黒夜行

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自殺(末井昭)

ちょうど10年前だと思う。僕は遺書を書いたことがある。当然、死のうと思っていたのだ。

『これを誰かが読んでいるということは、かなりの確率で僕はもう死んでいるんだと思います(というよくありがちなフレーズから始めてみました)。まず何から言ったらいいのかわからないけど、本当に申し訳ないと思う。自分勝手だし、相当ひどいことをしていることは十分にわかっているつもりです。ずっと目指していた◯◯がとれて、マジメチャクチャ嬉しい時に、なんて申しわけないとしか言いようがないです。

だからこそ、この最後の文章で、なぜ死のうと思ったのか、そしてそう決めるに至った経緯を書き遺しておくべきだと思って、今これを書いています。

で、死ぬと決めた理由を書こうと思うんだけど、先に書いておくと、たぶん意味がわからないと思うし、納得出来ないと思います。自分でも気持ちをちゃんと文章にできるかわかりません。だから理解できなくても許して下さい。

理由を簡単に書けば、“わざわざ生きていたいと思うような理由がない”とでもなるのかな。で、これからその“わざわざ”の意味を書いておきます。

まず1つ目は、“わざわざ仕事をしてまで生きていようと思わない”ということですね。俺はこれまでで3つのバイトをしたことがあります。でもその全てを2ヶ月で辞めてしまいました。バイトが嫌いな人はいっぱいいると思います。でもそういう人でも仕事である以上嫌でも続けるのだと思います。でも俺の場合それが出来ません。俺の◯◯◯◯時代や今年の四大での作業を見ている人ならわかるとおもうけど、やりたくないことは本当にやりません。それがどんなに俺の責任のはんちゅうだとしても、やらないと決めたことは頑としてやりません。そしてそれは、サークルだから、学生だから、なんとか許されているわけです。社会に出れば、そんなことは言ってられません。やりたくないことでもやらないといけません。去年の夏、俺がちょっとヤバかった時期があったけど、それは、やりたくないけどやらなきゃいけない状況が辛くて、ああなったんだと思います。つまり、あるやりたくない仕事がある。俺がそれをやらないでいることは出来るけど、その代わりに俺が迷惑をかけたくないと思っている人に迷惑をかけてしまう。それは嫌だからその仕事はやらなくてはいけない。その繰り返しの状況が辛かったです。だから俺が社会人になったとして、2つの状況が考えられるわけです。1つは、迷惑をかけたくない人に迷惑がかからないようにやりたくない仕事をやる。しかしそのためにやたら憂うつになる。2つ目は、やりたくない仕事をやらないがためにクビになる。こんな人間にまともに自立できるわけはないです。

もちろん仕事をしないで生活し続けることなど不可能です。そんなことはわかっています。だからこそ死のうと決めました。

2つ目の理由は、“わざわざ自分を偽ってまで生きていようと思わない”ということです。これはどうにも説明しずらい。なんとか頑張ります。

抽象的な話からしましょう。普通人は他人との関係において、ある程度自分を隠しながら生きていると思います。そしてその隠す程度は、親・友達・まったく知らない人など、その人間関係の種類に応じて変わってくると思います。でもそれは、自分を偽っていることではない、ということはわかってくれると思います。適度に自分を隠しながら生きるというのは、当然誰しもがやっていることでしょう。

しかし俺の場合は多少違います。俺の場合、本当の自分だと、日常の生活を維持することが出来ません。極端に言えば、本当の自分の性格は、「他者との人間関係を築き持続させることが不可能で、かつ全ての物事に対し無気力・無感動」という感じだと思います。極端に言い過ぎかもしれないけど、大筋で合っていると思います。この性格ではほぼ間違いなく、日常生活を送ることは不可能です。

そこで僕は、別の人格(と言うと、言いすぎかもしれません。性格と言ってもいい)を作り出し、その人格で生活をするようになりました。その性格を説明すれば、「そこそこ人間関係を築き、それなりに持続させ、かつそれなりのことに興味をもつ」みたいな感じですかね。もちろん、この人格は、本当の俺とまったく違うわけではなく、本当の俺と別の性格が混じった感じだと思って下さい。で、この別の人格で生活する、ということが、俺の中で“自分を偽る”ということです。

具体的に言いましょう。一番いい例は、母親との関係です。俺はある時期から母親がものすごく嫌いになりました。でも母親が嫌いであることを全面におし出すと非常に生活しずらい。だから別の人格は、母親とそれなりの関係を築くようにしていた。そういうことがあってから俺は、自分が生きやすいように自分を“偽る”ことをするようになりました。

でもそういう風にしていると、だんだんと自分ってものを見失っていきます。なぜわざわざ自分を“偽って”まで生きようとしなくてはいけないのかがわからなくなってきます。俺は◯◯ではかなりいい人間関係を築けたと思います。俺としては出来ればこのまま時間が止まって、今の仲間とずっといたいと思う。でも社会に出たら、新しい人間関係を築かなきゃいけないし、たぶん自分を“偽わら”ないとどうにもならないと思う。だから生きていたくない。

以上2つの理由で俺は死にたい。というかむしろ、生きていたくない。たぶん理解はできないと思う。それは仕方ないことだと思ってあきらめてほしい。

俺は、春に引きこもってて、その時期にはもう死にたいとは思っていた。でも死ねなかった。それはやっぱり、3年目四大をやってないのと、今の◯◯の仲間ともうあえなくなると思うと辛かったから。だから四大をやると決めた時にはもう、四大終わったら死のうと思ってた。たぶん誰も気づかなかったと思う。ついさっき解散式・三年飲みがあったけど、その時ですら誰も俺が死のうとしてるなんて思わなかったと思う。だからそのことについて自分を責める人がいたらそれはやめてほしい。俺もわざわざそんなこと誰かに言うわけないし、言動からもそんなことは絶対ににおわせなかったはず。自分を責めないで下さい。

よし、ここまで書いてとりあえず伝えるべきことは書いたはずだから、あとは個別に思うことを書いていくか。

(個別のメッセージは省略)

最後にもう一度、申し訳ない。ついさっきまで笑顔で四大の話をしていた人間が突然死ぬ辛さは、俺にはわかりません。完全に俺のわがままで、本当にひどいことをしているということはわかっています。でもこれだけは信じて下さい。◯◯で、そして四大で出来た仲間は、本当にかけがえのない存在です。本当に出会えてよかったし、一緒に◯◯◯◯が出来てよかったし、本当に一緒に四大が出来てよかった。この◯◯での、四大での経験は、本当に俺の人生にとって最高のものです。これだけは嘘偽りなく自信をもって言えます。本当に俺なんかを見捨てずに、ずっと仲間でいてくれたこと、ありがとうございます。』

この本の感想を書く時に、昔書いた遺書のことを思い出して、どうせだから公開してみるか、と思ったけど、やっぱりこれを読まれると思うと、ちょっと恥ずかしいなぁ。
読んだ人はたぶん、「え?そんなことで死にたいわけ?」と思うかもしれません。その気持ちは、とても良くわかります。遺書の中で書いていることって、ホント、大したことじゃないですよね。というか、まとめてしまえば、「将来への漠然とした不安」ということになるでしょうか。現在進行形で、何か辛いこと、嫌なこと、しんどいことがあるわけではないんです。でも、「このまま生きていると、しんどくなるかもー」なんていう理由で死のうとしているわけです。いやいや、そんな、起こるかどうかも分からない将来のことに悲観なんかしてないで、とりあえず前に進んでみればいいじゃん、みたいに言いたい人はきっといるだろうし、その気持ちはとても良くわかります。
とはいえ、とても残念なことに、10年前に書いたこの内容は、今の僕もまったく同じだったりします。全然変わっていない。いや、表現としてはもう少し違った形になるかもしれないけど、基本的なスタンスはあまり変わっていない。結局のところ何なのかというと、

『積極的に生きていたいと思えるような理由がない』

ということなんですね。これが、僕にずっと『死』というものを意識させる元凶と言っていいかもしれません。
というような感じで、今から僕自身の話をウダウダ書こうと思っているんですけど、それは本書が、

「自殺とか死にたいみたいな話を、もっとナチュラルに日常で話せる世の中の方が良くない?」

みたいなスタンスで書かれているからです。

『世の中、自殺について冷めているような気がします。交通事故死者の三倍も多いのに「最悪ベース」を報じる新聞の記事もあまり大きくなかった。おおかたの人は自分とは関係ない話だと思ってるんでしょう。もしくは、自殺の話題なんか、縁起悪いし、嫌だと目を背けてる。結局ね、自殺する人のこと、競争社会の「負け組」として片づけてるんですよ。「負け組だから死んでもしょうがない」「自分は勝ち組だから関係ない」と。「ああはなりたくないね」と。
死者を心から悼んで、見て見ぬふりをしないで欲しいと思います。』

『自己嫌悪は、自意識が作り出したブラックホールのようなものです。意識が全部そこに吸い込まれてしまって、なかなか抜け出せません。そこから抜け出すためには、自分のことを真剣に聞いてくれる誰かが必要です。自力で脱出するためには、自分を客観的に見るもう一人の自分が必要です。日記を書く、それも人に読んでもらう日記を書くということは、自分を客観的に見る訓練になります。
だから、自己嫌悪に陥ったり、気持ちがモヤモヤしている人は、ブログでその状況を日記風に書いたらいいのではないかと思います』

そんなわけで、自分の「死にたい話」、というか、「別に生きていたくもないんだよなー」という話を書いてみようと思います。
「別に生きていたくないなー」というのは、もうずーっとそう思っています。基本的に僕には、生きていく気力が全然ありません。夢も目標も野心も欲望も、とりあえずほとんどないです。「こうなりたい!」「こうしたい!」「これが出来るようになりたい!」ということも、ほとんどありません。
それは、窓という窓を塞いだ全自動の車に乗っているようなものかもしれません。外の景色は見えないし、目的地もわからないし、自分で運転しているわけでもない。ただ、その車に乗っているだけ。あと僕が考えることは、その車の中でどうやって暇を潰すか、ということぐらいです。だから僕は、ありとあらゆることを「暇つぶし」と捉えて、日々を過ごしています。本を読むのも、こうやって読んだ感想を書くのも、基本的には全部暇つぶしです。
というこの感覚は、なかなか理解してもらえないだろうなぁ、と思います。自分でも、どうしてこういう人間になっちゃったのか、よくわからないところがあります。「色々めんどくさい」「何も本気でやらない」と思うことで、きっと弱々しい自分の中の何かを守っているのだろうと思うのですけど、そういう「どうして」の部分を突き詰めて考えすぎると色々グルグルとしてくるので、あまり考えないようにしています。
僕はそんな状態で生きているので、いつ死んでもおかしくないよなぁ、とは思っています。別に、「積極的に死にたい理由」があるわけではないのです。病気だとか借金だとか人間関係だとか、そういうものに対して絶望的な状況があって、それらが理由となって死にたいと思っているのでは全然ない。ただ、「特に生きていたくもないんだよねー」というような無気力な状態でいるのも面倒だから、さっさといなくなりたいなぁ、という気持ちは、その時々の気分次第でその気持ちの強さは変わるけど、基本的に常に自分の内側にあります。「今日明日死んじゃっても、まあ別にいいや」と、大体いつも思っています。
けど同時に、「なかなか自殺は出来ないよなぁ」とも思ってはいるのです。
10年前。僕は住んでいた建物の屋上から飛び降りて死のうかな、と思っていました。いや、その時は「死のうかな」なんて呑気な感じではなくて、「あぁ、もう死ぬしかない。俺は死ぬしかないよー」と絶望的な気分でいたわけなんですけども。
自分で書いた遺書を読み返した感じだと、ある大きなイベントが終わった後のお疲れ様飲みみたいなものが終わったその深夜に飛び降りようと思っていたのだろうな、と思います。家に帰って、キャンパスノートに手書きで遺書を書き(あるいは、遺書の大部分はあらかじめ書いてたのかな?僕の性格だと、その可能性の方が高い気がする)、寒い中(たぶん11月の後半だったと思います)、屋上に行って、死のう死のうと思っていました。
でも、やっぱりこれが、なかなか死ねないわけです。
7階ぐらいの建物で、フェンスも何もない屋上でした。7階だと、飛び降りて死ねる高さなのかよく分かりませんけど、とりあえず頭から落ちるようにすればまあ大丈夫だろうと思っていたと思います。
でもやっぱり、自分の意志で飛び降りるのはなかなか難しい。テレビで芸人さんとかが、バンジージャンプを飛び出せなくてウジウジするような場面がよくありますが、たぶんそういう感じだったと思います。その時の自分には、そこから飛び降りる以外の選択肢はなかったのに、自分で決意して飛び降りることも出来ない。「あぁ、自分は死ぬこともまともに出来ないのか」と、当時の自分が思ったのかどうか、そんな記憶はありませんが、僕の性格では、そんな風に思ったとしてもおかしくはないなと思います。
そこで僕は考えました。自分の意志で飛び降りられないなら、偶然に身を任せてみよう、と。屋上の縁まで行き、そこで片足立ちをして目を瞑りました。ちょっとでも体重が前に傾けば落ちる、という体勢を作ってみました。ちょっと強い風が吹いたり、片足立ちの不安定さにちょっとよろめいたりしたら、そのままするっと下まで落ちれるような、そんな状態でしばらく縁に立ってみたりしました。昔小説で、天井からロープでナイフを吊るして、毎晩その下でお祈りを捧げる主人公が出てくる小説を読んだことがあります。自殺をすることは出来ないのだけど、何らかの拍子にロープが切れて、たまたまそのナイフが自分に突き刺さってくれれば死ねる、そんなことを期待している主人公でした。僕の気持ちも、その主人公に近いものがあったと思います。なんかちょっと均衡が崩れて、「自分の意志とは無関係」に下に落ちれたりしないかなぁ、と。
幸か不幸か、特に均衡が崩れることもなく、やっぱり落ちることは出来ず、どれぐらい屋上にいたのか分かりませんけど、すごすごと部屋に戻ったのだと思います。そしてその日から僕は、またしばらく引きこもりっぽくなったのでした。
そんな経験を昔したことがあったので、「自殺って難しいな」とずっと思ってきました。それまでは、「最悪死ねばいいや」という、最後の最後の投げやりな思考が残っていたので、それを拠り所にして色んなことから逃げたりしていたのですけど、一度自殺に失敗したことで、「最悪死ねばいいや」という思考が使えなくなってしまいました。これは、ちょっと困りましたね。「最悪死ねばいいや」っていうのは、色んなことを適当にうっちゃるための良い言い訳だったのですけど、それが使えなくなると、色んなことを適当にうっちゃることが出来なくなって行きます。そうなると、日常は、それまでよりも多少しんどくなるよなー、なんて思ったりしていました。
遺書を書いて自殺しようとしてから10年が経ちました。この10年、よく生きてこれたな、と思っています。僕の人生は10年前に終わっていたようなものなので、この10年間は付け足しみたいなもんだなと思っていたんですけど、付け足しの人生にしては上出来というか、っていうか思っていた以上に色々素敵なこともあったりして、びっくりだなぁ、という感じです。もちろん、ホントに色んな人に迷惑を掛けながら生きてきた実感があるんで、色々申し訳ないなぁ、と思う人もいるわけなんですけど、でもとにかく10年間、よく頑張って生きたなと思っています。
これからどうなるかは、まあよく分かりません。相変わらず生きる気力は特になく、かといって死ぬ積極的な理由もないので、ダラダラと生き続けるだろうなぁ、という気はします。でも気持ちとしては、「いつ死んでもおかしくはないよなぁ」と思ったりもします。今は、積極的に死にたい理由はないけど、もしこれから、積極的に死にたいと思うような理由が出てきたら、色んなバランスが崩れて、「死」の方に気持ちが傾くかもしれません。とはいえ、10年前、自分には自殺は出来ないんだろうなぁ、という実感を得てしまったので、積極的に死にたい理由が出てきたとしても、そう簡単には死ねないかもしれません。
というわけで、ウダウダと自分の「死にたい話」「生きていたくない話」を書いてみましたけど、こういうことを常日頃から考えている僕としては、本書でも指摘されているように、もうちょっと「死」とか「自殺」の話題が日常的に出来るような環境って、あるといいなって思いますね。精神科に通ってたりするような人は、カウンセラーの一環として同じような苦しみを持つ人と辛さを語り合ったりするようなセラピーみたいなのがあったりするんでしょうけど、そんな大げさなものじゃなくても、「死」とか「自殺」とかの話が出来ればいいのにと思ったりします。でも、これって難しいんだろうなぁ。例えば、ハゲげてる人がいるところでハゲの話が出来ない、みたいなのとちょっと近いイメージがあります。なんとなく禁忌になってるというか、自主規制しちゃうっていうか、そういう気持ちが働くんだろうなぁ。あと、そう、こういうことを書くと、「心配されたいのかな」と思われるかもしれないけど、別にそういうことでもないんですよね。本書の著者は、母親がダイナマイトで心中自殺しているんですけど、その話をある時人に話したら爆笑してもらえて気が楽になった、って言っています。そうなんだよなぁ。心底辛い人にはまた別の関わり方があるだろうけど、そうじゃない人にはもっと雑な、「お前アホだなー」的な扱いでもいいんじゃないかななんて思ったりもします。重く受け止められても困るしね。
さて、前置きが長くなりましたけど(そう、ここまでの文章は前置きだったのです)、内容についてもちょっと触れたいと思います。
本書は、さきほどもちょっと触れたけど、母親がダイナマイト心中をし、また周りに自殺した人や自殺未遂をした人がたくさんいるという、ちょっと変わった立ち位置の著者が(ちなみに、著者は自殺を考えたことはないという)、自己嫌悪を解消するためにネットで書き始めた『自殺』という連載をまとめた作品です。
僕は、末井昭という人も知らなかったし、タイトルが直球の「自殺」というものだったんで、なんとなくもっと真面目に自殺とかを分析したりする本なのかなと思っていました(そうであることを望んでいたわけではないんですけど、読む前の印象はそうでした)。
でも読み始めてみたら、大分違うことがわかりました。

『自殺というとどうしても暗くなりがちです。だから余計にみんな目をそむけてしまいます。自殺のことから逸脱したところも多分にあると思いますが、笑える自殺の本にしよう、そのほうがみんな自殺に関心を持ってくれり、と思いながら書きました。この本を読んで、ほんの吸う人でもいいから自殺していく人のことを考えてくだされば、少しは書いた意味があるのではないかと思っています』

そう、本書は、かなり笑える内容になっています。自殺の本なのに笑えるというのは不思議な話ですが、本当にそうなのです。
「禁煙セラピー」という本があります。僕はタバコを吸ったことがないので、この本も読んだことがありませんが、この本は「読むだけで禁煙できる本」として有名です。実際に僕の周りでも、この本を読んだことでタバコを止められたという人がいました。
どんな内容なのか聞くと、別にタバコを吸ったら恐ろしいことになるとか、そういうことが書いてあるわけでもないのだと。むしろ、このタバコは止めるなみたいなことが書いてあったりもする。でも不思議なことに、読み終わったら、「なんで今までタバコ吸ってたんだろうなぁ」なんていう気になる、と言っていました。
本書は、そういう感じに近いような気がします。
そもそも著者は、「自殺は悪いことだと思っていない」なんて書くのです。

『以後、こうして自殺についていろいろ話すようになったのですが、僕は必ずしも「自殺はダメ」とは思っていません。もちろん死ぬよりは、生きていた方が良いに決まってます。でもしょうがない場合もあると思います。人間社会は競争だから、人をけ落とさなければならない。時には人をだますこともあるでしょう。でも、そんなことをしてまで生きたくないって思うまじめな人、優しい人に「ダメ」と、分かったようなことは言えないですよ。まじめで優しい人が生きづらい世の中なんですから。』

なんというか、この文章はとても素敵だと思います。文章を文字だけで読めば、「自殺はしょうがない」と言っている。けれども、そのしょうがない理由は、「まじめで優しい人が生きづらい世の中なんだから」と言うのです。死ぬかどうか悩んでいる人は、「そうか、自分はまじめで優しいから生きづらいんだな」と思えることでしょう。そう思えることで、少しは前向きな気持ちになれるかもしれません。

『僕は、自殺が悪いこととも、もちろん、いいこととも思っていません。どうしても生きることがつらくて自殺しようとする人に、「頑張って生きようよ」と言うつもりはありません。ただ、競争社会から脱落して自殺する人に対しては、自分も加害者の一人ではないかという気持ちが、少しはあります』

こういう著者の優しさが、随所でにじみ出ることも、本書の良さをより増幅させることになっていると思います。人間に対する眼差しがとても優しいのです。著者の周りには、世間の物差しで捉えれば「ダメ人間」「落伍者」というレッテルを貼られるしかないだろう人がたくさんいます。そもそも、著者自身が「ダメ人間」「落伍者」というレッテルを貼られても仕方がない人間かもしれません。そういう人たちがたくさん出てくるのですけど、そういう人たちの「凄い話」を読んでいると、「こんな無茶苦茶な人たちが生きていられるんだから、もうちょい頑張れるかも」と、そんな風に思えてくる人もきっといることでしょう。
自殺について深刻に考えたり、データや引用なんかを駆使して時代を切り取ろうとする作品ではありません。あくまでも、著者の身近にいるとんでもない人たちの話、あるいは著者自身の無茶苦茶な話を披瀝して、「生きるって、こんなにも山ほどの選択肢があるんだよ」ということを提示してくれる作品な気がします。
最後の方に、「迷っている人へ」という章があるのですけど、そこからかなり長めに引用してみようと思います。

『自殺する人は真面目で優しい人です。真面目だから考え込んでしまって、深い悩みにはまり込んでしまうのです。感性が鋭くて、それゆえに生きづらい人です。生きづらいから世の中から身を引くという謙虚な人です。そういう人が少なくなっていくと、厚かましい人ばかりが残ってしまいます。
本当は、生きづらさを感じている人こそ、社会にとって必要な人です。そういう人たちが感じている生きづらさの要因が少しずつ取り除かれていけば、社会は良くなります。取り除かれないにしても、生きづらさを感じている人同士が、その悩みを共有するだけでも生きていく力が得られます。だから、生きづらさを感じている人こそ死なないで欲しいのです。
もしいまあなたが、自殺しようかどうしようか迷っているのでしたら、どうか死なないでください。そこまで自分を追い込んだらもう十分です。あなたはもう、それまでの自分とは違うのです。いまがどん底だと思えば、少々のことには耐えられます。そして、生きていて良かったと思う日が必ず来ます。
それでも自殺を思い留まることができなかったら、とりあえず明日まで待ってください。その一日が、あなたを少し変えてくれます。時間にはそういう力があります。ほんのすこし、視点が変わるだけで、気持ちも変わります。そして、いつか笑える日が来ます。
きっと―』

この文章だけでも、もしかしたら誰か救われたりするのではないか。そんな風に思ったりします。
本書には、それはまあ様々なとんでもないエピソード、無茶苦茶な人たちが出てきます。それぞれについて取り上げることはしません。すげぇ人たちがいるんだな、ということを是非本書を読んで確認してみてください。最後に、死にたくなっている人の気持ちをちょっと留めることが出来るかもしれない文章を、いくつか引用して終わろうと思います。

『お金持ちは「日本は自由競争で、だれにでもチャンスがある。お金がないのは、あなたが努力しなかったから。貧乏は自己責任」と言います。だけど今後、経済は縮小するし、格差も広がって、お金はますます行き渡らなくなる。だから、お金がないのは、あなたが悪いんじゃない。社会が悪い。社会が悪いのに、あなたが死ぬことはないんです』

『だから、まず「死のうと思っている」と周囲に言いふらして、窓を開けることです。死のふちで迷っている人の話は、みんな真剣に聴いてくれるはずです。話しているうちに、何とかなるのに、その発想がなかっただけだった、と気づくこともあるんじゃないかな』

『いじめられて、自殺するところまで追い込まれたら、ひきこもってしまえばいいのです。ある期間、学校や社会と遮断してしまえば状況も変わります。みんなと同じ時間軸で生きていく必要なんかありません。一年ぐらい休んだって、長い人生から見れば微々たるものです。
また一人で何ややりたい人にとっては、学校なんて必要ないのです。勉強しようと思えば、学校なんか行かなくてもできます。やめちゃえばいいのです』

『人身事故、つまり電車に人が飛び込むのが一番多いのは、月曜日だそうです。
学校でいじめられたり、会社で孤立したり、業績が上がらず上司から嫌味ばかり言われたりしている人には、休み明けの月曜日はつらいかもしれません。しかし、早まって電車に飛び込まないでください。そういうときは反対側のホームに生き、逆方向の電車に乗ることです』

『樹海に来る人は一人ぼっちです。そういう意味では、樹海は楢山より残酷です。口減らしではなく、いまは社会に適合できない人減らしです。弱い者切り捨ての社会からはじき出され、自ら死ぬために樹海にやって来るのです。
どうせロクでもない社会なんだから、真面目に自分を突き詰めるんじゃなくて、もっといい加減に生きたらいいのに、と思う僕は強い者だからでしょうか』

自殺を考えたことのない人には、特に響くような内容ではないと思いますが、自殺を考えたことがある人、今も自殺したいと思っている人には、何かしたら響く言葉があるのではないかと思っています。笑える自殺本です。是非読んでみて下さい。

末井昭「自殺」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
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10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)