黒夜行

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となりの革命農家(黒野伸一)

自分には出来るとは思わないのだけど、農業には少し興味がある。
僕は、職人的な技能を持つ人(刀鍛冶とか町工場の職人とか)に憧れを持つ傾向があるのだけど、農業にもそれに近いものを感じる。天候を読み、土の状態を知り、旬を捉え、自然災害や病と闘い、そうやって野菜を作る。それは、「人間には力が及ばないものと格闘し、ねじ伏せたり屈服させたりすることなしに共生していく」というような姿が、なんだかカッコイイなと思うのだ。経験と知識と試行錯誤が必要だろうし、きちんとやれば、毎日違った感覚で作業が出来るに違いない。土の状態も、天候も、何もかも同じところには留まっていない。そういう環境の中で、その本質を捉え、逆らわないようにして付き合い、作物を育てていくというのは、ある意味でなかなかクリエイティブな作業ではないかと思うのだ。
一度、田植えを経験したことがある。震災後の福島にバスツアーで行き、農業体験をさせてもらったのだ(その時の記事はこちら)。裸足で田んぼに入って土を感じ、腰を曲げて苗を植え、日差しを浴び、その作業の後で近くで穫れた野菜を食べる。もちろん、たった一日の経験だったからこそ、新鮮で楽しいと感じられたのかもしれないけど、こういう生き方も悪くないなぁ、と思う気持ちが生まれたのは確かだ。
「農業」にはなんとなく、「野菜を育てる」というだけではない何かがあるような気がする。それは、環境を守ることだったり、自然と共生していくことだったり、地球の未来に想いを馳せることだったりするのかもしれないけど、そういう、ただ「労働」に還元されるだけではない何かに惹かれる人は、現代人には結構いるのではないかと思う。
さて、ここまで書いたことから察することが出来ると思うのだけど、僕が「農業」をイメージする時、僕には、「日本が昔から続けてきた農業の姿」が浮かんでいる。もちろん、農業が近代化されるにつれて、機械がどんどん導入されているだろう。しかし日本はまだ、多くの地方で、お年寄り夫婦が二人で細々と続けているような、代々の土地を守るために農業をし続けているというような、そういう姿が浮かぶ。間違っても、アメリカの大規模農業のような光景は浮かんでこない。
そこには、何故か、大きな差があるような気がしてしまう。
同じように「野菜を育てる」ということをしていても、アメリカのような、馬鹿でかい土地で、機械をバンバン使って、工場ですか?みたいなレベルの農業には、どうにも惹かれない。だから僕の「農業に対する関心」は、「食べるものを作っている」とか「効率良く野菜を作る」とか、そういう部分にはない。あくまでももっと余白の部分、「野菜を作る」という行為に欠かせないのだけど、直接的に関係がなさそうに見えること。そういうものに惹かれているのだろうと思う。
さて、この僕の「農業」に対する感覚はきっと、本書の登場人物の一人である理保子にぶった切られることだろう。

『あたしは、如何にコストを下げ、効率よく、均質の作物を大量に生産できるか、常に考えてるんだよ。千個注文があったら、千個の色も形も大きさも同じ野菜を、期限内に出荷することに頭を痛めてるんだ。「できませんでした、ゴメンなさい。でも悪いのはお天道様です」じゃ済まされないから。そんな言い訳が、近代経営で通用するわけがないから。でも、この連中ときたら―。』

理保子はこれまでエリート街道をひた走ってきたバリキャリの女性だったが、自分とは関係のない社内の権力闘争に巻き込まれた結果、アグリコ・ジャパンという、地方農業法人に左遷されてしまった。大沼という集落に根ざして活動を続けるアグリコ・ジャパンは、その地で農業生産を経営的に軌道に乗せるために仕事をしているが、同じく左遷されたらしき理保子の上司である氷川は地元に関心は持たないし、理保子は理保子で会社を見返してやろうと、まず地元に溶け込むところからと奮闘するが、閉鎖的で都会の者を簡単に受け入れない土地柄で、しかも女ということで、都会ではすぐセクハラで訴えられるような扱いを受けていた。それでも、松岡というこの土地の地主の機嫌を損ねては仕事にならないので、怒りに笑顔の仮面を貼り付けてどうにか日々努力している。

『日本の農業にもっとも欠けているのが、経営感覚なの』

そんな理保子は、「農業」を当然「ビジネス」と捉えている。だからこそ、均質で同じ大きさのものを期限内に出荷する、そういうシステマティックで効率の良い農業を目指したいと考えている。しかし、地元の人間と関われば関わるほどに、農家連中の「経営感覚」のなさに呆れることになる。こんなんで、外国資本が入ってきてなんとかなると思ってるわけ?

『兼業農家の場合、普段は会社員として働き、週末は野良仕事に勤しみ、さらには補助金まで出るのだから、一般サラリーマンよりは稼ぎが多いのは不思議ではない。彼らが簡単に農地を手放したがらない理由がここにある。
しかし兼業でも、真面目に農業に取り組んでいるのならまだいい。農地としてまったく機能していないにも関わらず、お除菌や税制優遇措置を受けている土地があまりにも多い。
そもそも、耕作放棄地という概念自体があいまいだ。草ぼうぼうの荒れ地でも、自然農法だと言い張れば、農地として認められてしまう。ヘドロが湧いていても、有機肥料を巻きすぎたと強弁すれば、農地として活用されているとみなされる。だから何もしないで放置しておいても実損はない。
こんなずるがしこい農家には、早く一線から牽いてもらい、保有している土地は、やる気のある人間に譲渡すべきだ。さもなくば、日本の農業に未来はない』

本書のテーマの一つが、ここまで書いてきたような、「日本の農業と、農業を行う土地の未来」についてである。僕は農業を取り巻く状況について全然知らなかったのだけど、上記に挙げたような状況は確かによくないと思う。今、若い世代が地方で農業を、というような話をいろいろ耳にするし、実際に僕が福島に行った際も、若い人が少しずつ増えているという話を耳にした。しかしその一方で、補助金目当てで農地を手放さない農家が本当に一定数いるのであれば、それは日本の農業の未来を潰しているいえるだろう。本書でも冒頭で、外からきた人間に土地を貸さない、という話が出て来る。貸したとしても土の状態の良くないところを貸し、借りた人間が数年頑張って耕して肥沃な土地にしたところで契約を打ち切ってしまう、という事例もあるようだ。理保子の、あまりにもビジネスに徹しすぎる感覚もどうかと思うのだけど、同じように、時代感覚が古いと言わざるを得ない農地を所有する地方の人の考え方もどうしたものかと感じる。
本書では、この二つの考えがそこかしこで対立することになる。昔からのやり方で、自分たちが食っていく分の農業をやれれば良い、それ以上のことは自分が考えることではないとする農家の人々。そして、日本の農業の未来を憂い、近代的な経営感覚を農業に取り込むことで世界と渡り合えるだけの力を養っていきたいと考える理保子。両者は共に、どちらが悪いというのでもないだろう。見ているものが違うだけだ。どちらも責められるべきではない。しかしそうは言っても、現実的に、日本の農業は危機的な状況にあることは間違いないだろう。若者が農業をするようになっている、とは言っても、若い世代の流出を上回るほどではないだろうし、跡継ぎなどの問題も含めて、日本の農業が今転換点に立たされているというのは確かだろうと思う。ある意味で両極端にいる両者の言い分を小説の中で読みながら、日本の農業について考えさせるという点で、非常に良く出来ていると思う。
さて、まだちゃんと内容紹介をしていなかったから、この辺でもう少し内容について触れよう。
先ほど書いたように、権力闘争の末破れ左遷された理保子は、それでも退職はせず、この地で一発逆転をかまして、自分を左遷した人間を見下してやろうと日々奮闘していく。アグリコ・ジャパンには、現地採用の社員も当然いて、彼らと関わる中でも、理保子の考え方は少しずつ変わっていく。理保子は、あるきっかけから、「自分の出世のため」に仕事をするのをやめ、「本気でこの地の農業のことを考えるため」に仕事をするようになっていく。そしてしばらくして、大きなうねりが生まれるのだが…。
という理保子のパートと平行して、春菜と和也という二人の若者の物語も同時に描かれていく。
和也は、農業高校を卒業したものの、農業をする気もなく、都会での生活への憧れから無理やり上京するも、2年で撤退。今は地元の直売所でアルバイトをしている。しかし、土地持ちの松岡と揉め事を起こして、そのアルバイトをクビになってしまった。
そのきっかけとなったのが、春菜だった。
和也は直売所で、見知らぬ女性から声を掛けられる。作った野菜を見て欲しいというのだが、虫食いだらけでとてもじゃないけど売り物にはならない。それが春菜だった。春菜が松岡に絡まれているのを見て、咄嗟の行動から揉め事になってしまったのだ。
そうやって和也は、何故だか春菜のところで働くことになる。
春菜は先ごろ夫を失っていた。夫の遺志を継いで農業をしているようなのだが、夫が生きていた頃はまったく手伝ったことはなかったようで、やっていることがめちゃくちゃだ。しかし、和也から見ても春菜の農業がめちゃくちゃに見えるのには、もう一つ理由があった。
春菜が(春菜の元旦那が)やっていたのは、有機農業だったのだ。農薬を使わず、自然な状態で作物を育てていく。そりゃあ、虫食いだらけのものが出来上がるわけだ。
和也は、今の農薬は徹底的に安全だし、有機農業はしんどいから止めた方がいいと説得しようとするが、春菜は聞く耳を持たない。そして和也も、あることをきっかけに、本腰を入れて春菜の有機農業の手伝いをしていくことになるのだ。
本書のもう一つのテーマ。それが「有機農業と慣行農業のバトル」である。

先ほど書いた、理保子の農家に対する罵倒は、有機農家に対してのものである部分が大きい。農業にも近代的な経営感覚を取り入れるべきなのに、何故有機農業なんていう、非効率極まりない、まったく生産性の欠片もないような農業をやる人間がいるのかと、理保子はプリプリしている。

『「有機農業は生産性の低い、非効率な農法よ。これじゃ、外国との競争には勝てない」
「競争とか、関係ないんです。理保子さんたちがやっているのでは、人間が野菜を支配する農法です。だから、生産性とか効率を追求できる。あたしたちのは、野菜が生育するのを人間が手助けしてあげる農法。主役はあくまで野菜ですから、生産性や効率を人間の力でコントロールすることは難しいです。あたしたちの考え、根本的な部分で違うんですよ」
「でもそれじゃ、ビジネスとはいえない。あなたは農家の担い手不足のことを、どう思ってるの?農家がどんどん衰退していくのを尻目に、自分たちの殻に閉じこもって、やりたいことだけをやっていれば、それで満足なの?」』

理保子と春菜のやりとりである。見ているものが違うのだから話が噛み合わないのは当然だし、どちらが正しいということもないのだろうが、僕自身の感覚としては、春菜の意見を応援してあげたい。理保子の言っていることは分かるけど、でも、しっくりこない。
それは、恐らく、農家に共通した意見なのだろうと思う。

『「まあ、本音を言えば、百姓というのはどこかで有機農家を妬んでいる部分があるんだよ」』

『「有機農家はあえて茨の道を進んでおる。悪く言えば変人だが、よく考えれば非常に純粋な人たちだ。純粋さこそ、百姓の本懐なんだよ。一般の農家は、彼らの純粋さ、ひたむきさに実は後ろめたいものを感じている。だから、近代化に乗り遅れているだの、経営をわかっていないだのと難癖をつけて、糾弾している
のさ」』

僕は農家の出身でも百姓でもないけど、なんとなくこういう感覚は分かる。これは、決して農業だけに限らない。今、ありとあらゆることが世界的なビジネスにさらされていて、あらゆるものの価値が標準化されようとしている、そういう流れを感じる。僕は、その流れがどうも気に食わない。気に食わないっていったって、粛々と進行しているわけだから、その流れを無視するわけには当然行かないのだけど、でもその流れに乗ることで失われていくものの多さを考えると、なんだか少し寂しい気持ちになる。
農業にしても、日本人の勤勉さとか工夫とかによって、生態系を破壊しないでうまいバランスを保ったまま、必要な量の作物を生み出すような仕組みが連綿と続いてきたのではないかと思う。もちろん、近代的な技術がなかった時代には、飢饉だとか干ばつだとかで作物が一気に死滅したりと言ったこともあったはずで、技術革新が悪いわけではないのだけど、でもそれが行き過ぎてしまうことで、うまく保たれてきたバランスが崩れてしまうのはどうもなぁ、と思ってしまう。
有機農業はその点、自然の流れに任せるやり方で、なんだか好ましい。確かに、均一さ、生産性、安定性などとは無縁の話だけど、でもそれは当たり前ではないか。工業製品じゃないんだから、そもそも農業をビジネス的に捉えようとすることの方がおかしいわけで、なんだかなあ、と思う。甘いことを言っている自覚はあるのだけど。

『「そりゃあ、毎日土に触れていれば、化学肥料や農薬を使わない農法には興味が湧きますよ。いったいどうやってやるんだって」』

本書で描かれているのは、決して農業だけの問題ではなくて、世界中ありとあらゆる場所で起こっていることなのだろうと思う。伝統を守ろうとすれば経営が成り立たず、経営を成り立たせようとすれば伝統が守れない。そういう中で、どんな解決策を見出していくのだ。作中で、真逆の立場にいた人間たちの考え方がどんな風に変わっていくのか、あるいは変わっていかないのか。農業の話として読んでも当然面白いのだけど、現在世界中で起こっていることの縮図として本書の内容を捉えてみることで、また少し違った読み方が出来るのではないかと思います。
物語の展開は、エンタメ小説としてよく出来ています。複数の対立構造を同時に走らせつつ、その対立構造が様々な事情から変化していく過程も面白いし、終盤になればなるほど、地方の一集落を舞台にした大きな企みが展開されていって、どう決着するのか楽しく読めました。個人的には、春菜と和也の農家としての進歩が早過ぎる気がして(ド素人がそんなに早くどうにかなるもんなんだろうか、と思ったり)、それに有機農業をマスターする過程があっさり描かれた感じがしましたけど、物語をテンポよく展開させるためには仕方なかったんだろうなと思います。
本書を読むと、「農業」に未来があると感じることも出来るし、また「農業」の未来は閉ざされているなと感じることも出来ます。誰の視点から「農業」を捉え、どこを目指すのかによって、まったく違った見え方になります。エンタメ小説でもありつつ、農業を取り巻く現況をうまく掬い上げている小説であるという風にも感じました。是非読んでみてください。

黒野伸一「となりの革命農家」


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2013年の個人的ベストです。

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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
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7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
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5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

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6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
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9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
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3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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