黒夜行

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ぱりぱり(瀧羽麻子)

今年の頭から、短歌をやり始めた。五七五七七に収める、アレだ。
雑誌に送ってみたり、ネット上でやり取りされる歌会に参加してみたりと、とりあえず目につく範囲で色んな風に短歌とか関わってみているんだけど、やはり、凄い人は凄い、と思う。
羨ましい。
僕は、文学チックな雰囲気を醸し出す短歌のことは、正直言ってよくわからない。与謝野晶子とか北原白秋の短歌をチラ見することはあるけど、うーんよくわかんない、となる。いわゆる、現代短歌、口語短歌と呼ばれるような、今っぽい感じの短歌のことしかよくわからないんだけど、そういう現代短歌は、「世界のスキマを見つける」ことが、一つの方向性としてあるような気がする。
日常のそんな些細な部分に目を向けたか、誰も気づかないようなそんな瞬間を言葉に変換したか、なるほどそんなところに狭間が生まれるものなんだなと思わせたか。そういう「スキマ」というしかないものを巧みに言葉に変換したものが、優れた短歌の一つとされているように感じる。
僕が凄いなと感じる短歌も、そういうものが多い。幻想的だったり非論理的だったりするような、パッと見では現実とうまく接続されていないように思える短歌も好きなんだけど、やっぱり、世界のスキマを言葉によって押し広げていくような、言葉によって空間をちょっと余分に生み出しているような、そういう短歌は凄いなと思う。
どうやったらそんな風に世界を見ることが出来るのか。どうやったらそんな言葉を繋げることが出来るのか。そう思えるような短歌に出会うと、努力してもこんなところには到達出来そうにないよなぁ、と感じる。圧倒的な差を感じる。
本書の主人公である菫も、まさにそういう存在だ。
菫は、高校の国語の補習で書いた散文が教師の目に留まり、詩人として鮮烈なデビューを果たすことになる。本書は、そんな菫を真ん中に据えた、菫の周囲の人物を描き出す作品だ。
菫のようなあり方を、羨ましいと感じる自分がいる。僕は、国語が大嫌いで、短歌を始めたのはごく最近なので、国語方面の才能についてはそれほど昔から羨んでいたことはないんだけど、理系だったので、数学の天才には憧れていた。
生まれ変わったら、天才的な数学者になりたい、と思っていた。
天才的な数学者について書かれたノンフィクションを幾度か読んだことがある。そこで描かれる数学者の生き様と、菫の生き様は、僕の中で折り重なる。一つのことに没頭し続けることが出来る驚異的な集中力。人間世界との関わりへの関心の希薄。
いいな、と思う。
僕は、自覚はあるのだけど、とにかく頭で考えすぎる。普通の人が、心や身体で判斷することさえも、僕はすべて一旦頭の中に突っ込む。そうやってひとしきり頭の中でこねくり回してからじゃないと、心や身体が反応しない、なんて部分がある。頭で考える、ということは、決して悪いことだけではないし、普通に日常を生きていく上ではむしろプラスになることの方が多いのかもしれないけど、でも、いわゆる「感性」と呼ばれるような部分はお粗末なままだろうな、と思う。意識=頭、無意識=心・身体とするならば、圧倒的に領域が広いはずの無意識領域をうまく使いこなせない人間に、感性的なものが育つとは、ちょっと思えない。
菫の生き様は、周囲の人間に様々な影響を及ぼす。菫のような、人間世界に極端に関心を持たない人間は、どうしたって周りの人間がうまくサポートしてやらなければ日常生活を送ることが出来ない。本書の第一話は、菫の妹視点の物語だが、いかに妹が姉である菫のサポートをしてきたのかが伝わる物語だ。菫のような人間は、内的世界を圧倒的に優先するために、外的世界をするっと切り捨ててしまう。それは、とても未熟な生き方かもしれないが、やはり僕はそういう生き様に憧れてしまう。真似しようとしたって、出来るものではない。
自分が菫のようになりたい、というのと同時に、菫のような感じの女性に惹かれる自分もいる。
変わっている人に惹かれる僕は、菫のような人が周りにいたら、たぶんとても惹かれるだろう。コミュニケーションが取れないもどかしさにヤキモキしながら、菫の不思議な生態をずっと眺めていたいような気分になるだろう。正直、きちんと関わろうとしたらたぶん色々面倒なことがたくさんあるだろうし、きっと僕はそれを受け入れられないだろうけど、まあ、空想の中では、僕は菫のような女性とうまくやれている、ということにする。
菫と現実に関わる人達は、様々な苦労を背負うだろう。その苦労は、物理的な苦労に限らない。それは、苦労の非対称性からやってくる、と僕は思う。
どれだけ物理的に苦労を掛けられても、相手が「苦労を掛けてしまっている」という気持ちを持つならば(これを、苦労の対称性と呼ぼう)、その苦労はある程度報われている、と言えるかもしれない。「苦労を掛けてしまっている」なんて相手に思ってほしくないという、全力で尽くすタイプの人も世の中にはいるだろうけど、そういう人は稀ではないかな。やはり、これだけ自分が苦労してるんだから、相手も少しは迷惑を掛けている自覚を持って欲しい、と思ってしまう人が多いだろう。
しかし、菫の場合、他人に迷惑を掛けているという自覚はない。悪気があってのことではなく、ただそれに気づかないのだ。その非対称性こそが、周りをしんどくさせる要因になりうるだろう。最終的には、関わってしまった以上諦めるしかない、と達観する以外にはない。菫にそうと悟らせるのは、ほとんど不可能に近いからだ。
本書では、様々な形で菫と関わることになる人物たちが描かれていく。そして誰もが、結果的に、「関わってしまった以上仕方ない」というのに近い、ある種の達観に到達する。そんな風にして、捉えどころのない菫という特異な人物を優しく見守ざるを得なくなる人たちのことが描かれていく。

「ぱりぱり」
ある時唐突に一人暮らしを始めた姉。時々連絡を入れることもなく、唐突に近くの実家に返ってくる。今日渡しは、そこでクッキーを焼いていた。姉は、昔から大好きだった小魚のお菓子を、我が家の名物音だった「ぱりぱり」という音を立てて食べている。

「うたう迷子」
菫の担当編集者は、迷っていた。自分がどんな風に進んでいけばいいのかを。二作目の売上が芳しくなかった菫の第三詩集を、どんな風にまとめるのかを。それなのに、菫は、詩集を前向きに出そうと思っているとは思えない。つい、イライラしてしまう。

「雨が降ったら」
姉妹のようにして育てられた青年は、大学進学を期に引っ越しをする。干渉性の高い姉に囲まれて育ってきたために、欲望が薄いという自覚がある。キレイ目なクラスメイトに言い寄られてても、なんだか、気が乗らない。そんなある日青年は、引っ越したばかりのアパートの前に佇む女性を見かける。

「うぐいす」
女子校の国語の教師を続けて数十年。校長が替わったために、どうしてもという生徒に補習を受けさせなければならない、ということになった。そこにやってきた三人。とにかく、作文を書かせてどうにか卒業させよう。生きるために夢を諦め、教師になった男の、それまでとは変わらない日常のはずの一日。

「ふたりのルール」
相手のちょっとしたところが気になって、同棲を続けているのに結婚に踏み切れない女性。久々の喧嘩は、相手が買ってきた詩集が原因だった。聞き覚えのある著者名は、詩人として名前を知っていたわけではない。人生における一瞬の邂逅が蘇る。

「クローバー」
菫の手を引き、公園を転々とする母親。菫の、母親を含めた周囲のものが目に入らなく様子は、二人の居場所を少しずつ奪っていく。菫は他の子と何かが違う。でも、病気なわけではない。両親が、変わった感覚を持つ娘との生き方を定めるまでの物語。

派手さはなく、物語が淡々と進んでいくだけにも関わらず、しっとりとしながらも非常に重厚な物語に組み上がっていると感じます。
その理由は、当然菫の存在にある。
短歌を作る時、僕がちょっと前から気をつけ始めていることがある。
それは、「お題から考えない」ということだ。
短歌の場合、お題が提示されることが多い。お題のない「自由詠み」もあるけど、「基本お題で詠んでね、自由詠みも受け付けてるけどね」というスタイルのものが多いように思う。お題は、漢字一文字だったりモノの名前だったり、概念だったり、様々なものがある。
僕はある時から、いかにしてお題から短歌を作らないでいられるか、を考えるようになった。これは、お題を背景にやる、と書くことも出来る。与えられたお題から連想を広げていった場合、どうしても短歌全体がそのお題の色になってしまう。お題が前面に出ている状態だ。でも、そうやって発想した短歌は、少なくとも自分で作る場合においては、あまり良いものに仕上がらないな、という感覚がある。そこで、どうにかお題を背景の一部に出来ないか、と色々試行錯誤をして、ようやく「お題から考えない」という形に辿り着いた。
本書にも少し、似たようなところがある。
本書のお題は、間違いなく「菫」だ。しかし、この作品全体の中で、菫が中心でドーンと居座っているかというと、そんなことはない。どちらかと言うと背景にいる。でも、背景にいるからといって目立たないかということはなく、やはりお題であるから目立ちはする。菫はそんな立ち位置にいるように感じられる。
メインで描かれていくのは、菫の周りの人物たちだ。親族や編集者などは、菫とかなり親しい関わりがあると言えるが、本書では、隣に引っ越してきた人、高校時代の国語の教師など、菫との繋がりが薄い人物も出てくる。やはりそういう人物までもを、菫の存在感だけで描き出していくというのは難しいだろう。菫の物語ではあるが、菫は背景にいて、菫にしか出来ない形で存在感を放つ。そして、その謎めいた引力に引き寄せられた人たちが、菫と様々な距離にいて、日常を生きていく。
菫のような人間は、周囲を否応なしに巻き込んでいく存在なのだろう。しかし菫は、幸か不幸か、人との関わりが極端に少ない。そういう中で、菫の生き様が染み出させた数少ない接点が、物語になっているという印象がある。菫の周囲の人物たちの日常は、結果的に菫の圧倒的な存在感を示すことになる。
静かで、ささやかな波が立つのを眺めているような物語だ。しかし、それがどこか心地よい。小鳥のさえずりや、小川のせせらぎなど、ともすれば他の環境音に消えてしまいがちだけど、耳をすませば確かに聞こえてくる、そんな物語に思える。些細な日常を切り取るだけではあるが、菫という存在感の大きさが、本書をうまく自立させていると感じる。是非読んでみてください。

瀧羽麻子「ぱりぱり」



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3位 浅野いにお「うみべの女の子
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5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

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感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

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9位 山本弘「詩羽のいる街
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7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
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9位 速水健朗「ラーメンと愛国
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