黒夜行

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とっぴんぱらりの風太郎(万城目学)






内容に入ろうと思います。
舞台は、世が豊臣から徳川へと大きく舵を切りつつあった1612年。一人の忍びが、京に住み着いた。
風太郎。伊賀の柘植屋敷で忍びとして仕込まれた男。柘植屋敷では、忍びを人と扱わず、そのため幾人もの死人が日々出ていた。どうにかこうにか生き残っている風太郎は、しかしある時伊賀を追い出されてしまう。きっかけは、にんにくだった。
京に住み着いた風太郎は、何をするでもなくダラダラと時を過ごした。しかしある時、共に伊賀を追い出された南蛮出身の忍び・黒弓が久方ぶりに風太郎の前に姿を現す。黒弓が風太郎の元にひょうたんを運び込んだことで、風太郎の人生の針はまた動き出すのだ。
風太郎につきまとう謎の存在・因心居士に振り回されつつ、風太郎は日がなひょうたんを育てながらダラダラと生きる。時折舞い込む謎めいた展開に流されつつ、風太郎は世事とあまり関わることなく、しかし一方で伊賀に心を残しながら、京に馴染んでいく。
やがて戦乱の気配が次第に近づき、かつて忍びであった風太郎も関わりを避けることができなくなっていく。その頃には風太郎は既に、自身では抱えきれぬほどの大きなものをいくつも抱えることになっており、そのあまりの因業な展開に途方にくれつつ、騙し騙し前進していくが…。
というような話です。
あまりにも壮大な物語なので、内容紹介らしい内容紹介を書くのが凄く難しいですが、本書は、一人の忍びが、己の意思とは無関係に展開される様々な状況に巻き込まれつつ、やがて「一人の忍び」としてではなく「一人の人間」として覚悟を決め、異様な状況に立ち向かっていく物語です。
全体的になかなか面白い作品だと思うのですけど、先にこれを書いておかないといけないかなと思うことがあります。
それは、本書に「万城目学らしさ」を求めると、ちょっと受け取り方が大分変わるかもしれない、ということです。
万城目学という作家のこれまでの作品を読んできた方は、「おちゃらけ」とか「破天荒な設定」とか「くだらない展開」なんかに惹かれる部分があったのではないかと思います。もちろんそういう部分だけでは決してなくて、真面目に物語を展開させもするし、ただおちゃらけているだけでは決して無いのだけど、とはいえ先に挙げたような部分を「万城目学らしさ」と捉えて、そういう部分を面白がって読んでいる人、というのはそれなりにいるのではないかと思います。
そういう印象を持って本書を読み始めると、「あれ?」という感じになるかもしれません。
本書は、これまでの万城目学の作品と比べると、かなり真面目な作品です。僕の個人的な印象では、これまで万城目学は「真面目さ」を全面に押し出した作品を書いては来なかったように思います。どういう決意で万城目学が本書を書いたのか、それはわからないのだけど、意識的には「大転換」ぐらいの気持ちで書いたのではないか、と受け取りました。
なので、本書を読む人は、これまでの作品にあった「万城目学らしさ」を本書には求めない、という姿勢で本書と対峙した方がいい、と僕は思います。
もし今までのような「万城目学らしさ」を求めて本書を読むと、ちょっと拍子抜けするでしょう。一方で、本書のようななかなか骨太の作品を好む人は、「万城目学って自分と合う作風じゃないんだよね」と言って手に取らない可能性もあるかもしれない。作家が作風をガラリと変えた時は、この点が一番難しいなといつも感じています。名前が知れている作家であればあるほど、作風をガラリと変えた時、「それまでのファン」は「期待が外れた」と感じ、「その作品が届くべき人」には「元々のイメージで忌避される」。
とはいえ僕は、作家がそれまでの作風と同じような作品を書き続けていればいい、なんて思っているわけではありません。そこは是非ともどんどんチャレンジして言って欲しいと思うのです。だからここまで僕が書いてきたようなことは、読む側のスタンスについて言及しているつもりです。まあ、なかなか元々あるイメージを脇に置くことは難しいですけどね。
そんなわけで、これまでの万城目学作品とは大分雰囲気を異にする作品ですが、全体的にはなかなか面白かったと思います。おおよそ真面目な展開で繰り広げられる物語だけど、ひょうたんに絡む部分は万城目学らしい「ぶっ飛んだ設定」という感じがするし、ひょうたんを端緒にした壮大なストーリー展開は、本当になかなか圧巻です。全編を通じて、おそらく風太郎自身が一番そう思っていることでしょうが、読者も、「なんだってこんなことに命を掛けにゃならんのだ?」と思う場面が多々出てくるでしょう。それは、そういう時代だったのだ、という説明も出来るし、風太郎が阿呆だからだ、という言い方も出来るし、読む人がそれぞれ感じ取ればいいのだけど、何にしろ登場人物のほとんどが「忍び」であるという点が、舞台設定に大きな影響を与えていることは間違いありません。
本書は、全体的に、酷く物悲しい。別に、ずっと重々しく、暗い話が展開される、というわけではない。明るいおちゃらけたような場面も多々ある。しかし、どうしてもそこに物悲しさを感じてしまうのは、風太郎を始めとした登場人物たちが、「忍び」という宿命を背負っているからだと僕は思います。
「忍び」の物悲しさについて考える時、僕はある場面を思い出す。ラスト付近で、風太郎と共に修羅場を共にすることを決意した、蝉と呼ばれる同郷の忍びの言葉だ。

「儂はとても嬉しかったのだよ」

蝉は決断の理由をそう語る。何故嬉しかったのか、それはここでは書かないが、蝉のその一言が、「忍び」が置かれた残酷な世界を端的に表現している。
彼ら忍びは、地獄のような特訓の末に、忍びとしての技量を叩きこまれる。そして忍びとして活動を始めても、まさに「忍び」であるが故にその功績はなかなか表に出ない。風太郎も他の忍びも、「忍び」とはそういうものだという中でずっと生きてきた。それでもやはりどこかで、「忍び」としての生き方に疑問を抱いていたのではないか。
京に住み始めた風太郎は、思い悩むことになる。それは、それまでずっと「忍び」としての人生しか生きてこなかった風太郎の、アイデンティティクライシスだったろう。京で何か目的を持つでもなくぶらぶらと生きている中、風太郎の気持ちを支え続けたのは「また忍びに戻れるかもしれない」という淡い期待だけだった。絶望的な環境の中で過ごしていたにも関わらず、体も心も「忍び」としての生き方を求めてしまう。様々な状況で、そういう一瞬がかいま見えるたび、風太郎の有り様に物悲しさを覚えてしまう。
風太郎が巻き込まれるのは、それはそれはとんでもない状況なのだけど、それらと関わる中で風太郎の「覚悟」が、徐々に形を変えながらジワジワと固まっていく過程もとても良い。「忍び」としては下級で、知恵も才覚も特にあったものではない風太郎が、何故自分が選ばれたのか分からないままに、ありえない状況に次々と放り込まれることになる。その中で風太郎は、自らの命も仲間の命も危険にさらされる経験を何度もし、加えて、するつもりなどなかったことをやらざるを得なくなり、風太郎の進退は極まっていく。

「ちがうんだ蝉」

風太郎がこう言ったまさにその場面こそが、風太郎の「覚悟」をさらに一段引き上げたように僕は感じた。あの瞬間、風太郎は何かを悟り、何かを諦め、何かを覚悟したのだと思う。それは悲壮な覚悟であり、未来を見据える眼差しではないのだけど、一方で、それまでの「世の中とほどほどに関わる」という中途半端な立ち位置から抜け出し、「ここで俺は生きていかなくてはいけないんだ」というような、それまで風太郎が持っていなかったような「強さ」をそこで手にしたのではないかと思う。
そして最終的に風太郎に「人間としての誇り」を与えたのは、世を知らぬ一人の若者だっただろう。その若者のために、という気持ちが、風太郎の内側から違和感なく湧き上がってくる。それは、風太郎の20年に及ぶ人生の中で経験したことのないものだったのではないか。柘植屋敷では、「自分が生き残る」ことが、ありとあらゆることに優先された。とても、誰か他人のことを思いやる余裕などなかった。京に移り住んでからは、やけっぱちな気持ちから、世の中とまともに関わり合いを持たずに生きてきた。そんな風太郎にとって、その若者の生き様や言葉は、風太郎の内側に新しい何かをもたらしたことだろう。本書は、そんな風太郎の成長を追い、忍びとしてではなく人間として生きる輝きを照らす物語だ。
個人的には、結末に不満があるわけではないのだけど、もう少し希望に満ちたラストであって欲しい気がする。それは、ささやかな希望でも、あるいはかすかな希望でもいい。ありえないかもしれないけど、こうかもしれないと思い込める余地が欲しかったと思う。
他の登場人物についてもざっと書いておこう。冒頭で風太郎との犬猿の仲を見せつけた蝉は、忍び衆の中でも抜群の技能を誇る。忍びとしての才覚は非常に高いが、性格もなかなか悪い。いや、それだからこそどうにか忍びとして命を落とさずにいられるのだろうけど。
風太郎と共にあれこれ関わることになる黒弓は、商売の才覚に優れ、身体能力が抜群で、火薬の扱いに長けている。風太郎の人生をことごとく悪い向きに導く疫病神でありながら、一方で様々な形で風太郎の手助けをする。ほわんとした雰囲気をまとう忍びらしくないやつで、なかなか好きです。
美貌の忍びである常世。大坂の奥にいる常世は、物語の鍵を握る人物でもある。その美しさとは裏腹に、滅法強い。ちょくちょく風太郎の前に姿を現し、謎めいた関わりを持つことになる。
他にも様々な人物が出てくるのだけど、個人的に一番気になる存在は、芥下。風太郎が関わることになるひょうたん屋に勤める女だが、なかなか存在感があると思う。物語全体に深く関わる存在ではないのだけど、風太郎の日常にちょくちょく顔を出し、節介を焼いたり憎まれ口を叩きつつ、なんだかんだ風太郎と関わりを持つようになる。いくさに関わる芥下と風太郎のやり取りは、ほんの短いものだけど胸に刺さるし、風太郎にとっては、周りにいる人間が様々な形で風太郎を厄介事に巻き込もうとするのに対し、芥下だけは日常に留まった関わり方が出来る相手だという認識を持っているのではないかと思う。
歴史オンチな僕には、誰が誰なのかわからなくなることも多かったんだけど(「大御所」とか「御殿」みたいな感じで固有名詞ではない呼び方をされる場面では、誰が誰なのかよくわからんと思いながら読んでいた)、最後の大スペクタクルに至るまでに積み上げていく様々な展開と、ラストの怒涛の展開がなかなか面白い作品です。正直、物語の展開が遅いと思う部分もあるんだけど、とはいえ、なかなかに壮大で骨太な物語だと思います。是非読んでみてください。

万城目学「とっぴんぱらりの風太郎」


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3位 浅野いにお「うみべの女の子
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5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

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感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

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6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
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9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
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4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
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6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

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3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
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14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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1位 千早茜「からまる
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