黒夜行

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リバーサイドチルドレン(梓崎優)

生まれる環境を選ぶことは出来ない。生まれた場所で生きていくしかない。
そこでの生活しか知らなければ、比較する対象を知らなければ、どんな生き方でも受け入れられるかもしれない。受け入れる、受け入れないという判断をすることなく、その人生に疑問を持つことはきっとないだろう。
でも、やっぱりそんなことはない。
近くには、階層の違う人が住んでいるし、遠くからまったく環境の違う人もやってくる。否が応でも、比較対象が目に飛び込んでくる。
最下層の厳しい環境の中で生きなくてはならない少年たち。彼らは知っている。その生活から、自分たちが抜け出せないことを。それでも、生きていかないわけにはいかない。
ストリートチルドレン。
自分たちが、虫けらのように扱われていることは知っている。人間扱いされていないことも知っている。ストリートチルドレンは、たとえ殺されたとしても、誰も気にもしない。そういう存在なのだ。
社会から見捨てられた弱い存在。それでも彼らは、毎日明るく生きる。クソみたいな現実をどうにか笑い飛ばし、自分たちは自由だとうそぶく。そうやって、どうにか毎日をやり過ごしている。
その「虚構」を成立させてくれていたのが、ヴェニィだった。
ミサキは、ヴェニィに救われた少年だ。父親と二人で、日本からカンボジアへ旅行にやってきたミサキは、衝撃の事実を知ることになり、そのままカンボジアでストリートチルドレンになった。そんなミサキを仲間に引き入れ、どうにか生きていられるだけの環境を与えてくれたのがヴェニィだ。
彼らは毎日、悪臭漂うゴミ山に狩りに出かけては、売れそうなものを漁って現金に変える。街に出れば警官に銃を向けられ、工場の主には拾ったゴミを安く買い叩かれるが、それでも、不思議なリーダーシップを発揮するヴェニィのお陰で、彼ら仲間たちはどうにか日々を楽しく過ごせている。
しかし、ある日、そんな穏やかな日常が切り裂かれる事態が起こり…。
というような話です。
梓崎優は、前作「叫びと祈り」で、普段僕らが馴染みのない「特異な環境」での殺人事件を主に扱っていた。僕らの常識が通用しない環境での価値観を描ききり、その価値観を背景にして、何故その事件が起こったのかを紐解いていくのだ。
本書でも、その流れは踏襲されている。
本書では、ストリートチルドレンという、やはり僕らにはなかなか馴染みのない世界観が扱われている。親に見捨てられ、生きていく術を持たない彼らが、どんな風に日々を過ごし、何を考えながら生きているのか。そういう部分がまず背景としてきちんと描かれていく。
何よりも面白い設定は、ストリートチルドレンの物語であるのに、主人公が日本人だという点だ。これは本書の非常に特徴的な点だろうと思う。主人公のミサキは、もうストリートチルドレンとしての生活にそれなりに慣れてはいるものの、時折やはり、カンボジアの常識や、あるいはストリートチルドレンとして共に生きる仲間たちの有り様に違和感を抱くことがある。その設定が本書を、まったく遠いものにはしない。日本人としての価値観が時折散りばめられることで、ミサキを通じてストリートチルドレンの生活に馴染みを抱くことができる。
さらに、カンボジア人でもないのにストリートチルドレンとして生活しているミサキの内心の葛藤が、本書をより深みのあるものにしていく。日本人であるミサキには、恐らく、カンボジアでストリートチルドレンとして生きる以外の選択肢が、きっとまだ残されているはずだ。そのことは、ミサキ自身もきっと分かっているはずだ。しかし同時にミサキは、ヴェニィを始めとする仲間たちとの生活を愛おしく感じてもいる。本書で、日本への郷愁が描かれる場面はほとんどない。ミサキの中では既に、日本というのは遠い遠い存在になっているということだろう。しかし時折、ミサキに日本を思い出させるような何かが起こる。その些細な揺れが、読者には大きく響くだろうと思う。
本書の中では、とある連続殺人事件が物語の中心軸となっていく。彼らストリートチルドレンが次々と殺されていく、謎めいた事件だ。
この殺人事件には、根本的な大きな問題がある。
それは、殺されているのが「ストリートチルドレン」である、ということだ。
「なぜストリートチルドレンが殺されるのか」という点が問題なのではない。殺されたストリートチルドレンには、一目見て分かる謎めいた装飾性が施されている。何故、そんなことをしたのか、だ。
簡単な発想は、「何かを隠蔽しようとした」というものだろう。しかし、それはありえないのだ。何故なら、殺されているのが「ストリートチルドレン」だからだ。カンボジアでは、ストリートチルドレンが殺されようと、誰も気に留めない。事件にさえならないのだ。だから、誰かに対して何かを隠蔽するような行動は無意味だ。
それでは、それら装飾性はなんのために施されたのか。これが最大の謎だ。
真相はもちろん最後に明かされる。殺人犯の理屈は、これはちょっと難しいと感じた。言っていることは、理解できる。しかし、その殺人犯の理屈に説得力を持たせるためには、もっと描写の積み重ねが必要だったのではないか。
いや、もしかしたら、これは指摘の方向性が間違っているかもしれない。
前作の「叫びと祈り」は短篇集だった。「特異な環境」の価値観を描きつつ、殺人事件も描く。それを短編という分量でコンパクトにまとめるために、描写は相当に切り詰めなくてはならなかっただろう。つまり、作品のほとんどを、「特異な環境の価値観」か「事件」の描写にしなくてはならなかった、ということだと思う。だからこそ、最後解決の段階で、納得感があったのかもしれない。短編という短い分量の大半を、解決で扱われる「特異な環境の価値観」の説明に費やしているのだから。
でも本書は長編だ。本書では、殺人犯が殺人を犯すことになった「特異な環境の価値観」以外にも、様々な描写がなされる。それらは、ミサキを始めとするストリートチルドレンたちの生活を炙り出すという点では非常に良いが、一方で、作品全体における「特異な環境の価値観」の描写が薄まってしまうために、納得感も薄れてしまうのではないか、ということかもしれない。
個人的には、殺人犯の動機は分かるような気がするけど、でもどうも納得感は薄い、という感じがしました。確かに作品全体を振り返ってみれば、それに関する描写はなされているのだけど、でもそれが全体の中でやはり「一部」でしかないために、動機の「異質さ」が際立つ形になってしまったのではないかな、という気がしました。
本作が、ミステリとしてどうなのか、という部分は、僕にはちょっと評価できません。僕の評価は、僕の想定が正しいとすれば、ある程度は「叫びと祈り」を読んでいるからこその評価とも言えるわけで、「叫びと祈り」を読まずに本書を読んだ人がどう感じるかはちょっとわかりません。作品全体としては、絶望的な環境の中で、「それでも生きていくんだ」という強さがあちこちからにじみ出てくる感じで、その切実さに胸を打たれるような感じでした。ナクリーという少女の存在感も良かったなと思います。個人的には、もう少しナクリーが全体に関わってくれるといいなと思いましたけど。読んでみて下さい。

梓崎優「リバーサイドチルドレン」


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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
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13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)