黒夜行

左脇のプロフィールにある「サイト全体の索引」から読みたい記事を探して下さい。

みなそこ(中脇初枝)

ナレーションのようだ、と感じた。
自分のことを語っているのに、ナレーションみたいだと思った。
アニメやドキュメンタリーに、状況や場面を説明するためにナレーションが入ることがある。それがいつのことなんか、何故そこにいるのか、何を目的にしているのか。ナレーションは、画面に映っているのとは違う人物が語ることもあるが、本書は、画面に映っているのと同じ人物がナレーションを語っているようだ。
描写だけで物語が進んでいく。
それは大げさだけれども、それを強く感じた。
青々とした草木を描く。風が靡かせる白い旗を描く。川に飛び込んだ時の飛沫の上がり方を描く。触れられた時の体温を描く。
本書は、そういう描写で埋め尽くされている。
物語らしい物語は、はっきりとした輪郭を持たない。点描画のようでもある。点描画の一つひとつの点は、ただの点だ。それだけでは、何事も表しはしない。しかし、それらの点が折り重なることで、全体として一つの絵が生まれる。本書でも同じ。一つひとつの描写は、ただの情景である。それは、目の前の景色であることもあれば、過去の記憶であることおある。客観的な事実でもあるし、感情が混じることもあるが、いずれにせよそれらは単体ではただの描写である。
しかしそれらが集まることで、全体として何かが生み出される。僕らはそれに「物語」という名前を付けるが、どうだろう。これは、「物語」なのだろうか?
貶しているわけではない。別に、「物語」と呼ぶ必要はないのではないかと思う。
主人公・佐和子の同級生の息子・りょうは、初めて佐和子のピアノを聞いた時、「いつ歌が始まるの?」と聞いた。りょうにとってピアノは、歌の伴奏でしかなかった。りょうは、歌の伴奏ではない音楽があることを知らなかった。しかし、そういう音楽は、りょうが知っていようといなかろうと、関係なくこの世の中に存在する。
本書も、名前がきちんとついていないだけで、伴奏ではない音楽のようなものかもしれない。本書を読んで、「物語はいつ始まるの?」と聞く人があれば、それは、りょうと同じような質問をしていることになるのかもしれない。
佐和子は、ナレーターのように語る。目の前にあるものや、かつて目の前にあったものを、ナレーターのように、一定の抑揚で、ただ淡々と語る。語る対象から、一定の距離感を保って、静かに語る。
それは、自分のことを語らないということでもある。まったく語らないわけではない。時折、ナレーションの合間から、「ナレーター・佐和子」ではない「◯◯・佐和子」が顔を覗かせる。「◯◯」の部分には、様々な言葉が入る。「娘」「母」「妻」「女」「ピアニストになれなかったさわちゃん」。
その「◯◯」が表に出る度、そこには否応なしに「うしろめたさ」がつきまとう。穿った見方をすれば、「うしろめたさ」があるからこそ佐和子は、ナレーターに徹していると言えるのかもしれない。現在や過去は、佐和子の「◯◯」を揺さぶる。佐和子は、それを見ないフリをして、現在や過去を描写する。そうしていれば、「うしろめたさ」が消え去るとでもいうかのように。
佐和子の心は、どこからも隠されている。佐和子の心を作り上げた様々なものが、この故郷にある。その一つひとつに、佐和子の心は囚われていく。
東京でピアノ教室を開く佐和子。娘のみやびとともに、お盆の帰省をする。みやびは、誰からも愛される。みやびのためなら、なんでも出来ると思えてしまう。
台風が来れば川に沈んでしまう橋を渡った先にある部落。どんどん人が減っていっている故郷。両親も、ずっと守ってきたこの土地を手放すと聞いて、佐和子は驚く。
橋の上で佐和子は、りょうと再開する。かつての親友の息子。りょうに再会して佐和子は、りょうはもうみやびとは遊ばないのだ、と悟る。
佐和子は、みやびと遊ぶ。両親の手伝いをする。故郷の行事に出る。かつての恩師に再会する。佐和子を作り上げた故郷。年に一度の帰省で、佐和子は、自分の中の色んな区切りをはっきりとさせていく。
何度も書いているように、描写だけで物語が進んでいく。明確に、「物語的な何か」が起こることはない。ある親子の帰省に密着してカメラを回し続けたドキュメンタリーのよう。そこに、佐和子自身がナレーションを加えていく。
色鮮やかな描写を、ふわりと立ち上げていく。田舎の、匂いや空気感までも伝わってきそうな色味の濃い風景。田舎らしい、濃密な人間関係。昔から連綿と続いてきた伝統行事。都会では出来ない遊び。方言で交わされる会話。そのどれもが、完璧な舞台装置を作り上げる職人のような手触りで描き出されていく。
そして、そんな完璧な舞台装置に、戸惑っているかのような佐和子がいる。実際に戸惑っているわけでは、たぶんない。そこは、佐和子の故郷なのだ。慣れ親しんだ場所だ。しかし、慣れ親しんだ場所だからこそ、そして、一年に一度しか帰らないからこそ、些細な差異が大きく見えもする。ずっとそこでピアノを弾いてきた時には見えなかったこと。去年までとは明らかに変わったこと。夫や子どもの存在も、少しずつ、佐和子という人間を作り変えていく。
「物語」の多くは、「人間」を立ち上げることによって「物語」を生みだす。しかし本書の場合は、主人公がいるその背景、舞台装置を徹底的に描ききることによって、その中にいる主人公の違和感を描き出しているようでもある。油絵の中に、人物だけ水彩絵の具で描いたような違和感を。
佐和子は、かつてここでピアノを弾いていた佐和子であり、しかしその佐和子とは違う。東京でピアノを教える佐和子であり、しかしその佐和子とも違う。みやびの母親であり、ともくんの妻でもあるのだけど、その佐和子でもない。故郷に戻ってきて、そのように佐和子は変わった。そして、変わった自覚を明確に持ちながら、その故郷を後にする。その、長い人生に比して一瞬の出来事だった時間が描かれている。

『あたしはいっぺんに二人も三人も愛せない。ひとりしか愛せない。世の中には器用な人が多すぎる』

佐和子のその敏感な指先には、今、誰の手が繋がっているだろうか。

中脇初枝「みなそこ」



関連記事
スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

http://blacknightgo.blog.fc2.com/tb.php/2748-b30fbe5f

 | ホーム | 

プロフィール

通りすがり

Author:通りすがり
災害エバノ(災害時に役立ちそうな情報をまとめたサイト)

サイト全体の索引
--------------------------
著者名で記事を分けています

あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行~わ行

乃木坂46関係の記事をまとめました
(「Nogizaka Journal」様に記事を掲載させていただいています)

本の感想以外の文章の索引(映画の感想もここにあります)

この本は、こんな人に読んで欲しい!!part1
この本は、こんな人に読んで欲しい!!part2

BL作品の感想をまとめました

管理人自身が選ぶ良記事リスト

アクセス数ランキングトップ50

TOEICの勉強を一切せずに、7ヶ月で485点から710点に上げた勉強法

一年間の勉強で、宅建・簿記2級を含む8つの資格に合格する勉強法

国語の授業が嫌いで仕方なかった僕が考える、「本の読み方・本屋の使い方」

2014の短歌まとめ



------------------------

本をたくさん読みます。
映画もたまに見ます。
短歌をやってた時期もあります。
資格を取りまくったこともあります。
英語を勉強してます。













下のバナーをクリックしていただけると、ブログのランキングが上がるっぽいです。気が向いた方、ご協力お願いします。
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

アフィリエイトです

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
10位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
8位
アクセスランキングを見る>>

アフィリエイトです

サイト内検索 作家名・作品名等を入れてみてくださいな

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

カウンター

2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)