黒夜行

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蛇行する月(桜木紫乃)

桜木紫乃の作品を読むと、「それまでまったく関わりのなかったコミュニティに一人で飛び込んだような気分」になる。
周りにいる人は、なんだかみんな盛り上がっている。楽しげに笑っているし、会話もどんどん進む。あちこちで人がくっついては別れ、ざわめきが絶えない。
でもそんな中で僕は、途方にくれている。みんながどうして笑っているのかわからないし、なんの話をしているのかもわからない。誰とも関わり合わないまま、ぽつんと浮いたシミのようにその場で佇んでいる。
そうなってしまうのは、「前提が共有されていないから」だ。
そのコミュニティには当然、それまで積み上げてきた様々な歴史や背景があり、それらは、そのコミュニティの中にいる人にとっては「前提」として機能。「この前のアレ」や「デブリンの弟の彼女」なんていう単語が、意味のある言葉として機能し、「こんな話では盛り上がろうね」「こういう話はご法度」というような雰囲気がきちんと共有されている。でも、初めてそこに飛び込んだ僕には、そういう言葉も雰囲気もわからないし、分からないまま呆然とするしかない。
桜木紫乃の小説は、僕にそういう感想を抱かせる。
桜木紫乃の小説は、「桜木紫乃の小説」と「前提が共有されている人」には、物凄く響く作品だろうと思う。実際読むと、巧い書き手だなと感じるし、人間のいやらしさや汚さなど、「日常」からは丁寧に取り除かれている部分を丁寧に拾い集める作風は見事だなと思う。それでも僕はどうしても、桜木紫乃の作品に「遠さ」を感じてしまう。
「桜木紫乃の小説の前提」というのが、より多くの人に共有されているものなのか、それはよく分からない。僕のように、その前提を持たない者の方がマイナーというだけの話かもしれない。
「桜木紫乃の小説の前提」のキーワードの一つは、「疲弊した地方」だろう。それは、僕なりの表現をすれば、「人間の外側から押し寄せる閉塞感」だ。外側にある、環境や関係性などに内在する閉塞感だ。僕はどちらかというと、「人間の内側から染み出す閉塞感」に惹かれる人間だ。環境や関係性から独立した閉塞感というのはきっと存在しないだろうが、自身の性格や価値観が閉塞感に強く影響を与える状況の方により惹かれる。だからこそ、桜木紫乃の小説に、そこまで深く入り込めないのかもしれないと思う。
内容に入ろうと思います。
本書は、6編の短編を収録した連作短編集です。

「1986 清美」
「割烹ホテルかぐら」で働く清美。宴会の場では必ず太ももか尻に手が伸びる。もううんざりだ。しかし、どこに行けるわけでもない。受験を控えた妹、祈願に通う母、時々手紙でやり取りをする彼氏。
ある時、高校時代の同級生だった順子から電話がきた。「私、これから東京に行くの」

「1990 桃子」
「シーラブ号」の乗務員である桃子。シフトが重なる時は、北村と肌を合わせる。陸に妻子を持つ男だ。
高校時代の同級生である順子から年賀状が届く。「わたし今、すごくしあわせ」

「1995 弥生」
「菓子や 幸福堂」の女将である弥生。夫が失踪してからは、どうにかこうにか店を建て直すことだけを考えてやってきた。
夫と一緒に失踪した店の若い従業員を紹介してくれた方から、突然手紙が届く。「先代が生きているあいだにお知らせできなかったことを悔いております」

「2000 美菜恵」
高校時代の国語の教師との結婚披露宴を間近に控えた花嫁である美菜恵。披露宴の準備全般に関心のない谷川を連れ回し、衣装を決める。
披露宴の発起人を頼むのは、高校時代の図書部のメンバーだ。かつて谷川に告白して玉砕した順子だけは、ここにはいないけれど。

「2007 静江」
職場での配置換え。厳しい環境の中で、この老体はどこまで保ってくれるか。結局独り身で生活している我が身を思い、ふと、娘が今住むという東京の連絡先が書かれたは葉書を久しぶりに取り出してみる。
先立つものをかき集めて、東京に行ってみよう。

「2011 直子」
看護師である直子の趣味は、スキューバダイビング。海の中から見る太陽は青い。ここで酸素ボンベを外してみたくなる。脳裏には、呼吸器に繋がれた両親の姿が過ぎる。
沖縄に移住したいという後輩の話を聞きながら、ふと、順子に会いに東京に行こうかと思う。

というような話です。
「男と東京に逃げた順子」と「北海道でどうにか生きる女性たち」を描きだす。「現実を否定したい女性たち」は、「東京に出た順子」に思いを馳せる。報われることのない生き方に身を投じたはずの順子は、しかし漏れ聞こえてくる話によれば「幸せ」なのだという。それは、「現実を否定したい女性たち」をざわざわさせる。

『順子の「しあわせ」は自分の求めるものとはまったく違うかたちをしていた』

『順子を思うと、自分の未来にあってしかるべきと思っていた「しあわせの輪郭」がぼやけてしまう。』

「あるはずのない「しあわせ」」「たどり着くはずのない「しあわせ」」を夢想する一方で、常に「現実的な着地点」の存在にさらされ続ける女性たち。「女性として生きる」というのは、決断の連続だ。「選択肢の多さ」に喜べるのは、可能性の開けた若い内だけだ。歳を重ねると共に、「選択肢」は変わらず多いのに、「選び取れる選択肢」の数はどんどんと減っていく。それなのに、「選択肢」は多いでしょう?という視線をやり過ごさなくてはいけなくなる。

『なにもかも、捨てるときにはできるだけ遠くへ放るしかなかった。ためらいを残すと、用意にこの手に戻ってきてしまう。弱さを認めて、それをいいわけにしてしまう』

彼女たちは、環境に囚われ、関係性に囚われ、過去に縛られ、未来を手放していく。「それしかなかったのだ」という言い訳と共に、彼女たちは「最善解」を選び続けてきたはずだと、自分を慰める。
そんな人生に、順子の存在は違和感を残す。順子は、環境にもとらわれず、関係性にもとらわれず、過去にも縛られず、未来を手放しもしない。そう、最後の最後まで順子は、未来を手放しはしないのだ。そこが他の女性達との大きな違いだ。それを「強さ」と呼んでいいのか、僕には分からないのだけど、北海道で生き続ける彼女たちが永遠に手にすることが出来ないものでもあるだろう、と思いもする。

『これが一度夫婦だった男女の責任というなら、結婚とはなんと重い繋がりだろう』

行き着く先は同じでも、通ってきた道は皆異なる。「あり得たかもしれない可能性」を探し続けてしまうのは、「疲弊した地方」という前提が共有できているからだろう。「同じように辛い環境にいる」という事実が、他人の幸せを詮索し、自分の幸せと比較させるのだろう。
順子には、共有できるような前提も、比較出来るような対象も、周囲になかった。それは、故郷を捨てた代償に得たものだ。「北海道には戻れない」と語る順子には、果たして北海道に戻りたいと思う瞬間があるのだろうか?
残酷な現実を短い言葉で切り取りつつ、薄く層になって積み重なっている「何か」を少しずつ剥いで行くような物語です。環境は人を縛るが、手の届く位置にあっても人はなかなかその結び目を解くことが出来ない。そんな人間の悲哀を描き出した作品ではないかと思います。

桜木紫乃「蛇行する月」


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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
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1位 「「科学的思考」のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)