黒夜行

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創世の島(バーナード・ベケット)

内容に入ろうと思います。
本書は、ある特殊な<共和国>における、たった4時間の入学試験のための口頭審問を描く作品です。
21世紀末。世界大戦と疫病により、ある一つの例外を除いて完全に滅びた。大富豪であったプラトンはとある島を買い取り、その島を巡らす高い隔壁を設けることで、外の世界から物理的に隔離し、疫病の脅威から逃れた。彼らは、時折やってくる外界からの避難者をすべて撃ち殺し、外界から疫病が入り込む余地をなくす。一方で、プラトンは新たな社会づくりを目指し、遺伝子による選別や親子関係の排除などを推し進め、特権階級である哲学者がトップに立つ社会を構築していく。
当初は「外界への恐怖」という共通項でまとまることが出来ていた島だったが、次第に規律は緩み、社会は崩壊していく。そして、<共和国>に決定的な変化をもたらしたのは、漂流者の少女を助け、<共和国>内部に引き入れたアダム・フォードという一人の兵士の存在だった。
アカデミーへの入学を希望する少女・アナクシマンドロス(アナックス)に与えられた試験のテーマは「アダム・フォード」。彼女は、この国の歴史を大きく変えることになったアダム・フォードに強い関心を持ち、これまでずっと研究対象としてきた。その成果をこの4時間の口頭審問で出しきるのだ…。
というような話です。
これは非常に良く出来た作品でした。世界中で話題を呼び、著者の出身であるニュージーランドでは賞も受賞したらしいけど、なるほどという感じである。
本書は、YA(ヤングアダルト)の賞も受賞しているようで、確かに、外文の苦手な僕でもスイスイ読めるほど読みやすい作品だ。分量もさほど多くはなく、そしてそのほとんどが、試験管とアナックスの会話で構成されているので、とにかく読みやすい。
とはいえ、ただ子供にも読める作品というわけではない。本書は、非常に哲学的で深遠な作品だ。
本書ではアナックスは、<共和国>の建国から現在までの歴史や背景を、そしてアダム・フォードという男が<共和国>に与えた影響について、つぶさに語ることを求められる。僕らはアナックスの説明を聞きながら、次第に<共和国>の歴史や、アダム・フォードという男が何をしたのかということを少しずつ理解していくことになる。
まずこれが、非常に良く出来ていると僕は思う。<共和国>が、プラトンによってどんな意図を持ってデザインされたのか、そしてその仕組みがどのように機能していたのか、人類はその中でどんな風に生きていたのか、どのような問題が顕在化して言ったのかなどについて、僕らは少しずつ理解していくことになります。
<共和国>のモットーは、「過去に向かって前進せよ」となります。

『”没落”が生じたのは、人が自然な状態から逸脱したからだ、とプラトンたちは主張しました。変化はすなわち衰退を意味するという科学のもっとも基本的な法則を忘れて、変化を無批判に受け容れたからだ、と。プラトンは共和国の国民に、安定と秩序を基盤とした社会を築きさえすれば、栄光ある偉大な文明世界に立ちもどることができると語りかけました』

しかし<共和国>は、崩壊の予兆を常に抱え続けます。そしてそれは、アダム・フォードが一人の漂流少女を救出したことでさらに拡大することになる。アダム・フォードが一体何を考えて少女を救出したのか、それが国民にどのような影響を与えたのか、哲学者評議会はアダム・フォードをどう扱うことにしたのか。そういう背景をアナックスは丁寧に説明をし、<共和国>とアダム・フォードについて読者は理解を深めていく。
この、島の基本的な設定と歴史などの背景が、非常に良く出来ていて興味深い。プラトンが生み出すような<共和国>は、僕らの世界では現実にはなかなか実行しえないでしょう。彼らにしても、『世界にはもう自分達しか人類は残っていない。そして外界は恐ろしい疫病にさらされている』という共通した恐怖感を抱き続けたからこそ、そのような奇妙な建国にも従ったのだろう。だからこそ、このような設定の国家が生み出された時、実際にどうなるのかは、誰にも分からない。分からないけど、でも本書を読むと、建国から崩壊の予兆までが非常にリアリティを持っているように感じられる。「理想的な投票方法は存在しない」ということを示した、アロウの不可能性定理という法則が存在するが、それと同じように、どれだけ慎重に理想的な建国を目指そうとしても、「理想的な国家」というものは生み出せないものなのかもしれない、と思わされた。
ここまでが大体物語の前半部だ。
後半は、拘束されとある刑が執行されることになったアダム・フォードの状況が中心となって描かれる。様々な複雑な思惑が絡み合い、哲学者ウィリアムが開発した人工知能「アート」と同じ環境で過ごし、アートの人工知能の発達を促す役割を担うことになったのだ。つまり後半は、アダムとアートの知的な会話がメインとなっていく。
この会話もまた、非常にスリリングだ。アートは既に、人間と同じように思考することができる(ように見える)。しかしアダムは、「機械が思考する」などということを信じることが出来ない。だからこそアダムは、アートの存在を拒絶したり無視したりするが、アートはめげずにアダムと議論を繰り返す。
彼らの知的で哲学的な議論は、非常に面白い。アダムは、「機械が思考できるわけがない」という視点から様々な応酬を続けるが、しかし人間以上に思考する(ように見える)アートは、ことごとくアダムの議論を論破していくことになる。
アダムは、自身の存在が揺らぐことを恐れ、「思考する機械」である人工知能の存在を信じることが出来ない。あらゆる疑念をアートに叩きつけ、議論が届かないとわかると沈黙し、アートを拒絶する。しかし、死や時間の概念が人間と違うアートには、沈黙や拒絶はあまり意味をなさない。結局また議論に引きずり込まれることになり、彼らはお互いの立場から、お互いの意見をやり取りし続ける。
僕らの世界では、まだアートのような人工知能は生み出されていない(はずだ)。自らで思考し、人間と同等以上の会話を展開することが出来る人工知能は、いずれ開発されるだろうか?僕には分からない。でも、開発された時には、間違いなく本書で描かれているような、アダムとアートの議論がそこかしこで繰り広げられることになるだろう。「機械が思考する」などということを信じることが出来ない人間と、現にこうして思考していることに疑いはないと主張する人工知能の応酬は、僕ら人間がやがて経験することになる議論なのかもしれないと思いながら読んだ。有名な「中国語の部屋」の話も出てくるし、本書のやり取りを追っていくと、僕らの世界が抱えている「人工知能」に関する困難さや複雑さについて理解することが出来ていくのではないかと思う。
本書は、前半部の<建国の歴史と、アダム・フォード>と、後半の<アダムとアートの応酬>の二つによって構成され、どちらをとっても深淵で哲学的な問いが様々に発せられる。本書のような共和国の存在も、アートのような人工知能の存在も、今の僕らにとっては非現実的なものでしかなく、そういう意味で本書はSFと捉えられるだろうが、その一方で、僕らの住む世界の根幹に揺さぶりをかける続ける作品でもある。環境や技術が許さない状況に対して、その枠を取り払った時にどうなるのかをつぶさに追うことで僕らは、今ある環境や技術、そしてその延長線上にある未来について考えさせられることになるのだ。
そしてラスト。本書の内容紹介には、「最後の数ページ、驚天動地の結末が全世界で話題を呼んだ」と書かれている。このラストの展開は、見事だと思った。なるほど、そうくるか、という感じだ。前提を見事にひっくり返された快感があり、またそのラストの展開が、建国から現在に至る<共和国>の歴史を補填することにもなる、というのが見事だ。
外国人作家の作品だが、非常に読みやすい一方で、深淵で哲学的な設定や会話が非常に魅力的です。是非読んでみてください。

バーナード・ベケット「創世の島」


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2013年の個人的ベストです。

小説

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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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新書

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4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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10位 原田マハ「キネマの神様
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1位 「「科学的思考」のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)