黒夜行

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化石の分子生物学 生命進化の謎を解く(更科功)

内容に入ろうと思います。
本書は、「化石の分子生物学」という、なんだか耳慣れない学問についての話です。どうでしょうか?「化石の分子生物学」と聞いて、どんなものが思い浮かぶでしょうか?実は、割とみんながよく知っている、世界的に有名なある映画も、この「化石の分子生物学」をベースにしているのです。
それが、「ジュラシック・パーク」ですね。
本書にも、「ジュラシック・パーク」の話は出てきます。「ジュラシック・パーク」では、蚊が閉じ込められたコハクの化石が発見され、その蚊が吸った恐竜の血から、恐竜のDNAを入手。そのDNAから、バイオテクノロジー技術を使って現代に恐竜を蘇らせる、という物語でした。
この、「コハクの化石に閉じ込められた蚊からDNAを採取する」という部分が、まさに「化石の分子生物学」なわけです。もちろんそれだけではないのですけど、そういうイメージが一番伝わりやすいでしょう。
「ジュラシック・パーク」は、専門の研究者の間でも非常に話題になったのだそうです。原作がアメリカで発表された当時は、古代DNAの研究が始まってからまだ6年しか経っていない頃。その時点で一番古いとされていた古代DNAは、一万三千年前のナマケモノのものだったそう。しかしその年、衝撃的な論文が発表される。なんと、二千万年前の古代DNAがモクレンという植物の化石から取り出されたのだという。そして「ジュラシック・パーク」は、1993年に映画化されるが、なんとその前年に、実際にコハクの中のシロアリから古代DNAが発見されたのだという。タイミング的にはばっちりで、研究者にとっても「ジュラシック・パーク」の世界は、決して夢物語ではなかったようである。
さて、そんな「化石の分子生物学」だけれど、「化石から古代DNAを採取して研究する」というだけには留まらない。もちろんそれがメインになっていくのだけど、他にも、現在生きている生物のDNAを研究することで、分子の進化速度を判定したり、あるいは生物の進化の枝分かれの時期を推測する、というような研究もある。それまでは、化石を「観察する」ことでしか古代生物の研究が不可能だったものを、古代DNAの研究や、あるいは分子の進化速度の研究などによって、様々な可能性が拓け、それによって古代生物の生態や、あるいは進化の過程などがどのように判明して行ったのか。本書はそういった様々な内容をコンパクトにまとめる作品だ。
あとがきに、こんな文章がある。

『科学にも、ポジティブな面とネガティブな面がある。しかし、科学のポジティブな面だけを伝えて、科学を無条件に信奉する人を増やすことは、逆に人を科学から遠ざけることにならないだろうか。科学に本当に親しむ態度を、妨げることにはならないだろうか』

『科学の営みは、数学のような意味での厳密なものではない。100%正しい結果は得られないのだ。むしろ、大きな川の流れのように、右や左に曲がりくねりながら、ゆったりと真理に接近していくイメージに近いだろう。
その川の流れの中で、人は過つこともある。良心的な科学者でも誤りはおかすのだ。それらを全部ふっくるめて、科学は人類のすばらしい財産だと私は思う』

『私はこの本を、うまくいった結果だけを並べた成功物語にはしたくなかった。そういう本で科学を好きになった人は、科学のつらさやあやうさを知ったときに、科学から離れていくだろうから。
できるだけ、科学の営みを公平に伝えたかった。』

著者のこのスタンスが、本書をちょっと珍しい科学本にしているかもしれません。確かに、科学や数学の歴史や知見を紹介する本では、「成功物語」ばかりが描かれることが多い気がします。ある一つの題材を非常に深く掘り下げている本であれば、「失敗物語」も当然載るでしょうが、新書のようなコンパクトに全体をまとめなくてはならない作品の場合、どうしても「成功物語」が中心になってしまうだろうと思います。
しかし本書では、著者がそう書いているように、失敗も多々描かれています。というか、

『実際のところ古代DNAの塩基配列を決めることは難しく、成功しないことのほうが普通である。ほとんどの研究は失敗に終わる。その中での数少ない成功例だけが論文として発表されるので、傍目にはいつもうまくいっているように見えるのだ』

と書いているほどである。
何故古代DNAの研究は失敗することが多いのか。様々な理由があるが、最たる原因は、「古代DNAは完全な状態では保存されていない」という点にあるだろう。これが、古代DNA研究の最大の障壁になっていることは間違いないだろう。

『一つめのハードルは、化石の中にふくまれているDNAは、大部分が外部から混入したものだという事実である。ネアンデルタール人の化石の中にある遺伝子のほとんどは、ネアンデルタール人のDNAではないのだ』

『かなり保存状態のよい化石でも、取り出されたDNAの90%以上は、他の生物のDNAであると考えてまず間違いない。平均的に考えれば、化石の中に残っているDNAの99%以上は、混入した他の生物のDNAなのだ』

これは相当のハードルではないかと思う。くじが100個あります。でも当たりくじはたったの一個です、というようなものだ。そこからどうにかこうにかうまいことあれこれやって、99個のハズレくじを取り除き、たった一個の当たりくじを引き当てないといけない。当然、失敗することもあり、しかし失敗だと気づかずに発表してしまうこともある。1985年に行われた、世界でもっとも権威ある学術雑誌の一つである「ネイチャー」に載ったエジプトのミイラ研究は、現在ではその研究結果は誤りだろうと考えられているという。他にも本書には、勇み足だった研究が様々に載っている。
科学が面白いところは、「それらの研究は、何故間違ったのか?」と考える人間が出てくることだ。失敗の原因には様々あり、先ほど一つ、DNAが外部から様々に混入し、99%以上が違うDNAになっていることを挙げたが、それ以外にも原因はある。そしてある研究者は、過去の様々な失敗した研究を元に、「DNAを増幅出来るかどうか」「外部からの混入があるかどうか」の条件を求める研究を行った。本書には、その結論も書かれている。「ラセミ化」というのが重要なキーワードだ。興味がある人は是非読んでみてほしい。
何が言いたいかと言えば、「失敗さえも、科学の成果として積み上がる」ということだ。本書は、様々な実例を通じて、そのことを教えてくれる。果敢にチャレンジして失敗してくれる人がいなければ、「ラセミ化」を主軸とした条件を見つけ出す研究も行われなかったかもしれない。「ラセミ化」を主軸とした条件は、古代DNA研究のスタート時に非常に威力を発揮するものと思われる。それは、失敗だった実験から生まれたものなのだ。こういう部分にも、科学の面白さがあるのだ、ということが伝わればいいなと思う。
他にも、「ルイ十七世の死の謎」や「ミトコンドリア・イブ」、あるいは「分子進化時計」など、興味深い話は様々にあるのだけど、それらを個別に紹介することはなかなか難しい。「化石の分子生物学」という馴染みのない分野なので、それぞれを紹介するのにも新しい概念をいくつか説明しなくてはいけないし、また全体が緩やかに一つの大きな流れの中にあるので、それだけを取り出すことはなかなか難しい。そんなわけであと一つだけ、僕がなかなか面白いなと思った話を書いて終わろうと思います。
それは「人類は一種類なのか?」という話だ。
僕らは「ホモ・サピエンス」という人類の種に属している。人類は、約七百年前に誕生し、それから「ホモ・サピエンス」が登場するまで、およそ二十種ほどいたと推定されている。
「ホモ・サピエンス」の前が「ネアンデルタール人」である。そして三万年前までは、「ホモ・サピエンス」と「ネアンデルタール人」は共生していたと考えられている。
これは、人類で考えるとなんとなく不思議な感じがするけど、犬で考えれば全然不思議でもない。犬という種には、「秋田犬」や「ドーベルマン」や「ダックスフント」など様々な種類がいる。そしてそれらは、犬という種族として同じ時代の同じ地球で共生をしている。人類にもかつて、そういう時代があった。僕ら「ホモ・サピエンス」以外にも、「ネアンデルタール人」が一緒に暮らしていたのだ。
そこで本書では、ネアンデルタール人の古代DNAを解析することで、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが交配していたを調べる研究の話が載っている。なんとなく僕らは、「ヒトって一種類」って思ってしまう。まあ実際、今僕らが生きている世界にはヒトは一種類しかいないから仕方ない。けど、他の生物のことを考えれば、それは不思議なことだよなぁ、と思わなくもない。いやまあ、「ヒト」とか「犬」とかって区分は、結局僕ら人間がしているわけで、区分の仕方でどうにでも変わる話だから、そんなに不思議でもないのかもしれないけど。
DNAによる研究は、医学や生物の分野での研究を飛躍させただろうけど、化石や古代生物といった研究にまでこれほど影響を与えているのだということを初めて知りました。また、ルイ十七世の話など、歴史の謎の解明にも一躍を担うなど、「化石の分子生物学」は広がりのある分野なのだなと思わされました。是非読んでみて下さい。

更科功「化石の分子生物学」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

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2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
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7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)