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考える人 2013年夏号 No.45 特集:数学は美しいか(新潮社)

「数学は美しいか」

そんな問いかけに対して、本書にはこんな文章がある。

『数学は美しい、美しければ愉しい。数学の美しさは、人間の考えの美しさだよね。絵画の美しさは感性だし、小説の美しさは人間性だけれど、数学というのは、理性の美しさだと思う』

『音楽や絵画の美しさは分かりやすい。美しい音色を耳にすれば思わず心が踊るし、美しい色彩を前にすれば目も嬉しい。ところが、これが数学となると、そうは行かない。美しい論文を前にして、素人が思わず息をのむなんてことは、まずない』

「考える人」という雑誌は、様々な広い意味での「思想的なもの」を取り上げる雑誌、という漠然とした印象しか持ってないのだけど、ある号(これは現時点での最新号ではない)の特集が「数学は美しいか」だったので、これは買うしかないと思って買ってみました。というわけで、時間もなかったので、この雑誌の特集の部分しか読んでいません。それ以外の部分はまた時間がある時にでも。
さて、100ページ弱ある特集で、どんなものが取り上げられているのか、ざっと書き出してみます。

円城塔へのインタビュー
伊東俊太郎へのインタビュー
人工知能と数学
渡しが世界で一番美しいと思う数式・証明
岡潔について
筑駒中高数学科研究会の活動
超難問を解いた天才数学者たち
東大の入試問題は美しい
日本の和算の結集:算額
東大折り紙サークル:Orist
数学本の案内
テレンス・タオの素数研究

取り上げられているすべての内容に触れたわけではないけど、大体このような感じの特集内容になっています。円城塔がどうして?とか、折り紙って数学なの?とか、算額って何?みたいなことを思う方もいるかもしれませんね。

『数学者は紙と鉛筆さえあればいいというのは間違いで、ほかに図書館と旅費は必要なんです。今、大学改革で「紙と鉛筆があればいいんでしょう」という扱いを受けて、えらい目に遭っていますけれど。』

円城塔は、「一般の人の数学者へのイメージ」を補正しつつ、20世紀の数学を先導したヒルベルトとコルモゴロフの二人の数学者について話をします。

『物理だと物理の全文やを知らなくてもなんとかなりますが、数学者は、得意不得意はあっても基本的には数学のすべてが分かっていて、筋道さえ踏めればどんなものでも理解する仕組みができているものなんだと、はっとしました。専門が枝分かれしても、その間をつなぐ作業も頻繁に行われている』

『数学者は、生涯、ひとつの分野で定理の証明に身を注ぐというようなイメージがあります。でもそれは違います。孤独に作業して誰も読まないような論文を書いているというシステムはありえません。お互いに情報交換をしながら、意味のある活動を繰り広げ、それなりの成果もちゃんとアウトプットしていくという業界なんです』

『だから閉じこもって一人でこつこつできた人は、ほとんどいません。このような奇抜なエピソードの持ち主はほんのひと握りです。全員がそんなわけないんです。まず生きていくために環境を整える必要があるし、仕組みをきちんとまとめなければならない』


円城塔のインタビューのタイトルは「天才数学者は、変人とは限らない」である。数学者の伝記などは、やはりどうしても、ひと握りの超絶的な変人ばかりに目が向く。ガロア、ラマヌジャン、ペレルマンなどなど。しかし円城塔は、それは圧倒的少数派だという話をする。そしてその流れで、ヒルベルトとコルモゴロフという二人の「常識的な天才数学者」の話をする。

『オイラー、ガウスは当然偉大ですが、いかんせん昔の人です。20世紀数学の展開というのはものすごいものでした。それを自らの業績とマネージメント力で主導した人物として、ヒルベルトとコルモゴロフには凄まじいものがあります。マネージメント力とは組織する力です。』

『抜群に数学能力があり、さらにリーダーとして仕切れる人材となったら、それはもう前面に立てますよね。ヒルベルトは運営と政治ができてしまうために、変人枠に入っていないようですが、この異能ぶりは十分に変人です』

『コルモゴロフは、様々な理論を手がけながら、学校を作るというパブリックな行動もします。そういったことを、ほかの数学者の何倍もの業績を上げながら並行してやるのが、すごいところです。かなり特殊な能力ですよ』

数学界の巨人として、ヒルベルトの名前は知っていたし、よく本にも出てくるのだけど、コルモゴロフのことは知らなかった。ただ本書には、彼が生み出した教育システムが、後に、「ポアンカレ予想」を証明することになるペレルマンを生み出したとあるから、「完全なる証明」(マーシャ・ガッセン/文春文庫)を読んだ時に出てきたのかもしれない。

インタビューアーは最後に円城塔に「円城さんだったら、ヒルベルトやコルモゴロフに会いに行きますか?」という質問を投げかけるが、これに対する返答が面白い。

『いや、行かないでしょうね。だって、彼らの時間を有効に使う道がわからないですから。能力差が大きすぎるので、彼らの時間を邪魔しないようにしようと考えます』

『岡潔という数学者がいる。大学時代に「計算も論理もない数学をしたい」と言って、仲間を仰天させた人である。並の数学者ではない。その生み出した数学があまりにも広大なので、海外では”Oka”といえば数学者集団のことだと信じきっていた人もいるぐらいだ』

名前だけはよく聞くのだけど、どんな数学を生み出したのかも知らないし、伝記の類も読んだことがない、僕にとっては未だに謎めいた数学者である。とにかく凄い人物だったようで、ある本の著者略歴に、「世界中の数学者が束になって掛かっても手も足も出なかった3つの難問をたった一人で解いた」というようなことが書かれてあるのを見た記憶がある。凄まじい。
そんな岡潔は、「情緒」というもので数学を解そうとしたようだ。著者も、外国人に「情緒」を説明しようとした時に、英語ではどうにも伝えにくかった、という経験を書いている。本書では、「情緒」について説明する過程でまず、脳と数学の関係について触れられる。

『脳には「数学をするための部位」などもちろん用意されてはいない。数学をするときには、数学をするために進化してきたわけではない様々な脳の機能とともに、身体や環境のはたらきを総動員して、なんとか間に合わせているのである。38億年の生命史のなかで「36×73」を計算しなければならない場面などかつては一度もなかっただろうから、脳からしてみれば「聞いてない」というのが正直なところだろう』

『もちろん、脳そのものが構造的に進化をしているわけではない。3000年前といまとでは、ヒトの脳構造はほとんど変わらない。ところが、3000年前にはほぼ誰にもできなかったであろう二桁どうしのかけ算を、いまなら教育を受けたほとんどの人が、難なくやり遂げる。それだけ数学が洗練されたということである。実際、筆算のアルゴリズムは実によく脳の欠陥を補っている』

このように、人間の脳は計算や論理に特化しているわけではないことに触れ、人間が計算や論理を扱うことが出来るのは、脳の外側にあるもの(数学が洗練されてきた歴史であるとか、各種アルゴリズムとか)が重要なのだと主張する。そしてその発想で「情緒」を捉えようとする。

『計算や論理が苦手な脳だからこそ、それを支える優秀な外部が要請される。本来は数学をするには不都合な脳だからこそ、数学的思考はいとも容易く脳の外へ漏れだしていく。
「数学の研究は、情緒を数学という形に表現しているのです」と岡潔は言ったが、認知科学の観点からすれば「数学の研究は、環境に漏れ出した思考を数学という形に表現しているのだ」ということになるだろう』

日本の数学繋がりということで、「算額」に触れよう。本特集の中で、繰り返し取り上げられている、冲方丁「天地明察」という作品があるが、この作品では、庶民や農民までもがみなこぞって数学をやっていた江戸時代を舞台に、神社や寺に数学の問題や解法を奉納する「算額」が登場する物語だ。僕も、「算額」の存在は、「天地明察」を読んで初めて知ったようなものだと思う(名前ぐらいは聞いたことがあっても、どんなものなのかきちんとは知らなかったと思う)。恐らく僕以外でもそういう人は多いだろうし、大半の人は「算額」が何か知らないだろう。
何故、日本人による素晴らしい数学の成果である「算額」がこれほどまで日本人に知られていないのか。

『江戸時代の数学は、意味のないものだとずっと思われてきました。数学界の定説は、「和算など取るに足らないもの」でした。まったく認められなかったんです。見向きもされず「あの人は、どうせ高校の先生だから」という扱いでした』

ここで取り上げられているのは、深川英俊という元高校教師だ。同僚の国語教師から質問を受けて、「算額」について調べてみたところ、高度は数学要素を含んでいると気付き、その素晴らしさを広めようとしたが、上記の通り、日本の数学界は「算額」に見向きもしなかった。だから著者は、海外の著名な数学関係者に手紙を出したという。それから深川氏の尽力により、海外からの逆輸入のような形で「算額」は広く認められるようになっていく。

『その手紙の送り主こそが、大物幾何学者のダン・ペドーでした。後からわかったのですが、彼が苦労した問題を、和算では鮮やかに解いていたそうなんです』

『世界中で数学コンテストが開催されているのですが、ちょうどその頃はだんだん出題ネタが尽きてきていたようで、算額の問題は新ネタとして、もてはやされました。』

ある時、モスクワの数学教育関係者からメールで受けたという質問は、面白い。

『なぜ百姓から侍まで、みんな数学をやっていたんだ?』

それは、現代の日本人でも同じ感覚を持つだろう。僕は趣味で算数(数学ではないところが残念)の問題なんかを解いたりしているんだけど、それを人に話すと「え!?」みたいな反応されますしね。
最後にあと二つだけ。
まず「私が世界で一番美しいと思う数式・証明」から。7人が、それぞれ自身のお気に入りの数式・証明を寄せているのだけど、僕の一番お気に入りである「カントールの対角線論法」も入っていました。このカントールの対角線論法、きちんと説明を聞けば文系の人間でも理解できるほどやっていることは易しいのに、「その発想はなかった!」と驚かされるような、凄いテクニックなわけです。たぶん僕は、このカントールの対角線論法を説明できるので、興味がある人は是非。
最後に、48冊が紹介されているブックガイドについて。
僕自身が読んだことがある本を挙げると、

博士の愛した数式
数学ガール
Boy's Surface
天地明察
フェルマーの最終定理
完全なる証明
素数の音楽

という感じ。で、読みたいなと思った本が、

ガウラヴ・スリ+ハートシュ・シン・バル「数学小説―確固たる曖昧さ」
レオポルト・インフェルト「ガロアの生涯 神々の愛でし人」
ジェレミー・J・グレイ「ヒルベルトの挑戦ー世紀を超えた23の問題」
ロバート・カニーゲル「無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン」
高瀬正仁「高木貞治―近代日本数学の父」
吉田武「虚数の情緒―中学生からの全方位独学法」
数学史叢書「ガウス 整数論」

という感じ。いずれ読んでみたいなと思います。
記事によって僕自身の興味の向き不向きがあり、全部が良かったわけではないけど、全体的にとても面白い特集でした。やっぱりどうにか、数学の世界に入り込みたいなぁと思うのだけど、障壁が高すぎて辛いです。とにかく今は、算数からちょっと勉強しなおして、少しずつ入り口に近づいて行こうと思っています。

新潮社「考える人 2013年夏号 No.45 特集:数学は美しいか」


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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
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7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

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2012年の個人的ベストです
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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
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小説以外

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14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
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16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)