黒夜行

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盤上に散る(塩田武士)

内容に入ろうと思います。
母ひとり子ひとりでずっと暮らしてきた蒼井明日香は、その母を亡くした。40歳を目前に結婚せずに生きてきた明日香は、葬儀の段取りなど様々な段取りに終われる日々に疲れきっていた。そんな折り、母親の遺品に封の閉じられた手紙を見つけた。
「林鋭生様」
そう宛名書きされた封筒。聞き覚えのない名前だった。勝手に開けるわけにもいかず、ならばとその本人を探し出し、直接渡すことにした。
ところが、である。この林鋭生という男、まったく尻尾を見せてはくれない。
将棋指しであることは早くに判明した。どうやら、真剣師であったようだ。平成の世にはもはや生き残れないだろう、将棋の腕で渡り歩く半ば極道のような世界だ。林鋭生は、アマチュアでありながらプロを打ち負かすほどの怖ろしい強さを誇っていたと語られるが、ある時を境にぷっつりとその消息が知れないままだ。消える直前、林鋭生は何か大きなものを賭けた真剣を行ったとされるが、その詳細を知るものも探しだすことが出来ない。
一体、何者なのだろうか?母とは、どんな関係があったのだろうか?
事情はわからないながらも、同じく林鋭生を探しているリーゼント頭の若者と一緒に、関西中を駆けずり回る二人。様々な話を聞き及ぶにつけて、林鋭生の奇人ぶりばかりクローズアップされていくのだが、しかしどっこい、明日香とリーゼントが話を出会う人間出会う人間、それはまた奇人変人のオンパレードで、それまでの人生でこれほど濃い面々と関わってこなかった二人は、林鋭生を探し出せない徒労感以上の疲労を常に感じることになる。
二人共、本来の目的を忘れているわけでは決してないが、同時に、林鋭生という一人の人格に惹きつけられていることも感じている。どう考えてもまともとは言えない人生、何に人生を賭けたのか定かではないが、真剣によって恐らく人生を棒に振った男。
一体、彼は、どこで何をしているのだろうか?
というような話です。
盤上のアルファ」でデビューした著者による、同じく将棋ものの作品。将棋だけをテーマにしている作家ではないのだけど、恐らくここが著者の一番のフィールドなのでしょうね。本作も、「林鋭生」という稀代の棋士を描き出す作品です。
将棋の話、と言われると、将棋はルールわかんないし、と思う方がいるでしょうが、基本的にそんな心配は無用です。最後の最後でちょっと対局の話が出てきますけど、飛び飛びで対局が語られているだけなので、よほどの有段者でも無い限り、二人の対局を通して想像することは難しいでしょう(あれだけの描写で、大体の流れって分かるもんなんかなぁ)。つまり、将棋のことは分からなくても大丈夫です。「必至」「詰めろ」という単語が、まあ将棋を知らない人には伝わりにくい用語かなと思うけど、まあどっちも、「王様がピンチな状況」だと思っておけば大丈夫です。
本書は、徹頭徹尾人探しの話です。そう考えた時まず、人探しだけで最後まで物語を引っぱっていけるというのは凄いものだなと思うのです。
ミステリや警察小説なんかでよく、人探しの物語は出てきますけど、うまくやらないと凄く退屈な作品になってしまいがちな題材だと僕は思っています。少しずつ情報が集まってくるとはいえ、基本的に「探している間」というのは徒労の連続なわけで(そうでないと物語にならない)、物語の都合だけであっちに行ったりこっちに行ったりするだけの物語に陥りがちだと思います。
本書は、その辺りがなかなかうまく出来ていると思います。本書は、先ほど書いたように、徹頭徹尾人探しのものがたりなので、明日香とリーゼントは最後の最後まで「林鋭生」を見つけ出すことは出来ないわけです。つまり、作中の描写のほとんどが徒労の連続。しかしその徒労を、とても面白おかしく描き出していて、最後まで飽きさせずに読めます。
その面白おかしくを演出するのが、随所で描き出される奇人変人たちです。
僕は基本的に奇人変人が大好き(物語の中だけでなく、リアルでも)なので、本書に出てくるような奇人変人も大好きです。正直、ちょっとマンガ的だなぁ、と思う部分も多いんだけど(もっと、リアルにいそうなんだけど、残念ながら自分の周りには見当たらない、みたいな変人だともっと好きです)、とはいえよくもまあこれだけの変人を描き分けることが出来るものだなと感心しました。類は友を呼ぶということなのか、あるいは林鋭生という魔力的な人間に関わったことで変質させられてしまったのか、あるいは大阪・神戸・京都の中でもさらに濃い土地柄がそうさせるのか、それはまあ分からないのだけど、次から次へと溢れんばかりに登場する変人が、物語をかき回し、二人による捜索をまるで進展させず、結局林鋭生の糞みたいなものしか手に入らない、しかもそんなことの連続、っていうような描写は面白いと思いました。
変人ばっかりが出てくる、マンガっぽい要素もありつつも、しかし物語全体は非常に骨太で、きっちりとしています。林鋭生は一体何を賭けて真剣に挑んだのか。林鋭生と母親の繋がりはなんなのか。リーゼント男(本当は、リーゼント男を動かしている刑事、なんだけど)は一体何故林鋭生を追っているのか。時代に翻弄され、理不尽な決断を飲み込まされ、生きる術を将棋に求めるしかなかった不器用な男を中心に、ほの暗い混沌がまだ世の中に漂うことが出来た時代が描かれていくのです。
個人的には、ここに若干の不満がある。
奇人変人を大量投入した人探しの部分も確かに面白い。少しずつパーツが増えていって、林鋭生という謎めいた男の背景が徐々に明らかになっていく過程も面白い。しかしやはり、本書を読んでいて何よりも面白いのは、やはり林鋭生その人だろうと思うのだ。明日香とリーゼントという、将棋にからしき関心のない二人が、林鋭生という伝説の男を探し出すからこそ、誰にでも読めるエンターテインメントに仕上がっている、ということは十分理解しているのだけど、しかし同時に、もっとディープに林鋭生を描き出して欲しかった、という希望もある。林鋭生がどんな思いで日陰の人生を歩み続けてきたのか。林鋭生はどんな場面でどんな決断を下してきたのか。真剣師として切った張ったの世界で生きるその圧倒的な存在感を、作品に打ち込んで欲しかった。そんな風にも思ってしまった。
本作は本作として、きちんと輪郭のはっきりした作品に仕上がっていると思う。エンターテインメントという軸をきっちりと定めて、その軸に沿って物語を編んでいるので、本作そのものを非難しているわけではない。しかしやはり、好みの問題として、もっとムワッと立ち上るような、真剣師の壮絶な生きざまみたいなものも読んでみたかったと思うのです。
そう感じてしまうのは、例えばこんな描写があるからだ。

『通常、上手が「王」で下手が「玉」を使うんやけど、これで揉めかけた』

将棋の駒には「王」と「玉」があって、お互いの力量を推し量ってどちらかを掴むんだけど、真剣師はともに自分が負けるとは思っていないからこの些細なやり取りで揉めるというのも分かる。そして、これを林鋭生がうまく収めるんだけど、その描写がなんかリアルなんだよなぁ。著者の創作なのか、実際にあった話を活かしたのか、まあそれはどっちでもいいんだけど、こういう場面を描けるのだから、全体のトーンをそういう感じで統一した作品も読んでみたい気がしました。まあ、そうなった場合、将棋のコアなファンにしか注目されないような作品になっちゃうかもしれませんけどね。
将棋に狂った男と、真っ当な世界で女手ひとつで自分を育ててくれた母親。接点のなさそうな二人を繋ぐ、ごちゃごちゃした時代と男の挟持。「少年一人がすり抜けられるほどのすき間が社会にあった」昭和という時代を駆け抜けた一人の真剣師の尻尾を執念で追い回す物語。読んでみてください。

塩田武士「盤上に散る」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)