「どこに落ちるの」
「物語の終わり、そして始まりの場所だよ」
雲だか霧だかが一瞬晴れる。その隙間から、たくさんのものが見える。たくさんの言葉が。たくさんの言葉だったはずのものが。言葉の残骸が。言葉の死骸が。言葉にならなかったありとあらゆるものが。僕らももともと言葉で、ただ僕らにはそれは僕らっていう形でしか認識されないっていうだけの話。
「僕たちは、物語の住人だったの」
「そうだ」
「で、僕らの物語は終わったから落ちてる」
「そうだ」
「じゃあまたいつか僕らは始まるの?」
それは分からない。けど僕は弟にはそれは言わなかった。確かに、別の物語に組み込まれるかもしれない。別の人生が与えられるかもしれない。しかし、僕らが兄弟っていう人生は、きっともうないだろう。だから僕は沈黙する。
このままずっと落ち続けていたい。どこかに辿り着くのでもなく、このままずっと。空気の流れを感じ、重力を受け、太陽の光を浴び、鳥を眺め、雲だか霧だかに囲まれ、そうしてずっと僕はこの空に浮かんでいたい。
弟はもう口を開かない。下を見ている。ぼんやりとだけど、下の世界が見えるようになってきた。そこでは、物語が終わり、そして物語が始まっていた。



11.「もともといなかったはずの私」
初めは、なんの気配も感じられなかった。
ふと空を見上げると、空を覆い尽くすように、色とりどりの点が散らばっていた。
風船かと、初めは思った。どこかでパーティーかなにかがあって、その趣向として風船でも飛ばしたのか、と。しかし、それにしては数が多すぎた。点描画を見ている錯覚に陥った。
そして、その風船みたいなものが落下してきた。
不自然な動きだった。あるものはゆっくりと、あるものは勢いよく、あるものはフラフラと、あるものは一直線に。それぞれがまるで別々の動きをしながら下へと向かってきた。重力に従っている様子はまるでない。一個一個が機械で制御されているかのような、顕微鏡ではじめて確認したブラウン運動の軌道のような、そういう奇妙な振る舞いだった。
かなり遠くにあったその点たちが、少しずつ地面に近づいてくる。引き寄せられるように、あるいは私がそれらを呼び集めているのではと錯覚するしてしまうように。
ストン。
初めに地面に触れたその点は、そんな音を立てた。音を立てた瞬間にその点の色が変わった。赤だったその点は、青に色を変え、今度は逆にまた天へと昇っていた。
ピン。
フラン。
ドン。
ペチョム。
ララ。
点が地面に触れた時の音はそれぞれ違う。それらは交じり合い、一つ一つを聞き分けることが難しくなっていく。重ねあったその音が、まるでいくつかの楽器の合奏のように音楽を奏で始める。これまで聞いたこともないような音楽だった。空気の振動がそのまま世界を生み出すような、音の連なりそのものが感情を持っているような、自分の持っている言葉では表現しようのない音楽だった。その音楽に包まれ私は、これ以上ないというくらいの幸福感に包まれた。
色彩も私の目を奪う。点はそれぞれ地面に触れる度に色を変えていく。
黄色が緑に。
黒が赤に。
ピンクが水色に。
茶色が金色に。
色の変化が波のような動きを感じさせ、絵というよりは映像のように見えた。これも、色彩そのものが物語を抱えているのではないかと思えるくらい綺麗で、荘厳という言葉がよく似合っているように思えた。
点は増えることも減ることもなく、落ちては昇り、色を変え、音を出すことを繰り返した。私はその光景の前に言葉を失った。すべてがあまりに美しく、その美しさに、世界が私を祝福しているとさえ思ったほどだ。
しかし、その瞬間は唐突に訪れた。
点が一斉に姿を消し、そして同時に、世界もその形を失った。すべての色彩が消え、すべての音が消えた。ただ真っ白なだけの空間に、耳が痛くなるような静寂。すべてが失われてしまった世界の中で、私は考えた。
私だけが使い尽くされなかった理由はなんだろう。



12.「落ちているのに拾えないもの」
自分が一本の刀になって、空気を切り裂いていく。そんなイメージを頭の中に浮かべる。僕という刀によって切られた空気の断面を具体的にイメージできるくらい静かに確実に。
スタッスタッスタッ。
一定のリズムを刻んだ足音が、人の姿のない街中に響く。まだ早朝、常識ある人ならまだ自宅のベッドの上で静かに横になっている時間だ。そんな時間に僕は走っている。人も車も少ない道路を、吸い込むたびに肺が痛くなるくらい冷たい空気の中、僕は一人静かに走り続ける。
早朝という、まだ何もかもが大人しく布団にくるまれているはずの時間にこうして走っているという事実が、僕には何だか誇らしげに感じられる。特にすごいことをしているという自覚はない。控えめに言って、ただ走っているだけの僕は特にどうということもない存在だろうと思う。しかし、こうして世界が寝静まった時間を切り裂いて走っていると、自分だけがこの世界に存在しているような、自分の足音のリズムこそが時間を刻んでいるような、そんな錯覚に陥ることが出来る。世界が大きなフライパンだったとしても、僕だけはその事実を知ることが出来るような、そんな奇妙な感覚を獲得することが出来る。だから早朝のランニングは好きだ。好きな音楽さえあれば、いくらでも走っていられる。早朝とはそういう時間だ。
今日も体調は万全だ。腕を振り、足を出し、呼吸を繰り返し、その一連の流れが実にスムーズに行っている。走り始めは何かとうまく身体が動いてくれないものだが、もう充分に身体もほぐれてきた。非常にいいコンディションで走り続けることが出来ている。こういう時、走っていてよかったと思うことが出来る。走ることは、客観的に見て苦しいし、その苦しさは自覚的なものとしてももちろん獲得することになる。走り続けることはもっと困難なことであり、普通の人からすればその中に喜びを見出すことは困難かもしれない。結局それは、走らなければ分からないことなのだ。走り続けないと獲得できないことなのだ。その一歩を僕は踏み出し、その喜びの欠片を獲得することが出来るところまでくることが出来た。これだけで、これからも走り続けようという原動力になる。
走っている時には視界にはあまり注意が向かない。走り続けているとだんだんぼんやりとしてきて、視界への集中力は日常の状態の半分ぐらいになっているように思う。前方にある危機を回避するためだけに機能し、残りの部分は機能を停止しているように思う。注意力散漫と言って言い過ぎではない状態になっていると思う。
だからそれに気づいたのも、それに随分と近づいてからのことだった。
いつの間にか太陽が昇り始めていて、真っ暗だった世界に光が差し込むようになった。地面や家々や、遠くに見える海面なんかが光に照らされ輝いてくる。
そんな中僕は、猫の死体を見つけることになる。身体を横たえていたが、内臓は出ていない。どうやら車に轢かれたわけではなさそうだ。首輪をしていることだけは分かった。表情まではなんとも分からない。気づいた時にはもう通り過ぎていた。
猫の死について何か感情が浮かび上がるよりも先に、あの死体は一体誰が片付けているのだろうという疑問が先に浮かんだ。これは昔から疑問だったのだ。まさか自然分解されるまで放っておくというわけでもないだろう。
可哀相だな、というぐらいのことは感じたが、それだけだ。それぐらいの感情しか抱きようがない。走っている時は暇なので、あの猫がどうやって死に至ったのか自分なりに想像してみる。永久に検証されることのない仮説を、僕は頭の中でいくつも組み上げていた。
しばらく走っていると、道路にはいろんなものが落ちていることに気づく。ギターやトランポリンが落ちていた。焼いたステーキ肉と食いかけのアンパンが落ちていた。サイン入りの野球ボールと冷蔵庫が落ちていた。みんないろんなものを落としているのだな、と感じた。そういえばさっきの猫も不自然な死体だったなと思い起こす。あれも一つの落し物なのかもしれない。
僕はそれらの落し物に一瞬だけ目を向け、落ちているものが何なのかだけ確認し、そして次の瞬間には対象からの興味を完全に引き上げるということを繰り返していた。うんざりしてきた。これほど不自然にいろんなものが落ちているというのはどういうことなのだろう。暇だからそれについて考えるが、考えてもギターや冷蔵庫が落ちている正当な理由を思いつくことが出来ない。彼らは一体どこからやってきて、そしてどこへ行くべきものなのだろう。
道の先にまた何かが落ちているのが見えた。もはや落し物鑑定士としての職務を全うするかのように、僕はその落し物に視線を向けた。今度は一体なんだろうか。
腕だった。そこには、人間の腕が二本落ちていた。「く」の字を二つ並べたような格好で、それは静かに佇んでいた。そこからは、宗教的な意味も、あるいは二義性さえ感じ取ることは出来なかった。それはただ置かれているだけであり、その意味ではこれまでの落し物たちとなんら変わることはなかった。
そして僕は唐突に気づいたのだった。何故今までそれに気づかなかったのか不思議なぐらいだった。
リズムよく振りぬいているはずだった僕の両手が、いつの間にかなくなっていたのである。



13.「決断のための永遠の時間」
これまでだって何度もやってきたことだった。その光景は見慣れていると言ってもいい。自分にこの能力があると分かった時から幾度となく何度でも。
それでも、今自分が見ている光景は、普段とはあまりにも異質なものだった。何が、というのはうまく説明が出来ない。視界で認識できる情報には大差はない。つまり、やはり自分の感情の在り様が影響しているということなのだろう。非現実そのものの景色が、さらに環をかけて非現実的なものに変わろうとしている。
「兵馬俑ってのを思い出すよなぁ」
昔社会の授業で習った、中国の遺跡みたいなやつだ。あれはお墓だったのかな。たくさんの兵士の像がずらりと並んでいる有り様は、まさに今自分が見ているものに似ているし、この能力を使うたびに実感することでもあった。
人が、地面から映えたキノコであるかのように静止している。僕の隣にいる彼女も微動だにしない。車も飛行機も、鳥も犬も、溶けかけのアイスクリームや排気ガスなど、すべてのありとあらゆるものが静止している。空気の微粒子も止まっているのだろうか、と考えたことがあるが、未だに結論は出ない。少なくとも、呼吸は出来ている。
そう、僕が持っている能力というのは、時間を止める能力だ。いつからこの能力を自覚したのか、それはあまり記憶にない。やり方をどうやって見につけたのかも覚えていない。気づいたらいつの間にか出来ていたのだ。時間を止めることも、止まった時間を解除することも思いのまま。時間を止めている間、止まっているものに触れることは出来るが物理的な操作を加えることは一切出来ないという点が難点だけど、それでもこの能力を使ってこれまでにもたくさんの悪戯をしたものだ。
「しかし、まさかこんな状態でこの能力を使うことになるとはなぁ」
すべてが静止した世界をゆっくりと歩く。確かに見慣れた光景だし、もう戸惑うことはない。しかし、今は人びとの顔にまさに張り付いたままになっている笑顔が哀しくて仕方ない。横断報道を渡っている途中のカップルも、車に乗った家族連れも、駅前のベンチに腰掛けている老夫婦も、皆笑顔だ。この街に溢れる笑顔が、今の僕には重たくて仕方がない。ここにいる人々の運命を僕が握っているのだと思うと、その事実にへたりそうになる。
彼女の傍に戻ってくる。自分の陥った現実から逃れようとして、彼女を抱き締めてみる。まるで動かない彼女を抱き締めても、まるで石像を抱き締めているようで虚しかった。口付けをしても、手を繋いでみても、何も満たされることはない。
「どうしたらいいかな、俺」
動かない彼女に問い掛けてみる。もちろん答えは返ってこない。そもそもその答えは、この止まってしまった世界の中のどこかに存在しているのだろうか。もしそうなら、いくらでもそれを探しに旅に出かけたっていい。どれだけ時間が掛かっても、それだけ困難な旅になっても構わない。その答えが得られるのなら何でもするだろう。彼女を失わないためなら、何だってする。でも、恐らくその答えは世界のどこにだって存在しないだろう。唯一、自分で決めない限りは。
「しかし何を決めろっていうんだろうか」
選択肢は多くない。時間を解除するか、あるいは解除しないままで一生を過ごすかだ。どちらかしか選択肢はない。そして、そのどちらの選択にしても、彼女ともう触れ合うことが出来ないことだけは確かなのだ。この閉塞した状況の中で、一体何をどう決断すればいいのだろうか。
「時間なんか止められるからこんなことで悩むんだよな」
とっさに時間を止めてしまって以来目にすることを避けてきたものをもう一度だけ見てみることにする。英語でブランド名の書かれた白い紙袋の中に入ったそれは、今も彼女のすぐ傍にある。それを覗き込む。
デジタル時計。そこには大きく「00:01」と表示されている。やっぱりどう見たってこれは爆弾だよな、と再度確認する。あと1秒で爆発するはずの爆弾がこんなに近くにあるのに、解除することも彼女を連れて逃げることも出来ない。
「ホント、どうすりゃあいいってんだよ」



14.「マネキン」
「まただよ、あのオヤジ。ホントいい加減にして欲しいって」
琴美はスーツを脱ぎ、浴槽に湯を張りながら呟いていた。パンパンに張ったふくらはぎが痛い。
「女だと思って舐めてるんだよね。変わったなら変わったってもっと早く言えっての」
シャワーを浴び、一息つく。毎日本当に疲れる。働くことは嫌いじゃないけど、いい加減自分がしている仕事にはうんざりしてきた。しかし、もう40の坂も近い。今さら転職というわけにもいかないだろう。年齢を重ねるにつれて責任が重くなる。
機械部品を作る会社の営業をしている琴美は、今日の出来事を思い出していた。最近取引を始めたある家電メーカーから依頼された部品の寸法に変更が出来たと伝えてきたのだ。もうラインは動き始めていたし、今さら変更なんてと思ったが、しかしなんとかするしかない。損害の一部については補填するというようなことを言ってはいたが、しかしそうはならないだろう。結局社長にも怒られるしで、散々な一日だった。
湯船につかり、ムカムカした気分を少しは落ち着かせた。部屋着に着替え、冷蔵庫からビールを取り出す。
「あのオヤジ、立場が下の人間にはいつもあんな感じなんだろう。あぁ、ホントむかつく」
ビールを飲みながら琴美はなおも愚痴る。琴美は一人暮らしだ。聞いてくれる相手がいるわけでも、相槌を打ってくれる相手がいるわけでもない。
いや、正確に言えば、聞いてくれる相手はいる。残念ながら人間ではないのだが。
部屋には一体マネキン人形があるのだ。どういった経緯でそのマネキン人形が部屋にあるのか、もはや琴美は忘れてしまった。確か冗談で友人の一人が持ってきたのがそのままになっているのだったような気がするがどうだっただろうか。とりあえず、来歴はもうどうでもいい。琴美にとっては既にそのマネキン人形は話し相手として大事な存在になっていたからだ。
「あんたは黙って話を聞いてくれるからいいねぇ」
疲れた身体にビールが染み込んでいく。首を動かすとゴリッという音がした。軽い眠気がそーっと押し寄せてくる。
マネキン人形に話し掛けているなどというと、もの凄く寂しい人間のように思われるに違いないと琴美は思っている。だからこそ、この習慣は誰にも話したことがない。部屋にマネキン人形があることを知っている人はたくさんいるが、話し相手にしていると思っている人はいないだろう。
しかし、このマネキン人形は普通のマネキン人形ではないのだ。琴美の気のせいかもしれないし、マネキン人形がそういう効果をもたらしているのではないのかもしれないが、琴美はこのマネキン人形に何かを話すと、その話した内容についてかなり忘れることが出来るのだ。薄ぼんやりとしたことは覚えている。完全になくなってしまうわけではなく、霧がかかったように思い出しづらくなる。また、その時の感情も同様に薄ぼんやりとしたものになるのだ。これに気づいてからは、琴美は積極的にこのマネキン人形に話し掛けてきた。その効果は抜群で、それだけ嫌なことがあっても、どれだけ恥ずかしいことがあっても、このマネキン人形に話しさえすればスッキリと忘れることが出来た。もう10年以上も共にしてきたのだ。このマネキン人形は、私が忘れてしまいたいと思っていることを山のように蓄積しているのだ。もしこのマネキン人形が喋れるとしたら、私への不平不満で溢れることだろう。あんたの話なんかもう聞きたくないんだよ、なんて言われたりするかもしれない。
「お願いだからそんなこと言わないでね」
少しだけおかしくなる。そういえば、このマネキン人形に名前をつけようかと思ったこともある。結局つけなかったのは、さすがにそれは痛々しいかなと思ったからだが、もしこのマネキン人形が喋るのなら名前ぐらいつけてあげてもいいかな、と思ったのだ。
さて、もう寝よう、と琴美は寝室へ向かおうとする。今日のトラブルの処理で、また明日も忙しい。いやなことはマネキン人形のお陰で忘れることが出来るけど、疲労だけは忘れることが出来ない。
その時、ふと声が聞こえたような気がした。隣の部屋からだろうか。しかし、壁がしっかりしているからなのか、隣の部屋から声が聞こえてきたようなことはあまりない。じゃあ一体何だ。
「19○○年8月4日、藤原琴美は会社の後輩に告白しフラれた」
今度ははっきり聞こえた。これは何?と思うよりも先に、後輩にフラれた時の情景が一気に襲い掛かってきた。あの時は、後輩が琴美に告白されたということを会社中で言いふらしたために、かなり恥ずかしい思いをした。もう忘れていたその羞恥心が、当時のままの質感を持って襲い掛かってきた。
「19○○12月2日、藤原琴美は自転車で老婆を轢いた」
またしてもその時の後悔が一気に押し寄せてきた。自転車だったからまだ軽傷で済んだ。しかしそうだとは言え、お年よりということもあって2ヶ月も入院が必要な骨折を負わせてしまった。お婆さんの家族に謝りに言ったり、保険の手続きをしたりで、本当に大変な時期だった。塞ぎこんでいたあの時期の自分をありありと思い出していた。
「19○○年6月7日、藤原琴美は…」
「止めて!」
琴美はそこで叫び声を上げた。もう耐えられそうになかった。琴美がこれまでマネキン人形に喋ってきたことを、その時の感情も想起させる形で喋っているのだ。もうこれ以上耐えられそうにない。琴美はマネキン人形の声が耳に入ってこないように叫び声を上げ続け、耳を強く塞いだ。それでもマネキン人形の声は容赦なく耳に飛び込んで来た。
琴美は、これまでの羞恥や後悔の渦に巻き込まれながら、これからどうすればいいのだろう、とそればかり考えていた。



15.「たぶん届かない手紙」
ぶんしょうを書いたりするのってほんとうにわかんなくてなにからどう書いたらいいんだかぜんぜんわかんないんだけど、でもたぶん書かないといけないんだと思うんだよ。ほんとうは書いちゃだめって言われてるんだけど、でもこのままでいいわけないし、だから紙とえんぴつを見つけたのでなんとかがんばってぶんしょうを書こうと思います。
なにから書いたらいいのかな。おとうさんおかあさん元気ですか?ぼくはまあ元気は元気なんだけど、ものすごく困っています。そうです、その話をしなくちゃいけないんだけど、どこから書けばいいかな。そういえばむかし田所先生が、人になにかをせつめいする時ははじめからおわりまで分かるように伝えなくてはいけないよ、と言っていました。だから田所先生の言った通りにしようと思います。
僕はきのうの前の日にカサブランカおばさんのお手伝いのために花屋さんへ歩いていました。カサブランカおばさんのせつめいはしなくてもいいような気がするけど、いちおう全部せつめいしないといけないだろうから書きます。カサブランカおばさんは僕のとなりの家の人で、僕のお母さんと仲良しです。庭でカサブランカを育てているから僕はそうよんでいます。ときどきおつかいをたのまれます。その日もひりょうを買ってくるようにいわれて花屋さんへ歩いていきました。
僕がポカポカした中歩いていると、前から犬が1ぴきやってきました。その犬はきんじょでも有名な悪い犬で、子どもを見かけるといつでもかみついてくるのら犬です。僕は怖くなって帰りたくなりましたが、その時犬はきげんがよかったようで、僕にかみついたりはしませんでした。
それから僕はまたずんずん歩くと、こんどは前から学校のじょうきゅうせいたちがやってきました。学校でも悪いとゆうめいなじょうきゅうせいです。僕はまた怖くなってにげだしたくなりましたが、こんどはにげられませんでした。じょうきゅうせいたちにつかまった僕は、カサブランカおばさんからあずかったお金を取られそうになってしまいました。
でもそこに1だいの車がきました。その車に乗っていたおじさんがとてもやさしい人で、僕をじょうきゅうせいからすくってくれました。僕はおじさんにお礼をいいました。おじさんと話をすると、僕が花屋さんに行くとちゅうだと知って。じゃあとちゅうまで乗っけていってあげるよ、といってくれました。お母さんに、知らない人についていってはいけないよ、と言われたことを思い出したけど、このおじさんはもう知らないひとじゃないし、僕をたすけてくれたやさしい人なのでだいじょうぶです。
それから僕は車に乗って花屋さんに向かいますが、車でならすぐつくはずなのに全然つきません。おじさんは道に迷ってしまったみたいでした。僕はカサブランカおばさんに申し訳ないと思ったけど、でもおじさんが道にまよってしまったのだから仕方ありません。おじさんはごめんねと言って、水筒の中のジュースを飲ませてくれました。冷たくてとてもおいしかったんだけど、怖い目にあったせいかすぐ眠くなってしまいました。
それで目がさめたら僕はこのへやにいました。ドアにはかぎがかかっていて出られません。たべものはあるけど、外に出られないのが辛いです。おじさんは静かにしていればなにも怖いことはないと言っていたので静かにしているけど、お父さんとお母さんに電話をしたいと言ったらダメだといわれました。手紙を出したいと言ってもダメだといわれました。でもお父さんとお母さんとそしてカサブランカおばさんは心配しているだろうからやっぱり手紙はかかないといけないと思ってこうして今書いています。お父さんお母さんそしてカサブランカおばさん、僕はちょっと困っているしちょっと辛くもあるんだけど、とりあえず元気です。しんぱいしないでください。



16.「初めから破れていた未来への切符」
朝ごはんはトンカツにしてみた。朝からトンカツというのは消化に悪いから実際あまりよくないという話も聞いたことはあるのだけど、こういうのはやはり験かつぎが優先だろう。
「受験票はちゃんと持った?」
忠弘はどうも大事な時に間が抜けているところがある。この間も、最後の模試の日を一週間勘違いしていたことがあった。私がなんとか気づいたからよかったものの、あのままだったら直前の大事な模試を受け損なうところだった。こと忠弘に関しては、注意しすぎてもしすぎるということはない。って、やだ、なんか英語の構文みたい。忠弘の勉強を見てたから移っちゃったかな。
「それ言うの何回目?」なんて嫌そうな顔を見せる忠弘だけど、確認の上にも確認が大事。まだセンター試験だとはいえ、このセンター試験の結果如何で今後が大きく左右されることになる。まして、つまらないミスで受けられないなんてことになったら大変だ。
そうやって息子を送り出したのが6時間前。忠弘と一緒に家を出て、そのままパートに出かけた私は、特別に早く上がらせてもらって、今こうして受験会場近くの喫茶店に座っている。
「俊夫たち、今ごろ数学の時間かしらね」
一緒にいるのは、忠弘と同級生である俊夫の母親である。二人でこの喫茶店で待ち合わせて、センターを受け終わった二人を出迎えるつもりなのだ。何もそこまで、と夫には言われたが、自分が試験を受けるわけでもないのに、どうしてもいてもたってもいられなくなってしまうのは分かっていた。どんな結果でもいいから、早く息子の顔を見たい。この2年間必死で受験勉強に明け暮れた毎日がまだ終わるわけではないけど、一つの区切りとして労ってあげたいと思う。
「忠弘は数学あんまり得意じゃないから心配」
俊夫くんの母親とは塾を通じて知り合った。同世代の子どもを持つ母親にとって、やはり最大の関心は受験であり、時折塾の送り迎えなどで顔を合わせるようになってから、急速に関係が深まったのだ。
「俊夫は凡ミスさえしなきゃいいセンまで行くと思うんだけどねぇ」
お互い口は動かしてはいるが気持ちは既に彼方へと飛んでいる。お互い息子のことを考えるので精一杯なのだ。試験最終日の今日は、数学の試験が終わりさえすれば忠弘たちは解放される。まだ各大学の本試験が残っており、受験は終わりではないと分かっているのだけど、そわそわして落ち着かない。
会場周辺は静かだ。リスニング試験のために周囲に配慮をお願いしたこともあるのだろうけど、それよりも試験独特の沈黙みたいなものに支配されているような気がする。これほど大きな会場に詰め込まれた受験生達が、紙とペンの触れる音だけを立てながら黙々と問題を解き続ける。その姿に圧倒されて、音という音が何か殻のようなものに閉じこもってしまったかのように感じられる。その沈黙の余波が、この喫茶店まで押し寄せているように思えてくる。
紅茶のお代わりを注文する。水分の摂りすぎでトイレに行きたくなるのだけど、ここは我慢する。これも験かつぎの一つのつもりだ。これまで重要な場面でトイレを我慢しておくといい結果になることが多かった。夫には馬鹿馬鹿しいと笑われたが、やはり止めるわけにはいかない。忠弘が会場から出てくるまではなんとしてもトイレを我慢し続けるつもりだ。
「ねぇ、雪」
言われて外を見ると、確かに雪が降っていた。毎年センター試験の時期は雪が降る。朝から降らなくてよかった、と思った。電車が止まって遅刻するようなことがあったら、忠弘も落ち着いて受験を受けられなかっただろう。
「そろそろ出てくるんじゃないかしら」
時計を見る。確かに、予定終了時刻から10程過ぎていた。そろそろ会場から受験生達が出てくる頃だろう。忠弘にまずなんて声を掛けてあげようか、と考える。暗い顔をしていたらどう言ってあげればいいだろう。表情から判断してそっとしておいてあげた方がよさそうだと思ったら、声を掛けないでおこう。いろんな状況を考えて頭の中でシュミレーションをしてみる。
しかし、それからいくら待っても誰一人として会場から出てこない。
「ねぇ、おかしくない」と言ってみる。
「そろそろ誰か出てきてもいいはずだよね」
この時間になっても誰も出てこないというのはどう考えてもおかしい。監督官からの説明事項なんかがあったとしても、そこまで時間が掛かるとは思えない。
「中、入ってみようか」
もうそれしかないだろう、と思って提案してみる。それから二人で喫茶店を出て、試験会場へと向かって行った。
試験会場は、文字通り静まり返っていた。そこには、受験生がいないばかりか、そこで試験が行われたという痕跡がまったく見出せなかった。雪降る中、自分達二人しかいない会場で、二人はしばらく途方にくれたまま立ち尽くしていた。
受験日か受験会場を勘違いしたのかもしれない、と無理矢理言い聞かせて家に帰った二人は、その日のニュースを見て驚くことになる。なんと、日本中のセンター試験会場から、すべての受験生が消えてしまったと、NHKのアナウンサーが真面目くさった顔で伝えていた。



17.「とりあえず彼氏」
晴れ渡る青空を飛ぶ一羽の真っ白な鳥。名前は何だか分からないがとりあえず鶴ということにしておこう。鶴がこんな沖縄の空を飛んでいるなんていうことはまずありえないのだが、いやそこから始まるストーリーだってきっとあるはずだ。
ジョセフィン(鶴)とエマニエール(鶴)は、仲間が越冬のために飛び立つ群から離れ、二人で別世界へと羽ばたこうと目論んだ。もちろん目的はただ一つ。群などという世間から脱し、二人で素敵で素晴らしい人生を送るためだ。群から離れれば、恐らく長生きすることは出来ないだろう。しかしそれでもいい。俺達の愛は長さではないのだ。たとえ老い先短くとも、濃密な時間を過ごせればそれでよし。俺達の愛は無敵なのだ。
そうして群とは正反対の方向へとたった二人だけで飛んでいく二羽。二人の旅は順調で、時には寺の瓦屋根の上で蜜月を繰り返し、時には月の浮かぶ川のほとりで愛を囁き交わす。獲得した餌を二人で仲良く分け合い、そうやって至福の時を過ごしていたのだ。
しかし、そんな時間も決して長くは続かないのであった。悲劇は突然襲ってくる。ジョセフィン(鶴)が、たまたま近くを飛んでいたハゲタカ(名前不明)を見初めてしまったのだ!
「あのM字ハゲと獰猛な胸毛が素敵!」とかなんとかよくわからないことを呟いて、ジョセフィン(鶴)はそのハゲタカを追いかけていってしまったのだ。あぁ、憐れ。ジョセフィン(鶴)よ、決して報われることのない恋の道へと突き進んでいくのだな。お前のことを愛し続けた俺だ、応援するにやぶさかではないが、しかし!一人残された俺はどうすればいいというのだ!あぁ、憐れ。群から離れ二人で死ぬまでイチャイチャし続けようという俺の計画がこうもあっさり転覆するとは泥舟もびっくりの仕打ちだ。まあ仕方ない。俺も電撃的にサンショウウオ辺りに恋でもすればいいんだろうか。って、サンショウウオってどうよ。
とかなんとか言いながら一人寂しく飛んでいるのがあの鶴なのである。うーむ、自分で考えていても意味不明だ。そもそも、鶴である必然性がどこにもない。
まあいい、とりあえず鶴は置いておいて沖縄だ。爽やかな風、白い砂浜、上半身裸の男達がたくさん。グレートだ。私だってばっちり水着をきめているのだ。周りの男子からの視線が眩しいぜ。男子たちがひそひそ話しているのが聞こえてくる。
おい、あそこにいる女子はすごくないか。うん、すごいすごい、ちょっとヤバイぞ。声掛けてみるか?いや、マジ止めとけって。相手にならんだろ。だよな、ちょっとレベルが高すぎるよな。もうちょっと普通の女子を探そう。そうだな、さすがに罰ゲームって言ってもあれは厳しいよな。
ん?今なんか変な言葉が聞こえたぞ。罰ゲームって何だ罰ゲームって。男子たちが私のことを見ていたのは罰ゲームの相手を探すためだったのか?って、私じゃハードルが高すぎる罰ゲームって何だよ。おい、男子ども、私を舐めるんじゃないよ!なんて口に出してはいえないけど。
おっともうこんな時間だ。ホテルの部屋でアレン(人間)が待っているんだった。早く部屋に帰ってアレンと一緒にあれやこれやしなくては…。
とそこで目が覚める。
私の周囲にはゴミゴミゴミ。ゴミの山に埋もれるようにして私は横になっている。空になったカップラーメンの容器の中をゴキブリが這いまわる。壁を埋め尽くすように積みあがっている少女マンガの山が今にも倒れてきそうだ。というか、ゴミと一体化していて何が何だか分からない。既に床は見えず、まさに足の踏み場はない。
寝転んだ状態のまま手さぐりで周りを漁る。コンビニの袋の中から、2週間前に賞味期限が切れているおにぎりを発見し、それをむしゃむしゃ食べる。のどが渇いたが、飲み物らしきものが見つからず諦める。
あぁ、アレン(人間)はどこへ行ったのかしら。このゴミの山の現実とアレン(人間)が並列して存在するわけがないわ。だとすれば私が取るのはただ一つ。アレン(人間)のいる世界にまた戻るだけよ。負けない!どれだけ現実が耐えられないものでも、もう一つの世界で私は生き延びて見せる。
アレン(人間)!どれだけあなたが遠くにいても、私はあなたに会いにいくからね。



18.「アヒルさん」
「ねえ、アヒルさんているじゃん」
「あぁ、あのアヒルのバッグの人?」
「そうそう、あの人また来たんだよねぇ」
バックヤードで検品している時に、山本直子に話し掛けてみた。直子は文庫の担当で、英子と同じ時期に入ったので気も合うのだ。
「やっぱりおかしな本ばっかり買ってくんだ」
「いやね、おかしいってわけじゃぁ決してないんだけどさぁ」
そう、決しておかしくはないのだ。
スタッフの間で「アヒルさん」という名前で通っているお客さんがいる。何故アヒルさんかと言えば、いつもアヒルの絵のついたバッグを持って来店されるからだ。アヒルさんはもしかしたらこれまでもウチの店のお客さんだったかもしれないけど、それまでは特別話題になったということはない。「アヒルさん」という名前で呼ばれるようになったのもごく最近だ。何故そんな注目されるようになったかというと、本の買い方がなんとなくおかしいからなのだ。
「またライトノベルがたくさん?」
「それに東野圭吾とか宮部みゆきとかが一緒みたいな」
アヒルさんは40代だと思われる男性だ。きっちりとしたスーツを着て、ちゃんと仕事が出来る人間なのだなと思わせる雰囲気がばっちりである。そのアヒルさんが、ライトノベルを大量に買っていくのだ。
ライトノベルというのは、いわゆる表紙がマンガ調の中高生をターゲットにしているようなジャンルの文庫本である。もちろん最近では30代40代の男性が買っていくことも多い。しかし、書店で働いていれば、大体ライトノベルを買っていく中年男性の傾向というのは分かるつもりだ。具体的に言葉にして説明するのは難しいが、ライトノベルを大量に買っていく人にはある一定の特徴みたいなものが必ずあるものだ。
しかしこのアヒルさんの場合、どこをどう見てもそんな雰囲気とは程遠いのだ。もちろん、そういう特徴を外れた人だってそういうライトノベルを買ったりするかもしれない。でも、それでもおかしなことはあるのだ。
アヒルさんは、ライトノベルと一緒に、東野圭吾や宮部みゆきと言ったエンターテイメント系の小説も一緒に買っていくのである。ライトノベルを大量に買っていくお客さんは、他のジャンルの本を買わないという傾向がある。もちろん買うお客さんもいるのだろうけど、そういう意味でアヒルさんはスタッフの間でちょっと変だよねということになっているのである。
「昨日も来た?」
「うん、来た来た。でも買ってくのは新刊じゃないんだよね」
ライトノベルを大量に買っていくお客さんは、大抵新刊の発売日にやってきて新刊をまとめ買いしていく。しかしアヒルさんの場合、新刊の発売日であるかどうかに関係なくやってきては、新刊ではないものを買っていくのだ。これもまた不思議なもので、やはりスタッフとしてはその買い方は不自然に思えてしまう。
「何だろうね、ホント。不思議だよね」
直子はそう言って文庫の仕事の続きを始める。まあそうだ。結局のところ、不思議だね、と言って終わるしかないのだ。お客さんが本をどんな風に買っていくかなんて完全に自由だ。多少変な買い方をしていたところで、買ってくれているのだから文句を言うような筋合いももちろんない。
文庫を整理していた直子が、あれ?と声を上げる。
「どしたの?」
「いやね、昨日遅番の子にちょっと文庫の棚から売れてなさそうなものを抜いてもらったの。ちょっときつかったからね。で、ライトノベルの棚から抜いたやつで、スリップがないものがあるんだよね。まあたまにあるけどさ、やっぱスリップがないって気持ち悪いよね」
そう言ってそのスリップがないという本を見せてくれる。
「あれ?おかしいよこれ。だって昨日私この本売ったよ。ほら、アヒルさんにだよ。何でこれ今日店にあるの?売り場に2冊置いてた?」
「ううん、棚に1冊しかなかったはずだよ。えーと、それってどういうことになるんだろう?」
何だかよく分からないけど、アヒルさんはやっぱり何かおかしなことをしてるんだろうか。
バックヤードにスタッフが一人入ってくる。
「アヒルさんが今文庫の売り場にいるんですけど、ちょっと変なことしてるんです」
直子と英子はその話を聞いて売り場へと出て行った。
ライトノベルの棚の前にアヒルさんはいた。アヒルさんに見つからないような位置に立ってアヒルさんを観察する。いつものようにアヒルの絵のついたバッグを持っている。アヒルさんは棚から文庫を抜き出してパラパラめくっている。時折落ち着きなく周囲を見回している。こういうのは万引きをする人間に多い動きだけど、でも別にアヒルさんは万引きはしていないだろう。あれだけ本を買っていて万引きをする意味がよくわからない。
するとアヒルさんは奇妙な行動をした。本に挟んであるスリップを抜き取って、文庫だけそのまま棚に戻したのだ。そしてさらに、アヒルのバッグの中から文庫を一冊取り出し、その文庫に先ほど抜き取ったスリップをつけているのだ。
英子は直子の顔を見た。直子もよくわからないという顔をしている。ただ、この状況は放置しておいてはいけないだろうということぐらいは分かる。二人でアヒルさんに近づく。
「あの、失礼ですが何をされているんでしょうか?」
そう声を掛けた途端、アヒルさんは諦めたようだった。私たちが店員であることを認め、そして素直に状況を話してくれた。
「申し訳ありませんでした」
そう言ってアヒルさんは頭を下げる。売り場でそんなことをされても困ってしまうので、ちょっと汚いけどアヒルさんをバックヤードに案内してそこで話を聞くことになった。
アヒルさんはバックヤードでも再度頭を下げて、そしてこう切り出した。
「息子がこちらの書店で万引きを繰り返していたんだそうです。それを私が知ったのが2週間くらい前でした」
また頭を下げようとするアヒルさんを押し留めて、とりあえず話の続きを聞く。要するにこういうことのようだ。
息子が万引きをした本はかなりの冊数に上る。本来であればお店と警察に伝えるべきだろうと思いはした。しかし、量が量ということもある。あまり穏便には済まないかもしれない。息子も来年には受験を控えている。内申点に響くようなことは出来れば避けたい。
だから、万引きをした本に対してお金を払うことでなんとか解決できないか、と考えた。自宅にある本をバッグに詰めてここにやってくる。売り場を回って、売り場にある本からスリップだけをいただいて、家から持ってきたその本をレジに持っていく。もちろんそれで盗んだという事実が消えるわけではないということは分かっていた。しかし、息子のことも考えた時に、なんとかこの方法でごまかせないか、と思ってしまいました。
「大変申し訳ありませんでした」
そう言うってアヒルさんは話を締めくくった。
事が事なので店長に対応をしてもらった。やはり警察に連絡をすることは避けられないようだ。ただ、店長が最後に言った言葉が英子には印象的だった。
「本を盗んだこと自体は褒められたものではないけど、転売するんじゃなくて自分で読んでいたようだから、それだけは救いだよね」
悪いこととは分かっていても、本好きは本を盗んででも読みたいみたいな部分は少しは理解できてしまうのかもしれないと英子は思った。



19.「透明人間」
「やっと手に入れたぞ!」
敏孝は、錠剤の入った小瓶を持って快哉を叫んでいる。中に入っているのは、毒々しいまでに真っ赤な丸い錠剤が一つ。
「これで俺もやっと透明人間になれる」
そう、その錠剤は透明人間になるための薬なのである。
初めは都市伝説のような形で広まったのだった。どこかの学者が透明人間になる薬を開発したとかなんとか、そんな類の話だった。もちろん誰も信じてはいなかっただろうが、しかしその噂は勝手に尾ひれをつけて広まっていった。曰く、透明人間に痴漢をされただとか、あるいは透明人間に商品を盗まれただとか、そういう主張をする人間が出てきたのだ。都市伝説に乗っかる形で話を面白おかしくしただけだろうと当然周りも考えたから誰も真面目に取り上げなかったのだけど、しかしそういうことがあったという話は人の口を介してどんどん広まっていったのだ。
「しかし、今から考えればあれは本当のことだったんだろうな」
敏孝が透明人間について真剣に考えるようになったのにはわけがある。新聞記者である敏孝は、もちろん透明人間の話は知っていたが、どうもその透明人間の話が出る場所に符合してある事件が頻発することに気がついたのだ。
それが、神隠しだった。まあ要するに失踪事件というわけだが。
失踪というのは事件になりにくい。事件になりにくければ新聞記者の耳にもなかなか入ってこない。しかし、いくつかの偶然と若干の飛躍のお陰で、敏孝の頭の中で透明人間の話と失踪事件が結びついたのだ。
「もしかしたら、透明人間になった人間が失踪しているということなのではないか」
そういう仮説に基づいて取材を続けていくと、ある一人の男に行き当たった。結果的にはそれが当たりで、その男が透明人間になる薬を売っていたというわけだ。
「まあいずれにしても試してみなくてはなるまい」
小瓶には注意書きがある。服用直後に意識の断絶が感じられるでしょうが、特に問題はありません、とある。なるほど。まあ早速飲んでみるか。
………
気づいた時には敏孝は道路に横たわっていた。そこは、自分の部屋のあるマンションの前の道路だ。敏孝の部屋は6階にある。あそこから降りてきたのだとすれば、結構長い時間意識が飛んでいたことになるな。などと考えてみる。
「しかしまあ何にしても、これで俺もようやく透明人間だ」
服を脱いだ記憶はないが、既に自分の身体はまったく見えない。いいじゃないか。これで何でもし放題だぜ。さて何からしようかな。とりあえず銭湯の女風呂でも覗こうかな。やっぱ透明人間になったからには外せないでしょう。まあそんなことを考えて敏孝は銭湯の方へと歩いていく。
しかし体が軽い。透明人間になるというのは、周囲から身体が見えないというだけで、物理的に何か変化が発生するわけでもないだろうに、この身体の軽さはなんだろう。普段、見かけの重さみたいなものにさらされているということなのかもしれない。俺達は、重力から受ける重さ以外に、周囲の人間の存在あるいは視線から受ける見かけの重さのようなものも感じていたのかもしれない。それが、周囲の視線がなくなったことによってなくなり、これだけ身体が軽く感じられるということなのかもしれない。身体が軽すぎて歩きづらいぐらいだ。月面を歩いたらこんな感じだろうか。
周囲の人間は誰も俺の存在に気づかない。これは最高だな。太陽も風も周りの人間の服装も変わり映えはしないのに、自分だけがただ一人ものすごい変化を体感している。この昂揚感は普通ではなかなか味わえないものだろう。
「人に教えてあげたいような教えてあげたくないような」
そんなことを思いながら歩いていた時だった。周囲への注意がかなり薄れていたということもあるだろう。もう避けられないというような場所まで車が突進してきていたのだった。
「これはマズイ」
透明人間になったからと言ってこの状況を回避できるわけがない。むしろ透明人間だからこそ、運転手にこちらの姿を知らしめる手段がない。なんとか逃げようと思うのだけど、身体が全然動かない。もうダメだ…。
思わず閉じていた目を開ける。何故か身体はなんともない。先ほどと同じ場所にずっと立っているのだ。車が俺の身体をすり抜けたとしか思えない。
「すり抜けた?」
ちょっと待て、それはおかしくないか。透明人間だからって、身体がなくなるわけじゃない。じゃあなんで今俺は助かったんだろうか。
そこでふと思いつく。まさか…。
目覚めた時俺は道路に横になっていた。俺の部屋は6階にある。透明人間になってからの異常なまでの身体の軽さ。まるで自分の身体が無くなってしまったかのような。
「まさか俺、透明人間になったんじゃなくて、ただ死んでるだけなんじゃないだろうか…」



20.「次はどこに行きたい?」
私は「殺せ屋」だ。「殺し屋」では決してない。あくまでも「殺せ屋」である。
「殺し屋」は人を殺すのが仕事である。じゃあ「殺せ屋」は何をするかと言えば、簡単に言えば殺せ!と啖呵を切るのが仕事である。
例えば、ヤクザの組事務所に一番に乗り込んでいって殺せ!と啖呵を切ったり、内戦地域に先陣を切って乗り込んでいって殺せ!と啖呵を切ったり、まあそういうようなことをする仕事である。実に身体を張った仕事である。
多くの人の役に立つ仕事ではないと思うが、しかし多少は人の役に立つのではないか、と思ってこの仕事を始めたのである。誰しも危険を冒してまで死に向かいたいとは思わない。ならばその最も危険の高いところを肩代わりしてあげよう、とまあそう言う発想である。
しかし、この仕事、実は大きな欠点が一つだけある。
需要がないのだ。
事務所を開設して以来、あれやこれやと宣伝をしているのだが、一向に依頼がやってこない。や
やはり沖縄で事務所を開いたのは間違いだっただろうか。

「はい、こちら「殺せ屋」です」

「マナ、次はどこ行きたい?」
何度目かの問いかけを娘の真奈美にする。この瞬間が一番緊張する。少しでも時間を先延ばしにしたいという思いがやはり強いのだろう。自分では笑顔を作っているつもりだが、やはり少し強張っているかもしれない。いかんいかん。真奈美の前では笑顔でい続けなくては。
「うーんとね、ゾウさん!」
ホッとする。まだ真奈美と一緒にいられる。そう思ったら、肩が少しだけ軽くなった。いつの間にか肩に力が入っていたらしい。真奈美と二人っきりの旅行だっていうのに、と苦笑する。
「よし、じゃあ動物園に行こう!」
「おー!いこー!」
真奈美は電車の窓に張り付いて外をずっと見ている。外に見える看板を読んだりもする。ただ、まだ漢字は難しいからひらがなだけだが。そういえば、真奈美はほとんど電車に乗ったことがなかったかもしれない。どこかに出かけるといえば大抵車だった。真奈美は必ず運転席の後ろの席に座って、対向車に手を振っていつも遊んでたっけ。今だって、反対の線路に電車が通る時は手を振っている。
「パパ、車は?」
真奈美がこっちを向いて問い掛ける。思考を読まれたようでドキッとする。
「電車は嫌い?」
「好きー。でもお車も好きー」
「そっか。でもそれはまた今度ね。しばらく電車ね」
「りょーかいっ」
そういって敬礼の真似事をする。そんな真奈美の姿を見ていると泣きそうになってしまう。自分の決断が揺らぎそうになってしまう。
車はもう持っていない。ついこの間、事故で失ってしまった。修理のしようもないほど無残な形だった。あの事故のことを思い出すと今でも身体が震えてしまう。
「パパ、どうしたの?」
真奈美が心配そうな目でこちらを見ている。どうやら深刻な顔をしていたようだ。いかんいかん。笑顔笑顔。
「何でもないよ。シロクマさんいるかなぁ」
「シロクマさんいるかなぁ」
真奈美が一番好きな動物は象だが、その次に好きなのがシロクマらしい。でかくて迫力のある動物が好きなのだろう。ただどっちも図鑑やテレビでしか見たことがない。本物を見ることができたら喜ぶだろう。
そうやって真奈美と会話をしながら、事故の記憶を追いやろうとした。真奈美の笑顔を見ていると、嬉しくもなり、同時に哀しくもなる。電車は休むことなく車輪を動かして、そして目的の駅に辿り着いた。
バスに乗って、動物園まで行く。真奈美にはバスも珍しかったようで、何度もボタンを押しそうになってそれを止めるんが大変だった。
「ゾウさんだー」
真奈美は動物園中を駆け回るようにして動き回った。初めてちゃんと見る動物たちを前に興奮しているようだ。猿山の前で猿の物まねをしたり、ふれあい牧場で山羊を触ったり、えさをあげちゃダメなのにあげようとして止めたりと大忙しだった。
シロクマの前で、その大きさに目を輝かせていた真奈美は、ポツリとこんなことを言った。
「入院してるママにも見せてあげたかったね」
考えまいとしていた事故の記憶がまた蘇ってくる。
妻は買い物に行くのに一人で車を運転していた。ガードレールに突っ込み、車は大破していた。事故の原因は未だによくわかっていない。雨は降っていたけど妻はかなり熟練のドライバーだったし、人が飛び出してきたりと言ったようなこともなかったようだ。
もちろん、妻は助からなかった。会社で知らせを受けた時、既に妻の命はなかったらしい。とりあえず家に戻り、真奈美を近所の方に預かってもらい、病院で冷たくなった妻と対面したのだ。
その時点で人生が終わったと言っても間違いではない。葬儀を済ませた後、何もかもやる気が出てこなかった。娘は妻の実家に預かってもらい、自分は仕事にも行かず家にいた。娘には、妻は入院していると伝えた。
妻の死から1週間後、やっと決断をして、真奈美とこの旅行に出かけているのだ。
駅へと向かうバスの中で、また真奈美に聞く。
「マナ、次はどこに行きたい?」
「うーんとね、ママのとこ」
表情を変えないようにするのが精一杯だった。ついにこの時がやってきてしまった。
「分かった。お母さんのとこに行こうか」
妻の待ってる天国に、一緒に。



21.「出られないベッド」
体育館を三つくっつけたような大きな店内で、美香は商品を眺めて回っている。椅子、ソファ、本棚、カーテン、テーブルなどありとあらゆるものが揃っている。こうしてインテリアの品々が並んでいるのを見ているだけで、美香は幸せを感じることが出来る。
今日はリサイクルショップにきていた。美香は、北欧風の家具も好きだし、機能的で無機質な家具も好きで、とにかく家具ならば何でもいいのだった。休みの度に、インテリアショップやらリサイクルショップやらを回っては、そこで一日過ごしている。インテリア品はたくさん買うわけにはいかないので、休みの度に回っていてもあまり買うことはしないのだけど、見ているだけで美香としては十分幸せな気分になれるのだった。
あのソファは色が赤だったら今の部屋にちょうどいいんだけどな。ちゃぶ台っていうのも渋くていいかもね。今座っている椅子はちょっとガタがきてるから、そろそろ新しいの買い換えようかなぁ。そんな風なことをぼんやりと考えながら、美香は店内をぐるぐると回り続ける。
そんな時見つけたのだ。ある一台のベッドを。
そのベッドは、見た目は特にどうということもないデザインであった。変わっているところを挙げるとすれば、見た目からだけではどんな素材で作られているのかよくわからない、ということだ。なんとなく、体育の授業で使われるマットを連想させるような見た目をしていた。
美香の目を惹いたのはベッドそのものではない。そのベッドには値段と共に名前がついていて、そこに「出られないベッド」と書かれていたのである。さらにその下に、「出られなくなりますので、ご購入前に試しに横になってみることをご遠慮させていただいております」とある。
ほぉ、これは何だか面白いじゃないか、と美香は思った。今までいろんなところに行っていろんな家具を見てきたけど、こんなのは初めてだった。値段だってそんなに高くないし、部屋にあるベッドはまだまだ使えるのだけど、いいタイミングがあったら買い換えようとは思っていたのだ。今の部屋のバランスとも悪くない。そもそもベッドそれ自体は無個性なので、どんな部屋だって違和感なく馴染むだろう。「出られなくなる」というのがよく分からないが、要するにあまりにも寝た時の感触が気持ちよすぎて起き上がれないよみたいな意味なのだろう。そこまで言われたら、ちょっと気になってしまうではないか。
というわけで美香は、その「出られないベッド」を買うことにした。会計の時に店員さんから、ホントに買うんですか?なんて聞かれてしまったのだけど、そんなに驚くようなことなんだろうか、なんて思ったぐらいだった。
翌日。配達を頼んでおいたベッドが届き、早速美香は部屋に設置した。どれほど寝心地のいいベッドなんだろうとワクワクしながら、美香はベッドへともぐりこんだ。
ベッドに入った美香には、寝心地のよさを感じることは出来なかった。いや、これは正確な言い方ではないだろう。正確に言うと、美香はある感覚に囚われてしまって、それ以外のありとあらゆる感覚を感じられなくなってしまった、ということである。
それは、何故自分は今までこのベッドの上にいなかったのだろうか、という感覚だった。まさにこのベッドの上こそが自分の居場所であり、何もかもがぴったりと収まるべきところに収まっているという感覚に支配されたのである。もうこのベッドからは降りないぞ、と美香は思う。そう、名前の通り、美香はこのベッドから「出られな」くなってしまったのだ。
ベッドの上でならいくらでも体勢を変えることは出来る。横になることもあぐらをかくことも立つことも出来る。しかし、ベッドから降りることだけは出来ない。あまりにもそのベッドが自分にぴったりな居場所であるがために、そこから離れることがどうしても出来ないのだった。しかし美香は満足だった。このベッドに乗っていなかった今までの自分の生活を思い返すことが出来ないくらいだった。
美香はベッドの上であれこれ体勢を変えながらぼんやりとしていた。何を考えるでもなく、ベッドの上にいる幸せに浸っていた。しかし、しばらくそうして体勢を変えている内に、ベッドに何か出っ張りがあることに気づいた。シーツをはがして見る。
するとそこには、どう見ても人間の耳にしか見えないものがあった。シーツを全部はがして見る。すると、ある場所にはへそが、ある場所には爪が、ある場所には歯があった。またベッドの素材そのものが、何だか人間の肌のような感触であった。
そこで美香ははたと思い立った。なるほど、これは自分よりも前にこのベッドに囚われた人なのだろう。ベッドから出られないだけではなくて、このベッドに乗った人間はベッドそのものの要素として取り込まれてしまうのだろう。
そう思いついた時、ベッドと一体化出来る幸せに、美香はこれまでに感じたことのない恍惚とした気分に陥った。待っててね、私もすぐにそこに行くから。そう心の中で呟いて、美香はベッドに埋め込まれたようになっている耳にキスをした。



22.「変換後の景色」
自分の見ている景色が他の人とはどうも違うらしい、ということを自覚したのがいつなのか、そのデータは僕には残っていない。しかし、親がそれをいつ認識したのかについて、親自身の記憶が残されている。
20××年5月23日のことだったと親は証言する。それが正しい日付なのかどうか、僕には既に確認する術はない。
僕が4歳の頃のことだ。ある時僕はこんなことを言い放ったのだという。
「なんでその林檎は浮かんでるの?」
ちょうど夕食時、デザートとして林檎が供された日だったようだ。母親と父親と僕が食卓を囲み、父親がまさに林檎を口にいれようとする時、その言葉は発せられたのだった。
結局、その時両親には何のことか分からなかったらしい。確かにその時林檎を食べはした。しかし、もちろんのことではあるが、宙に浮いた林檎などどこにもなかった。沈黙が取り残されたり、あるいは観念的な林檎が道端に落ちているようなことはあっても、林檎の林檎たる林檎が宙に浮かんでいるということはやはりないだろう。
僕が今現在覚えている記憶の中で最も古いものの中にはこんなものがある。
小学校の頃だろう。クラスメイト達とドッヂボールをしているのだが、僕はすぐに当てられて外野に出ることになる。しかし変なのだ。僕にはそのボールは、僕の方には向かってきていなかったはずなのだ。だから僕は避ける動作を取ることなく立っていた。しかし、そのボールは何故か僕に当たったのだ。やる気がないなら帰れよなぁ、というリーダー格の少年の呟きを聞きながら、もしかしたらボールは二個あったのかもしれない、などと僕は考えていた。
その手の不都合は、生活していく中で常に付きまとった。何せ、自分が見えている場所に物がないのだ。大抵、ちょっとずれたところにある。先の林檎の話にしても、父親の手と林檎が僕には別々に見えていたはずだ。手の動きと連動して林檎は動いているのだけど、その林檎は手からは離れて見えている。だから林檎が単独で浮いているように見えたのだ。
これはおかしいぞ、という認識よりも、生活していくためになんとかしなくては、という思いの方が強かった。体育の授業でリレーの練習をしててもバトンを受け取れない、というのはまだいい方で、近づいてくる自転車を避けられなかったり、箸を伸ばしてもそこに料理がないというようなことの方が深刻だった。
それから僕は、いくつもの仮説を立ててこの問題を検証した。そのいちいちについて書くことはしないけれども、哀愁的に落ち着いたのは、実際の光景が何らかの関数に従って一次変換されているのだろう、ということだった。
元々見えるべき光景を本光景、僕に見えている光景を僕光景と記述することにする。視神経、あるいは脳のどこかの部位で、この本光景の情報が僕光景へと変換されてしまっている。しかし、そこには何らかの一定の法則があるはずである。ランダムということはありえない。その法則、つまり変換を支配する関数さえ見つけ出されば、理論上不都合はなくなるはずだ。つまり、僕光景にその逆関数を当てはめることで得られる結果の場所が正しい位置ということになる。
しかし、この関数を見つけ出すのが本当に大変だった。僕は様々な実験を繰り返し、ては、本光景と僕光景との誤差を測定するところから開始した。これには協力者が不可欠であったが、自分のこの障害については誰にも話していなかったので、その時々に応じて適当な理由を見つけて協力者を獲得した。これが一番大変だったかもしれない。
協力者に何か物を持ってもらう。そしてそれが、僕にはどこに見えているのかを協力者に伝え印をつけてもらう。そして、その時僕が立っていた場所から両者の距離、そしてその両者の間の距離という三つの数字を常に測定し続けた。
データを取るだけで7ヶ月もの時間が掛かった。学校に行かなくちゃいけないからなかなかすぐにというわけにはいかなかったのだ。そしてそれから、そのデータをパソコンで処理し、適切な関数を設定することに成功したのだ。
しかし、それで終わりではないのだ。その関数を使いこなすためには、僕光景のデータをその関数に代入し、本光景の位置を割り出す訓練をしなくてはいけない。この計算には時間が掛かっていてはいけないので、とにかくひたすら計算の練習をしたものだ。あらかじめ関数を二次元でグラフ化していたので、それを覚えていれば大体のイメージは掴めたが、やはり細かな部分は自分で計算をするしかなかった。そもそも僕光景での位置情報を(x,y)の数字に置き換えなくてはいけないので、特殊なメガネを自作することにした。市販のメガネの表面に、視界にそこまで影響を及ぼさない程度の縦横の線を引くことで、位置情報を数値化するのに役立てたのだ。
この努力によって、多少は生活がしやすくなった。とはいえ、面倒なことには変わりはない。メガネの罫線を頼りに位置情報を数値化し、それを関数に代入して本光景の位置情報を割り出す。それを刻一刻と変化していく生活の中で常に行っていたのだ。よくもまあやれていたものだと思う。
そんな生活が大学時代まで続いた。
今は、もう解放されている。
23歳の時。自分で自分の目を潰した。
見えているくらいなら、見えていない方がましだと思った。
視界は真っ暗だが、計算をしなくてもいい日々には満足している。



23.「街」
「さーて、今日も行きますか」
「行きましょう行きましょう」
そう言って僕はタースケのリードを掴む。タースケは嬉しそうだ。散歩が好きなのだ。尻尾を振ってウキウキしている。隣には、いつもよりも日焼け止めのクリームをきっちり塗った妻の智子がまぶしそうに目を細めている。やはり日差しはきつい。でも智子は帽子や日傘の類を使おうとしない。日焼けはしたくないけど、太陽は好きらしい。太陽だって折角頑張ってるんだから、みたいなことを言っていた。相変わらずよく分からない。
今日は日曜日。日曜日は二人で犬の散歩をするという習慣が出来上がっている。雨でもない限り、この習慣は途切れることなく続いている。僕の仕事が夜遅くまで掛かることもあって、普段なかなか一緒の時間を取れない。だからこそ、新婚当初から、日曜日だけは一緒の時間を作ろうと決めたのだ。結婚した時から飼い始めて、子どもに恵まれなかった僕らにとっては子ども同然のタースケと一緒に街をグルグルと歩くだけなのだが、歩きながら季節を感じ、妻と何でもない交わし、そうして過ごす休日がなんだかすごくじんわり来るようで、付き合いが悪くなったと言われようとも、妻とのこの習慣はずっと続いている。
タースケが、散歩前のいつもの儀式をやっている。ただ自宅に向かってワンワンワンと三回吠えるだけのことなのだが、タースケは毎回これをやる。そして、散歩が終わってからも同じように三回吠えてから家に入る。これはタースケの決まった習慣であり、変化したことはない。
散歩のコースは特に決まっていない。タースケに任せることもあるし、僕らで行きたいところに行くこともある。第一、もうこの街は隅々まで歩き尽くしたと言ってもいいくらいだ。表札の変わっている家があれば気づくことが出来るし、ホームレスの移動なんかにもかなり詳しい。智子と、あらあそこのオレンジさん、いなくなっちゃったのねぇとか、あそこにいたメットさん、あっちに移ってるね、みたいな話をすることだって出来るくらいだ。
「カキ氷だって。食べたくない?」
毎年この季節になると、屋台でカキ氷を売っているおじさんが現れる。冬は焼き芋屋をやっているようだ。タースケもいつもより疲れ気味に見える。
二人でカキ氷を買って、食べながらまた街を歩く。なんていうことのない住宅街だ。家と家の狭間みたいなところに、時折小さなお店があったりする。智子が大好きなケーキのあるテールキッチンも、お団子が美味しい和雅味屋も、小さいけれど品揃えが面白い竹泉書店も、時々入りに行く鞠浮湯も、そうやってひっそりと隠れるようにして街の中に溶け込んでいる。僕らにとってこの街はもう家の敷地の延長のようなもので、歩いていても新しい発見というのはそう多くない。それでも、季節によって変わる喫茶店のメニューを眺めたり、雨が降ると何故か色が変わって見える学習塾の看板とか、夕方通りかかるといつも魚を焼く良い匂いの漂ってくるお宅とか、そういう小さくてなんということもない変化を二人で楽しみながら、履きなれた靴のように親しんだこの街を、手触りや匂いと言ったようなものまで含めて、僕らは知ろうとしているのだ。
「ねぇねぇ、ほらあそこ、あんなところにお地蔵さんなんてあった?」
「ホントだ。あそこは前は駐車禁止の標識じゃなかったっけ?」
「何言ってるの、あそこは落石注意の標識だったはずよ」
まあこういうこともある。人間の記憶なんて、まあ完全とは言いがたいものだ。しかしちょっと変ではある。お地蔵さんがなくなって標識が出来たというならまだ分かる。しかし、その逆なんて起こりうるだろうか。智子にそんな疑問をぶつけると、確かにそうねぇ、なんて首をかしげていた。タースケは疲れているようにも見えたけど、時折リードが引っ張られるくらいはしゃいだりして、だから大丈夫なんだろう。
今度は僕が気づいた。
「ねぇ、あそこは前から美容院だったっけ?」
「ホントだ。確か前はコンビニじゃなかったっけ?」
ここもやっぱりおかしい。先週まではちゃんとコンビニがあったはずだ。ちゃんと見ていたわけではないけど、閉店の案内などが張り出されていたということもなかったはずだ。突然コンビニが閉店するなんてあるだろうか。
「あそこのコンビニには友達の姪がバイトしてたはずだから、ちょっと電話してみるね」
まあそこまでしなくても、と思いはしたけど、気になるのは僕も同じだ。二人とも、この街についてはかなり詳しいという自負がある。この街の中なら、どこまでの道案内を任せられても大丈夫だ。それぐらい、隅から隅までいろんなことを把握しているはずなのだ。なのに、その僕ら二人が二人とも知らないというのは、やっぱりおかしい。
「本人はちょっと捕まらなかったわ」
電話を終えたらしい妻が言う。どうやら、友人には繋がったが、その姪には連絡がつかなかったようだ。友人にもバイトの話を聞いてみたが、そもそもコンビニのバイトなんかしてたの、というような反応だったらいし。収穫なし。
タースケに引っ張られるようにして、僕らはまた歩き出す。なんとなく違和感が拭えず、危機が迫っているわけでもないのに嫌な汗をかいているのを自覚できた。本当に些細なことには違いないが、しかし何かが起こっているという予感に襲われるのだった。
「なんか厭な感じね」
智子も同じことを感じていたようだ。
「タースケが前に倒れた時があっただろ。その時仕事先でなんとなく厭な予感めいたものに襲われたんだけどさ、それに近い感じがするんだよな」
それからも、微妙な違和感はずっと消えることがなかった。郵便ポストがあったはずのところに配電盤のようなものがあった。横断歩道があったはずの場所から横断歩道が消えていた。公園だったはずの場所が学校に変わっていた。
それだけではない。歩けば歩くほど、街の印象がどんどん遠ざかっていくのだ。具体的にどこが変わったのか指摘できないよう場所でも、それまで通ったことがないと思えるような、そんな感じがするのだ。智子も同じだったようで、辺りにキョロキョロと目を泳がせながら歩いている。いつしか僕らは会話を交わすのを止め、周囲に隙間なく視線を巡らせていた。そんな戸惑う僕らをよそに、タースケだけはいつもと変わらない足取りを保って街を歩いている。犬にとっては大した変化ではないのか、それともこの変化に気づいていないだけなのか。
「ここ、どこ…」
沈黙を破って智子がそう口を開く。僕も同じことを思っていた。もはや、自分がどこを歩いているのかさっぱり分からなくなってしまったのだ。周囲にあるものすべてが見たことのない、まるで知らないものに変わっている。場所としては、自分が知っている街の中のはずだ。しかし、僕らにはここがどこだか全然わからなくなっている。
その時、タースケがワンワンワンと三回吠えた。
僕らはお互いに顔を見合わせる。
「今タースケ吠えたよね?」
智子が不安そうに言う。そう、タースケが三回吠えるのは散歩の終わりを意味し、同時にそれは家についたことの証でもあるのだ。しかし、もちろん周囲に自分の家があるわけではない。どうなっているのだろうか。
「タースケが間違えたのか…」
しかし、これまでタースケのこの習慣も一度も変わったことがないのだ。
するとタースケは、目の前にある一軒の家へとするすると向かって行った。まるでそこが自分の家であるかのように、まるでそれを疑っていないような自然な動きだった。
「逃げよう」
僕は智子の手を取って走り出した。怖かったのだ。目の前のあの家から誰かが出てくるのが。そしてタースケがその人物に違和感なく向かっていくのを見るのが。
僕らは、もはや見慣れない街を走りながら、何か重要なものが完璧に失われてしまったことを悟った。そして同時に、この見知らぬ、しかしどこかに自宅のあるはずのこの街の中で、僕らはどこに向かえばいいのだろうという現実的な疑問で頭が満たされていった。



24.「僕の彼女」
僕には、好きで好きで仕方のない相手がいる。その姿を見るだけで幸せな気持ちになり、ずっと傍にいたいと思わせる女性なのだ。
しかし、その女性は、決して僕の手の届かない場所にいる。永遠に、まるで亀を追い抜けないアルキメデスのように、僕と交わることのない世界にいる。
唯一の救いは、彼女とはいつでもどこでも会えるということだけだ。
「さて、犬神さんに会いに行こうかな」
僕は彼女に犬神さんという名前をつけた。犬は反転させると神になる。なかなかいいネーミングだと自分では思っている。本名は知らない。名前があるのかどうかも知らない。そもそも彼女とは言葉が通じないのだ。
四畳半。一人暮らしの部屋の中で、眼鏡を取り出して掛ける。物入れになっている平べったい空き缶から、一枚の写真を取り出す。
犬神さんの姿が僕の目の前に現れる。
彼女の美しさはどう形容したらいいだろう。少なくとも、今までに出会ったことのないようなタイプの女性だ。美しいというのとも可愛いというのとも違う。強いて言うなら、危険な雰囲気を漂わせている。茶色っぽい短めの髪の毛に、凛々しい輪郭を持った顔。すらっとした美しい体型に、ほっそりとした綺麗な足が伸びている。ただ立っているだけで、周りのすべてを明るく照らしてしまうような、それなのに触れたら切れてしまいそうなナイフのような危うさも兼ね備えた女性だ。一目見て僕は惚れてしまった。
初めて犬神さんと出会ったのは3年前のことだ。当時まだ大学生だった僕は、毎日講義に出るでもなくフラフラとしていた。昔からテレビゲームばかりしていたからだろうか、何となく目が悪くなってきたなぁ、と思って、眼鏡でも買いに行こうかと思ったのだった。コンタクトの方がいいかもしれないと思ったけど、どうも目の中に何か入れるというのに抵抗があった。
眼鏡屋で視力を測ってもらい、適度な眼鏡を選んでもらった。店内でその眼鏡を掛けて見ると、それまでのぼんやりとした視界が急に開けて驚いた。そうか、元々はこんな風に見えてたんだっけとその時思い出した。
そう広くもない店内をぐるりと見渡してみると、そこに犬神さんがいたのだった。眼鏡やコンタクトが出来上がるのを待っているお客さんのためのスペースがあって、そこに犬神さんは座っていた。犬神さんを見かけた瞬間、僕の背筋は凍りついてしまったかのように痺れた。店員に、掛け心地はどうですか、と話し掛けられるまでずっと放心していたと思う。店員に適当な返事をし、無理矢理犬神さんから視線を剥がした後も、犬神さんのことが気になって仕方がなかった。
けど、人見知りで人とうまく喋れる方ではなかった自分に、あんな綺麗な女性を誘えるわけもなかった。どうしていいのか分からない、激情と呼んでもいいくらいの感情を持て余しながら、僕は店員との会話に戻った。店内には誰かの飼い犬がいるようで、小さいけれどよく響く鳴き声が僕の耳に届いた。
調整のために一度店員に眼鏡を預けた後で、もう一度犬神さんの方を見てみることにした。ぼんやりとした視界の中で必死に目を凝らすも、どうやら犬神さんは帰ってしまったようでもういなかった。まあ仕方ないさ、と思って、諦めることにした。
出来上がった眼鏡を掛けて店を出ようとした時に、視界の端に犬神さんの姿を捉えた。あれ、また戻ってきたのかな、と思ったけど、結局それだけで、話し掛けたり出来るはずもなかった。
その日はそれで終わったのだが、しかしそれから僕はあらゆる場所で犬神さんの姿を見かけるようになった。街中の至るところで犬神さんを見かけた。それまでの生活の中で目にしたことがなかったのが嘘のように、犬神さんは頻繁に僕の前に姿を現した。初めのうちは犬神さんの姿をこんなに頻繁に見られることが嬉しくて、ただただその姿を眺めていただけだったけど、その内にどうもこれはおかしいぞということに気づき始めた。犬神さんと擦れ違って、その後曲がった道の先でまた犬神さんを見かけたこともあった。それに、あんない綺麗な女性が街を歩いているのに、近くを歩いている男がまったく無反応というのも不思議だった。
その内、ふとした偶然から犬神さんの正体に気づいた僕は、自分の運命を呪った。犬神さんは、見ることも触れることも出来るけど、しかしこの世にはいない女性なのだ。どこにもいないはずの女性を、どうしようもなく愛してしまった。街を歩き、犬神さんの姿を見かける度に、誰かの作った落とし穴に嵌まり込んだような気分になった。身体の中で確実に大きな場所を占めていく名付けようもない感情を、どこにぶつければいいのかわからなかった。
自分を嘲るように、彼女に犬神さんという名前をつけた。誰にもその存在を知られることのない、自分だけの女性。いつでも会えるのに、どこにもいない女性。時が経っても彼女への愛情は冷めることがなく、逆に深くなっていく一方だった。自分でもどうしようもない、激しい感情だった。
今もこうして犬神さんの写真を前にして、その美しさにため息をつく。眼鏡を外せば、彼女は消えてしまう。残るのは、ただ犬の写った写真だけだ。
眼鏡を掛けて犬を見ると、僕にはそれが犬神さんに見える。街中のどこでも出会うことが出来るけど、しかし決してどこにも存在することのない女性。宇宙の果てよりも遠くにいるその女性は、少なくとも今は静かに僕の目の前で笑っているのだった。



25.「抜け殻の僕」
日差しに照らされながら、カラカラに渇ききってしまった僕は、微動だにしないまま地面にうずくまっていた。
抜け殻だ。
もう自分が何者でもなくなってしまったことを僕は知る。ついさっきまで、ひんやりと冷房の利いた図書館でゆったりと本を読んでいたのだ。ご飯を食べ、テレビを見、音楽を聞き、夜になったら眠る、どこにでもいる普通の大学生だったはずだ。
もちろん、姿かたちは僕そっくりの<僕>は、きっとそれまでの僕と変わりのない生活をしていることだろう。さっきまでいた図書館に戻って、本の続きを読んでいるかもしれない。大学の友人と遊びに行っているかもしれない。殊勝にも、一週間先に提出のレポートに取り掛かってみようと思うかもしれない。
しかし、そうやって動いている<僕>は、もう僕とは違ってしまっているのだ。僕はこうしてここで抜け殻になってうずくまるだけのただのモノになってしまった。ご飯を食べることも、テレビを見ることも、音楽を聞くことも、眠ることさえももうないだろう。ただ意識だけが残った入れ物だ。
確率は二分の一だと言われている。僕はその二分の一の確率に負けたのだ。仕方ない。これが僕の人生だったというのならそうなのだろう。どうして自分が、と思わないでもない。しかし、抜け殻になった僕に、もう出来ることは何もない。真夏の日差しが僕を照らす。それを見て、暑そうだなと考えることは出来る。しかし、もう僕はその暑さを感じることは出来ないのだ。

※※※※※※※※※

平日の図書館は、案外人がいる。初めて来た時は驚いたものだが、サラリーマンが一時涼んでいたり、お年寄りが小難しい本を捲ったり、同じ大学生らしい姿もある。
先週借りた本を受付けで返す。友人に面白いと奨められた本だ。なかなか面白かったので、同じ著者の本でも探してみようと棚をうろうろとする。
図書館の一番いいところは、この静けさだ。大学にも図書館はあるが、あそこは知り合いに会う可能性がある。自宅近くのこの市営の図書館なら、いくらでも静かで邪魔されない時間を過ごすことが出来る。特に用事がなくても、その静かな雰囲気がよくて来てしまう。昔から本など特に読んでこなかったので、まさか自分が図書館に通うようになるなんてなぁ、と苦笑することも時々ある。
探していた著者の作品を見つける。結構著作の多い作家のようだ。別に急いでいるわけではないのでゆっくりと棚を眺めながら時間を過ごす。
それがやってきたのは突然だった。
身体の内側から、突然突き上げられるような感覚があった。上に引っ張られるとでも言うのか、とにかく普通では感じることのない奇妙な感覚だった。その瞬間、あぁ来たのかと僕は観念した。
僕の姉は一昨年だった。友人にも何人か経験しているやつがいる。話には聞いていた。いつ来るのかは誰にも分からない。それが来たら、どうやっても逃げられない。とにかく、兆候を感じたら、何とかして人気のない場所まで走っていけと言われていた。
脱皮である。
原因はまったく分かっていないのだが、近年脱皮する人間の存在が頻繁に報告されるようになってきた。日本だけでなく海外でも同様の事態が起こっているらしい。すべての人間がなるというわけではないようだが、少なくない数の人間にこの脱皮の可能性があると言われている。
自分にもついに来てしまったのだ。とにかく忠告通り僕は、人気のないところへと向かうことにした。万が一のことを考えて、場所はいろいろと考えていた。ここから一番近いのは、神社の敷地内にある小さな森の中だ。拝殿の裏手に当たるあそこなら、あまり人は来ない。
そこまで向かう途中にも、身体の中では異変が続いていた。内蔵がゆっくりと動いているような感覚もあれば、時々右手が勝手に動いたりもした。頭頂部から背骨にかけてのラインが痺れたようになり、少し走りづらくなったりもした。なるべく早くしなくてはいけない。
脱皮にはある一つの傾向があると言われている。それは、誰が算出したか知らないが、大体二分の一の確率で起こると言われている。
脱皮すると、新しく生まれ出る<僕>と抜け殻とに分かれるのだが、今の自分の意識がそのどちらに残るかはやってみなくては分からないというのだ。今の僕の意識が<僕>の方にそのまま残ってくれれば、その後の生活は何の問題もない。ただ抜け殻を捨て去ったというだけで、脱皮が人生に与える影響は皆無である。
しかし、場合によっては抜け殻の方に今の僕の意識が残ってしまう。もちろん、抜け殻と会話が出来るわけではないので、恐らくそういうことなのだろうという仮説に過ぎないのkだけど。そうなると、<僕>の方はそれまでの僕とは人格が変わってしまう。どういう人格になるのかもその時次第である。
自分はどっちだろうか、とよたよた走りながら僕は考える。姉の場合は大丈夫だったが、友人の内2人は人格が変わってしまった。まったく、ホントなんで脱皮なんかしなくちゃいけないんだろうな。
なんとか辿り着いた。木々に遮られながらも、それでも日差しは迫ってくる。僕は、周囲に誰もいないことを確認し、静かにうずくまって時を待った。



26.「愛しの亡き母」
お母さんが死んじゃった。
もうお母さんと喋れないなんて信じられない。
抱き締めてもらうとあんなに暖かかったお母さんの体がもうすっかり冷たくなってることが信じられない。
あんなにキラキラ輝いていたお母さんの目がもう開かないなんて信じられない。
もしかしたら、お母さんが死んじゃったなんてのは嘘で、しばらく待ってればどこからかひょっこり戻ってくるんじゃないかっていう風にも思う。心のどこかで、そう信じたい自分がいる。
でも、お母さんが死んじゃったことは間違いなのだ。お母さんは僕の目の前で死んだ。ベッドに横になって、最後まで血だらけになりながら、僕の目を見つめながら死んでいったのだ。お母さんが生きているわけがない。
僕はお母さんのことが本当に大好きだった。マザコンと言ってもいいかもしれない。中学生の僕は、もう反抗期を迎えていてもいいのかもしれないけど、僕には何でお母さんに反抗しなくちゃいけないのかが理解できなかった。友達が自分のお母さんのことを悪く言ったり文句を言ったりしてるのが理解できなかった。
僕にとってお母さんというのは、ただ親であるという以上の存在だった。もしかしたら一番近い表現は、恋をしているというものだったかもしれない。自分のお母さんに恋をしてるなんておかしいと自分でも思ったけど、でもそう思えるのだから仕方がない。
一緒にお風呂に入って髪の毛を優しく洗ってくれたり、苦手な魚の骨を綺麗に取ってくれたり、そういう一つ一つのことが嬉しくてたまらなかった。お母さんの時間をずっと独り占めしたいと思っていた。
でもやっぱりそうはいかない。妹が生まれてからはお母さんが妹に構っている時間が増えてきたし、近所のスーパーで働きだしてからは、一緒にいられる時間も前より短くなってしまった。我慢しなくちゃと思うのだけど、やっぱりダメだ。もっとお母さんに甘えたいし、もっとお母さんと話したいし、もっとお母さんと一緒にいたいと思ってしまう。
僕は本当にお母さんのことを愛していたのだ。そのすべてを自分のものにしたいくらいに。昔何かの本で、究極の愛は食べることだ、みたいな文章を読んだことがある。そう、本当に僕は、お母さんのことを食べてしまいたいくらいどうしようもなく愛していたのだ。
昨日お母さんが死んじゃってからは、ずっと泣いていた。学校にも行かず、テレビも見ず、ご飯も食べず、何もする気力が起こらないまま、泣きつかれて寝てしまうまでずっとひたすら泣いていた。
今日起きて最初に感じたのは空腹だった。いつまでも泣いているわけにもいかない。僕はようやく決心して、食べるものを作ろうと考える。
冷蔵庫から切り分けておいた肉を取り出す。これだけはあらかじめやっておいたのだ。フライパンを熱し、油を敷いてから、肉を置く。肉の焼けるにおいが鼻をつく。料理など今までしたことがないから、やり方が合っているのかイマイチわからない。
時々適当な頃合を見計らってひっくり返す。胡椒があったので適当にかける。他にも醤油やらニンニクやらと言ったものを適当に放り込む。少しはにおいを抑えなくてはと思ったのだ。
しばらく経って、自分の中で完成ということにした。たぶん食べられるだろう。大丈夫。これしか僕に出来ることはないんだ。
包丁で切り分けた一欠けらを恐る恐る口に入れる。噛むとじわりと何かが染み出てくる。肉汁なのだろうが、それが血に思えてしまう。ちょっと弾力があり、固いと言ってもいいくらいだった。正直、あんまり美味しくない。
でも僕は、天国にいるはずのお母さんに報告をする。
お母さんのお肉、美味しかったよ。
お母さん、本当に愛してるよ。
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
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20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

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4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)