黒夜行

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ウルトラマンが泣いている 円谷プロの失敗(円谷英明)

内容に入ろうと思います。
本書は、「特撮の神様」と呼ばれ、スピルバーグやジョージ・ルーカスに影響を与え、世界の映像技術の基礎に大きな影響を与えた円谷英二の物語…というわけではありません。円谷英二の話も出てきますが、基本的には、「円谷プロがいかに迷走してきたか」という歴史を語る話です。
本書の著者は、円谷英二の孫であり、円谷プロの二代目社長の息子であり、また著者自身もかなり短い期間ではあるけど、六代目社長を務めた(その辺りの事情も本書で触れられているけど、短く言うと、突然解任されてしまったのだ)。
本書は冒頭で、円谷英二がいかに天才的なクリエイターであったのか、という話がなされるが、話のメインとなるのは、円谷英二の死後のことだ。現在に至るまでの様々な紆余曲折を描きながら、どうして、「我々円谷一族の末裔は、現存する円谷プロとは、役員はおろか、資本(株式)も含め、いっさいの関わりを断たれています」という状況に陥ってしまったのか。それを、孫であり、六代目社長として円谷プロをどうにかまともな方向に舵取りしようと試行錯誤しようとした著者が描いていく。
円谷プロについて一言で言えば、本書を読む限り、「ムチャクチャだ」としか言いようがない。僕は、就職してサラリーマンとして働いたこともなければ、当然会社を経営した経験もないのだけど、本誌で描かれる円谷プロの有り様には、絶句させられる。よくもまあこんなムチャクチャな経営(と呼んでいいのか…)で、今日までどうにかやれてこれたな、と思わされます。
そもそも、特撮にはお金が掛かる。それは祖父・円谷英二の時代からそうであり、テレビ番組の制作費についてこんな記述がある。

『初期のウルトラマンシリーズでは、全国ネットの30分子供番組の制作費が200万円程度、一時間ドラマでも500万円を超えなかった時代に、TBSは550万円を円谷プロに支払っていました。しかし、実際の経費は1本1000万円近くかかり、番組を作るたびに借金が積み重なることになりました』

僕は、かつて読んだ「天才 勝新太郎」という本を思い出しました。勝新太郎は映画製作に乗り出すのですが、その作品にも、こんな記述があります。

『「座頭市物語」は、フジテレビからの予算は通常よりはるかに大きく、しかも間に代理店のはいらない直接受注。儲けようと思えば、どこまでも儲けられるはずだった。
だが勝は、潤沢に組まれた予算の全てを現場へと注ぎこんでいく。勝には妥協する気はもう一切なくなっていた』

円谷英二にとっては、映画もテレビ番組も、お金を儲けるためのビジネスではなく、夢を映像化する芸術作品だったようで、採算などということはまったく考えていなかったのでしょう。円谷英二のこのあり方が、会社としての遺伝子に組み込まれたのか、はたまた、「ウルトラマン」という資産に安住して怠けてしまっただけなのか、円谷プロのお金の使い方はザルというか、その全容を誰も把握していないという恐ろしい状況になっていきます。社長に就任した著者は、まず会社の全経理を徹底的にチェックしたようですが、あまりの杜撰さに唖然としたそうです。よくここまで会社が保ったものだな、と。
円谷プロの経営を成り立たせていたものは、後に「円谷商法」と呼ばれる、著作権ビジネスです。テレビ番組で放送したキャラクターなどをグッズとして売り収益を上げる、現在に至るまで様々に行われている手法ですが、これは円谷プロが生み出したようです。
三代目社長である円谷皐時代の経営陣は、

『慢性的な持ち出しが続いていたレギュラー番組の制作をやめらば、毎年の著作権、商品化権収入だけで少なくとも二億円は見込めるから、それだけで会社は存続できる』

と言っていたそうです。それが、平成に至るまでの16年間、国内でウルトラシリーズの新作が放送されなかった理由です。
実際にこの著作権ビジネスは、怪獣ブームが来る度に物凄い勢いを見せたようで、一度の振り込みで10億円を超えたこともあったのだとか。それで、「会社はうまくいっているのだ」と錯覚させられてしまい、麻痺するのだ、と著者は指摘します。著者は社長に就任後、世間的には成功と発表されていた平成三部作の支出と収入を精査してみたところ、三作品すべてにおいて赤字だったことが判明したのだそうです。特撮はお金が掛かり、著者もかなり検討したようですが、やはり経費の削減は相当に難しいようです。しかし、お金の管理をもう少しきちんとしておけば、どうにかなったのではないか、と思いたくもなります。
とはいえ、

『率直に言って、かつての円谷プロはいつの時代も長期の経営ビジョンなどはありませんでしたから、必ず来るであろう沈滞期に備えて、財務を強化しておこうというような発想はほとんどありませんでした』

という状況だったようです。
著作権ビジネスは、以外な落とし穴を見せることになります。この落とし穴も、そもそも円谷プロが財務をきちんとしていればどうにでも防げたことでしょうが、慢性的に赤字体質であった円谷プロは、ウルトラマンの玩具をほぼ独占していたバンダイの介入を防ぎきれなくなります。

『映画監督の実相寺昭雄さんは、後の著作の中で、ウルトラマンが輝きを失った原因として、こんなことを語っています。
「第一の強敵は制作費であり、第二の難敵は商品化権だ。商品化権が優先し、番組がデパートに並ぶ玩具を充実させるために、奉仕させられるようになってしまった」』

円谷プロは、どの程度バンダイの介入を受けることになったのか。

『それまでは、番組に登場するあらゆるもののデザインを、円谷プロのデザイン室と、その下請けの美術会社が一手に引き受けていましたが、この番組(=「ウルトラマンティガ」)からは、隊員のユニフォームや怪獣のデザインなどのベースを円谷プロが作り、その他の戦闘機や、隊員が携帯する銃などの小物は、バンダイ側が提案し、双方納得したうえで決めるようになりました』

このような状況も、円谷プロの有り様をさらに窮屈にする要因となったことでしょう。
しかし、著者が『円谷プロ「最大の失敗」』と呼ぶものは、別にあります。それは、「コンセプトの迷走」です。

『ウルトラシリーズが徐々に魅力を失い、視聴率低下や子供たちの怪獣離れを招いたのは、ウルトラマンという基本名称は変わらないのに、キャラクターや舞台設定など、番組コンセプトのめまぐるしい変転が、視聴者をとまどわせたという面もあったと思います。その背景には、テレビ業界に根強い「テレビは時代を映す鏡でなければならない」という考え方がありました』

『ウルトラマンのコンセプトは、どうしてここまで変える必要があったのかと思えるほどコロコロ変わりました。円谷プロが、そうせざるを得なかった一番の理由は、新シリーズが始まるごとに、あるいは始まった後も、テレビ局から、
「設定やストーリーなどの内容は、今の時代に合わせたものにしてほしい」
という要求が、繰り返されたからでした』

『結局、ウルトラシリーズには、その時々で適当に変えてしまうご都合主義=「しょせん子供番組なのだから何をしても許される」という言い訳が、常に付随していました。ウルトラシリーズの変遷を見て、大人になったファンは次第に離れていきました。時には嫌悪感すら抱かせてしまったことが、円谷プロ「最大の失敗」だったと思います。子供は親の表情を常に見ていて、親の感じ方に敏感に反応するものです。
ファンのこだわりを軽んじ、子供の感性をも軽んじたことで、しっぺ返しをくらったのだと思います』

本書では、円谷プロを取り巻く様々な状況が、包み隠さず描かれます。タイの会社とのトラブルから発展した裁判(これによって円谷プロは海外戦略上致命的な不利を背負うことになる)、ウルトラマンのデザインを担当した成田氏との関係(これは、ちと酷すぎる…)、度重なるお家騒動(円谷一族が、なかなか一つにまとまりきれない)などなど、相当な苦難を内包します。そして最終的には、あっさりと買収され、円谷一族とは一切関係のない会社になってしまったわけです。
他の制作会社がどういう状況なのか僕は知らないけれども、もう少しきちんとした経営が出来ていれば、こんなお粗末な結果にはならなかったのではないか。まさにタイトルの通り、「ウルトラマンが泣いている」という感じがして、非常に残念な気がする。
祖父の円谷英二には、こんなエピソードがあるという。

『祖父が制作に参加した第二次世界大戦中の映画「ハワイ・マレー沖海戦」では、東宝のプールに作ったハワイ・真珠湾のセットがあまりにも見事だったため、戦後、日本にやって来た米軍関係者から、
「あれは、いったオアフ島のどこから撮影したのか」
と、祖父が尋問を受けたという逸話が残っています』

これだけ偉大な祖父を戴きながら、その「特撮にかける意志」を残していくことが出来なかった円谷一族。様々な状況が存在していたとはいえ、基本的には経営者(主に三代目社長の円谷皐と、四代目社長の円谷一夫だろうか)の杜撰な経営のせいだと言っていいでしょう。僕は、ウルトラマンを見た記憶はほとんどないし、特撮というジャンルにも特に思い入れはないのだけど、それでも、何度瀕死の状況を迎えても生き残る「ウルトラマン」という資産を持ちながら、こんな結末にしか辿りつけなかったのだな、という寂しい気持ちが残りました。
社長を放逸された著者のその後にも触れておきましょう。著者は、円谷プロ傘下企業にいた頃、中国での展開を目論んでおり、社長放逸後それを再開することにした。中国という「異界」で様々に奮闘したものの、結局うまくいかず、現在は映像の世界からは完全に足を洗い、ブライダル会社の衣装を運ぶ仕事に従事しているという。偉大なる祖父を持つ孫の物語としてはいささか寂しい気もします。
著者は冒頭で、「今もウルトラマンを愛してくださる皆さんにとって、あまり知りたくないエピソードも含まれているかもしれません」と書く。ウルトラマンや特撮という世界に思い入れのある人が読むと、僕なんかが感じる以上のやりきれなさみたいなものを感じるのではないかと思う。ウルトラマンと、独創的な特撮技術という遺産を活かしきれなかった一族の、悲しい結末を描く作品です。是非読んでみてください。

円谷英明「ウルトラマンが泣いている 円谷プロの失敗」


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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
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4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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